英語よろずや日記(仮)

自称「英語よろずや」(願望含む)の縦横無尽自由自在傍若無人支離滅裂な雑文。

     
« 2007年09月 | Main | 2007年11月 »
とってかわる
[2007年10月31日(水) ]

こんにちは。
先日このブログで取り上げた亀田家騒動、結局長男の興毅くんが謝罪会見をしたことでひと段落着きましたね。私はボクシングファンでも興毅ファンでもないんですが、たったハタチの青年が一家を背負って矢面に立つなんて偉いなあ、よくやった!と思いました。(それにしても息子に尻拭いさせる親って。)
興毅くんの会見は「誰に対して」「何を」謝罪しているのか、明確にしていたのがよかったと思います。これからは家族の絆がいい風に活用できますように。
(なんか偉そうですね私。)

さて本題。
カテゴリを「おしごと」にしてみましたが、「えいご」に対して「にほんご」を作っていないのでこうしています。
私は小学校時代の大半を欧州某国で過ごしました。家での会話は勿論日本語でしたし、本を読むのが好きなので(ジャンル的には非常に偏っていますけどね。音楽の趣味は、先週のブログで書いたようにあれだけ雑多なのに…)、「帰国子女の割には日本語が得意」と言うのを売りにしてきました。
(もっとも、私は高校・大学入試は一般受験で入っています。「帰国子女」の基準[当時は確か帰国後2年以内といかそういうのがあった]に当てはまらないというのもありましたし、当てはまっていたとしても英語力が足りなさすぎる!要は非常に中途半端なのです。)

ところが、この仕事を始めて初期の頃、あるクライアントさんにこう言われたことがありました。

美井さん(仮名)の日本語は英語をそのまま訳したような感じになることがあるんだよね。『てにをは』が普通の日本人と違ったり、不思議な言葉遣いをしていたりすることがある

これにはかなりショックを受けました。
が、「普通の日本人」(その方はあくまでも「非帰国子女の日本人」という意味で使っているのであって、私が非凡というわけでは勿論ありません。)のそういう指摘は貴重です。何も言わずに次から私を指名しなければいい話なのに、そうやって指摘しつつ、また使ってくださるわけですからね。

「てにをは」の問題は論外ですが、言葉遣いに関しては、原文の英語に忠実でいようという気持ちが強すぎたのかも知れません。
例えば英語では接続詞や関係代名詞を使うことによって登場するものの説明をしながら延々と1つの文を続けることができますが、それを「原文が1文だから」と言って「○○するところの…」を連発したような日本語にすると、翻訳者の脳内では完結していても、読み手からしたら「なんじゃこりゃ」という感じになりますからね。
今は「てにをは」に気を遣いつつ、訳の推敲をするときはできるだけ原文を見ず(勿論誤訳が心配な箇所は原文と何度も照らし合わせますが)、出来上がった日本語に焦点を当ててチェックするようにしています。

結局その方は、翻訳の要らない部署に異動になるまで私に発注しつつ、日本語のアドバイスをしてくださいました。ちなみにこの方、英語は多少話せるものの帰国子女でも何でもありません。ご本人いうところの「普通の日本人」でした。
今でも「てにをは」をはじめとする日本語の表現力に100%自信がある訳ではありませんが、私が曲がりなりにも翻訳者歴を更新できているのは、この方から「翻訳者としての視点」を教えてもらったことが大きいと感謝しています。要は「英語で何が書いてあったかを想像できるものではなく、それだけで日本語の文章として成り立つもの」を作れ、ということなのだと思います。

余談ですが、今日のお題「とってかわる」は、私が日本語のチェックをしていく中で、自分の勘違いを発見した言葉の代表例です。
AがBに取って代わる
私はこれを「AだったのをBにする」と同義語だと考えていました。
英語だとA becomes Bといったところでしょうか。(正確には違うけど)
ところが、これの正しい英訳はA replaces Bなのです。勿論。
これが「AをBに『取って代える』」だったら「AだったのをBにする」でいいんですけどね…。
真実を知ったときには卒倒しそうになりました。
今小学校からの英語教育がどうのと言われていますが、私みたいな例をこれ以上出さないためにも、小学校のうちは日本語をしっかり教育することに専念するのがいいと思うなあ。(ぼやき)
音楽がエチオピアで国境を越える。
[2007年10月23日(火) ]

