前々回に、明治時代のアダムとイブの挿絵などを紹介しながら、和本 日本で和紙を用いて作られていた本のことです を巡る話題をお届けしました。
今回はその続きで、明治時代に西洋の技術を導入して作られた洋装本 今の文庫本や単行本の形を想像してください を中心に、本の歴史の一端に触れてもらいましょう。前と同じように、画像で紹介するのはわたしの持っている本たちです。
まずひとつ目。
これは「校正古今和歌集講義(上・下)」という表題の本の一部を撮ったものです。明治26年に出版されました。この本は、いまの単行本に近い大きさの本ですが、表紙は固くありません。中学や高校の教科書のようなものを想像してもらうとよいでしょうか。洋装本という外形に合わせるように、中身も活字を用いて印刷されています。
画像が見にくくて申し訳ありませんが、よく見ると、今では使われていない仮名が使われていることがわかります。参考までに中央の大字の三行を現行の表記で書いて見ます。どこが違うかさがしてみて下さい。
ば、かゝるべくなむあらぬ、いにしへのよゝのみか
の月の夜ごとにさむらふ人々をめしてことにつけ
らしめたまふ。
本の一部を拡大して撮っていますので、文意が通じません

それはともかく、どの部分が違うかわかりますか?
そうです。「人々を」の「を」の部分、「ことにつけ」の「こと」の部分、「しめたまふ」の「し」の部分です。これらはそれぞれ、漢字の「越」を少し崩したもの、「こと」をくっつけて書いたもの、漢字の「志」を少し崩したものになっています。
今わたしたちは五十音それぞれについてひとつの仮名を使っています。が、歴史的な経緯をふり返ってみると、そんな風に仮名が整理されたのはごく最近のことです。一音一表記の原則が示されたのは明治23年(1900年)に公布された小学校令でのことでした。
それ以前は
いえ、それ以後もかなりの期間は
、一つの音を示す仮名は複数存在していました。たとえば、「あ」を表す仮名は、「安」「阿」「愛」「亜」「悪」などを崩したものが用いられていました。「か」を表す仮名などは、「加」「賀」「駕」「家」「可」など十種類あまりもあったのです。その他の音を表す仮名も、多かれ少なかれおなじように複数存在していました。これらの仮名を変体仮名と呼びます。注意しておきますが、「変態」じゃないですよ
もちろん、生活に密着した習慣性の高い事象が、ひとつの法令によってすぐに改まるわけもありません。小学校令公布後徐々にその方向に向かって整理が進みますが、一音一表記の仮名の原則が基本的に貫かれるようになるのは、かなり時代が降ってからのことです。ちなみに、現行の現代仮名遣いの体系への移行は、実に第二次世界大戦後のことなのです。
この「校正古今和歌集講義」も、小学校令公布の三年後に出版されていますが、やはり一音一表記の原則は守られていないわけですね。少なくとも小学校令公布後数年は、一音に複数の仮名が用いられたことがわかります。ここにも近世から近代への変化の跡を見ることができます。
次に挙げるのは、大正15年に出版された「竹取物語考」という本です。
和本の体裁になっていることがわかるでしょうか。用紙はちゃんと二つ折りになっています。
でも中を見ると、
こんな感じで、西洋の技術を導入した活字印刷になっています。本文をよく見てもらうと、もはや変体仮名は用いられていませんね。小学校例公布後三十数年も経つと、伝統を重んじそうな古典研究の分野でも変体仮名は用いられなくなっていることがわかります。
煩雑になりますので画像は挙げませんが、明治29年刊の「古今和歌集正義」(和本)では変体仮名が用いられています。一方、明治36年刊の「国語のため 第二」(洋装本)、明治42年刊の「謡曲拾葉抄」(洋装本)、明治44年刊の「古今和歌集新釈」(和本)、明治45年刊の「謡曲拾葉抄」(洋装本 42年刊のものとは出版社が違う別版です)では変体仮名は用いられていません。
前回に紹介した本も含めて一覧にしてみましょう。変体仮名のものには「変体」、一音一字のものには「一字」と記しておきます。
