[2008年10月02日(木) ]
垂渓庵です。
先日中学高校合同の文化祭がありました。当日は幸いにして天候に恵まれ、盛況のうちに終わりました。
わたしの学年は今年は合唱コンクールを行いました。コンクールといっても、はっきり順位をつけるのではなく、総花的な賞を用意するものです。習熟度別のクラス編成をとっている中で、上位クラスがコンクールでも一位になるとあんまりよくないだろうという配慮の結果です。運動会で順位を設けないような気持ちの悪さがないではありませんが、全体の士気というものも考えねばなりません。習熟度には、そのような微妙な面があるのですが、そのあたりについてはまたいずれ。
で、他の審査員の先生や音楽の先生と話した限りでは、もしも順位をつけるなら、わたしのクラスの発表は二位になっていたようです。一位はやはり上位クラス。わかったようなわからないような賞のおかげで、上位クラスの生徒もわたしのクラスの生徒も両方とも優勝したと思っています。配慮が奏功したということですね。
ところでわたしのクラスはエキサイト賞という賞を受賞しました。わたしとしては聴いている人を一番興奮させたのなら、演し物としては成功じゃないかと思っています。実際、完成度という点では上位クラスに劣るものの、一番ヴィヴィッドに歌えていたのではないでしょうか。練習の時から、プロの歌手にでもならなければ、何百人もの人を前にして歌う機会はないよというようなことを言い、できるだけいい雰囲気で練習できるようにもっていったのが多少なりともよかったのだと独り合点しているところです(笑)
わたしはアフリカンのバンドで何度も人前で演奏しましたから、人前で何かをすることには緊張する部分と楽しい部分の両方あることを、ある程度は理解できているんじゃないかと思っています。その辺りを生徒に伝え、彼らの歌の欠点を少しずつ修正していきました。
まずは立ち方。重心を体の真ん中に置いてしっかりと立つ。ただし、肩を怒らせて力を入れたりしない。自然体で、ある程度背筋を伸ばして立つようにさせました。ダンスなどでは体重が両方の足に均等に乗っているハーフポジションはNGですが、歌を歌う場合は別です。動くわけではないですからね。やってみるとわかるのですが、その方が自分でもかっこよく立っているという気がするはずです。
次に上を向いて歌う。やはり中二ぐらいになると恥ずかしさなどが先に立ってうつむきがちになるのですね。下を向いていると、声が途中で床に落っこちてしまい、客席まで届きません。まったくさまにならなくなってしまうということを指摘し、舞台練習の時に実際に何人かずつ客席の方に呼んで自分達の歌声を聞かせてあげました。あまりのいけてなさに彼らは危機感を持ったみたいです。
次は歌の出だしを揃えることに留意させました。彼らの選んだ曲は、間奏の後、三拍目の裏から歌がはじまったり、四拍目から歌が始まったりと、少し変則的な楽曲の編成になっていましたので、その点をしっかり体にたたき込ませたのです。
次が歌声を十分に延ばすことです。彼らは延ばすところで延ばしきらずにぶつっと切ってしまう傾向がありました。それでは歌に伸びやかさがなくなってしまいます。かっこよく聞いてもらうためには高い調子で延ばしきることが必要なのだと説明し、実際に歌いわけさせて、ぶつ切りと延ばすのとの違いを意識させました。
目立つことで力を発揮する数名を選んでソロのパートも作りました。予想どおり彼らはがぜんやる気になって、全体を引っ張っていきます。あまりにも大きな声で歌うので、練習の途中で喉がつぶれそうですと言っていました(笑)
歌とは直接関係ないですが、舞台ではきはき動くのも、うまく見せるポイントになります。軍隊ではないのですから、一斉に機敏に動く必要はありませんが、やはりある種のメリハリがあった方がかっこよく見えます。
最後に指揮者に動きを考えさせる。ピアノに音を渡すとき、イントロや間奏から歌にはいるとき、パートごとに別れて歌うとき、いろいろな場合の動きを指摘しました。と言ってもアフリカンのバンドに指揮者はいませんから、ジャズのビッグバンドの指揮者を思い出しながらのアドバイスでしたが。
そんなこんなで毎日二、三十分ずつ、ちょっとずつ新しい要素を加えていきながら練習しました。もっと長い時間練習する方がよいのですが、あまり完全にこちらの意図通りに作ってしまうのも面白くありません。生徒もさせられる感が強くなってしまいますしね。そこらを勘案しながら練習していったのです。
で、最終日。練習時間の割にはある程度の所までは歌えるようになりました。できるだけ生徒の側にやらされる感が生じないようにしてきたつもりですが、やはりわたしが注意したことを守ろうとしているうちに、彼らの側の面白さがちょっと失われている感じです。そこで、これまでやってきたことはとりあえず置いておいて、最後にポーズを決めるなり、お辞儀をするなりしてかっこよく終われと指示を出しました。彼らは俄然やる気を出してああでもない、こうでもないと相談し合いながら案を出しています。生き生きとした表情になっています。
歌を歌う際の注意点などもある程度吹っ飛んでしまった感じですが、それでいいのです。しっかり声を出す練習はしました。最後に多少羽目を外しても聞いている側に不快な気持ちは起こらないはずです。彼らは歌でお金をもらうプロじゃないのですから、楽しく大きな声で歌い、よかったなあという思いで発表を終えられれば言うことはありません。ま、順位をつけないからこそ言えることかもしれませんが。
そんなこんなでうちのクラスは合唱祭のトリで、大きな声で歌い、よくわからぬターンや揃わぬお辞儀で曲を終えました。予期したごとく大きな拍手と笑いが起こりました。本人たちもやってやったという表情で舞台を降りてきたのです。
こうして文化祭のクラスの発表は終わりました。どっとはらい。