英語よろずや日記(仮)

自称「英語よろずや」(願望含む)の縦横無尽自由自在傍若無人支離滅裂な雑文。

     
責任の取り方
[2008年09月06日(土) ]

こんにちは。
私の大好きな大相撲に嫌なニュースが続出している…
報道があるたびに、このブログをご覧下さっている奇特な方々は美井(仮名)のことを思い出しているのではないでしょうか。(→自意識過剰)
これを書いている今の時点では、件の力士2名の精密検査結果も「クロ」と出てしまい、それでも2人とも疑惑を完全否定している、という状態です。2人ともファンサービスのよいいい力士なのを国技館や巡業先で見ているので、犯罪者へのご近所取材じゃないですが、「あんないい人がそんな、ありえない」と信じたい一方、でもしかるべき機関で見てもらった結果だしなあ…という気持ちもあります。というか今は後者の気持ちの方が強い…非常に複雑です。勿論「クロ」だった場合同情の余地はないわけですが。

そんな中取り沙汰されているのが、北の湖理事長の進退問題。
一般企業では、何か重大な不祥事があると、大抵はその企業のトップが「責任を取る」形で辞任します。ところがここ2年くらい不祥事続きの相撲協会ではそういうことがなく、理事長は「二度と起こらないようにするのが私の責任です」と言ってきました。

実は私は、そういう「責任の取り方」もありなんじゃないか、と思っているくちです。(北の湖理事長を支持しているという意味ではありません。念のため)
子供の頃から、テレビや新聞で企業のトップの引責辞任の話を見聞きするたびに、どうして「辞任=責任を取る」なのか不思議でした。新しい人がトップになったところでそう簡単に組織って変わるものなのか?変わるんだったら初めから不祥事しなきゃいいのに、と単純に考えてしまうんですよね。
勿論、トップという地位にあることで享受できる既得権(高いお給料とか)がある訳なので、そういうものを放棄するという意味もあるのは認識しています。また、部下の監督不行き届きによって辞任するわけですから、別の人に部下を監督してもらうことによって不祥事の再発を防ぐ、というのもあるでしょう。
でも、トップが末端の部下一人一人のことをそんなに把握しているものなのかも疑問です。小さな組織ならともかく、大きな組織であればあるほどトップから末端の部下への距離は遠くなるような気がします。だとしたらいきなりトップを交代させるより、トップから末端の部下への距離を縮める努力をしてから辞めても遅くはないのではないかと…。そんな風に思って育ってきました。この考え方が正しいのかどうかはいまだに分かりません。

もっとも、今回の場合は理事長の「直属の部下」も絡んでいるので、今度という今度は一般社会と同じ意味での「責任を取る」ことをしてもよいかな、という気はします。でも、一般社会と同じ意味での「責任を取る」のは、本当だったら去年の新弟子死亡事件のときにすべきだったと思いますが。個人的には、あの事件の方がよほど重大だと思うので。

進退といえば、先日は福田首相がいきなり辞任してびっくりしました。
こちらは恐らく、一般的な意味での「責任を取る」形の辞任なのでしょうが、いかんせん不完全燃焼感が残るのは何故でしょう。(私だけかな?)辞任をする直接的な理由が起こった直後ではないからなのでしょうか…彼もまた、「責任を取る」タイミングを間違えてしまったのかも知れません。今までも世論(これもまた複雑な言葉だと思うので、これに関する私の見解は割愛します。って都合よいですが。)で辞任すべきとの声が上がっていた彼ですが、多分先日までは北の湖理事長と同じで「(様々なことを)立て直すのが私の責任」と思ってやっていたのでしょう。でも唐突な形で辞任してしまったから、「途中で投げ出した」感が強くなってしまい、結果として「責任を取った(多分)のに批判される」という形になってしまっている気がします。

世の中って難しいなあ。(そうまとめるか?)
ニュアンスの違い
[2008年08月27日(水) ]

