英語よろずや日記(仮)

自称「英語よろずや」(願望含む)の縦横無尽自由自在傍若無人支離滅裂な雑文。

     
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沖縄が教えてくれたこと
[2008年10月20日(月) ]

こんにちは。
いつまで旅行に行っているんだ、と言われそうですね。申し訳ありません。
旅行自体は3泊4日で、去年に引き続き沖縄県に行って来ました。どこまでも美しい空と海に癒され、「青」ってこんなに色んな色があるんだな〜 と感動しっぱなしの日々でした。特に、日本最南端の有人島の波照間島に上陸できたのが一番の思い出です。

今回の旅で気づいたこと、思ったことを3つ書いておきます。

1)伝統文化が今も生活の中に生きていること
石垣島で入った居酒屋さんでは、隣のテーブルで「○○中学3年5組」の同窓会をやっていました。私と同年代の人々が卓を囲み、近況報告をスピーチしていました。中には東京で働いている人も。(→すみません、聞き耳立ててました。)
そして話が弾む中、誰かがおもむろに三線(さんしん)を取り出しててんけてんけてん♪と沖縄民謡を弾き出すと、同窓生たちがそれに合わせて穏やかな笑みをたたえながら歌い始めたのです。三線は何人かが代わりばんこに弾き、他には、お店のおかみさんに三板(さんば。カスタネットみたいな楽器)を借りてリズムを取る人もいました。
わ〜 これが本場の「ゆんたく」なのね〜。と興味津々に見入ってしまいました。
(沖縄の言葉で、「何人かで集まっておしゃべりすること」だそうです。)
それにしても伝統楽器を弾ける人が多くて、しかもみんな民謡をそらで歌えるなんて、今も伝統文化が日常に根付いているんだな〜 と感動しました。
そういう地域って、今の日本には少ないんじゃないでしょうか。2年前に青森を旅行したときは、今回みたいに津軽三味線が割と身近なところにあるのに感動したものですが、少なくとも首都圏郊外ではまず見られないと思います。
私は千葉県出身なので「なのはな体操」(ラジオ体操みたいなもので、私が中学生の頃は盛んでした。)が踊れますが、千葉県の民謡とかもひも解いてみようかな、と思ったひとときでした。

2)やる気があれば英語はできること。
とある離島で、その島に1つしかない中学校の壁新聞を見かける機会がありました。
私の目に留まったのが、その学校の生徒さんが、他の地域の生徒さんも一緒の英語のスピーチコンテストで優秀な成績を取った、という記事。
恐らく塾も外国人教師もいなさそうで、本屋さんも見かけなかったその島で、英語の先生と二人三脚で頑張ったんだろうな〜。英会話教室に行かないと英語は喋れるようにならない、なんて思っている人々に見せてあげたくなる記事でした。
勿論私は、英会話教室が必要ない、と言っているわけではありません。ただ、その子が「英語喋れるようになりたいけどこんな田舎じゃ無理」とか思ったりしないで、与えられた環境を最大限に活用してその成績を取ったことがすばらしい!と思いました。
(よいしょする訳じゃないですが、Z会さんみたいな通信教育ってこういう場所で力を発揮することも多いだろうな、とも思いました。その子が通信教育を受けていたかどうかは分かりませんが。)
英語に限らず、そして中学生に限らず私みたいな大人でも、「○○したいけど環境的に無理」とかばっさり判断しないで、まず身近なところから活用してみるのが大事だということをその記事から教わった気がします。

3)やはり戦争は人の心を狂わせる。
皆さんご存知の通り、沖縄本島は太平洋戦争当時日本唯一の戦場になりました。
恥ずかしながら歴史はまだまだ詳しくないので詳細について色々語るのは割愛しますが、沖縄本島の海を空から見たときに感じたこと。
「こんなきれいな海を見て、爆弾落とそうと思うなんて」
戦争当時の映像というものは白黒かせいぜいセピア色のフィルムで録られているものが殆どなので、戦争というと曇り空の下で起こるものみたいなイメージをつい持ってしまいますが(って私だけ?)、実際は青空の下で起こることもあるんですよね。9.11のテロに遭遇したときも同じことを思いましたが、私(非常事態にない人)が沖縄の美しい海を見たら、戦意が萎えると思うんだけどな〜。あまりにも平和に佇んでいるのだもの。
でも、それでも爆弾を落としてしまう、また、落とさなければならない状況に追い込まれてしまう、そういうところに戦争の異常性があるのだなと改めて思いました。
イデオロギーとかそういうの抜きにして考えても、やっぱり戦争はしてはいけないことなんだ、という気持ちを新たにしました。これからも二度とあの美しい海や空が爆撃の煙や血に染まることのありませんように。

以上、かいつまんで書いてみました。 
最後に波照間島の海をおすそ分けします。
襟をただす日
[2008年09月11日(木) ]

こんにちは。
昨年はこんな記事を書きましたが、あれから早くも1年。そして「あの日」からは7年も経ちました。早いなあ。
まさに7年前のこの日に幼馴染が女の子を産んだのですが、その子も小学校1年生。そう考えるとすごいものがあります。

