[2007年11月05日(月) ]
垂渓庵です。
すみません、また表題をパクってしまいました。所長m(_ _)m
この時期、一般推薦や指定校推薦を受ける生徒が、志望理由書や自己推薦文の添削を頼みに来ます。今年は中一の担任ですから、本当ならわたしの所には来ないのですが、今年の高三は去年現代文を教えていた関係で、何人か頼みに来るのです。
文章の上手い下手は別として、中にはかなり明確に志望理由を持っている生徒がいます。そういう生徒の志望理由書は、仮に文章がまずかったとしても、添削自体は楽なものです。全体の構成を整えて志望理由が的確に相手に伝わるようにすればよいだけなのですから。
自己推薦文についても、やはり自分の長所短所を比較的客観的にとらえつつ、自分の売りは何かをしっかりとらえられている生徒の書いたものは、添削に要する手間は大きくありません。やはり、構成を整えてやりさえすればいいからです。
困るのは、自分の中に明確な志望理由がなかったり、ある程度客観的な自己評価ができていない生徒の書いてきたものです。そういう生徒は往々にして、字も雑ですし、メモ書き程度のものを持ってきます。
親切な先生はそれでも見てあげていますが、わたしはつっかえします。「こんな中途半端なものを人に見てもらうなんて失礼やろ。あほ」「こんな汚いものを読めるかい。ばかたれ」というような意味の、もう少しソフィスティケイトされたことばを使いながら、です(笑)
で、そんなことばにめげてしまった彼、彼女たちは他の先生を探しに行きます。もちろん、めげなかった彼、彼女たちは書き直してきます。しかし、往々にして、先に指摘した問題点はそのままという結果になります。
それでも、書き直してきたということは、こちらの言うことを聞く姿勢になっているということなので、今度は追い返したりせずに、彼、彼女たちの書いた文章を間に挟んで、彼、彼女たちの至らぬ点を逐一指摘してやります。
志望する学部で行える勉強をしたいと思った理由を問われているのに、パンフレットなどから抜き出してきたその学部のウリ文句を並べ立てて、それを勉強したいと書いているもの。
学生の頃に熱中したことを書きなさいと言われているのに、自分の所属していたクラブの成績などをいやに細かく説明しているもの。
志望動機や自己の性格分析を具体的に行いなさいと言われているのに、抽象的な一般論しか書けないもの。
書く以前に人の書いたものをちゃんと読めていないのですね。それらについて一つ一つ指摘してやるのです。ついでにそいつについて知っている範囲で、お前はこんな面がある、あんな面がある、こういうことも書けるやろ、と指摘してやります。
同時に、本人からの聞き取りを進め、あほ、なんでそれを書いてないねん、ここに書き連ねている内容の薄い文章よりもその方がよっぽど値打ちがあるやないか、というようなほめ言葉(?)を交えながら、本人の中から書くにふさわしいことを引っ張り出してやるのです。もちろんことばづかいはもっとソフィスティケイトされています(笑)
自己分析や自分を見つめるといったような文章は、国語の時間にはあまり突き詰めて書かせたりしません。文章を書かせるとしても、小論文的なものや何らかのテーマについて論じるものが主になります。
しかし、それらを書けるようになることだけが国語力ではないよなあと、この時期にはいつも思うのです。だからといって、普段の授業で自己推薦文のようなものを書きなさいと言ったところで、やはり照れがあるのか、生徒はなかなか真剣には取り組まないのですが。
それに、仮に書かせたとしても、何クラスもいる生徒に対してここに書いたような対面式の指導をしている時間は残念ながらありません。十分な時間が取れるなら、やってみたいとは思うのですが。
そういうわけで、毎年毎年、この時期になると、上に書いたようなやりとりを繰り返す羽目に陥ってしまうというわけです(笑)