[2008年01月17日(木) ]
垂渓庵です。
小学校から中学校にかけて星を観察するのが好きでした。小さな望遠鏡を買って、近所の友だちと星を観察したものです。あのころは星空坊やと呼ばれていたのでしたっけ。
口を開けば星のことばかりで、家には「天文ガイド」のバックナンバーがうず高く積まれ、星新一のショートショートやサン・テグジュペリの「星の王子様」を愛読し、挙げ句の果てには相撲の星取り表までお気に入りになっていたのでした。
……。いえ、嘘です。そんなあだなじゃなかったですし、相撲の星取り表にも興味はありませんでした。ちょっと話を作ってしまいました。すまん。
気を取り直して先を続けます。一時天体観測をしていたのは本当です。望遠鏡や双眼鏡も買いましたよ。ともに冬の山で凍りつく経験をした隣家のヒロちゃんの影響でした。
ヒロちゃんは反射望遠鏡を買い、わたしは屈折望遠鏡を買いました。それなりにリサーチをして、二人とも買ったのは「T製作所」の望遠鏡でした。通好みのいい望遠鏡を作るメーカーです。
わたしの買ったのは廉価版といった趣の機種でしたが、それでも赤道儀つきの望遠鏡でしたから、何万円かはしました。ついでにオルソス・コピックやケルナーなどのアイピース(接眼レンズ)もいくつか買ったりして。
今では実家にしまいこんで、持ちだすこともなくなってしまいましたが、当時は結構夢中になったものでした。そうそう、太陽を見るにはオルソスやケルナーのような高級なアイピースは不向きです。レンズの貼り合わせ面の接着剤が熱で溶けちゃうんです。なのでミッテンゼーハイゲンの接眼レンズをまた別に購入したりもしました。遠い昔の話です。
その影響でしょうか、今も星空を眺めるのは好きです。藤井旭さんの本で星座の勉強をした残滓が今でも頭に残っていますので、京阪神地区の明るい空に辛うじて光る星をつないでは、星座を空に描いたりしています。
一番印象に残っている星空は、五月の立山のテント場でテントから小屋のトイレに行く際に見たものです。天の川が空にかかっていて、星座がわからないほど多くの星が光っていました。星の洪水です。ヘッドランプを消し、しばらく見とれた後、GWでも残る雪の上を歩いてトイレに行きました。トイレからの帰りにもやはり立ち止まってしばらく空を見上げました。
ついでに書いておきます。一番印象に残っている夕景は、鳥海山の山頂からの景色です。わたしが同僚たちと鳥海山に登ったときは運よく天候に恵まれて、二日間快晴でした。山頂の小屋に泊まったとき、日没を眺めていると、海が薄いピンクがかったなんともいえない優しい色合いに変化し、そこここにやはり優しい色合いに変化した雲が浮かんでいました。いつまで見ていても見飽きない景色でした。
一番印象に残っている日の出は、これも山の日の出と言いたいところですが、初めてヒロちゃんたちと徹夜でペルセウス座流星群の観測をした時の日の出です。実家の裏山の稜線がうっすらと見え始め、空が色づきだします。その前後にいくつも流星を見ました。夏のことでした。その後も何度か流星群の観測をしましたが、あの初めて観測をした時の不思議な高揚感は忘れられません。
冬の空は冴え渡っています。星の輝きが鋭さを増す時期です。機会があれば空を見上げてみて下さい。
今日は1月17日。阪神淡路大震災から13年が経ちました。
以前書いたように、わたしが担任する生徒たちは震災の年かその前の年に生まれました。
彼らには震災の記憶がありません。
せめて今日の授業ではこんなことがあったのだと多少なりとも伝えたいと思います。