7年経った今もビンラディンは見つからず、テロの犠牲者数をはるかに超える数の兵士たちがイラクなどで命を落とし、それをさらにはるかに超える数の市井の人々が命を落としている。
それってテロの犠牲者たちや、その遺族たちが望んでいることなわけないのに、なんか変です。

アメリカではWar on terror(テロとの戦争)という言葉があれ以来ずっと使われています。マイケル・ムーアさん(映画「華氏911」の監督です)はterrorを「テロ」ではなく「恐怖」と解釈し、「“概念”が敵ってどんだけ〜」と声を上げていました。(おっと意訳しすぎました。しかもちょっと古い流行語で…)詳しくは「おい、ブッシュ、世界を返せ!」という本を読んでみてください。

私はアメリカ人じゃないので大統領選挙にあーだこーだ言う資格は無いですが、ベトナム戦争の英雄であるマケインさんが戦争の続行を明言しているのが理解できません。ベトナムに行って戦争の悲惨さを目の当たりにしたのであれば、卑劣に卑劣で返すのがいかに無意味か解っているはずなのに。7年前の今日、テロの犠牲者やその家族たちが経験してしまった悲惨な出来事がまだ鮮明な記憶として残っているのであれば、そんなことは考えられないはずです。いつも犠牲になるのは市井の人々なのに。

その点、自分たちが被害者なのに全人類の問題として考えて「過ちは繰り返しませんから」と記念碑に刻んだ広島の人々はすばらしい!と改めて思います。
そしてこの7年間の間に、より多くのアメリカ人が広島の人々に続く気持ちを持つようになったのもすばらしいことだと思います。テロ当初は「わしら被害者じゃ〜」みたいな考えの人や、以前書いたように「they=悪、we=善」という短絡的な考えの人が多かったのですが、「善」を他国にもたらすために自国の兵士も相手の国民も命を落としてしまう、という矛盾を目の当たりにして、考え直したのかも知れません。

なんだか文章がいつも以上に散漫ですが、私にとっての9/11は、7年前のこの日に生き延びた(と言っても直接被害に遭った訳ではないのですが)という強運に感謝しつつ、また1年頑張ろう、と襟を正す日、そして戦争と平和について考え直す日に毎年なっています。これは8月15日と同じくらい私にとっては真面目な日です。(余談ですが、別の友人は毎年8月を「戦争について考える月間」と決めて、戦争の悲惨さを書いた手記を読んだりするそうです。それを聞いて彼女に惚れ直した次第。)
日本に帰ってからはすっかり平和ボケしてしまいましたが、それでも「あの日から派生してつらつら考えたことは一生忘れない」と思っています。
まじやべぇ
[2008年07月28日(月) ]

こんにちは。
いよいよ夏本番、ということで先週末は各地で花火大会があったみたいですね。
私も土曜日に隅田川花火大会を観に行って来ました。ものすごい人ごみの中、頭の真上で花火がぱっと開き、火薬のはじっこがひらひら舞い落ちてくるのを見るのは格別!日本の夏だなあと思います。聞くところによると、アメリカの独立記念日(7月4日)にニューヨークで大々的に行われる花火大会にも、日本の花火が使われているらしいですよ。(ネットで調べましたが参考記事が見つからず…私が住んでいた頃にテレビのニュースで言っていたのでうろ覚えです。すみません)

その花火を見ながら年甲斐もなくきゃーきゃー歓声を上げていた私ですが、私の近くにいた若い男の子は、興奮しながらこのような歓声を上げていました。

やべーよやべーよーーーー

うおーやべぇ!まじやべぇ!

最近の若い人々が(と書くといかにも自分が年取ったような感じですが)「やばい」をいい意味で使うというのは聞いたことがありましたが、そうかこうやって使うのか〜。と妙に納得しながらも、いささか違和感を感じながら、その声を背中で聴いていました。

この言葉、私が小中学生くらいの頃から使われ始めたものと記憶しています。
語源由来事典」によると、もともとは、それこそ「やばい世界」の人々が使う言葉だったようですね。だからか、当時はあまり上品な言葉ではないという位置づけだったような気がします。そういうこともあって、この男の子が美しい花火を愛でるときに「やべぇ」という形容詞を使うのは何だか変だな、語彙が貧相だなあと思ってしまっていたのです。

でもふと振り返ってみると、私が若かりし頃も、同じような言葉遣いで年上の人々の眉をひそめさせていたんですよね。
それは「」という言葉です。

「○○ちゃん東大に合格したって
うっそ。すげー

みたいな感じの使い方です。
つまり若者としては「うそみたいに(信じられないくらい)すごい」という表現なのですが、私がそんな言葉遣いをしたときに、祖母に怒られたのを思い出しました。
「○○ちゃん東大に合格したって」と言っている人が嘘つき、あるいは
「○○ちゃんが東大に合格する」ことが嘘のように聞こえるのでどっちにも失礼、というように思われてしまったようです。
その後「嘘」の「すごいこと、すばらしいことを強調するときの間投詞(?)」と言う位置づけが世間的にも定着してからは言われなくなりましたが、ネガティヴな単語をいいことの強調に使うというのは、やはり本来は好ましいことではないんでしょうね。

