毎度ご無沙汰していたら、今年もあと2週間。来年の目標は「
Z会ブログを1週間に1度更新する」とでもしましょうかね?
12月は「師走」。よく「師」を「走」らすほどにバタバタと忙しい月なのだなどと解釈されるのだが、「師走」の語源は実は定かではない。しかしまあ、年末のいそいそとした世相のイメージには合っているから、当て字とは言えどなかなかおもしろいものだと感じさせられる。
ここ数年の僕の「師走」には、例年一定の流れがあったりする。上旬〜中旬にかけて忘年会や飲み会が集中する。それが過ぎるとクリスマス。編集時代はなぜかクリスマス前後の仕事が一年でもとくに忙しかった記憶がある。クリスマスを過ぎればいよいよ年の瀬で、これまた忘年会が入る。で、大晦日になって、ようやく年賀状を印刷しはじめる。手遅れ。除夜の鐘が響く頃は、大抵机の上で年賀状と格闘中だ。
クリスマスにまつわる作品といえば、すぐに思い浮かぶ作品が二篇。ひとつは向田邦子さんの「チーコとグランデ」(文春文庫『父の詫び状』所収)。名エッセイストだった向田さんは、実は生涯独身だった。「クリスマスにケーキを食べなくなって何年たつだろう」の書き出しから、クリスマスの夜の通勤電車内での心の葛藤が描かれる。
もう一篇はというと……
ある作家の小説の世界を知ると、しばらくその世界にどっぷりと浸かってしまい、出られなくなることがある。
僕がこれまでに心底からどっぷり浸かった作家さんは三人だった。宮本輝、立原正秋、そしてもう一人が、太宰治。
その太宰が、「メリイクリスマス」という短編作品を残しているのをご存知だろうか。
数年前のこと。父方の祖母が亡くなったため、年始の挨拶を控えることになった。しかし、12月も中旬のこと。これから喪中はがきを印刷し、投函する時間もない。
そこで、メールアドレスのわかっている知人に向けて、クリスマスにe−カードを出すことにした。
毎年、年賀状には大抵その年の干支が含まれた作品の一節を引用する。「虎」「午」といったあたりは作品も思い浮かぶのだが、「未」「亥」といったあたりはなかなか思い浮かばなかったりもする。
その点では、たまには「クリスマス」にまつわる作品を引用してみるのもおもしろい。そこで、すぐに浮かんだのが太宰の「メリイクリスマス」(新潮文庫『グッド・バイ』所収)の最後のシーンだった。
太宰の「メリイクリスマス」のラストシーンは、クリスマスのイルミネーションのイメージとはまた異なった、静かでしんみりとした趣きで締めくくられる。
12月のはじめ、主人公の笠井(モティーフはおそらく太宰その人の私生活である。そういえば、「太宰」と「笠井」という名前は響きが似ている)が東京郊外でばったり会ったのは、以前親しくしていた女性の娘だったのだ。
お母さんも誘って街で飲もうと切り出した笠井だが、娘は乗り気ではない。
ここで笠井は大きな勘違いをする。このあたりがいかにも太宰らしい、人間の弱さの描写である。この娘は自分に恋をしているのではないかと勘違いしてしまうのだ。
母娘が暮らしているはずの家に近づくにつれ、足取りが重くなる娘。これは恋愛だという思いを確信へと変えていく笠井。
やがて母が住んでいるはずのバラックのアパートに到着する二人。そこで、娘は突然血の気を失い、泣き出してしまう。
母はすでに広島の空襲で亡くなっていたのだった。死の間際のうわごとに、笠井の名前も出たのだという。
母の死を言いそびれ、母の話題になると寡黙になっていた娘。それを自分に対する嫉妬であると勘違いしていた笠井。
二人はそのまま引き返し、母の好きだったうなぎを食わせる店へと入る。
(以下、引用)
「いらっしゃいまし。」
客は、立ちんぼの客は私たち二人だけで、屋台の奥に腰かけて飲んでいる紳士がひとり。
「大串がよござんすか、小串が?」
「小串を。三人前。」
「へえ、承知しました。」
その若い主人は、江戸っ子らしく見えた。ばたばたと威勢よく七輪をあおぐ。
「お皿を、三人、べつべつにしてくれ。」
「へえ。もうひとかたは? あとで?」
「三人いるじゃないか。」私は笑わずに言った。
「へ?」
「このひとと、僕とのあいだに、もうひとり、心配そうな顔をしたべっぴんさんが、いるじゃねえか。」こんどは私も少し笑って言った。
若い主人は、私の言葉を何と解したのか、
「や、かなわねえ。」
と言って笑い、鉢巻の結び目のところあたりへ片手をやった。
(引用終わり)
亡くなった娘の母の分までうなぎを注文し、あたかも三人で飲んでいるかのように振舞う笠井。コップ酒も三人分が並べられる。
にこりともせず、黙々と酒を飲む主人公。先ほどまでの浮ついた恋愛の兆しはどこへ行ったのか。一言も会話を交わさない二人。
そして、最後のシーンがやってくる。
(以下、引用)
