こんにちは。
何だか温かいんだか寒いんだかよく分からない天気が続いていますが、みなさん体調は大丈夫ですか?これからゴールデンウィーク、遊ぶ方も遊ばない方も体力だけはしっかり蓄積してくださいね。
ところで今回のタイトルは私のモットーの一つです。
私は子供の頃から親の転勤などで色々なところを転々としてきました。どうやらそういう運命に生まれたみたいで

社会人になってからも色んな部署を渡り歩いたり引っ越したりして、その度に出会いがあり別れがあり…。
筆まめなのが幸いして、結構続いている友人も多いのですが、メールの時代になっても繋がらない人は繋がらないものですね。仕事や家庭を持つと自分の意思以外の力でものごとが動くことも沢山あるので、以前は縁が途切れると「最後の手紙のあの言葉が悪かったのかしら」などと自分を責めてくよくよしていましたが、最近は図太くなったのか、残った縁だけを大切にしよう、と気持ちを切り替えるようになりました。
ところが、一度切れた縁が巡り巡ってまた繋がることってあるんですね。
最近立て続けにそういうことがありました。
●先日珍しく父から電話がかかってきまして、「N君って知ってる?」とものすごく懐かしい名前を出すのです。
でも私の「もと彼」とかじゃないし

何故父がその名を??と思っていたら、父の打ち合わせ先のオフィスにN君が来ていて(父のクライアントが彼のお得意さんでもあったらしい)、何となく自己紹介になり、N君が「最近独立しまして、その前はX社に勤めていました」と言ったら「うちの娘も昔いましたよ」と父が言い、私の旧姓(つまり父の姓)が珍しい名前だったことから、世の中狭いね事件が発生したのでありました。
旧姓あまり好きじゃなかったんですが

こんなメリットがあったとは。
(裏を返せば「悪いことはできない」ということですが…)
父はいまだに娘たち(三姉妹です)の写真(しかも本人的にはダメ出し必至のやつばかり・笑)を持ち歩き、ことあるごとに娘の話をするという親ばかなので時々うっとうしいんですが(笑)今回ばかりは大感謝!です。(現金なやつだ…)
N君からは翌日早速電話がかかってきて、10年ぶりに話すことができました。会社員時代、ひよっこ社員なのに新規プロジェクトに一緒に放り込まれて苦労を共にした(大袈裟)もと同期の彼は今は一社のあるじ。結婚もして「いいおっさんになった」そうです。私もフリーランスなのでそのうち情報交換しよう、願わくばいつか一緒に仕事も、という話になりました。
●同じく会社員時代の同期で、結婚して海外在住のHちゃん。只今一時帰国中。私がアメリカにいたとき一度訪ねてくれたので、7年ぶりの再会をすることができました。そのとき彼女がもう一人の同期Kちゃんにも声をかけてくれたので、彼女にも7年ぶりに会えました(HちゃんとKちゃんは一緒にアメリカに来てくれたのです)。Kちゃんとは何故か自然消滅してしまっていたのですが、Hちゃんのおかげでまた縁が繋がったという訳です。前回3人で会ったときと全く変わらず、ぎゃはぎゃは笑いながら過ごすことができました。Kちゃんは新しい連絡先をくれたので、これでまた会うことができます。
●そして4月に2回行われた統一地方選にて。
実は私の中学時代の同級生がとある選挙に立候補していました。近所の広場で演説をしていたので立ち止まって観ていたら、演説が終わって観衆に握手を求めに来たときに私に気づき…「うおおお ひっさしぶりーーー」と言うや否や、
「なんか、ふっくらしたんじゃない?いい意味で」
……10年ぶりに会って(前回は電車の中でばったり、だった)最初の言葉がそれかい

……
「もうあんたには(票)入れないからね」と冗談めかして言い返しておきました。(顔は笑顔で心は涙…。いい意味でふっくらって何だよ…

)
あ、本当は入れましたけどね。演説の内容がよかったので。
そんなこんなで、人間ずっとやってると色んな縁があるなあ、と実感する今日このごろ。
思えば私の仕事も、学生時代や会社員時代の縁からいただいているものが大半です。その恩はいい仕事をして返していくしかありませんよね。ということで頑張っております。
英語にはWhat goes around comes around.という言葉があります。
日本語では「因果応報」と訳すことが多いのかな?
英語も、その日本語訳もネガティヴな意味(「自業自得」的な)で使われることが多いような気がしますが、本当はいいことにも悪いことにも使われるんですよね。最近はそのいい意味を実感することが多くて嬉しいです。今度こそは縁がずっと繋がっていますように。