ちなみに私の世代(特に女性)は、上の世代から
「何もかも『うそ、やだぁ、かわいい、しんじられなーい』で表現してしまう」と揶揄されていました。

かくして歴史は繰り返す、のでありました。
花火を見て「まじやべぇ」と言っていたあの男の子も、20年くらい経ったら次の世代の「否定語による強調」に眉をひそめるのかも知れませんね。

なお、英語でも「否定語による強調」は存在します。
スラングなので学校で習うことはないと思いますが、badという単語をgoodの代わりに使うことがあります。その場合、普通のbadの比較級・最上級と違って、いい意味でのbad(ややこしや…)はbad→badder→baddest、となります。あとはwicked(読みは「ウィケッド」。本来は「邪悪な」「いたずらな」などの意味)も「すばらしい」の意味で使われることがあるかな。
Unbelievable.(信じられない)は、もう少し一般的にもいい意味で使われていると思います。

余談ですが、「やばい」があまりいい意味で使われていなかった頃、とある雑誌の「OL失敗談」で読んだ話です。
敬語が苦手な帰国子女(ベタな設定だ…)が、勤め先の航空会社で電話を受けました。
電話の主は飛行機に乗り遅れそうなお客さんだったそうです。どう考えても今からじゃ間に合わないぞ、いくら何でもそりゃやばい、と思ったその帰国子女は、相手の話を聴いてこのように答えたそうです。

「お客様、それはやぼうございます
腹でも痛いのか?
[2008年07月09日(水) ]

こんにちは。
世間ではバーゲンが始まっていますね。ご家族で行かれた方もいるのではないでしょうか。
私は近場の駅ビルやデパートを回りましたが、今のところはサンダル1足とTシャツ1枚を買ったのみ。昔は安いからと大量買いしていた記憶があるので、少しは大人になったのかも知れません。もっとも夫が一緒だったときもあったので、かなりの抑制力になっていたことも事実ですが…。彼は自分に対して「不要不急のものは(例えバーゲン品であろうと)買わない」を徹底しているので、当然私に対しても「要らん」「似合わん」「どうせたんすの肥やし」etc.と厳しい言葉をがんがん投げかけてくれるのです。(なので、どうしても狙っているものがあるときは1人で行きます。

でも、夫と一緒に買い物に行って「これ欲しいな」と思っても、夫にダメだしされると、「そうか」とあっさり諦められることって結構多いんですよね。つまり、反対を押し切っても買うほどの物ではないということです。これというターゲットがなくてただ覗いているだけのときは、敢えて夫と一緒に行くのもいいかも知れないなーと思いました。

ところで以前も書きましたが、私は接客業のアルバイトをしたことがあるので、店員さんのちょっとした態度や言葉遣いが非常に気になるたちです。テレビドラマに出てくる「意地悪なお姑さん」ばりではないかと我ながら思うくらい。
日本の接客業の丁寧さは世界一だと思っていますが、巷で問題になっている「〜〜でよろしかったでしょうか」みたいな言葉遣いが特に気になります。

先日もこんなことがありました。
とあるお店のマネキンが、とっても可愛い7分丈パンツとこれまた可愛いベルトを着けていました。ワークパンツはかなり細身なので入らなさそうだけどベルトいいなあ〜…と思っていたところに、脇からすすっと店員さんが近寄ってきました。
「いいでしょーこれー。人気あるんですよー。うーん」
「そうでしょうねえ」
「これ(パンツ)、こーやって見ると結構細身ですけどぉー、すっごい伸びるんですよぉー。うーん。パンツで探してるんですかぁ〜?」
「(私何も訊いてないのに、そんなに「伸びる」を強調しなくたって…)いや、そういう訳じゃないんですけどね」
「そうなんだぁ〜」
「ベルトが可愛いなと思って」
「でしょおー。これ、ここではこういう風に(パンツのベルト通しに通して)やってますけどぉ、ブラウスの上から締めてもウェストマークにもなって、いい感じですよー。うーん」
「(どうせ私は寸胴だってば)そ、そうですね」
「いつもベルトはしないんだ?」
「いや、今してますけどね、ブラウスで隠れてるから」
「そうなんだぁ〜」
「(愛想笑いで)後でまた来ます」
「よろしくお願いします〜」

二度と行かんぞ

まあ40の声を聞こうとしている私が、20代の子が行きそうなお店を覗いているのがそもそも間違いなんでしょうけどね…。(ギャル服を物色しているわけではありません念のため。そこまで身の程知らずではありません。シンプルでいいのがあれば買うだけです。)
でも、私があなた(店員)よりどうみても干支一回り以上年上だってことは、1日何百人も接客してれば分かるだろうに。よしんば私が本当に20代だったとしても、客には必要最低限の敬語を使うのが美しい日本の接客業のあるべき姿なんじゃないでしょうか?親しげに話しかければいいってもんじゃないでしょう。大体自分のいうことにいちいち「うーん」「うーん」ってうなずくな!腹でも痛いのか!?私はまだ同意してないぞ!
…と言いたくなるのを大人になってぐっとこらえて(大げさ)帰ってまいりました。(単なる小心者ともいう。)

すみません、おばさん丸出しでつい思い出し怒りして書いてしまいました。
私の礼儀も決して褒められたもんじゃないですが、敬語の使えない人は嫌いです。

でもこれって、ひょっとして私がダイエットに成功していればこんなに怒ることはなかったのかも?

