英語よろずや日記(仮)

自称「英語よろずや」(願望含む)の縦横無尽自由自在傍若無人支離滅裂な雑文。

     
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私の機嫌をそこねるもの
[2008年03月22日(土) ]

こんにちは。
先日、Z会の某担当者さんからメールをいただきました。私はZ会さんのとある教材作りのお手伝いをしているのですが、私が関わった部分についてクライアントさん(その教材を使う人々の関係者、と言えばいいのかな)からお褒めの言葉をいただいたとのこと。
いつもいただいたテーマに沿って文章を作るのですが、これでいいかな大丈夫かなと思いながら納品するので、そういう言葉を戴くとそれまでの苦労(と書くと語弊がありますね。楽しみながら作っているので。でも文法や語彙・語数の制限に合わせるのは結構大変なんですよ〜。)が全部ちゃらになったような気がして非常に嬉しいです。ありがとうございます!>担当者さん

と嬉しいご報告をしつつ、なんとも変なお題ですね今日は。しかも「おまえは女王様か」って感じだし。
私は基本的に嫌いな人はあまりいませんし、割と平和な性格なのではと自負しています。その割には夫婦喧嘩が絶えませんが、私みたいなのを内弁慶って言うんでしょうねきっと。(笑)会社を辞めたときに、それまで怖い人だった先輩から「あなたは感情の起伏が激しくないから仕事を頼みやすかった」と言われたのは嬉しい経験でした。
普段もそんなにストレスフルな生活を送っているわけではないと思います。まあ会社員じゃないし、というのもあるかも知れませんが、基本的には「嫌な思いをしても一晩寝ればちゃら」という感じなので。

ところがそんな私が非常にストレスを感じたり機嫌が悪くなったりするものがあります。
それはパソコンの故障。
パソコンは私の商売道具なので、これがうまく動かないと非常に気分が悪いです。別に人に当たり散らしたりはしませんが(というか当たり散らす相手がいない…)、胃が痛くなったりするので健康上もよくないんですよね。
今使っているパソコンはアメリカに住んでいた頃買ったものなんですが、それまで全く故障したことがなかったのが、ここ1週間くらい今ひとつ動きが冴えません。しかもエラーメッセージが出るときは英語だから、それが余計不吉に見えるんですわ。
同じく自宅で仕事をしている知人に聞いてみたところ、私や彼女のような超ヘヴィユーザー(仕事とプライベートをあわせると、1日8時間以上はパソコンを打っています。週末はできるだけやらないようにしていますが…目にもわるいし。)の場合は「もって4〜5年」なのだとか。ということはそろそろ買い替えを覚悟しないといけなさそうです。

パソコンは商売道具だからいいのが欲しいけど所詮超ヘヴィユーザーにとっては消耗品だから安いのでも構わないかも知れないし、うーんどうしよう。と悩みながら、そして今日はちゃんと立ち上がるかしら…とひやひやしながらパソコンを立ち上げる今日この頃です。おかげで少し痩せたかも。(当社比)

夫に言わせると「何でパソコンの故障ごときで胃が痛くなったりするのか分からない」そうですが、これは恐らくアメリカ時代のトラウマがあるような気がします。
アメリカでは3度ほどパソコンが壊れたことがありまして(うち1回はパソコンが不良品だった。勿論無料で交換してくれました。)、その度に日本とのつながりがぷつんと切れた気がして非常に不安になったものです。あの頃はパソコンも今より高かったし、そう簡単に買い替えできませんでしたからね。今はあの頃よりもうんと性能がいいものが安く手に入るし、サポートセンターも日本語で対応してもらえるから、もう少し気楽に構えてもいいのかも知れません。

以下余談。
サポートセンターと言えば、アメリカのパソコンのサポートセンターはアメリカにないんですよ。少なくとも私の使っているパソコンのメーカー、某社はそうです。みなさんは「アウトソーシング」という言葉を聞いたことがありますか?アメリカは人件費が高いので、人件費の安い英語圏の国にサポートセンターを置くことが多いのです。日本で言うところのフリーダイヤルにかけると、自動的にその国のサポートセンターに繋がるようになっています。アメリカとの時差もあいまって、24時間体制でサポートしてくれるようになってるんですね〜。私が電話したときはフィリピンやインドにかかったことがあります。みなさん非常に英語が上手で(でも少しだけ訛りがあるのでネイティヴじゃないなと分かる。)しかも地球半周したところから電話しているのにまるで私のパソコンをその場で見ているかのように的確なサポートで、すげ〜 これじゃITの仕事がみんなインドやフィリピンに行くわけだわ。と妙に感心した憶えがあります。(インドもフィリピンも英語圏ですからね。)
日本の場合は「日本語」というのがあるから、サポート関係の仕事をアウトソーシングしなくてすむのかも知れませんね。日本は食べ物をアウトソーシングすることが多いけど語学がらみは国内で。アメリカは食べ物の自給自足率が高いけど語学がらみはアウトソーシング。世の中、なかなか両方を手に入れることは難しいようです。(ってそう〆るか?)
あだ名
[2008年03月13日(木) ]

