[2008年01月31日(木) ]
垂渓庵です。
学生生活をしているとユニークな先生に出会うことがあります。
わたしが高校時代に倫理社会を習った先生も非常に変わっていました。
最初の授業で開口一番、
自分の授業を受けても共通一次試験は受けられません、
と力強く宣言されました。
全部の範囲はしない、というのがその理由でした。
今と時代が違っていたのですね、暴動が起きることもなく、
その後授業は粛々と進んでいきました。
範囲は西洋哲学史。
それだけです。
一年間みっちりと哲学史の概説が続きました。
ギリシャの自然哲学だけで一学期の半ば以上を費やしたでしょうか。
「万物のアルケーは〜である」ってなことをさんざん聞かされました。
当然ソクラテス、プラトン、アリストテレスについても説明が続きます。
今から思い出しても丁寧な説明でした。
そりゃそうですね。倫理社会の一分野に特化した授業なんですから。
ベーコン、ルソー、カント…。
一項目についての説明がどんどん詳しくなります。
三学期もほとんど終わり頃、
やっとヘーゲル、マルクスにたどりつきました。
実存主義はやらない、とのことでした。
理由は、好きじゃないから(−−)
受験生をお持ちの親御さんであれば、
受験に対応できない授業展開なんてけしかんらん!
教科内容に好き嫌いを言うとは何ごとだ!
と、おっしゃられるかもしれませんね。
でも、わたしはあの授業、嫌いではありませんでした。
むしろ面白かったです。論述式のテストには閉口しましたが。
今から思えば、あの授業は大学の教養学部の概論のようなもので、
テストはその概論の試験ようなものでした。
あの授業の形式を今のわたしの勤務校で実践されると、
ちょっと困るかなとも思いますが、あんな授業があってもいいんじゃないの、
と、趣味性の強い教材を使うことのあるわたしなどは、思ってしまうわけです。
風の噂ではあの先生はどこかの大学の学長をしておられるとか。
それを聞いたときは、しばし哲学的瞑想にふけってしまいました(笑)
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