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元中学コース編集部 繊粒庵ぽん吉

元中学コース編集部員から、日々の生活・考えたことをあなたに

     
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十島村の中学生へ!
[2007年05月22日(火) ]

いやー、またまたご無沙汰である。え、生きてたのかって? まあ、そう簡単には死にやしませんので、ご安心を。単に不精なだけですから。
何度か「今日こそ更新を!」と思ったのだが、ネタも浮かばず、忘れてそのまま帰宅を繰り返し、このザマだ。

まずは、ちょっとだけ宣伝でも。企業連合「エコネットみなまた」発行の「かづら」90号に、「水俣訪問記」という僕の文章が1Pほど掲載されてます。下記のページから甘夏なぞを注文すると、付録としてついてくる……はず。

http://homepage2.nifty.com/-kokage-/suzuran/hannouren.htm

実は上記のページに登場する水俣市の大沢さん宅で、僕は何度か農作業のお手伝いをさせてもらっています。無農薬の甘夏は、本当においしいんですよ。とくに収穫のあとの味は格別です。
過去の惨事に対して目を背けることなく、できることから地道に、正直に努力を続けていこうという水俣の農業の姿勢には、心打たれるものがあります。「見るべきところを」「きちんと見て」「行動する」、3つがきちんとできているなあと。過去を反省して行動することで、未来はよくなっていくはず。生産者のみなさんの姿勢には尊敬の念を送りたいです。

それはさておき……と。

近況でも。自宅から歩いて3分のところに、遅い時間まで営業しているスタジオを発見した。これなら遅い時間に帰っても練習できるって訳だ。そんなこんなで、先週はドラム三昧。打つべし! 打つべし! ってなテンションで、深夜の0時までドラムを叩いたりしていた。
ところが日曜日、バンドの音合わせの際に耳が「キーン」と。クラッシュシンバルの音がモロに右耳を直撃しちゃったみたいで、以来「ゴーッ」というクーラーのような音が右耳に響き続ける。今日になってだいぶよくなってきたのだが、昨日までは平衡感覚が欠如気味で、フラフラと。
しかしまあ、数年前には突発性難聴に罹ったこともあるし、耳の不具合にはもう慣れてきたな……平衡感覚がなくなっても、昼間から職場で酔っ払っているようで、何だか不思議な気分だ。この調子ならオレは「酔拳」でも使えるんじゃないかと(※ちなみに、中国の「酔拳」は実際にお酒を飲んで闘うのではないらしいです。へーっ)。あ、ハイ、仕事しますけど。

ところで、先日Z会の中学コースを受講してくれている人はどんなところに住んでいるのだろうと調査していて、驚いた。
市区町村別の比率の上位を眺めていると、そこに「鹿児島県十島村」の名前があったからだ。

うれしいな……実は僕は去年の春に、十島村を訪れている。
十島村っていうのは、実は日本で最も細長い村なのだ。それもそのはず。この村は屋久島と奄美大島の間、東シナ海に浮かぶ12の島から構成されているからだ。
この島々を「トカラ列島」と呼ぶ。12の島のうち、有人島は7つ。村民は660人余り(平成16年調査より)。最も人口の多い中ノ島で167人、最も人口の少ない小宝島では43人の島民が暮らしている。
僕が去年訪れたのはこの7つの有人島の1つ、悪石島。以前からその名前に引かれていて、死ぬまでに一度は足を運んでみたかったのだ。鹿児島から週に2便しかないフェリーに揺られること11時間余り、ようやく着いた悪石島は海に囲まれた険しい島だった。本屋はおろか、商店すら1件もない。つまり何もない。携帯電話も圏外(ただし、ドコモは電波が入る)。それでも人口わずか70人余りのこの島には、厳しくもあり、優しくもある本当の自然があったと思う。「秘境トカラ」――そのキャッチコピーのとおりだった。4日間お世話になった民宿の83歳のおばあちゃん……島のいろんな話を聞かせてくれたっけ。元気かなあ。また会いたいなあ。

そんな十島村の島々に、Z会の中学コースを受講してくれている中学生がいる! なんてうれしいんだろう、と。
郵便物だって週に2便しかないフェリーで届けるしかないのだ。そのフェリーに乗って、Z会の教材が運ばれて、島に住む中学生に届いているんだよね。そして、一生懸命解いた答案がポストに入れられて、またフェリーで運ばれて、添削されて、またフェリーに乗って島に着いて……
都会とは違って、塾がそこいらにあるわけではない。本屋すらないから参考書もなかなか買えないだろう。そんな島の中学生が、Z会の中学コースで勉強してくれている。

十島村だけではないんだよね。北海道の十勝岳の麓の小さな温泉地に住んでいる中学生もいる。日本海に面した小さな村の中学生がたくさん受講してくれていたりする。
個人情報保護法の関係で具体的なことは書けないのだけれど、僕はそんなみんなに
「○○都道府県××市区町村の中学生のみんな、Z会を受講してくれてありがとう! オレもがんばってるよ。君たちもがんばれ!」
って声をかけたくなった。