こんにちは。
だいぶ暖かくなってきましたね。あと2週間くらいで桜を見られるようになるかしら…

今日の日経新聞の夕刊に興味深い記事が載っていました。
いえ、円高のことではありません。私は経済オンチなので…そして私のドル貯金が円換算で大幅に目減りしてしまったので、そっち方面の記事は当分読みたくありません。
子供たちが付け合う「あだ名」の傾向が変わってきたというのです。
今増えているのは、
1.姓名の短縮形:きむらたくや君→キムタク、など
2.姓名の変形:山田さん→山ちゃん、明子さん→アッコちゃん、など
3.姓名に語尾をつける:美紀ちゃん→ミキティ、など

減っているのは、
4・身体の特徴から連想できるもの→大柄の人に「ゴジラ」など
5.特技・行動・性格から来るもの→成績のいい人に「博士」など
6.由来が分からないもの

なのだそうです。
それから、これは私の友人(小学生の息子さんがいる)が言っていたのですが、今は男同士でも「苗字+さん」で呼び合うようにさせる学校が増えているそうですね。「男の子がうちの息子に向かって『佐藤さん(仮名)、サッカーの練習に行こうぜ』みたいに言ってるのよ、何か違和感あってさ〜」なんて彼女が言っていたのを思い出しました。私が小学生だった頃は、苗字で呼ぶ場合は呼び捨て(女→男、男→女もあり)が主流でしたが、今の子は丁寧というかよそよそしいというか何と言うか…。

思うに、今は本名自体がきらびやかだったり奇抜だったりするから、本名がそのままあだ名になることも多いのでしょうね。あとは昔よりある意味デリケートな世の中になっているから(その割にはデリカシーのない事件が多すぎるけど)、4.5.6のようなあだ名はヘタするといじめにつながる恐れもあってあまり付けられないのかも知れません。
新聞には、「今の子は塾だ習い事だと自分のことで忙しいから、あだ名が付くようなエピソードを作る暇もない」みたいなことが書いてありましたが…それもあるかも知れませんね。

そんな私はこのブログではふざけた名前を名乗っていますが、実世界では物心付いた頃からずっと2的なあだ名で呼ばれてきました。この本名なら一度はこのあだ名で呼ばれたことがあるだろう、というくらいありふれたあだ名です。(さっちゃんやアッコちゃんみたいなもんですね。)

でも中学時代の一時期だけ、本名とは全く関係ないあだ名がついていたことがあります。
歴史の授業で「天草四郎時貞」や「島原の乱」について習った直後のこと。
休み時間私が教室で本を読んでいたら、クラスの男の子たちが何やら書いた紙を持って来て、床にぱさっと置くとこう言いました。
「おまえ、これ踏めるか?」
見ると、その紙には某通信教育の宣伝によく出てくる言葉(今だったら「し○じろう」かな)が色々書いてありました。
何じゃこりゃ。
と思ってしげしげとその紙を眺めていて踏まなかったばかりに、私は「おまえ、かくれ○○だろーーー」と断定され、その日からあだ名が「かくれ」になってしまったのでした。
つまり彼らはかくれキリシタンならぬ「かくれ○○」を探すために(しかし一体何のために?)わざわざ踏み絵ならぬ「踏み言葉」をさせていた、ということだったんですね。
当時うちのクラスにはその○○の会員が結構いたんですが、会員もそうでない人もみんな「ばかばかしい」と言って紙を踏んでいたのだそうです。(それもそれですごい神経だと思うが…私が今「かくれZ会探しの踏み言葉」されたら踏めませんよ。その当時とは別の意味で。)で、踏まなかったのは私だけだったんですって。
結局「かくれ」はあまり浸透せず、歴史の授業で江戸時代を習い終わる頃には廃れていきました(笑)。私のそもそものあだ名がありふれているからそっちの方が呼びやすかったのかも。
しかしこれって4.でも5.でも6.でもない、一体どんなカテゴリのあだ名なんでしょうね?

