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[2007年08月13日(月)
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気づけば立秋を過ぎていました。残暑お見舞い申し上げます。
横浜でも毎日暑い日が続いている。と言っても、勤務中は建物の中にいるわけだから外界の暑さはわからない。
今年は何か夏らしいことをしたかなーと考えてみるのだが、プールや海とは無縁の生活だ。避暑地に出かけてもいない。強いていうならば、7月に仲間内で屋形船に乗ったことくらいかな。神奈川新町というところから、横浜のみなとみらい地区まで。夜の海風が心地よい。心地よいから、お酒も進む道理だ。
ふと気づいたのだが、そういえば今年は蚊をまったく見ていない。
例年であれば部屋やら店やらで、耳もとでブンブンと唸る蚊との格闘シーンがあるものなのだが、どういうわけか今年はその姿さえ見ていない。目にするのはショウジョウバエくらいなものだ。無論、一度も刺されていない。
同じことはゴキブリについても言える。毎年この時期までに1匹や2匹くらいは目にするものなのだけれど、今年はどういうわけか見ていないなあ。
ま、どちらも害虫ゆえ、見なくなって寂しいというものでもない。自分が鈍感になってきたのかもしれない。いや、それとも世の中自体が衛生的になったのかもしれないな。天邪鬼な僕は、ここで「いやいや、もしかしたらヤツらは、殺虫剤に負けないような『スーパー蚊』や『快足ゴキブリ』へと変身すべく、今は休業中なのかもしれんぞ」などと想像しちゃったりするんだけど。
夏においしい野菜といえば、枝豆にトマトだろう。風呂上りのお父さんが、枝豆や冷やしトマトをつまみにビールなどを飲む光景などは、家庭でもたまに見られるのではないか。
枝豆もトマトも、最近はブランド志向のようだ。
僕が昔住んでいた山形県・庄内で取れる枝豆は「だだちゃ豆」と呼ばれ、今では大変人気のあるブランドになった。農学部の学生だったバイトくんが大学でたまたま豆の栽培を担当していたものだから、毎年タダで家に持ってきてくれた。茹でると、鍋から普通の枝豆よりも香ばしい匂いが漂ってくる。食べれば手が止まらなくなる美味しさだった。農学部の学生になぜ味が異なるのかと尋ねれば、やはり最も大きいのは土壌の違いですとの答えだったと記憶している。
トマトといえば、最近の飲食店のメニューでは「桃太郎トマト」というブランド名をよく目にするようになった。「桃太郎」という名前から察しがつくように、岡山県で栽培されているトマトだ。真っ赤に熟れた色が食欲をそそる。トマトは雨が苦手で、日照時間の長い地域で栽培される。岡山県の高原地帯は、気候条件がトマトの栽培に適しているのだそうだ。
トマトといえば、夏になるとふと思い出す短編小説がある。
宮本輝『トマトの話』(新潮文庫『五千回の生死』所収)。
宮本輝さんの小説には、一時期熱中した覚えがある。きっかけは、僕が浪人時代に通っていた予備校のテキストに過去問として掲載されていた、『途中下車』(講談社文庫『二十歳の火影』所収)というエッセイだった。この業界、「国語の得点アップの秘訣は、問題文を読んで自分がどう感じたかを捨てること」云々とよく言われるが、そんな御託を見事に覆すほどの力強さ、二重の驚きと、人間としての切なさに満ちた思い出深い作品だった。
無事に大学に入学してから、宮本さんの作品を読み漁った。とくに『幻の光』『星々の悲しみ』といった短編集が好きだった。
『トマトの話』は、『五千回の生死』という短編集の冒頭に収められている短編だ。
冒頭のこの作品の「夏の匂い」と「イメージ」に、まず「やられた」。
工事現場での夏の作業。できるだけ賃金の高いアルバイトをと思い応募した主人公だったが、仕事は思いのほか辛い。そんな工事現場で、主人公はある瀕死の労働者に出会うことになる。「トマトを買ってきてほしい」と嘆願され、そして一通の手紙を渡されるのだが……
そう、美味しそうなトマトほど、真っ赤なのだ。そして、その真っ赤なトマトから想起されるイメージが、この短編に登場する主人公の人生に影響する。
夏の夜の工事現場。アスファルトは昼間の熱気を吸い込み、その熱気は夜に放出される。まるで息をしているかのような夏のアスファルトの匂い。そして、そんな工事現場で働く人間たちの汗臭い匂い。
これらのイメージと匂いが混ぜ合わさって、忘れたくても忘れられない夏の出来事が紡ぎ出されることになる。
『五千回の生死』には、その他にもよい短編が収められていたなあと思う。表題作の『五千回の生死』をはじめ、『眉墨』も好きな作品だった。
その他の短編では、『星々の悲しみ』に収められている『西瓜トラック』も夏らしい作品といえるかもしれない。
夏といえば、子どもにとっては読書感想文の時期だったりもする。
上に紹介した作品は、大人になった今読み直しても何かを感じることができる作品かもしれない。だからこうして文章に綴ることができるのかもしれないなと思う。
夏の夜に、短編小説でもいかがでしょう?
今日は家に帰ったら、僕も久しぶりに宮本作品を手に取ってみようと思う。でも、トマトを食べながら宮本作品を読むことは、僕にはさすがにできないなあ。
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