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元中学コース編集部 繊粒庵ぽん吉

元中学コース編集部員から、日々の生活・考えたことをあなたに

     
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月は東に、日は西に
[2007年09月19日(水) ]

ご無沙汰しております。

最近は仕事で日本全国を東奔西走。夏休み返上であちらこちらへと飛び回っている。

先週は山形県米沢市、茨城県つくば市、そして大阪府堺市へ。これまですでに日本全国47都道府県のすべてに一応足を踏み入れているとはいえ、その土地土地の様子をじっくり見てきたわけではない。同じ都道府県といっても、山沿いの町、海沿いの町によってもまったく表情は異なっていたりする。都市圏では駅前が画一的に区画化され、同じような表情をしたりするものだが、都市圏から離れれば離れるほど、街の表情に独自性が見えたりする。

そんな東奔西走の日常を送っていたら、「東」「西」ということばから、この俳句を思い出した。

菜の花や月は東に日は西に

さて、この俳句、誰が読んだ句だかわかりますか? 次の@〜Cの中から選んでみましょう。

@松尾芭蕉
A与謝蕪村
B正岡子規
C斎藤茂吉

答えはAの与謝蕪村。松尾芭蕉が確立した近世俳諧の作風「蕉風」への回帰を呼びかけ、「天明調」と呼ばれる俳風を確立したとされる俳人だ。
蕪村の俳句というのは、しばしば「絵画的」と呼ばれるように、情景を頭に描きやすいものが多い。だから、俳句の楽しさを味わうのであれば、蕪村から入るのはオススメだと思う。この「菜の花や月は東に日は西に」も、菜の花の「黄」と、黄昏時の薄い藍に白んだ「月」と真っ赤な「日」という色彩のコントラストが、とても美しい。
蕪村の句では、その他以下に挙げるような句も、情景を想像しやすいのではないか。

さみだれや大河を前に家二軒

牡丹散つてうちかさなりぬニ三片

四五人に月落ちかかるをどりかな

情景ではなく時間の流れを巧みな表現で表した次の句も好きだ。

春の海ひねもすのたりのたりかな

「ひねもす」は漢字で「終日」と書く。でも、「終日」はひらがなで表記したほうが、直後の「のたりのたり」というスローなテンポと、視覚上でも一緒になっておもしろいような気がする。忙しいときなどにこの句を口ずさんでみると、少し心が癒されるかもしれない。「ああ、焦っても仕方ないか」のような感覚になる。

生活に根ざした句を読むのを得意としたのは、蕪村より後の小林一茶だが、蕪村の句の中にもこんな作品がある。

葱買うて枯木の中を帰りけり

この句などは、理想的・叙情的な風景というよりは、率直で庶民的な色が強い句だと思う。近代の詩人・萩原朔太郎はこの句の中に、葱の煮える庶民の生活背景、日常生活の艱難辛苦を読み取っている。
「葱」という野菜つながりで考えれば、小林一茶にはわかりやすくてほほえましいこんな庶民的な句がある。

大根引き大根で道を教へけり

「大根引き」は「だいこひき」と読む。大根の収穫のこと。畑で大根の収穫をしている農家の人に道を尋ねたら、大根で進むべき方角を示してくれたというもの。蕪村の句風とはまた違った、庶民の生活のおかしみが想像しやすい形で伝わってくる句で、ついついニンマリしてしまう。貧しい庶民の生活をユーモラスな表現を交えて詠みこむところは、小林一茶の句の特徴といえるだろう。

忙しい日常の中でも、作品を鑑賞し、味わうくらいの余裕はもっておきたいものだ。想像力が、癒しと活力をもたらしてくれる。
さて、明日は名古屋の街が待っている。

旅に病んで夢は枯野をかけめぐる  松尾芭蕉

の境地には、まだまだ早い。