ちなみに英語圏では1.〜3.がほとんどのような気がします。演歌歌手のジェロ君がいい例ですね。彼の本名はジェローム(Jerome)というそうです。WilliamがWillとか、ChristopherがChrisとか、JenniferがJenとか、短縮形が多いですね。
面白いのは「キムタク」みたいな感じで、例えば本名がAnthony James Smithだったとしたら「AJ」とイニシャルがあだ名になることがあることです。また、米国前大統領のビル・クリントンさんみたいに、あだ名で普通に新聞に載ってしまう人も結構多いですね。(彼の本名はWilliamだったはず。)William→Will→Billと転じるあだ名も多いような気が。女性だったらMargaret→Meg→Pegがいい例です。

タイでは生まれた時に親が6.的なあだ名を付けて、普段の生活はほとんどそれで通すそうです。(テストの時などは勿論本名なのでしょうけど。)タイ人の友人は「(布団などに使う)綿」という意味のあだ名を持っていて、とある英単語と同じ発音なのでアメリカでもそう呼ばせていました。

余談ですが中国文化に詳しい方に教えていただきたいんですが、中国ではフルネームで呼び合うのが多いのでしょうか?
と言うのも、今流れているコマーシャルで、卓球の福原愛ちゃんが中国の友達に手紙と焼き物を送るというのがありますよね。(彼女、卓球だけでなく中国語もものすごくできるんですね。素晴らしい!)その中で「王琳(ワンリン)ちゃん、いつかまた会いたいわ」みたいな字幕が出てくるのですが、王琳ちゃんってたぶん苗字が「王」で名前が「琳」だと思うので、ちょっと気になる美井葉亜子(なぜそこでフルネーム…)なのでした。
「ああはなりたくない」
[2008年03月12日(水) ]

こんにちは。ご無沙汰しておりました。
お察しの通り、大相撲春場所にうつつを抜かしている今日この頃です。と言うのは半分本当ですが、今場所は忙しいので相撲中継も全部は見ておらず、贔屓力士の出てくる5時以降から見ています。今のところ彼の星は五分。何とか勝ち越してくれ〜 と思いながら応援しています。

さて、これを読んでいるあなたのスペックは何でしょうか。
「14歳・中学生」「18歳・高校生」「43歳・主婦」「50歳・塾講師」(例)など色々あると思います。私だったら「38歳・主婦」(うわ、歳ばらしてしまった。もっとも皆さんうすうすお気づきだったとは思いますが…)とか「38歳・翻訳者」「38歳・自由業」と言ったところでしょうか。(「38歳・人妻」と書くとちょっと妖しいですね。
昔新聞の投書欄などで「35歳・主婦」なんてスペックを見かけるととっても大人に見えたものです。今もついそう思ってしまうのですが、考えてみたら「35歳・主婦」は自分より3つも年下ではないですか。それに気づいたときの愕然とした気持ちと言ったら…

来年40代に突入する身としては、今一番気になるのが今40代の女性たちです。
私が中学生くらいのときに一世を風靡していたアイドルたちが今40代になって、ママさんタレントとしてテレビ番組に出ていたり、同年代の雑誌でモデルやったりインタビューに出たりしています。彼女たちの姿をみる度に若い時の彼女たちの姿が頭の中でフラッシュバックして、この人はどういう感じに歳を重ねてきたのかな〜と思いを馳せています。
で、私なりに「いいなあ、私も40になったらこんな感じになっていたいな」「こういう風に年取るのは嫌だな」(注:外見のことだけではありません。)などと参考にさせていただいているのですが…

そういうときに思い出すのが、3年前にプールに通っていたときのことです。
そのプールにはジャクジー(泡がぼこぼこ出るお風呂みたいなもの。ただし勿論水着着用)が併設されており、ひと泳ぎした後そこで温まってからまた泳ぐ、ということができました。
ある日私と、20代の男の子と女の子がぬくぬくしていました。男の子と女の子は知り合いのようで、世間話をしていたのですが…

女の子「この前○○さんの結婚式に行ったんだけど、その時××さんがワンピース着てたのね。そしたらその人の下っ腹がぽこっと出てたのー」
男の子「お前、『勝った』とか思ったんじゃねーの?」
「えっ…」
「お前、『勝った』とか思ったんじゃねーの?」
「(彼を遮る)それでね、思ったんだけど、ああいうお腹してたら嫌われちゃうな、と思って」(誰に?)
「ほら、『勝った』と思ってんじゃん。絶対思ってるねそれ」
「(また遮る)いや、別に勝ったとか負けたとかそういう問題じゃなくて、だって歳も違うし…。でも、ああはなりたくないなって思ったのよ」
「ほんとに『勝った』って思ってない?」
…(以下、別の話題に徐々にシフト)

私は笑いをかみ殺しながら下を向いていましたが、そんな私の視線の先にあるのはまさに下っ腹。思わず手もみマッサージしたりなんかして(→手遅れ)
で、私は自意識過剰なので、自分が先にジャクジーを出た日には自分の下っ腹のことを言われるんじゃないかという気がして、この子たちが先に出るのを待っていましたが、のぼせてしまったので自分が先に出ました。「もうどうにでもなれ〜」という気持ちで。(だから自意識過剰だってば)
その後もうひと泳ぎしてから今度はサウナに入ったら、その女の子が入ってきて私の横にちょこんと腰掛けました。やっぱり私は自意識過剰なので(→しつこい)、彼女の視線とか感じなかったくせに「この子、私見て『こうはなりたくない』とか思うんだろうなあ」と思ってしまうのでした。(彼女にいい迷惑だってば。)

