[2008年08月21日(木) ]
垂渓庵です。
小学生のころ、「恐怖新聞」や「うしろの百太郎」「恐怖」「怪」などの心霊、恐怖系の漫画が流行った時期がありました。ちょっとしたオカルトブームだったのでしょう。「ムー」という雑誌が発刊されたのはそれよりも少し後でしたか。
こっくりさんが流行り、何人かで学校の空き教室に忍び込んでやったのもそのころのことです。古くて使われていない校舎があったのです。何と今年のゴールデンウイークの時点でまだ残っていました。道から見る限り窓枠なども錆びていて、劣化が進んでいるようなのですが。取り壊せばいいようなものですが、壊せない事情でもあるのでしょうか。大規模な造成が行われても変に残されている社か何かのように。
閑話休題。とにかくオカルトブームに乗ったというのか乗らされたというのか、わたしとヒロちゃん、コウちゃんは心霊写真を撮ろうと思い立ち、後に凍りつくような体験をすることになる裏山へと出かけたました。
色んなところで写真を撮りました。墓場の遠景。墓場の近景。墓場の横にあった焼き場。焼き場の裏の池──お骨を拾った後の灰などを捨てたと言われていました──。
……。すみません。全然色んなところではありません。ピンポイントで墓場の周辺を狙っていたのです。
三十六枚撮りの白黒フィルム一本を撮りきったはずです。古いカメラでした。デジカメでもなくコンパクトカメラでもなく、一眼レフでもありません。ビューファインダーというのぞき窓がついているやつです。とにかく撮りきったので現像。中学の時は理科室にある暗室で自分で現像したりもしたのですが、この時はカメラやさんに持っていきました。
出来上がってくるまでは、わくわくするようなちょっと後悔するような気持ちでいました。もしも心霊写真が写っていたらどうしようと思っていたんですかね。同じようなドキドキは、後年、秘孔らしき場所を突いて、本当に「ヒデブ」とかになっちゃったらどうしようと思ったときにも感じました。
数日後にいよいよ写真が出来上がってきました。現在のようにデジタル映像花盛りではなかった割には現像→焼き付けの時間は早かったように思います。で、焼き上がりの結果は…。残念ながら素人目には心霊らしきものは写っていませんでした。フィルム代と現像焼き付け代は全くの無駄に終わってしまったのです。ま、写真を撮っている間と焼き上がるまではけっこう楽しめたので、差し引きしても足は出なかった感じですが。
実家を探せば写真はまだ残っているだろうと思います。いい加減色あせた墓場の写真。あの時は何も異界のものは写っていませんでしたが、今見たらひょっとしたら……。