ちなみに別のお店でも、パーティなんかに使えそうな可愛いバッグを見ていたら、「これ重宝しますよ。うーん。私も持ってるんですけどぉ、うーん」とやってきた店員さんがいました。値段も安かったので買おうかなとも思いましたが、「うーん」の連発だけで萎えてしまって、すごすごとお店を去りました。

「自分で言って自分でうなずく」って流行ってるんでしょうか?若者の皆さん教えてください。
自己治癒
[2008年06月27日(金) ]

こんにちは。
早いもので6月も終わりですね〜。中学生の皆さんは期末テストに向けて追い込みやっている頃かしら。あと少しで夏休み、がんばれー。

私にとっての6月は、いつも以上に嬉しいことと悲しいことがあった1ヶ月でした。具体的には割愛しますが、ただでさえ涙もろい私。嬉し泣きしたのは勿論、悲しいことのときはもう何を見ても涙が出てきて困っておりました。(今月に限った話ではないですが)

そんなところにやってきた、久々の翻訳仕事。
依頼主は会社員時代の先輩でした。この先輩はいつもメールではなく電話で仕事を依頼してくれるのですが、「葉亜子ちゃん(仮名)元気?」という質問に、「元気でっす!」と即答できた自分にびっくり。さっきまでどよーんとしていたと言うのに、その後に続いた他愛ない会話もいつも通りに進めることができました。

自分には案外「プロ根性」(大袈裟)が備わっていたのだな〜 と電話を切ってからちょっと嬉しくなりました。あの電話をきっかけに、気持ちが前向きになり始めた気がします。先輩ありがとう

これって何かに似てるな、と思い出したのが、大学時代の失恋経験です。
当時私は某ファストフードでアルバイトをしていました。ファストフードと言えば営業スマイル。こんな精神状態で仕事できるのか?と思いましたが、背に腹は代えられません。涙を表面張力で抑えて何とか出勤しました。
ところが、この営業スマイルが、結果として立ち直りに役立ったんですよね。
ファストフード店員たるもの、自分の内面がどんな状態であろうと、満面の笑みをたたえて「いらっしゃいませーーー」「ありがとうございましたーーー」と威勢良く挨拶しなければなりません。最初はやっぱり心と顔とセリフが全部バラバラな感じがしました。だけど、数時間働いていると、段々心からの笑顔になってくるんですよね。勿論最初は、アルバイト時間が終わるとまた「はぁ」とため息ついたりしてたんですが、そういうのを繰り返していくにつれ、徐々に普段の自分を取り戻していった気がします。

時が解決してくれたというのも勿論あったと思います。
でも、「笑顔に気持ちが後からついて来る」こともあるんだなと知った、21歳の春でした。

辛いことがあるときに、普段自分が接しているものごとを一切断って、一旦辛さに浸ってから気持ちを切り替えて立ち直っていく、という人もいるでしょう。
私の場合は普段の生活をできるだけ続け、最初はから元気でも普段の自分を「演じて」いくことによって、段々中身を伴わせていくのが有効らしいと知ったのがこのときだった気がします。私は気持ちの切り替えがあまり巧くないので、フェードイン・フェードアウト型とでもいいましょうか。

もしこれを読んでいる方で失恋したり悲しいことがあったりして、もう部活辞めたい〜 学校行きたくない〜 と思っている人がいたら、まずは普段の生活を続ける勇気を出してみることをお勧めします。今までは気づかなかった自分の強さや、周りの人々のありがたみを実感できるかも知れません。それが、ゆくゆく立ち直っていく原動力になると思います。
2つの「よかった」
[2008年06月22日(日) ]

こんにちは。
今日は大雨の中を某シティホテルのエステに行って来ました。5月の私の誕生日&母の日に、妹たちが私と母に「お食事&エステご招待券」をプレゼントしてくれたのです。

普段化粧水くらいしか使わず、日焼け止めも1日1回のみ、エステなんて10年ぶりくらい という女子力皆無の私ですが(あ、「女子力」という言葉は好きじゃありません。それについては後日。)、今日はクレンジングからパックまでフェイシャルできれいにしてもらいました。お洋服が大好きな私ですが、そっち費用(と言っても最近は購買欲が失せているので買ってませんが)削ってエステ行く習慣つけようかな〜。アラフォーとしてはお肌きれいにしておくのって大切ですもんね。(と言いつつ、無理にアンチエイジングするのは好きではありません。最近目尻に笑いじわができつつあるので、これは大切に育てたいと思ってます。)
そう思ってしまうくらいすてきな体験でした。