まあそれはいいとして、「ああはなりたくない」って言葉をこのとき久しぶりに聞いた気がしたので妙に心に残ってしまい、自分の年齢と実態の兼ね合い(?)に思いを馳せるたびに思い出すのでありました。その時思ったのは、自分が「ああはなりたくない」って言われるほうの年代になったんだなあ(実際にはまだ言われてないけど。若者と接点ないし)ということ。ある意味感慨深い出来事でした。(笑)
昔のドラマとか見ていると、若手OLさんがいわゆる「お局さま」を指して「ああはなりたくないわよねー」「ねー」みたいにいい合うシーンが出てきたりしますけど(今のドラマは見てないので分かりませんが、これだけ女性の生き方が多様化している現在そんなばかな優越感を前面に出す脚本は少ないと思う。)、実際自分が会社に入ってみると、確かに気が合わない先輩社員は何人かいたけれど「ああはなりたくない」と思う人はいませんでしたね。むしろ「ああなりたい」人が多かったのはラッキーだったと思います。私自身は20代終盤に結婚しましたが、ドラマでお局扱いされていた30代以上の社員だって、仕事がずば抜けてできたり、おしゃれだったり、自分の趣味を極めていたり、はたまたそれの全部を兼ね備えていたりして、憧れの存在の方が多かったのですから。(今その年代になっている私の友人たちを見ていてもそういう人が多い。結婚歴に関わらず)

そういう人たちを目の前にすると、自分が持っているのは「若さ」だけで、いかに薄っぺらい人間かを実感させられたものです。その後30代も後半になって、自分なりに少しは人間的に厚くなったような気もするけど、まだまだまだまだまだまだまだまだ成長の余地はありますし、同い年や年下でも私なんかよりよほど人間的に厚い人を見ると反省することも数知れず。多分自分はまだ、他人に「ああなりたい」と思われる境地には達していないと思うなあ。勿論、他人にどう思われようと、自分が納得できる自分になれればいい訳ですが。多分そうなれたときに、周りの評価もついてくるものだと思うし。

ところで「ああはなりたくない」と「ああなりたい」、どっちが向上心を刺激してくれるものなんでしょうね。前者は、どっちかというと表面的なものに効果がある気が個人的にはします。さっきの下腹話もそうですが、例えばこれから歳を取っていくにつれ外見をうまくつじつま合わせていくのは並大抵のことではないと思います。(私なんて肉体年齢と精神年齢と実年齢が全部違いますからね。って堂々ということでもないですが…一番若い[幼い]のは精神年齢、一番いってるのは肉体年齢です)だから、結果として、(自分的に)全盛期のファッション・髪型・化粧をそのまま維持する人が続出してしまうのでしょう。ルックスがギャルなのによく見るとおばさん、みたいな。実は私も服装と年齢がだんだんずれてきたので、最近服を買うときは「もうすぐ40」と自分に言い聞かせて、あまり若作りでないものを買っているつもりです。と言ってもあくまでも私の感性(大げさ)を基にしているので、まだまだ若作りかも知れませんが…。

また、「ああはなりたくない」は、反面教師的な部分があると思います。つまり、「ああはなりたくない」対象の人と同じ、あるいは近いものを自分自身が持っているということです。私の場合は立ち居振る舞いに反面教師な人が多いですね。と言っても自分の身近な人ではなく、テレビに出ていて、喋り方にある種のけたたましさが見える人々(人格とは知らないので、嫌いというわけではない。)。実は自分自身が甲高い声でけたたましくしゃべる癖があるのです。遠出したときとか夫がデジカメで動画を録るのだけど、それを再生するたびに我ながらぞっとしてしまいます。そういう意味では、自己矛盾ですが、動画の中の私も「ああはなりたくない」対象だといえます。戒めになっていいといえばいいけど、何だかなあ。

…でも、本当は「ああなりたい」と生活していったほうが、精神衛生上いいんだろうな。というのは、「ああはなりたくない」はどうしても他人のあら探しになってしまうから。反面教師として利用するのはいいけど、なにより、他人のいい面を認められることって大切だと思いますからね。という訳で、最近は、他人の「ああはなりたくない」要素に気づいた場合は、その人の「ああなりたい」部分も探すようにしています。例えば下っ腹出てるけど(しつこい)雰囲気が凛としていいかも とか。

色々偉そうに書きましたが、これからどんなに欠点を補ってあまりある長所ができたとしても下っ腹は何とかしたいなあ…(そういうオチかい。)