こんにちは。
今日郵便局に行く途中、近所のおうちの庭に梅の花が咲いているのを見かけました。

春一番ばかり吹いて全然暖かくならない〜 と思っていたのですが、じわじわと春が近づいているんですね。私は桜が大好きなので、心待ちにしているところです。
さて今月だらだらと続けて来た「なりたかったもの履歴」ですが、ようやく最終回でございます。
第1希望の会社に運良く入社できた私は、数年間の間に海外関連の部署を転々としました。「日本の音楽を海外に出す」ことはできませんでしたが、青春時代憧れていたアーティストたちと仕事をすることもでき(と言っても直接には殆ど関わりがありませんでしたが、握手だったら色んな人としました

)、ミーハー心も満たされて(笑)幸せでした。激務でしたし、「こんなはずじゃなかった」と思うことも多々ありましたけど、きっとどんな会社に入ったとしても経験した程度のことだと思います。
基本的には「あぁもう忙しいなあ」なんて文句いいながら、でもそんな忙しい中に身を投じている自分に酔っていた、という感じです。

でも時折、忙しさのあまり心が弱ってくると、「これでよかったのかな」と悪い癖が頭をもたげるのでした。
先月「
仕事と家庭の並走などなど」にも書きましたが、自分はもともと内向的だというのに、有名になりたいだのなんだのと身の程知らずというか、分不相応な夢ばかり描いてきて、しかも思い込みが激しいから自分の選択にはほとんど迷いなくやってきて、さらに運がよかったもんだからたまたま好きな仕事に就けたけど、果たして「好き」と「できる」は同義語なのだろうか。そういえば社内のボーナス査定もよくないし(人間関係は良かったけど「できる社員」では全くなかった)…でも、残業のあまりない会社の友人たちがやっていたように、お稽古ごとに精を出す気にもなれませんでした。やりたいお稽古事がなかったんです。(今も。)
何だかんだ言って私は「仕事=お金を稼ぐ手段」と割り切れなかった。
仕事は何でもいいからプライベートを充実させよう!とも思えなかったのです。やっぱり仕事内容にやり甲斐があることが私にとっては重要で、そういう意味では今まで自分が通ってきた道は間違ってない、「好き=仕事ができる」にはなれてないけど「好き→仕事」にはなっているじゃないか、そう自分に言い聞かせてまたやる気を奮い立たせていました。
それは恐らく、自分がお金に苦労したことがないからでしょう。と書くと何だかお嬢様みたいですが、うちはごく普通の家庭で莫大なお金があったわけではありません。でも、食べるものも着るものも学歴も与えてもらえました。今の私くらいの歳で子供を3人も育てていた両親には頭が下がります…。
おっと話がずれました。
ともあれ、この頃社内文書や雑誌の記事を資料用に翻訳したりして、あれひょっとして自分はこっちの方が向いているのでは?と思ったことが多々ありました。辞めてしまった今だから言える話ですが、とあるアーティスト(誰か忘れてしまった…

)の通訳を社員としてやったときに、取材に来ていた媒体さんに「美井さん(仮名)の訳が気に入ったので」と、その媒体の翻訳仕事をこっそりいただいたことがあります。(私のいた会社は原則として副業禁止、だった気がする…

)そんな経験も相まって、いつかは翻訳をしてみたいな〜 と思い始めるようになったのは会社員時代じゃなかったかな。
そして家庭都合で会社を辞め、今に至ります。
(うわ、だらだら書いてきたのにいきなりこれかい。

)
翻訳の仕事も、
Z会さんの仕事も、ひょんなことからご縁ができていただけるようになりました。その殆どが友人知人から繋がっていった縁です。曲がりなりにも真面目に(ミーハーだけど

)生きてきて、「好き=仕事」と言う軸だけはぶらさず(職種的には「文化交流」という軸があるかも)にやってきて良かったと思うと同時に、そうやって来られたのは本当に運がよかったんだなあ、と思う日々です。ありがたいことです。この場をお借りして皆様にお礼申し上げます。
で、次なる野望は、今やっている仕事に大相撲関連を加える、ということです。これまた分不相応(相撲界では「顔じゃない」と言うそうです。)な野望なので実現は難しいですが、今はまだ知識をつけている段階なので、長期的目標として頭に入れておこうと思います。それだけでも人生に張り合いがでますもんね。
以上、「なりたかったもの履歴」シリーズへのお付き合いありがとうございました。