こんにちは。
苦し紛れに妙な題をつけてしまいました。毎回悩むんですよねこれって。

今日、いつものように調べ物をしていたら、興味深い記事にぶつかりました。ビヨンセなどアメリカの人気アーティスト数組が、エチオピアのミレニアム記念音楽祭なるものに出演したという内容でした。
しかし今は2007年。なぜ今頃ミレニアム?エチオピアだけ7年も時差があるのか?と一瞬思ってしまいましたが勿論そういうわけではなく(汗)、エチオピアでは同じ太陽暦でも「ユリウス暦」という暦を使っているので(正確にはユリウス暦ともまたちょっと違うそうで、「エチオピア暦」というのだそうです)、私たち日本人や西洋人の使っている「グレゴリオ暦」とは日付がずれているのだそうです。私たちの「2007年9月11日」が、「2000年1月1日」なのだとか。

日本で元号が使われていたり、イスラム圏で太陰暦が使われていたり、タイなど東南アジアの国で仏暦が使われていたり、中国や韓国などでいわゆる旧正月を祝ったりするのは知っていましたが、それ以外の暦が存在するとは。エチオピアって一体どんな国なんだろう…と気になった私は、締め切りがあるからよせばいいのに、エチオピアについて少しネットサーフィンしてしまいました。(こういう風にいつも脱線するから仕事が進まないのよね)と言っても流石に何十分もかけるわけにはいかないのでほんの少しだけでしたが、どうやらこの国、非常にユニークな国のようです。

エチオピアでは時計も我々のような24時間制ではなく、「12時間制」というのが採用されているとか。簡単に言うと我々の言う「06:00」(日の出の時間)が「0:00」になり、「18:00」が「12:00(0:00)」、「19:00」は「(次の12時間の)01:00」になるのだそうです。エチオピアの人と現地でアポを取るときは、日時がエチオピア暦なのかグレゴリオ暦なのか確認しないと大変なことになりそうですね。しかも公用語のアムハラ語は独自のアルファベットを使うのでこれまた読めない!(例:英語のHelloを英語−アムハラ語の自動翻訳にかけるとこんな感じ

これまで私にとってエチオピアというのは「走るの速い人がいっぱいいる国」程度だったのですが(我ながら稚拙すぎるイメージ…)、何だかものすごく興味が出てきました。文字もカレンダーも時計も違う国、一体どんな感じなんでしょうね。まあ私の仕事柄&日本からの距離を考えると、私がエチオピアに行くチャンスはまずないと思われますが、例えば日本でエチオピアの人と友達になることがあったら、色々質問してみたいな、と思いました。

そういう全く違う文化の国でも、いわゆる「西側の人間」が聴いているような音楽が聴かれているなんて、ほんと音楽には国境ってないんだなあ…と実感させられる記事でした。ただしヒップホップはまだあまり浸透していないらしく、大物ラッパーのライヴもあまり客ののりが良くなかったらしいですが…でもあと10年もしたら、エチオピア人ラッパーがビルボードチャート1位!なんて日が来るかも分かりませんよね。

かく言う私の音楽的趣味はものすごい雑食で(単なる無節操とも言う。)、CD棚にはいわゆるJポップとヘヴィメタとジャズとロックとソウルとヒップホップと相撲甚句と津軽三味線とモンゴルのホーミーとインドのシタールとカリブ海のサルサとクラシックとブラジルのボサノバとアラブのポップスとテクノが仲良く並んでいます。どれも知識が浅いのがお恥ずかしいですが。
謝罪
[2007年10月18日(木) ]

こんにちは。

昨日(10/17)ニュースを見ていたら、亀田親子の謝罪会見をやっていました。あれは一体誰に対して何の謝罪をしていたんでしょうね?(JBCに対して?全国のボクシングファンに対して?)対戦相手の内藤さんに対しては後日大毅くんが気を取り直してから謝りに行くって言ってたし、お父さんは反則指示していないって言ってたし、今後もボクシングのスタイルは変えないって言ってたし…。

相撲以外の格闘技には興味ない私は当然試合も観ていないのであまり言及したくないですが、何だかよく分からない会見でした。この前の「エリカ様」の謝罪コメント(「諸悪の根源」って今年の流行語大賞にノミネートされそうですよね。)でも思いましたが、有名人が謝罪コメントを出すときって、誰に対してどんな迷惑をかけたことを謝っているのか、「行間を読め」的な謝罪が多いな、と思いました。