通信教育のよさって、こんなところにあるのかもしれないね。
とっても広い範囲で、自分たちの作った教材を使ってくれている人がいる。黙々とデスクで検討していた国語の問題が、日本全国の中学生のもとに飛んでいく。
そのスケールの大きさを実感するとき、編集部ってすごい仕事をしていたんだなあと、改めて過去の自分の責任の重さを痛感せざるを得ないのだった。

合格者の一言カードを見て
[2007年05月05日(土) ]

最近は珍しく更新ペースが速い。一念発起、心を入れ替えてこれからは毎日更新!……ってわけでもないのだけれど、今日はちょっと伝えたいことがあったので。

Z会中学コースでは、毎年「受験後一言カード」というものを、入試を終えた会員さんから送っていただいている。届いたカードは編集部内にも回覧されるのだが、実はこの喜びの声が、僕にとっては何よりもうれしかったりするんだよね。
会員さんが志望校に合格したという報告を目にしたとき、それまでに行なってきた仕事での苦労が少し報われたような気がするのだ。もちろん、実際に努力したのは中学生のみんな自身。でも、目標の実現に少しだけでもZ会が手助けできたのであれば、それは何よりの喜びだったりするのだ。

今年もたくさんの一言カードが届けられた。僕はすでに編集部員ではないけれど、やはり以前まで担当していた国語・作文教材に関する感謝のコメントが見つかると、素直にうれしくなってしまう。
今年は結構的中問題が多かったみたいだ。「Z会で直前にやった問題文がそのまま出題された」「Z会でみっちり練習した文がそのまま入試に出た」「私立入試でまったく同じ古文の文章が出題されていた」「作文で同じような課題が出題された」などなどの声が、例年に比べてかなり多いなあと思う。島根県では古文の問題文が的中したのかな? どの教材で使用したどの問題文が、どの高校の入試で出題されたのかまですべて調査されているわけではないのだけれど、元国語科編集部のメンバーとして、的中という事実によって中学生のみんなのお役に立てたのだったらうれしいですね。

でも、「的中」という事実は、僕たちZ会のスタッフが「読んでもらいたいな」と思って教材で出題した文章について、学校の先生方も同じく「読んでもらいたい」と思ったから入試に出たという結果として、引き起こされるものでありたいなと思う。僕たちは別に、入試問題を「的中させる」ために問題を作っているのではない。Z会の中学国語科の編集部員っていうのは、正直すぎるくらい「中学生に読んでもらいたいからこの文章を出題したい」という思いが強い。そしてそれは、中学・高校の先生方でも同じだと思うんだよね。中学生のみんなが、読んで何かを考えさせられる可能性があるから、大事な何かを発見できるかもしれないから、つまりは人間的な成長を考えた結果、起こされる事実なのだと思う。僕は8年間、毎年公立高校の国語入試問題の分析をしてきたのだけれど、入試の問題文っておもしろいんだよね。入試というのは通過儀礼に過ぎないけれど、でもせっかくの通過儀礼でもあるんだ。だったらいい作品・いい文章を紹介したいよね。「そういや入試であんな文章が出たっけ」とふと思い出して、本屋さんで文庫本を手にとってみたっていいじゃないか。
もちろん、これは高校入試に限ったことじゃない。一貫校生対象のコースで出題している問題文も思いは変わらない。学校で実施されている模擬試験だって、思いは変わりません。

今年中学3年生のみんなも、来年のはじめには高校入試を迎える。ぜひ志望校に合格して、喜びのコメントをZ会のスタッフに送ってもらいたいなって思います。その感動の一言を楽しみに、僕たちは仕事をしているのだから。合格って、いいもんだよ。

ホスト、デイトレ、そしていま
[2007年05月02日(水) ]

世の中はゴールデンウィーク中。昨日・今日と会社をお休みして、海外などへ足を運んでいる人も多いのだろう。
Z会はゴールデンウィークでも営業している。ゴールデンウィークだからといって、会員さんからの質問を受け付けないわけにはいかないからね。職場は今日も社員で溢れている。せっかくなので、質問の電話でもかけてくださいな。

バンドメンバーと、さらに新しい曲をコピーしてみることになった。MR.BIGの「Green-tinted Sixties Mind」。コレも懐かしい曲だなあ……MTV世代、この曲のビデオクリップもよく見たっけ。当時はあまりMR.BIGって好きじゃなかったんだけど、実際に叩いてみる側となった今、もう一度聴いてみたらまた違う感覚が味わえるかもしれないなと思う。読書も同じかもしれない。中学生のときに学校の課題図書で読まされて途中で挫折した有島武郎の「生れ出づる悩み」を、大学生のときにもう一度読んでみたら、えらく感動した憶えがある。
しかし、最近ドラムの練習サボリがちなんだよね……ヤバいな、早くスタジオ入らないと。

