[2008年01月24日(木) ]
垂渓庵です。
前回、センター試験について書いていて、共通一次試験を受けたときのことを思い出しました。共通一次試験は今のセンター試験の前身のようなものと考えてもらえばいいでしょう。
その共通一次試験を受けたときのことです。わたしなりの合格祈願法をもってしても、全くの平常心で試験に臨むことはできませんでした。やはりなにがしかの緊張を感じました。そして、その緊張感から間抜けな失敗をしてしまったのです。
おそらくいちばん最初に行われたであろう国語の試験の時のことです。わたしはどういうわけか1から100ぐらいまであるマークシートの番号と同じぐらいの問題があると勘違いしてしまいました。たぶん80分で80題解かなきゃいけないと思ったんだと思います。
その勘違いをしたまま、わたしは問題を解きだしました。落ちついて考えればわかることですが、国語のマーク式の読解問題を一問一分ぐらいで解けるわけがありません。でも、わたしは何とかそのペースを維持しようと全力で問題に取り組みました。
三十分をすぎたあたりでマークの番号の27か28まで解き進んだでしょうか。頭が熱くなって、ぶんぶん唸りを上げています。それでも一分一問は無理です。絶望感に囚われかけたとき、ふと問題の冊子の残りがほとんどないことに気づきました。
で、ページをめくってみると、何と全体の半分以上を解いてしまっているではないですか。驚きました。いや、そんな驚きを感じた自分が今のわたしには驚きです。残すは古文の一、二問と漢文だけという状態になっていました。
そのあとしばらくは頭がぼーっとして、問題を解く気にもなりませんでした。完全にオーバーヒートです。当たり前ですね。三十分で現代文の二題と古文の大半を解くなどというような無茶をしちゃったんですから。
なんでこんなミスをしちゃったんだという自分への腹立ちよりも、よかった、時間が足りたんだという安堵感がわたしを包んでいたんじゃないでしょうか。その時は正しくほうけたような状態になっていたと思います。
そんなわたしが今では生徒に「本番では絶対あがると思え。それでも崩れない基礎力を養え!」などと言っているなんて…。世も末というのでしょうか。世の中わからないものだとでも言っておけばよいのでしょうか。
何にしても、受験という非日常的な場では予想外の出来事が起こりうるのだ、ということを説得力と迫力を持って生徒に語ることができるようにはなったと思います。
今となっては笑い話の思い出でした。