これが不祥事を起こした企業とかだったら、
誰に対して:不特定多数の消費者のみなさま
どんな迷惑:(例)賞味期限をごまかしたことにより不安を煽った

とコメントの内容がはっきりしている(もとい、行間を読みやすい)ので分かりやすいんですが…。

恐らく有名人の場合は、内容や対象を曖昧にしておくことによって(それこそ先日のお題じゃないですけどTHEYですよね。)、森羅万象老若男女に謝っているような印象を与え、人気の凋落にストップをかけようとする&同情を買いやすくするという戦略があるのでしょうね。という私の考えはうがって見すぎかも知れませんが。

相撲ファンの私としては、朝青龍関がモンゴルから戻ってきたときに恐らく開くであろう謝罪会見の際は、そのへんをはっきりさせてほしいな、と思うのでした。個人的には、彼の場合その対象は、「誤解を与えてしまった巡業の勧進元」と「巡業で朝青龍関に会うのを楽しみにしていたファン」とだと思うんです。私に対しては、万が一相撲界に帰って来ない決断をしてしまったときに謝罪して欲しいな。(→おまえはなにさまだ)

ところでよく「欧米人はsorryを言わない」と言いますが、それは本当でもあり嘘でもあります。
本当だ、というのは、sorryを言うことによって責任の所在が自分にあることを認めたことになるからです。日本だとまず謝って相手の怒りを鎮めてお互い冷静になってから話を始めることが大半だと思いますが(今は違うのかな?逆ギレって言葉があるくらいですからね〜。あーやだやだ。)、どうやら欧米の場合はsorryから全てが始まってしまうらしいのです。

それを実感したのが、私がアメリカに住んでいたとき。ある日夫と街を歩いていたら、目の前でタクシーと乗用車が正面衝突してしまいました。幸いどちらの車も前がちょっとへこんだだけで、誰もけが人はいませんでした(ぶつかる音はものすごかったけど)。タクシーの方が角を曲がるときに変なハンドルの切り方をしたようで、運転免許を持っていない私ですら「こりゃタクシーが悪いな」と分かるような感じ。
ところが、かんかんになって運転席から飛び出てきて、タクシーの運転手を怒鳴りつけた乗用車の人に向かって、運転手さんは実に冷静な態度でこう言ったのです。「保険屋を呼ぼう」…つまり、自動車保険会社の人に今回の被害を正式に査定してもらって、その上で償う必要が出てきたら償います、ということですね。私と夫は思わず顔を見合わせて「訴訟社会だ…」とつぶやいてしまいました。ヘタに謝るとものすごい損害賠償請求をされかねませんからね。
もし日本で同じことが起こってぶつけた側がそんなことを言った日には、ぶつけられたほうの怒りはまさに「火に油を注ぐ」状態になったと思うんですが、乗用車の人はぎゃんぎゃん怒鳴りながらも「じゃあ早く呼べ」みたいに対応していた記憶があります。私がかの地で体験したカルチャーショックの一つとして、今も印象に残っています。

なお「嘘だ」というのは、"I'm sorry"という言葉には「気の毒に思う」という意味があるからです。I'm sorry to hear that you have a cold. Get well soon.(風邪を引いているなんて可哀相に。早くよくなってね)という風に使います。
続きを読む...
「(笑)」
[2007年10月15日(月) ]

こんにちは。
早くもインフルエンザが流行し始めているようですが、皆さん大丈夫ですか?
私はおかげさまで大丈夫なのですが、母と妹がやられてしまい、先週は両方の家に家事手伝いに行っていました。(甥と遊ぶという名目もあり。)それでブログの更新がまたもや滞ってしまいました。申し訳ありません。お互い健康には気を付けましょうね。

さて、前回に引き続き、今日も「訳しにくい言葉」についてです。
カッコわらいカッコとじる。インタビュー記事なんかによく出てきますよね。
実はこれ、私の場合は訳さないではしょってしまうことも多いです。
というのも、日本語の「(笑)」には色んな意味があって、ただ"laughs"としてしまうと、何だこいついつもヘラヘラしてる…と変なイメージをもたれてしまう場合があるような気がするんですよね。"laugh"は声を立てて笑うという意味ですからね〜。かと言って私はインタビューの場にいないので、色んな訳語(laughの他にはsmile[ほほえむ]、chuckle[くすくす含み笑いをする]、mock[あざけり笑い]など色々あります。)を勝手に宛ててしまうのも申し訳ないような気がしますし。他の翻訳者さんだったらどういう風に訳すか、興味深いところです。

英語のインタビューを日本語に訳すこともありますが、実は英語のインタビュー記事にはいつ誰が笑ったという記述はあまり出てきません。カッコで笑う行為を囲むことに至ってはほとんど見たことがありません。でも別にインタビュー中に面白いことを全く言っていない訳ではなさそうなので、笑う行為を文章として残す習慣が日本ほど盛んでないのかも知れませんね。

先日とあるインタビュー記事を訳して、「(笑)」の多さに改めて気づいたので今回お題にしようと思った次第ですが、タイが「微笑みの国」ならば、日本は「『(笑)』の国」かも知れないなと思いました。極端な話、喜怒哀楽の殆どが「(笑)」で表現できてしまうのではないでしょうか。(怒り笑い、というのはさすがにないかも知れませんが、呆れ笑いがそれに近いかも?)

