[2007年06月15日(金) ]
いま勤務校に教育実習生が来ています。わたしもほんとうに久しぶりに実習生をひとり担当しています。初々しいというか、若干危うさを感じさせるところもありますが、熱心に実習に取り組んでいる様子です。
彼女もそうなのですが、昔と違って、今は企業の内定をもらった上で実習に来る学生が多くなっています。
子どもの数が減っていく以上、教育という分野は大きい目で見れば衰退産業だということなのでしょうか。採用数も飛躍的に多くなることは考えにくく、職業として見た場合、あまり魅力ある職種とは映らなくなっているのだと思います。教員になることを目的とするというよりは、とりあえず取れる資格として持っておこうという感じです。
もちろん中には教師になることを目標に実習を受ける学生もいますが、残念ながら、そういう学生が実習生たちの中で最も教師に向いている、とは言い切れないのが悩ましいところです。
採用の枠が多い頃は「でもしか教師」ということばがありました。「教師にでもなるか。教師にしかなれない」というような意識で教職に就く人たちがいたのです。それでは採用の枠が少なくなればいい人材だけをとれるのかと言うと、今では上に書いたような悩ましいことが起こっています。
どちらにしても困ったことには違いありません。教育の実をあげようとすれば、意欲があって能力もある人材の確保が必要になると思うのですが、どうすればそんなことが可能になるでしょうか。わたしに妙案はありません。意欲のある優れた人材が教職に就けばいいなと願うばかりです。
ところで、わたしの勤務校で受け入れている実習生の大半は卒業生です。気安い部分もあるのですが、時によって緊張感に欠ける面も見受けられます。気配りも忘れがちになります。そんな実習生たちを先日叱ってしまいました。
時にやむをえず生徒を叱らなければならないことがあるのは諦めがつくとしても、まさか実習生を叱らなければならないとは思いもよりませんでした。実習に取り組む本人たちの積極性とは別に、TPOをわきまえる分別心がいささか欠けていたのですね。
そんな分別心はどこで教えるのでしょう。学校でしょうか。家庭でしょうか。社会全体でしょうか。わたしはそのどれもが同等の責任を負っていると思うのですが、昨今の風潮を見る限り、どれも機能不全に陥っていて、お互いに責任を押しつけ合っているように思えてなりません。
クレームが来るのをおそれて生徒の顔色をうかがう教師。「最近の若者は」と文句は言うけれども隣の学生のヘッドホンの音を注意できない乗客。子どもが夜遅くまで家を空けていても小言を言えない親…。
もちろんそんな存在はいつでもいるわけですが、昔と較べて増えていやしないかとわたしは感じています。
もちろん、怒れば反発される可能性があります。何も言わずに済ませる方が楽かもしれません。でも、それでいいのかどうか。教育業界は衰退産業かもしれませんが、教育は衰退させてはいけないと思います。
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お子さんも成長して行くにつれて変化していくと思いますから、長い目で見ることも必要かもしれませんね。
でも、とことんコアに極めている分野があるわけではありませんので、オタクの定義には当てはまらないのではないかなと思っています。あえて言うならプチオタクかオタクスーパーライトって感じでしょうか。というわけで、気楽に読み流していって下さい(笑)