さてさて、そのエステサロンは2人ずつしか施術できないので、私&母(主賓という名目)は妹たちが施術してもらっている間ホテルのロビーでおしゃべりをしていました。ロビーでは引き出物の袋を持った人々がうろうろしていました。その中に20代後半〜30代前半くらいの男性の集団がおり、普通におしゃべりしながらたむろしていたんですが、私が母の話を聞いている傍で「からーん」という乾いた音が…何か落ちたのかな、くらいにしか思っていませんでしたが、
途端にその男性陣が騒然となりました。どうやら、男性の1人が最近結婚したばかりのようで、指輪を仲間に見せようとして指輪を外したところ、手がすべって落ちてしまったようなのです。
最初は「いいじゃん、離婚すれば〜」なんてからかっていたお友達も、彼が「やばい。やばい。マジでやばい」とどんどん顔面蒼白になっていくのを見ると、昔よくあった「落ちたコンタクトレンズを皆で探す」光景のごとく一人一人目を皿にしだしました。

あまりに気の毒だったので私と母も捜索に参加。
「どんな指輪だったんですか?」
「カルティエのやつなんです。色はシルバーで…」
心の中で「うわぉリッチ〜」と思いましたが(笑)椅子をずらしてみたり柱の影に入ってみたりしながら探しましたが見つからず。そのうち他の一般客も捜索に参加しだし、ロビーは潮干狩り状態になりました。

15分くらい経ったころでしょうか、ロビーの脇にあったコンビニの扉の影辺りに指輪が落ちているのが見つかったらしく、「あった!」の声とともに店員さんが指輪を高く掲げました。
思わずロビーは拍手喝采。
蒼白になっていた彼の顔にすこし赤みが差しました。よかったよかった。
「ほら、手伝ってくれた人にお礼言わなきゃ」と先輩らしき人に促され、ようやく放心状態から我に返った彼は、一般客にあいさつ回りを始めました。私たちのところに来てくれたときも、深々とおじぎをしてお礼を言ってくれました。私は「よかったですね〜。おめでとうございます。お幸せに」と返しました。新郎でもないのに「お幸せに」もどーかと我ながら思いましたが(笑)
ちゃあんと彼の元に戻ってきてくれた指輪、奥さまとの縁の強さを示してくれているような気がしたからです。

丁寧にお礼を言ってもらえたおかげで、何だかこっちも幸せな気分になれました。

そして、最近へこむことがあったわたくしですが(超個人的理由により割愛。)まだそうやって他人事に思いを馳せる心の余裕が残っていたことに我ながら驚くと同時にすこしほっとしました。私はまだ大丈夫かも、と思わせてもらえる出来事でした。そういう意味でもよかったわ今日は。
新しい視点
[2008年06月04日(水) ]

こんにちは、お久し振りです。
まずはお詫びを…先月は1回しか投稿できず、大変申し訳ありませんでした。
体調を崩していたというのが主な理由ではありますが、その間も国技館には2度も足を運んでいるので言い訳になりません。今月は先月の分も更新回数を増やすことにいたします。

さてさて、更新をサボっている間に、わたくし1つ歳を取りました。いわゆる「アラフォー」です。
ケーキにロウソク立てて祝うような歳ではありませんが、やはりいくつになっても誰かに祝ってもらえるのは嬉しいものですね。今年もメールやカードをたくさんいただき、そのたびに感激しておりました。

そして今日。
友人から、「遅れてごめんね」のメッセージとともに誕生日プレゼントが届きました。
中に入っていたのは小さな万華鏡。私の中指くらいの長さで、先にビー玉のようなものがついています。
普通の万華鏡だと中にビーズのようなものが沢山入っていて、そのビーズが中で動いている様子が鏡に映し出される形ですが、これは違いました。なんと、万華鏡の先についているビー玉に映る景色を模様にしてしまうのです。
面白いので、携帯のカメラのレンズに万華鏡をくっつけて写真を撮ってみました。
 
左の写真は部屋の壁に貼ってある大相撲カレンダーと(→また相撲かい。)、本棚の一部。右の写真がそれを万華鏡で見た図です。すごいでしょ?
もともと子供の頃から万華鏡は大好きなんですが、大人になってからはお土産屋さんで見かけるくらいで、手にしたことはありませんでした。今回こうしてちょっと変わった万華鏡をいただけて、懐かしい気持ちを思い起こしたような気分です。さっきから色んなものを万華鏡で見て遊んでいます。夫の顔を万華鏡で見たときが一番面白かったです。

そしてこの万華鏡、とっても大切なことを教えてくれているような気がします。
この万華鏡にかかると、いつも使っているコップ1個から愛用の(老朽化した)パソコンまで、普段見慣れたものがものすごく面白く見えるんですよね。つまり、どんなに平凡な生活やつまらないと思えたものでも、少し視点を変えてみれば、面白味が出てくるかも知れない。ひょっとしたら辛かったり嫌だったりするものごとにすら、いい点が見えてくるかも知れないなと。
とかく物事を一元的に考えがちな私に必要だったのは、心の万華鏡だったのかも知れない、とふと思いました。

