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旧暦6/29 正体不明

[2008年07月31日(木) ]

垂渓庵です。

何ごとによらず正体不明というのは不気味なものです。

正体不明のいたずら電話。迷惑な上に不気味です。無言電話だった日には目も当てられません。

送り主不明のプレゼント。うれしい場合もあるかもしれませんが、やはり薄気味悪いものがあります。

身元不明の遺体。見つけた状況によって程度の差はあるでしょうが、平常心で相対しにくいのではないでしょうか。

落とし主不明の一億円。拾ったら嬉しい反面、落とし主が名乗り出ない場合、何か犯罪がらみのお金ではないかと気になります。

正体不明の怪人。いや、これは正体不明であろうがなかろうが、怪人という時点で不気味でした。

いずれにせよ何か心にひっかかりを覚えそうなものばかりです。

体の変調も正体不明だととても不気味です。おれは大丈夫か、と思ってしまいます。

以前少し触れたことがありますが、わたしは大学生のころ、正体不明の頭痛に襲われたことがあります。
それはそれは痛くてつらいものでした。

痛み出したのがいつかははっきり覚えていませんが、気づけばその頭痛はとんでもないものになっていました。
それはそれは何とも言いようのない痛さでした。
頭痛という名の怪物に頭をわしづかみにされたと言えばいいでしょうか。
のたうち回るような痛さです。いても立ってもいられません。
だからといって、動き回るとそれはそれで痛みを増幅させます。
じっとしていても痛いし、動き回っても痛い。眠りたくても痛みで眠れない。
頭をギリギリと締め付けるような痛み。
錐でグリグリとやられるような痛み。
割れたガラス片が頭に埋め込まれているような痛み。
痛んでいる部分を外せればどんなに楽でしょうか。
頭を割って中身を全部外にぶちまけてしまいたくなります。
そうしていたら、きっと実体化した「痛み」が取り出せたに違いありません。

多少痛みが小康状態になった時にはものを考えることもできますが、長くは続きません。
すぐに痛みの暴風に巻き込まれてしまいます。
頼みの綱は鎮痛剤です。が、それもあまり効きません。
せいぜいもって数時間といったところだったでしょうか。
夜も痛みが治まることはなく、ずきずきと脈打つ頭を抱えながら夜を明かしました。
寝る前に鎮痛剤を飲むと多少は楽になり、少しはうとうとできますが、
薬が切れると痛みがぶり返します。
少しまどろんだと思うと、鎮痛剤が切れて不快な痛みに眠りの淵から無理矢理引っ張り上げられます。
地獄という二文字が頭をかすめました。
こうして思いだして文章にするだに恐ろしい責め苦でした。

いったいこの痛みは何が原因なんだ。考えてもわかりっこありません。が、体調か何かの加減でちょっと偏頭痛、なんてことはありえなそうです。

どうにも我慢ならなくなったので、病院に行ってみました。救急病院も兼ねている総合病院です。とりあえずCTをとりましょうってことで、あの巨大な竹輪のような機械の中に入りました。それまでそんな経験のなかったわたしは、それなりに不安でした。

どんな結果が出るのだろう。心配です。
CTの画像が早速現像(?)され、お医者さんとわたしのところに回ってきました。
お医者さんは子細げに画像を睨んでいます。
こちらは俎の上の鯉。
ご託宣を待つだけです。
待つことしばし、何も見あたらないと言われました。
とりあえずほっとしていると、「ま、ぼくが見て何かが見えるくらいなら手遅れなんですけど」という、とても香ばしいお言葉も頂きました。
猛烈に叫びだしたくなったのはどうしてでしょうか。
とにかくCTで見る限り、病変はありませんとのことです。
そのお医者さんの話では、可能性としては副鼻腔に何らかの病変があるのかもしれないので、耳鼻科を受診してはどうかとのことでした。

次は耳鼻科です。が、ここでも原因ははっきりしません。
もともと鼻炎気味なので、その治療と痛み止めの処方がしばらく続きました。
が、一向によくなりません。
痛み止めもいつまでも処方するのはよくないとのことです。
とにかく耳鼻回り──そんなことばあるのでしょうか?──に頭痛の原因はないようなので、眼科を受診してみてはどうかといわれました。

たらい回し、ということばを思い浮かべながら、日を改めて近所の眼科を受診してみました。
眼科の先生は症状を聞くなり、耳かきの大きいような棒で目の上を何カ所か押さえながら聞きます。「痛くないですか」と。
はい、とても痛いです。飛び上がるほど痛いです。
と恥も外聞もなく叫ぶこともできず、こくこくとうなずきました。
何やら的確に痛みの壺が押さえられています。
今度こそほんとうに有り難い託宣が下りました。
「眼精疲労ですね」と。
そうですか。眼精疲労ですか。名前が、それも「疲労」という当たり障りのなさそうな名前が、ついただけで一安心しました。
目を酷使するとこんな風に痛むのです、とのことでした。
そのお医者さんも職業柄、目を使うので眼精疲労からの頭痛が起こるそうです。
最初の処方としては、精神安定剤的なものをいただいたのですが、何日か服用するも症状が改善しません。

再び来院。
次の手段として、強力な目薬を処方されました。目のピントなどを合わせる神経を麻痺させる目薬です。えらいことしみるし、日常生活に差し障りが出るので、必ず夜寝る前以外はささないでくれと言われました。
で、夜さしてみると、確かにしみます。ひりつくような感じです。不思議なもので何となく効くような気がします。
で、次の日の朝、頭痛は残っていましたが、かなり軽快しています。
わたしはとても嬉しかったです。健康の喜びを噛み締めました。
久々にまわりのものごとに注意が向くような感じでした。

目の使いすぎの原因としては、テレビの見過ぎということが考えられますが、そのころは大学の専攻の演習の準備で研究室に閉じこもってひたすら本を読んでいて、テレビなどろくろく見ていませんでした。
勉強のしすぎと言えば聞こえはいいですが、本好きの趣味の延長のような「万葉集」や「源氏物語」などなどを見ていた結果なわけですから、どうもあまり外聞のいいものではないような気もします。
でも、それはそれとして、やはりあの痛みはとてもつらいものでした。最初から「眼精疲労」とわかっていれば、あのつらさの幾分かはやわらいでいたのではないかなあと後で思ったものです。
その後も研究室で閉じこもる生活が続きましたから、何度か眼科にお世話になることになりました。一度原因がわかってみると、不思議とある程度の痛みは我慢できるようになりました。ものごとの名を知るということは、かくも重要なことなのですね。本名を容易には明かさなかった古代人の心理と結び付くような気がします。

今は昔の思い出話でした。

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