[2008年02月25日(月) ]
垂渓庵です。
気がつけばZ会ブログもにぎやかなことになっています。
Z会ブログだけに限らず、世の中的にはブログが花盛りだそうです。
かくいうわたしもこの場を与えていただいて一年が過ぎようとしています。
ここらでブログというものについて考えてみましょう。
一年近くブログの更新を続けていながら、
実はわたしはブログというものが何を書いていく場なのか、よくわかっていません。
ブログとはこんなものだという社会的なコンセンサスはあるのでしょうか。
試みにウイキペディアを見てみましょう。こうあります。
何やらなんでもありといったような状況を呈しているようですね。
活況と言っていいのかどうか。
情報発信の手段としてどうあるべきかという議論は様々にありそうですが、
そのあたりはしばらく置いておくことにしましょう。
わたし個人についていうと、ブログに記事を書くという行為は、
自分の引き出しの中身を整理して空間を作ることを意味します。
と言っても、書いたら忘れるという意味ではありません。
内田百閧フような名文家であれば、同じことを何度書いてもいいかもしれません。
百闔ゥ身、同じことを何度も書くぞと明言していたはずです。
しかし、わたしがこのブログで同じことを何度も取りあげるのはいかがなものでしょう。
やはり繰り返しや重複は避けた方がいいだろうと思われます。
となると、あるネタについてこの場で書くということは、
それ以後──少なくともこの場では──
そのネタを中心に据えては書けないということと同義になります。
引き出しに空間を作るというのは、そういう意味です。
あるネタについてここに書く=収納庫からそのネタを取り出して使ってしまう
と考えてもらえばいいでしょうか。
当然補充しなければ在庫は減っていきます。
ネタをため込むという作業が必要になってきます。
ですから、年頭の今年の抱負でも、
これまでに「耽読翫市」で吐き出したネタに代わる新たなネタを補充していく。
と書いたのです。
しかし、ネタの補充を第一義として本を読んだり、
何かに首を突っ込んだりするのは、あまり好きではありません。
あくまでも気ままに読み、気軽に何かに首を突っ込むというのが
わたしの生活のスタイルです。
もちろん、常にそんな気ままが許されるわけではありません。
たとえば、勤務校の入試作成のための原典を探したり、
模擬試験や教材作りのお手伝いをするような時、
好き勝手に何かに首を突っ込むというわけにはいきません。
そこは多少の妥協をしながら過ごしていくのですね。
が、比較的短い間隔でブログを更新しようと思うと、
そんな妥協程度ではすまなくなるのではないかなという気がします。
今はまだストックしているネタがたくさんありますし、
新たなネタの補充もわりと順調にいっていますが、
そのうちネタ探しに汲々とするようになるかもしれません。
そうなった時が、このブログのやめどきなのかなと思っています。
ま、その前にZ会的にわたしのブログは必要ねえやってことに
なってる可能性が大きいですけどね(笑)
花盛りのブログですが、そんな風に考えると、それぞれの書き手にとって
ブログは永続的な媒体であると言えるのかどうか、心許ない気もします。
少なくとも、わたし的には、ブログってのは魅力はあるけれど、
下手をすると書き手を疲弊させかねない、
諸刃の剣のような存在であるという気がしてなりません。
もちろん、日記代わりに毎日の心覚えを書いたり、
更新頻度がうんと低かったりするものであれば、
その限りではありませんが。
以前からのZ会ブログの書き手の皆さんや
新たにZ会ブログに加わった皆さんが、
どんな風にブログというものとつきあっていかれるのか、
実は興味津々です。
これからじっくりと観察していきたいと思います。
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