変体 明治06年刊(和本) 「西洋夜話」
変体 明治07年刊(和本) 「博物新編訳解」
変体 明治26年刊(洋装本)「校正古今和歌集講義(上・下)」
変体 明治29年刊(和本) 「古今和歌集正義」
一字 明治36年刊(洋装本)「国語のため 第二」
一字 明治42年刊(洋装本)「謡曲拾葉抄」
一字 明治44年刊(和本) 「古今和歌集新釈」
一字 明治45年刊(洋装本)「謡曲拾葉抄」(42年刊本とは別版)
一字 大正15年刊(和本) 「竹取物語考」
どうやら出版物の世界では明治30年代の前半に一音一字の仮名の大系に移行したらしいことがわかります。もっとも、個人的な私信などの世界ではもっと後まで変体仮名は用いられていたことと思いますが。また、わたしが持っている本は主に古典の注釈書や国語学関係のものですので、一般書を調べてみるともう少し違った結果が出てくるかもしれませんが、大まかな傾向はこれでとらえることができようかと思います。
ところで、和本は和紙で作られていますから、軽くて水にも強く、とても長い寿命を持っています。それに対して、戦後しばらく本を作るのに使われていた酸性紙は、時間が経つにつれて、製造過程で使われた酸の影響で劣化が進んでいきます。そのため、今では、戦後十年ぐらいの間に作られた本は、冗談ではなく、扱い如何で壊れてしまいかねません。
例を挙げましょう。わたしの持っている学燈文庫の「平安日記文學」という本は、昭和二十八年に発行された第十二版です。その最終ページはこんな感じです。
かなり茶色いでしょう。これは大気汚染の影響もあるようなのですが、使われている紙の質にも問題があるのです。こんな状態になってしまった本の端っこに折れ目をつけて、二三度くきくきすると、
力を入れなくてもこんな感じでぺりぺりとちぎれてしまいます。本が壊れるということの意味をイメージしていただけたでしょうか。ちぎりとった紙片を手でもむと、文字通り粉々になってしまいます。
最近ではこんな劣化を防ぐために異なった紙質の紙を使うようになっているみたいです。また、劣化をくいとめる技術も進んできています。が、全国の図書館や読書家のみなさんの家で、この紙質の劣化が問題になることもあるのではないかなと、わたしは想像しています。
かなり以前のあいまいな記憶で申し訳ないのですが、わたしの卒業した大学にあるゾンバルト文庫という大きな文庫の蔵書が、紙質の劣化で利用しにくくなっているということがニュースになっていたと思います。洋紙を用いる洋装本は大量生産が可能なのですが、このような思わぬ問題点を持っているのです。
一方、和本はかなり前のものでも、折り返した折れ目がはっきり残ることはありません。和紙は復元性が非常に高いのです。「和本へのいざない」でも紹介したわたしの持っている三百年前の「伊勢物語」の版本でも、まだ和紙の復元性は残っています。
こんな風に強く折れ目をつけても、
もとへ戻せば、ほらこの通りうっすらと線が残る程度です。
大量に生産しにくい、薄くて均質なものを作るのが難しいなど、和紙には短所もありますが、丈夫で軽いという捨てがたい長所もあるのです。みなさんも和本に触れて和紙の手触りを味わってみて下さい。少し大きな図書館なら必ず和本の蔵書があるはずです。あまり古いものでなければ、貴重書の指定も受けていないでしょうから、気軽に閲覧できるはずですよ。
あ、その際の注意点をひとつ。全部自分の本ですからこんなことをやってますが、みなさんは図書館などの本をくれぐれもこんな風に扱ったりしないで下さい

図書館のブラックリストに載せられて本を借りられなくなるかもしれませんよ

え、どうしてこんな本を持っているのかですって? え〜と、欲しかったからです。ちょっと値段の高いものもありましたが、思い切って買ってしまいました。う…。耽読翫市ならそんなもの変えないはずだろうですって? …

そういえば……。う〜ん、耽読眼市の看板に偽りがあるということになるのでしょうか