以前一緒のクラスでドラムのレッスンを受けていたYくんという友達がいる。
僕より干支で1回り下の22歳。そんな彼から久しぶりに電話をもらったのは、2週間前の夜のことだった。
「今度F社のコールセンターで働くことになったんですよ」
そうか、それはよかったね。おめでとう。会社で社員として働くのは、彼にとって初めての経験。面接で僕を採用してくれた人に感謝しながら働きたい、そう彼は言う。

22歳という年齢を見て、ああ、ちょっと前まで大学生だった新卒さんなのねと思った人もいるかもしれない。しかし、彼の場合はこれまでに歩んできた道が、そんな新卒さんとはちょっとちがう。
18歳、大学に入学してからホスト稼業に就いた。1年半のホスト稼業の間に、大学を中退している。最終的に店をやらないかと言う話もあったというのだから、だいぶ稼いでいたようだ。毎晩交わす客との杯の傍らで、昼間はスタジオにこもりドラムの練習に没頭した。実は彼から初めてそんな話を聞いたときに、ちょっと驚いた。なぜか。腰が低く物腰の柔らかい話し方、温和な表情は、ギラギラとしたホストという職のイメージとは相反していたからだ。彼はそんな好青年だった。

ホスト稼業から身をひいて、株のデイトレーダーの道へ。レッスンを辞めた彼と最後に話をしたのはこの頃だった。「親父を助けてあげたいんです」彼はそう語っていた。菓子メーカーに勤める彼の父親は、会社で格下げ人事にあっていた。元気なく家に帰ってくる父親の口からは、愚痴ばかりが出てきた。給料もかなり減らされ、生活も厳しくなったという。住宅ローンもまだ残っている。何不自由なく高校・大学まで行かせてくれた家族、自由にさせてくれていた家族に、恩返しをしたい。だから、稼がないと。

最初は夢に溢れていたデイトレーダーの道も、次第に辛さを増していったという。一人暮らしで生計を立ててきたくらいだ。それなりに株では勝っていた。家にもきちんとお金を入れていたという。しかし、パソコンから一瞬目を離せば、+100万円が-100万円へと変動している世界。毎日の結果に一喜一憂し、それが生活に直結する。次第に心がおかしくなってきた。身体も壊した。人との接触を取らなくなり、実は半分引きこもりになっていたという。
これじゃヤバい、そう思って深夜コンビニのバイトで働き始めた。定収があるということがどんなに素晴らしいことか。そして本格的に仕事を探し始めた。

久しぶりに電話をくれたとき、彼は僕にこんなことを言った。
「定収もない僕がぽん吉さんに連絡取るのは、失礼だって思ってたんです。でも、今回やっとちゃんと仕事が決まったから」

新横浜の立ち飲み屋で、2年ぶりの再会。彼は相変わらず、親思いで礼儀正しい好青年だった。親父さんの近況も久しぶりに聞かせてくれた。適度に距離をとりながら、うまくやってますよ。会社は相変わらずみたいですね……いつか喜ばせてあげたいです。そう語った。
新しい職場はどうなの?
「自分が入社したその日、一人で昼ご飯を食べてたら、責任者の人がわざわざ僕の席まで挨拶に来てくれたんです。君か、期待してるよ、と声をかけてもらいました。それが何だかうれしくて。」
今は会社に行ってお金をもらえる。収入は今までよりも少ないのかもしれない。
でも、そんな安心感のほうが、今の彼にとっては貴重なのだ。
「もうああいう暮らしは、ゴメンですね。堅く生きます」

将来的には経理の仕事に就きたいと彼は言う。株の取引で学んだ知識を生かして、企業財務にかかわる仕事をしたい。そのために、今は簿記の勉強もしている。
「今は僕のほうがドラム、すっかり叩いてないですよ。バンドも解散しちゃったし」彼は笑った。
彼には高校時代から6年間交際している彼女がいる。
「結婚してほしいって、向こうの両親にも言われてるんですけどね。まあ、しばらく経ったら落ち着きます」
34歳にしていまだ独身の僕に比べれば、何と立派で親孝行なことか……

いいじゃないね、紆余曲折があって。
若いときなんて、遊んでたっていいと思う。遊んでないヤツより、いろんな人の気持ちがわかる。さもわかったような顔をして、人について偉そうにモノを言っているヤツのほうが、よほど厄介だ。
紆余曲折の間に得た知識だって、馬鹿にはならないさ。酸いも甘いも噛み締めてきた強さ。それが謙虚さというひとつの形に結実したとき、彼のような表情になるのかもしれない。
穏やかな口ぶりの彼なら、いざとなれば営業だってできるだろう。ホスト時代の経験だって、決して無駄にはなっていないさ。

別れ際、彼は僕に手を差し出した。
「前にぽん吉さんと飲みに行ったとき、最後にこうして握手したのをよく覚えてるんですよ」
そうだっけな……オレ、すでに忘れてるな。でも、彼が言うんだからそうなんだろう。
手と手を通じて伝わる2年間の重み。彼の生きてきた、証。
「おう。お互いに、がんばろうな」
そう声をかけて、夜の地下鉄への階段を降りていった。