来年には40歳になる私。
そのときにいい万華鏡が心の中にできているように、この小さな万華鏡にお世話になろうと思います。

ちなみに万華鏡のことは英語でkaleidoscope(カレイドスコープ)と言います。と、とってつけたような英語ネタですみません
私にできること
[2008年04月09日(水) ]

こんにちは。
関東地方は先日からの雨風ですっかり葉桜になってしまいましたね。気温も下がってしまいましたが、この気圧が過ぎたらもっと暖かくなるのかな〜。先週末のお花見のときは晴天でよかったです。

ところで、私の母方の祖母が先週からハライタで入院しています。
85歳という高齢なので、入院したと母から聞いたときは心臓が止まりそうになりましたが、今のところ容態は快復に向かっているようです。病院スタッフの方々には本当に頭が下がります。

病院はうちの近所でもあるので、あまり仕事のなかった先週は毎日お見舞いに行きました。(今週はまだ行けていません…今日はいけるはず。)
入院初日にお見舞いに行ったとき、私が面会時間が終わって帰ろうとしたら、すごく心細そうな顔をしていたので、何だか切なくなってしまいました。結局お手洗いなどに付き添ったので大幅オーバーしてしまったのですが…。
でも、お手洗いに付き添ったと言っても、私は車椅子を押すとか、点滴が引っかかったキャスター付きの棒(?)を持つとかそのくらいしかできなくて。肝心の「用を足す」ことのお手伝いはぜんぜんだめで(私が抱きかかえると余計身体に負担がかかって痛いらしい。)、自分の無力さを実感してしまいました。
在宅介護をしているうちの母や、介護ヘルパーをしている義母、そして介護福祉士をしている友人夫妻だったら、こういうときはどうやってるんだろう…。と思いながら、改めて心の中で彼らに頭を下げました。そして看護士さんたちにも。

ちょっと話がずれますが、祖母は20代前半で未亡人になってしまったので(私の祖父にあたる人は30くらいで結核で亡くなっている)、職業婦人のはしりみたいな感じで、女手1つで一人娘の母を育て、仕事も定年をまっとうしました。しゃきっとしている姿が幼心にも誇らしかった(日本語変ですが)ものです。
そんな祖母が85歳になった今、すごく小さくなってしまったことも何だか時代の流れを感じ、一抹の寂しさを感じつつ、言葉にならないどよーんとした気持ちを抱えながら、帰途に就いたのでありました。

帰宅してから、たまたま介護福祉士の友人からメールを貰っていたので、その返事に「祖母が入院して云々」とかいつまんで自分の気持ちを書きました。

翌日お見舞いに行ってから帰宅すると、その友人からメールの返事が。
私が自分のことを歯がゆく思っていないか、と気遣う内容でした。
そして自分の経験も書いてありました。
彼女は確か介護職に就いて5年くらい経っているのですが、なんとその職を目指したきっかけが、今の私と同じ経験だったというのです。
おばあさまのお見舞いに行っても「何をしたらいいか分からなかった」ことが歯がゆくて、そして看護婦さんのてきぱきした動きに感動して、30にして新しい職を手につけることを決心したのだそうです。
彼女の前職は、医療とも介護とも関係ない分野。私自身は割と狭い範囲にしか興味がなかったり職にしていなかったりしたので、何故その仕事からいきなり介護職?ととても興味があり、いつかは訊いてみたいと思っていたのですが、そういうことがきっかけだったとは…。

そして今は「気難しいおじいさんも彼女の手にかかるとすっかり穏やかになる」と評判の(同僚だったご主人談)介護福祉士に成長した彼女。私のために「お年寄りの効果的な抱きかかえ方」をアドバイスしてくれました。
しかし、「どんなに技術的に介護できても、家族の面会があると、私たちには見せない笑顔が出る。介護はプロに任せればよい。家族が面会に来ることで、自分は見放されていないという気持ちになれるのだから、美井さん(仮名)は何かしようと気負うことはないと思う」(以上要約)と、メールは締めくくられていました。

まるで私の心を監視カメラでモニターしているの?みたいな(変な喩えだ)絶妙のタイミングがありがたく、パソコンの前で号泣してしまいましたよ。(思えば子供の頃から涙もろかったのよね私。)

どうも私は「心のケアも実用的なケアもできる自分」を妄想していて、その脳内の自分と現実とのギャップに愕然としていたくちがあるんですが、普段実用的な経験(?)を何もしていないんだもの、できるわけがないんですよね。考えてみれば。できると思ってしまうのは思い上がりだし、何よりもプロの方々に失礼だな、と思いました。それでも自分のやったことが100%無駄ではない、それに気づかせてもらっただけでもどれだけ嬉しかったことか。友達って本当にありがたいものですね。

以来、私は「世間話をすること」に専念してお見舞いに行くようになりました。お花見の写真を持って行ったり、テレビのニュースを報告したり。もちろん家族のことも。まあ私はおしゃべりな上に声が無駄にでかいのではた迷惑という話もありますが、少しは気が紛れてくれるとよいなと思っています。
仏のあたまも3cm下がって。
[2008年04月02日(水) ]

