こんにちは。
先週末は世にも恐ろしい事件がありましたね。
電車の接続の関係で秋葉原にはしょっちゅう行っている私ですが、いつも通っているあの通りであんなことがあったとは…今度通りかかるときには献花台にお茶か何かお供えしてこようと思います。この場をお借りして、犠牲者の方々のご冥福をお祈りいたします。
加害者についての一連の報道には考えさせられることがいくつもあります。
進学校に行って落ちぶれてしまって挫折感を感じたとか、いつまで経っても彼女ができなくて悩んでいたとか、昔の自分に通じるところもあり(私もまぐれで進学校に受かってしまったので高校時代の成績は中の下で、大学の2次試験の面接で「きみ、内申わるいね」的なことを言われました。

受かったからよかったものの…。あと彼氏いない歴イコール年齢だった時期も長かったな〜。)、そんな中で自分で自分を追い詰めていったというのは解らないでもないですが、だからと言ってあんな事件を起こしたことの情状酌量にはなりません。世の中の大半の人は色んな境遇の中で不満を抱えつつもちゃんと生きている訳ですし、甘え以外の何者でもありません。というか、どこまで責任転嫁&他力本願なんだ、と憤りすら感じます。ぜひとも極刑をもって償ってほしいです。(偉そうですが)
そこから派生してつらつら考えるのが「世界に一つだけの花」という歌について。
SMAPはまあ好きなほうだし、メロディもいいし歌いやすいし、歌詞もいいこと言ってるなとは思うんですが、どうもその歌詞が都合よく解釈されて一人歩きしかねない危険をはらんでいる気がするんです。(よって、曲そのものに罪は全くありません。私が曲解しているだけです。)あの歌を聴くといつも複雑な気分になってしまいます。
著作権料取られたくないので(笑)歌詞を一字一句書くのは割愛しますが、具体的には最後の1行です。要は「自分は唯一の存在だから、一番になる必要はない」という感じの内容ですね。
私たちは「世界に一つだけの花」でそれぞれ違うのだから、その中で優劣(主観的・客観的両方の意味で)をつけてしまうのは自然な流れだと思います。というか、社会に出たら競争ばっかりですよ。特に日本は資本主義社会ですからね〜。最近、小学校の運動会とかで「みんな一緒にゴール」とかそういうのがあるらしいですが、そんな環境で育った子は将来現実を見たときどう対処するんだろう、と思います。
でも、必ずしも「優」なものが「劣」より得かというとそんなことはなくて、丈夫で長持ちする花が好きな人もいればはかない花が好きな人もいるし、きれいな花が好きな人もいればおどろおどろしい花が好きな人もいる、それだけのことです。だからこそ世の中うまく回っているし、人生面白いのだと思います。
ただ、だからと言って「唯一の存在なんだから何も努力しなくてもいい」訳ではないと思うんです。
何も努力しなくても「唯一の存在」になれる人というのは、ゼロではないにしろ、そう多くないと思います。実は「唯一の存在」ってすごく難しいものなんですよね。勿論わたしという人間は唯一の存在なんですけど、私の全てが「唯一」かというとそんなことはない。むしろ凡百の人間だと胸を張っていえます(笑)。私が会社を辞めたときもすぐに代わりが見つかりましたし、今はフリーランスなのでいつ他人にとって代わられるかひやひやしながら、それでも次に繋がるように、英語のニュースを1日1回は見て言葉の言い回しを盗んだり、もちろん丁寧に仕事したり、何かクライアントさんに面白そうなネタを見つけたらメールしてみたり、年賀状を出して存在をアピールしたりするわけです。それでも「翻訳だったら美井さん」だなんてまず思ってもらえませんよ。そんなものです。
SMAPみたいな人気者だったら「唯一の存在」と言えるものを持っているかも知れませんが、彼らだって生まれながらにそうだったとは言えないと思います。(ルックスだけはそうだったかもしれないけど。)子供の頃から厳しいレッスンや芸能界の荒波にもまれてきて、今の彼らがあるのだと思います。最初はそんなに売れてなかったですもんね。
なんかどんどん話がずれてしまうのでここらで軌道修正しますが、
今回の事件の加害者の場合、自分がキモヲタだとか負け組だとか必要以上に自虐的なことを書いていながらも、「自分から何も努力しなくても女の子が寄ってくる、仕事が首尾よく進む」みたいなことを妄想していたような気がします。そりゃ世の中色んな人がいますから、彼のようなタイプが好きという女性もどこかにはいると思います。でもその女の子だって、「ありのままの自分」を完全肯定してくれなきゃ、彼は嫌なわけですよねきっと。少しでも苦言を呈したらたぶん半狂乱になるんじゃないかなあ。
で、多分「何もしなくても女が寄ってくるやつもいるのに、何かしないとダメな自分」にプライドを傷つけられていたのかも知れませんが、それは「パソコン酷使しても視力2.0の人もいるのに私の視力は落ちるばかり」と言っているのとそう大差ない気がします。そのためにメガネというものがあるのではないでしょうか?何か努力することってそんなに恥ずかしいことなのかなあ。
「唯一の存在」である自分の中身を最大限に活かす(あの歌詞にもありましたよね、「自分の花を咲かせることに努力しよう」みたいなフレーズが。あの歌の好きな部分の一つです。)努力に欠けていたのが、彼の一番の欠点だったのではと思います。ルックスも境遇も、本人が思っているほど過酷ではないような気が…。
でも、こういう「自分の落ち度をしっかり理解・認識しつつも、その補填をするにはプライド(悪い意味での)が高すぎる」人って結構多いような気がします。勿論、彼らが第2の秋葉原事件予備軍だとは全く思いませんが。