そういえば、英語圏的には「日本人の『わからない笑い』」というのが文字通り分からない、といわれたことがあります。例えば英語圏の国に行って現地の人に話しかけられたとしますよね。その時英語が分からないと、ついつい「笑ってごまかし」てやり過ごそうとすることがあると思うんですが、これ、人によっては「ばかにしてんのか」とかちんと来るそうですのでご注意のほど。勿論英語圏にも「笑ってごまかす」行為は存在しますが、どうやら日本のそれとはやり方が違うようです。どう違うのか?と聞かれても私としては笑ってごまかすしかないのですが…(→情けない。
THEY
[2007年10月04日(木) ]

こんにちは。ようやく秋らしくなってきましたね。胃袋は早くも食欲の秋を迎えてしまったようで、ここ数ヶ月間のダイエットがパーになりつつあります。

さて、今日のお題"THEY"ですが、実はこれ、日本語に訳しにくい単語の1つだったりします。
「え、『彼ら』じゃないの?」と思われるかも知れませんね。確かにそうなんですけど、素直に「彼ら」と訳せない場合が結構多いのです。
文法で「受動態⇔能動態の書き換え」を習った方が教わったであろう、この例文がヒントになります。

English is spoken in America.は受動態ですが、
これの能動態バージョンはThey speak English in America.となります。
つまりTHEYというのは、不特定多数をさすことがあるんですね。

あとは、企業や学校や政府など、大きな組織についてTHEYという代名詞を使うことがあります。(主に会話で。新聞記事などでは固有名詞を使うことが多い。)面白いなと思うのは、日本語の場合はそういうときに固有名詞(○○社、とか)を繰り返し使うのですが、英語の場合はTHEYと表現して、あくまでも「個人の集まり」という扱いをするということです。これも、個人主義が日本よりも徹底しているという、いわゆる「欧米」文化のたまものなのかも知れません。

しかしこのTHEY、「対象を曖昧にしたいとき」に「意図的に」使われるという厄介な単語でもあります。よく「日本語は曖昧で英語ははっきりしている」と言いますが、所詮同じ人間なので結構考えることは似ているんですよね(苦笑)

先月書けばよかったんですが、一番この単語の厄介さを痛感したのが、同時多発テロ事件以降の一連の報道でした。THEYという言葉があまりにも多用されてしまったために、テロリスト達に対する憎しみと、テロリスト一団がたまたま信仰していた宗教の信者や、テロリスト一団がたまたま属していた人種(民族)に対する偏見がごっちゃになってしまった人が続出したのです。そうでなくてもTHEY(→わ、私も都合よく使ってますね。苦笑)にとってはもともとあまり身近でない世界だし、中国人と日本人の区別が付かない人が多いのと同じで、テロリストとそうでない人の区別がつかない人が増えてしまいました。

その結果として何が起こったか。アラブ系移民排斥運動です。
私が見たニュースでは、デモに参加しながら"THEY don't deserve to live in this country!"(あんな人たち、この国に住む資格がない)と青筋立てて怒っていたおばさまがいました。アラブ系移民に対する悪質な嫌がらせも多々あったそうです。例えば「モハメッド〜」(アラブ系の男性に一番多い名前)と後ろから声をかけて、振り向いたら殴るとか(怒)、アフガニスタン料理のレストランに「嫌がらせしに行ってやる」と脅迫電話をかけるとか。(余談ですが、そのレストランのオーナー氏はその電話に対し「どうぞいらしてください。こちらは週7日やってます」と答えたそうです。苦しいときもユーモアを忘れなかったオーナー氏に大拍手。)
さすがに排斥運動や悪質な嫌がらせはしばらくして沈静化しましたが、こういうものに加担する人に限って、犠牲者またはその遺族と無関係なんですよね。(当事者はもっと冷静にものごとを見ている気がします。)THEYという言葉の恐ろしさを痛感した出来事でした。

って他人事みたいに書いていますが、日本でも「彼ら」と言わない代わりに同じような偏見っていっぱいありますよね。人の振り見て我が振り直せ、です。