こんにちは。ご進学・ご進級おめでとうございます。
新しい年度が楽しいことや面白いことでいっぱいになりますように。
この仕事をしていると新入社員が来るとか人事異動とかそういうものがないので、今ひとつ「新年度のはじまり」がぴんと来ませんが、近所の公園がすっかりピンク色に染まったので春を感じます。一番好きな季節です。週末のお花見まで桜がもつとよいのですが。

さてわたくしごとで恐縮ですが、先週は3泊ですがタイ(バンコクとアユタヤ)に旅行してきました。私にとっては2度目のタイ(1回目は幼少時なので殆ど記憶なし)。もともとエスニック系の雑貨や料理が好きなこともあり、短い旅行とはいえ満喫してきました。
バンコクの街は私が想像したよりもずっと都会で、さすが「微笑みの国」と言われるだけあって現地の人々も雰囲気がよく、ごはんも美味しく楽しかったですが、そこは年中35℃の熱帯。私は最終日に夏ばてでへたってしまい廃人状態。帰国後も2日間伏せってしまうはめになりました。寄る年波をこういう風に実感することになろうとは…。しかし、同い年の夫はびくともしなかったのが不思議というか悔しいというか。

ともあれ、タイの街を歩いていて特に印象的だったのは、至るところに王室と仏さまに対するリスペクトが感じられたことです。
王様ご一家の写真や肖像画が、街のあちこちにどどーんと飾ってありました。

(ヘタな写真ですみません。これは列車の駅。)お店に入っても、壁の目立つ位置に王様の写真が飾ってありました。すれ違った日本人観光客の男の子が「この国ってさ、どこのお店入っても店長の写真飾ってあるよね〜」なんて言っていましたがまた、昨年王族のどなたかがなくなられたそうで、王宮には花輪を持った弔問客がたくさん列を作っていました。
日本でも昔は天皇・皇后両陛下の写真を飾っていた家が多かったそうですし、昭和天皇が崩御されたときも全国各地に記帳所ができたりしていたので、日本人とタイ人のロイヤルファミリーに対するメンタリティは似ているのかも知れませんね。

そして考えさせられたのが、仏さまに対するリスペクトの仕方でした。
アユタヤに行って遺跡を見学したのですが、ここは18世紀に戦争があったときに敵軍が仏閣や仏像などを吹っ飛ばしてしまったんですね。なので、頭や腕のない仏像がいっぱいあるんです。
遺跡にはこのような看板が所々に立ててありました。

つまり彼らにとって、この仏像というのは「壊れた像」ではなく、まだ命が宿っているという意味なのでしょうね。確かタイでは子供の頭を撫でるのがタブーで、それは頭に精霊が宿ると考えているからだと以前どこかで読んだことがあります。その頭を人間ごときが代用してはならない、と考えているんでしょうね。私はいい年して変なところで茶目っ気を出してしまうタイプなので(高校時代だったか、修学旅行で仏像の前で仏像と同じポーズで写真を撮ったりとか。タイの方に見られたら憤死させてしまったかも知れません…。恥)、この看板があってよかったと思ってしまいました。

そして個人的に一番印象的だったのがこの仏さまの頭。

敵軍の持ち帰り(?)を逃れた仏さまの頭の近くに木が生えて(たぶんガジュマルの一種だと思います)、頭を取り込んだかのようになっているというものです。木は仏さまを護り、仏さまは木を護っているんだなー と、仏教徒でもなんでもない私ですら神秘的な気分になりました。
この遺跡は地元の方が常駐で見張っており、記念写真を撮る観光客に声をかけることがあります。この仏さまの頭と写真を撮るときは、自分の頭の位置を仏さまのそれよりも低くしておかなければなりません。(と看板にも書いてある。)従って必ずしゃがむことになります。で、立って写真を撮られようとしている観光客に対して注意するのです。(英語で)確か撮る人も中腰みたいな感じになることを求められるんじゃなかったかな。

バンコクにある王宮に併設されているお寺を見学するときも、露出度の高い服を着ている人は上に着るものを借りなければなりません。(夫は膝丈のズボンを穿いていたので、長いズボンを借りました。)

なんて言うんでしょうか、生活の中に仏教が溶け込んでいるのは日本もタイも同じなんですが、日本の場合はもう少しカジュアルと言うか(私が知らないだけ&礼儀知らずなだけかも知れませんが)、例えば小さな仏像があったとしてもその目線まで身体をかがめたりする必要もないし、仮に頭のない仏像の上に自分の顔を置いたとしても特に問題にされることはないと思うんですよね。もちろんそれは文化の違いであって優劣を付けることはできないと思いますが、タイではもっと仏教が身近な分日常生活の中での仏さまとの接し方にひと手間かけている(身体をかがめたりとか)のかな、という気がしました。そういうひと手間って、実は結構大事ですよね。ひと手間の積み重ねが心を豊かにしていくと言うか。

