世の中はゴールデンウィーク中。昨日・今日と会社をお休みして、海外などへ足を運んでいる人も多いのだろう。
Z会はゴールデンウィークでも営業している。ゴールデンウィークだからといって、会員さんからの質問を受け付けないわけにはいかないからね。職場は今日も社員で溢れている。せっかくなので、質問の電話でもかけてくださいな。
バンドメンバーと、さらに新しい曲をコピーしてみることになった。MR.BIGの「Green-tinted Sixties Mind」。コレも懐かしい曲だなあ……MTV世代、この曲のビデオクリップもよく見たっけ。当時はあまりMR.BIGって好きじゃなかったんだけど、実際に叩いてみる側となった今、もう一度聴いてみたらまた違う感覚が味わえるかもしれないなと思う。読書も同じかもしれない。中学生のときに学校の課題図書で読まされて途中で挫折した有島武郎の「生れ出づる悩み」を、大学生のときにもう一度読んでみたら、えらく感動した憶えがある。
しかし、最近ドラムの練習サボリがちなんだよね……ヤバいな、早くスタジオ入らないと。
以前一緒のクラスでドラムのレッスンを受けていたYくんという友達がいる。
僕より干支で1回り下の22歳。そんな彼から久しぶりに電話をもらったのは、2週間前の夜のことだった。
「今度F社のコールセンターで働くことになったんですよ」
そうか、それはよかったね。おめでとう。会社で社員として働くのは、彼にとって初めての経験。面接で僕を採用してくれた人に感謝しながら働きたい、そう彼は言う。
22歳という年齢を見て、ああ、ちょっと前まで大学生だった新卒さんなのねと思った人もいるかもしれない。しかし、彼の場合はこれまでに歩んできた道が、そんな新卒さんとはちょっとちがう。
18歳、大学に入学してからホスト稼業に就いた。1年半のホスト稼業の間に、大学を中退している。最終的に店をやらないかと言う話もあったというのだから、だいぶ稼いでいたようだ。毎晩交わす客との杯の傍らで、昼間はスタジオにこもりドラムの練習に没頭した。実は彼から初めてそんな話を聞いたときに、ちょっと驚いた。なぜか。腰が低く物腰の柔らかい話し方、温和な表情は、ギラギラとしたホストという職のイメージとは相反していたからだ。彼はそんな好青年だった。
ホスト稼業から身をひいて、株のデイトレーダーの道へ。レッスンを辞めた彼と最後に話をしたのはこの頃だった。「親父を助けてあげたいんです」彼はそう語っていた。菓子メーカーに勤める彼の父親は、会社で格下げ人事にあっていた。元気なく家に帰ってくる父親の口からは、愚痴ばかりが出てきた。給料もかなり減らされ、生活も厳しくなったという。住宅ローンもまだ残っている。何不自由なく高校・大学まで行かせてくれた家族、自由にさせてくれていた家族に、恩返しをしたい。だから、稼がないと。
最初は夢に溢れていたデイトレーダーの道も、次第に辛さを増していったという。一人暮らしで生計を立ててきたくらいだ。それなりに株では勝っていた。家にもきちんとお金を入れていたという。しかし、パソコンから一瞬目を離せば、+100万円が-100万円へと変動している世界。毎日の結果に一喜一憂し、それが生活に直結する。次第に心がおかしくなってきた。身体も壊した。人との接触を取らなくなり、実は半分引きこもりになっていたという。
これじゃヤバい、そう思って深夜コンビニのバイトで働き始めた。定収があるということがどんなに素晴らしいことか。そして本格的に仕事を探し始めた。
久しぶりに電話をくれたとき、彼は僕にこんなことを言った。
「定収もない僕がぽん吉さんに連絡取るのは、失礼だって思ってたんです。でも、今回やっとちゃんと仕事が決まったから」
新横浜の立ち飲み屋で、2年ぶりの再会。彼は相変わらず、親思いで礼儀正しい好青年だった。親父さんの近況も久しぶりに聞かせてくれた。適度に距離をとりながら、うまくやってますよ。会社は相変わらずみたいですね……いつか喜ばせてあげたいです。そう語った。
新しい職場はどうなの?
「自分が入社したその日、一人で昼ご飯を食べてたら、責任者の人がわざわざ僕の席まで挨拶に来てくれたんです。君か、期待してるよ、と声をかけてもらいました。それが何だかうれしくて。」
今は会社に行ってお金をもらえる。収入は今までよりも少ないのかもしれない。
でも、そんな安心感のほうが、今の彼にとっては貴重なのだ。
「もうああいう暮らしは、ゴメンですね。堅く生きます」
将来的には経理の仕事に就きたいと彼は言う。株の取引で学んだ知識を生かして、企業財務にかかわる仕事をしたい。そのために、今は
簿記の勉強もしている。
「今は僕のほうがドラム、すっかり叩いてないですよ。バンドも解散しちゃったし」彼は笑った。
彼には高校時代から6年間交際している彼女がいる。
「結婚してほしいって、向こうの両親にも言われてるんですけどね。まあ、しばらく経ったら落ち着きます」
34歳にしていまだ独身の僕に比べれば、何と立派で親孝行なことか……
いいじゃないね、紆余曲折があって。
若いときなんて、遊んでたっていいと思う。遊んでないヤツより、いろんな人の気持ちがわかる。さもわかったような顔をして、人について偉そうにモノを言っているヤツのほうが、よほど厄介だ。
紆余曲折の間に得た知識だって、馬鹿にはならないさ。酸いも甘いも噛み締めてきた強さ。それが謙虚さというひとつの形に結実したとき、彼のような表情になるのかもしれない。
穏やかな口ぶりの彼なら、いざとなれば営業だってできるだろう。ホスト時代の経験だって、決して無駄にはなっていないさ。
別れ際、彼は僕に手を差し出した。
「前にぽん吉さんと飲みに行ったとき、最後にこうして握手したのをよく覚えてるんですよ」
そうだっけな……オレ、すでに忘れてるな。でも、彼が言うんだからそうなんだろう。
手と手を通じて伝わる2年間の重み。彼の生きてきた、証。
「おう。お互いに、がんばろうな」
そう声をかけて、夜の地下鉄への階段を降りていった。