こんにちは。
北京オリンピックも早いものでもうすぐ終わり。連日、選手たちの頑張りにこちらも元気を貰っています。

個人的に一番感動したのは、女子柔道の塚田さんの銀メダルです。最後まで熱い闘いだった気がします。終わったときには涙ぼろぼろでした。
さて、そうやってオリンピックが盛り上がっている中、私が普段応援している大相撲では現役力士の解雇という前代未聞の出来事があったことは、新聞やテレビのニュースでご存知の方も多いと思います。
特に熱烈応援していた力士ではありませんでしたが、体格にも恵まれ、将来有望だったので残念です。なんて馬鹿なことをしたのか…。
同情の余地はありませんし、しかるべき罰を受けるべきだと思います。
今回のことに関して、「国技を汚された」とか「相撲ファンを裏切った」とか色々言われています。それに関しては私も同意するところや、これはちょっと違うんじゃないの(何でも「外国人力士」に繋げて考えるとか)と思うところなどありますが、とりあえず割愛。というのも、彼が一番でも一番裏切ってしまった&汚してしまった相手は、他でもない自分自身なのでは、と思うからです。
彼の今までの努力は何だったのでしょう。
何のために、親に甘えたり反抗したりしたい盛りの10代半ばに故国を離れ、ホームシックや文化の違い、食べ物の違い、言葉の違い、そして日本人ですら音を上げる人が大多数の厳しい稽古に耐え抜いたのか。
何のために、家族に寂しい思いをさせ、自分も寂しい思いをしたのか。
何のために、関取まで上り詰めたのか。
それまで頑張ってきたことを、つい調子に乗って手を出したもののためにパーにしてしまった。なんて馬鹿なことをしたのか。馬鹿すぎる。
私がもし彼の親だったら、泣きながら殴ると思います。
話が飛びますが、昔テレビドラマなんかで、道を誤ってしまった子供を親が泣きながら殴るシーンが出てくると、私は「親は世間体がわるくなるのが嫌だから“恥かかせやがって”と保身で殴るんだ」と思っていました。でも、違うんですよねきっと。私は残念ながらまだ親になったことがないのであまり知ったようなことは言えませんが。
それにしても、恵まれた素質で一気に幕内まで駆け上がった彼のこの(相撲界での)末路は、まるで「平家物語」の冒頭のようです。(祗園精舎の鐘の声、〜のあれですね。)
自分の若い頃を省みてみても、彼くらいの歳というのは、とんとん拍子でものごと進むと勘違いしがちだと思います。普段なぜか「自己評価が低い」と言われる私ですら、勘違いエピソードは数知れず。一番の勘違いは、以前も書きましたが、大企業に勤めていたというだけで、今で言う「勝ち組」的意識を潜在的に持ってしまったということでしょう。虎の衣を借る狐とは私のことでした。会社を辞めて「ただの人」の自分を思い知ったときのショックはそりゃあプライドずたずたになったものです。今だから「あの頃は馬鹿だった」と笑って言える訳ですが。(私は昔も今も「ただの人」です。今はそれに誇りを持っています。)
今回の力士(あ、元力士か…)の場合は素質でちゃんと出世したわけですから、虎の衣被ってた私とは違います。でも、今回の出来事は、早く成功してしまったゆえに世間を舐めてしまった、という勘違いから起こったものに思えます。
これからは髷のない、着物を着ない、「お相撲さん」と慕われない、そしてただの人どころじゃない、犯罪をつぐなう者としての生活が待っている。
「盛者」(「平家物語」の「盛者必衰」より)だった頃は、恐らく私なんて想像もつかないほどいい世界を見てきたであろう彼。落差はさぞかし激しいものでしょう。
わずか数年に終わってしまった彼の相撲界生活。そこで得たものがあったとすれば、それは、そうやってプライドがずたずたになった(繰り返しますがそれは自業自得です)ときに、自分で自分のおとしまえをつけて、馬鹿だった自分も、今の惨めな自分も受け容れて、再び真人間に向かって這い上がってくる力、だと思います。稽古で転がされて土まみれになっても立ち上がってきたように。もっとも、彼は犯罪を犯してしまったので、もう「日本で」這い上がることはできない訳ですが。このまま母国に戻っても、「図体でかいだけのチンピラ」に成り下がることだけはしないでほしいです。