私は特定の宗教に傾倒するつもりはないですが、何かと接するときにひと手間かけるというタイの人々の姿勢は自分にも取り入れたいと思いました。

と、また支離滅裂な文章ですが、たまには写真つきでお送りしました〜。
私の機嫌をそこねるもの
[2008年03月22日(土) ]

こんにちは。
先日、Z会の某担当者さんからメールをいただきました。私はZ会さんのとある教材作りのお手伝いをしているのですが、私が関わった部分についてクライアントさん(その教材を使う人々の関係者、と言えばいいのかな)からお褒めの言葉をいただいたとのこと。
いつもいただいたテーマに沿って文章を作るのですが、これでいいかな大丈夫かなと思いながら納品するので、そういう言葉を戴くとそれまでの苦労(と書くと語弊がありますね。楽しみながら作っているので。でも文法や語彙・語数の制限に合わせるのは結構大変なんですよ〜。)が全部ちゃらになったような気がして非常に嬉しいです。ありがとうございます!>担当者さん

と嬉しいご報告をしつつ、なんとも変なお題ですね今日は。しかも「おまえは女王様か」って感じだし。
私は基本的に嫌いな人はあまりいませんし、割と平和な性格なのではと自負しています。その割には夫婦喧嘩が絶えませんが、私みたいなのを内弁慶って言うんでしょうねきっと。(笑)会社を辞めたときに、それまで怖い人だった先輩から「あなたは感情の起伏が激しくないから仕事を頼みやすかった」と言われたのは嬉しい経験でした。
普段もそんなにストレスフルな生活を送っているわけではないと思います。まあ会社員じゃないし、というのもあるかも知れませんが、基本的には「嫌な思いをしても一晩寝ればちゃら」という感じなので。

ところがそんな私が非常にストレスを感じたり機嫌が悪くなったりするものがあります。
それはパソコンの故障。
パソコンは私の商売道具なので、これがうまく動かないと非常に気分が悪いです。別に人に当たり散らしたりはしませんが(というか当たり散らす相手がいない…)、胃が痛くなったりするので健康上もよくないんですよね。
今使っているパソコンはアメリカに住んでいた頃買ったものなんですが、それまで全く故障したことがなかったのが、ここ1週間くらい今ひとつ動きが冴えません。しかもエラーメッセージが出るときは英語だから、それが余計不吉に見えるんですわ。
同じく自宅で仕事をしている知人に聞いてみたところ、私や彼女のような超ヘヴィユーザー(仕事とプライベートをあわせると、1日8時間以上はパソコンを打っています。週末はできるだけやらないようにしていますが…目にもわるいし。)の場合は「もって4〜5年」なのだとか。ということはそろそろ買い替えを覚悟しないといけなさそうです。

パソコンは商売道具だからいいのが欲しいけど所詮超ヘヴィユーザーにとっては消耗品だから安いのでも構わないかも知れないし、うーんどうしよう。と悩みながら、そして今日はちゃんと立ち上がるかしら…とひやひやしながらパソコンを立ち上げる今日この頃です。おかげで少し痩せたかも。(当社比)

夫に言わせると「何でパソコンの故障ごときで胃が痛くなったりするのか分からない」そうですが、これは恐らくアメリカ時代のトラウマがあるような気がします。
アメリカでは3度ほどパソコンが壊れたことがありまして(うち1回はパソコンが不良品だった。勿論無料で交換してくれました。)、その度に日本とのつながりがぷつんと切れた気がして非常に不安になったものです。あの頃はパソコンも今より高かったし、そう簡単に買い替えできませんでしたからね。今はあの頃よりもうんと性能がいいものが安く手に入るし、サポートセンターも日本語で対応してもらえるから、もう少し気楽に構えてもいいのかも知れません。

以下余談。
サポートセンターと言えば、アメリカのパソコンのサポートセンターはアメリカにないんですよ。少なくとも私の使っているパソコンのメーカー、某社はそうです。みなさんは「アウトソーシング」という言葉を聞いたことがありますか?アメリカは人件費が高いので、人件費の安い英語圏の国にサポートセンターを置くことが多いのです。日本で言うところのフリーダイヤルにかけると、自動的にその国のサポートセンターに繋がるようになっています。アメリカとの時差もあいまって、24時間体制でサポートしてくれるようになってるんですね〜。私が電話したときはフィリピンやインドにかかったことがあります。みなさん非常に英語が上手で(でも少しだけ訛りがあるのでネイティヴじゃないなと分かる。)しかも地球半周したところから電話しているのにまるで私のパソコンをその場で見ているかのように的確なサポートで、すげ〜 これじゃITの仕事がみんなインドやフィリピンに行くわけだわ。と妙に感心した憶えがあります。(インドもフィリピンも英語圏ですからね。)
日本の場合は「日本語」というのがあるから、サポート関係の仕事をアウトソーシングしなくてすむのかも知れませんね。日本は食べ物をアウトソーシングすることが多いけど語学がらみは国内で。アメリカは食べ物の自給自足率が高いけど語学がらみはアウトソーシング。世の中、なかなか両方を手に入れることは難しいようです。(ってそう〆るか?)
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