私は黙々として四はい五はいと飲みつづけているうちに、屋台の奥の紳士が、うなぎ屋の主人を相手に、やたらと騒ぎはじめた。実につまらない、不思議なくらいに下手くそな、まるっきりセンスの無い冗談を言い、そうしてご本人が最も面白そうに笑い、主人もお附き合いに笑い、「トカナントカイッチャテネ、ソレデスカラネエ、ポオットシチャテネエ、リンゴ可愛イヤ、気持ガワカルトヤッチャテネエ、ワハハハ、アイツ頭ガイイカラネエ、東京駅ハオレノ家ダト言ッチャテネエ、マイッチャテネエ、オレノ妾宅ハ丸ビルダト言ッタラ、コンドハ向ウガマイッチャテネエ、……」という工合いの何一つ面白くも、可笑しくもない冗談がいつまでも、ペラペラと続き、私は日本の酔客のユウモア感覚の欠如に、いまさらながらうんざりして、どんなにその紳士と主人が笑い合っても、こちらは、にこりともせず酒を飲み、屋台の傍をとおる師走ちかい人の流れを、ぼんやり見ているばかりなのである。
紳士は、ふいと私の視線をたどって、そうして、私と同様にしばらく屋台の外の人の流れを眺め、だしぬけに大声で、
「ハロー、メリイ、クリスマアス。」
と叫んだ。アメリカの兵士が歩いているのだ。
何というわけもなく、私は紳士のその諧ぎゃくにだけは噴き出した。
呼びかけられた兵士は、とんでもないというような顔をして首を振り、大股で歩み去る。
「この、うなぎも食べちゃおうか。」
私はまんなかに取り残されてあるうなぎの皿に箸をつける。
「ええ。」
「半分ずつ。」
東京は相変らず。以前と少しも変らない。
(引用終わり・作品完)
「ハロー、メリイ、クリスマアス。」酔客の発したこの一言が、重苦しい雰囲気を柔らかにさせた。思わず吹き出した主人公にとって、このたわいもなくひねりのない冗談が、娘の母への思慕を断ち切るきっかけになったのだろう。最後に母の分のうなぎを娘と分けあい、この短編は終了する。
「メリイ」は「メリー」ではいけない。いかにも酔客が発した「メリイ」でなくてはいけない。同じ理由で、「クリスマアス」も「クリスマス」ではいけない。太宰の表現の巧さが光る。
しかもこの最後の場面では、「クリスマス」という日本の歴史においてはちょっと異質な年中行事に対する民衆の感覚を、巧く使っている。太宰がこの作品の冒頭で記している「東京の形而上の気質」に、主人公が救われた結末をとるあたりは構成の妙だ。そしてこの結末が、いかにも太宰らしい。
実は二番目に引用した最後の場面をe−カードに掲載したのだが、これがなかなか好評であった。
「知らなかったけどこの話、読んでみたくなった」「しんみりしていて好き」「いかにもぽん吉らしい」などなど。
そういえば今年は、太宰の代表作『人間失格』が6月〜8月の1ヵ月半で7万5000部という古典作品としては異例の売上を記録し、話題になった。集英社が文庫本の表紙に「DEATH NOTE」で知られる人気漫画家・小畑健さんのイラストを使用したところ、漫画購買層が大きく反応したなどと報じられた。
7年ほど前、とある高校の国語の先生に話を伺ったときのこと。「今の高校生はどんな作家さんが好きなんですかねえ?」と質問してみると、「太宰の『人間失格』は今でも意外に好きな生徒が多いんだよねえ。クラスの1/4くらいは、自分から読むんじゃないかな」という答えが返ってきたのも、もはや昔の話というわけではなさそうだ。
太宰の作品というと、単に暗いだけと思われる人もいるかもしれないが、そうではないと僕は思う。この人は実に、ユーモアが巧い。人間の弱さを、実感を込めて笑いを交えて表現するのが巧い。人間としての生まれながらの哀しみに直面したとき、なぜか心に沸いてくる笑いを表現するのが巧い。このことは、「メリイクリスマス」と同じ新潮文庫の短編集『グッド・バイ』に収められた「眉山」や「渡り鳥」といった作品にもいえる。
かといって、中学校の教科書に収められた「走れメロス」を太宰の代表作とする向きについては、僕は首肯しがたい気持ちがある。あの作品は、太宰のなかでは異質だ。モティーフがギリシア神話ということもあり、太宰の持ち味である「根源的な弱さ、暗さ」への表現には迫れていないような気がする。むしろ太宰作品であれば、主人公のメロスよりも、暴君ディオニスが人間不信に到った経緯などが主題にされそうだ。もっとも、太宰作品で中学校の教科書に掲載できる作品となると、かなり限定されるんだろうけれど。太宰はもっと、おもしろい。
太宰治が玉川上水に入水してから、来年で六十年を迎える。今年も桜桃忌には、たくさんの人々が訪れるにちがいない。
「ポジティブシンキング」を宗教のようにただただ連呼するだけではなく、たまには太宰でも読みながら、自分の根源的な暗さと弱さに向き合ってみるのもいいものだ。そんな経験が、「ひと」としての表現の豊かさや奥深さに結びつくのではないかななどと、僕は思っている。