こんにちは。
北京オリンピックもあっという間に終わってしまいましたね。閉会式はちょっとだけ見ました。あの人間タワー、すごかった〜。ロンドン側のアトラクションが全くタイプの違う演出なのも面白かったですね。ロックを聴いていた身としては、ジミー・ペイジ様(ええ、「様」をつけて呼ばせていただきます)がギターで出演していたのが鳥肌ものでした。(ジミー様の偉大さに関しては、ロック好きの親御さんに聞いてみて下さい。)

さて、身内の話で恐縮ですが、うちの夫は最近英検の参考書(2級・準1級・1級)をひも解いておさらいをしています。確か準1級を持っているのかな?今後1級を受ける予定はないそうですが、職場の外国人と話すときに表現を度忘れすることがあるので勉強しなおしているのだそうです。
私自身は1級を持っていますが、1級の参考書を見せてもらったところ、正直言って「今受けたら落ちるかも」と思いました。何せ私が1級を取ったのは19年も前のことですからねえ。…と、英語をなりわいにしているくせにいけしゃあしゃあと白状してしまうのも我ながら情けないのですが…

しかし、毎日英語に接しているからこそぱっと説明できないこともあります。
一番困るものの一つが「ニュアンスの違いの説明」です。
日本語でも、例えば「見る」と「観る」と「診る」と「看る」の違い(これは答えが割と分かりやすい例ですが)を説明してくださいと言われてもすんなり説明できなかったりしますよね。それと同じで、毎日使っている単語はニュアンスの違いを「感覚で体得」しているので、何気なく使い分けています。よって、言葉で噛み砕いてくれと言われても困ってしまうのです。

先日も夫にこう訊かれました。(注:夫は帰国子女ではなく、東京の大学に入るまでは中部地方で育っています。)
borrowとrentはどう違うの?
私「んー、(しばし考え込む)borrowだとCan I borrow your pen?(ペン借りてもいい?)みたいにお金が絡まないちょっとした物に使うような気がするなあ。rentだとrent an apartment(アパートを借りる)みたいにお金が絡むんじゃないかなあ」
夫「なるほど。でも実際はborrowってあんまり使ってない気がする。Can I use your pen?(ペン借りてもいい?)みたいな」

…確かに、現場の英語ではuse(使う)を「借りる」の意味で使うことが非常に多いです。ただし、useにはお金がからまないので、rentの代わりに使うことはありません。

この際なのではっきりさせようと思い、ネットで調べてみました。
それを簡単にまとめると…

borrow」はお金を払わないで借りる。借りた場所から移動させて使う。
use」もお金を払わないで借りる。その場で使う。比較的すぐ返す。
rent」はお金を払って借りる(移動の有無は関係ないみたいです。例えば日本語の「レンタカー」は英語のrent-a-carをカタカナ化したものです)
イギリス英語では「rent」ではなく「hire」を使う場合が多く、rentは主に不動産絡みで使われる

とのことです。

やっとすっきりしました…が、他にもこういう「解っていそうで実は説明できない」言葉は沢山あるような気がします。今後もこまめに調べようと思います。人生日々是勉強。

余談ですが、上記の「アパートを借りる」の「アパート」について。
英語では、日本語で言う「高層マンション」みたいなすてきなところでもapartmentという言葉を使います。なぜならmansionは「豪邸」を意味し、どんなに高級でも集合住宅ではないからです…。かくいう私は築30年の庶民向けマンション(日本語の)に住んでいます。一度でいいから英語のmansionに住んでみたい…と思うこともありますが、「でも掃除が大変そうだからいいや」とあっさり引き下がるわたくしでありました。(そもそもmansionに住むような人は自分で掃除しなくてもそれ専用の人を雇っているのでは…)
大相撲版平家物語
[2008年08月22日(金) ]

こんにちは。
北京オリンピックも早いものでもうすぐ終わり。連日、選手たちの頑張りにこちらも元気を貰っています。
個人的に一番感動したのは、女子柔道の塚田さんの銀メダルです。最後まで熱い闘いだった気がします。終わったときには涙ぼろぼろでした。

さて、そうやってオリンピックが盛り上がっている中、私が普段応援している大相撲では現役力士の解雇という前代未聞の出来事があったことは、新聞やテレビのニュースでご存知の方も多いと思います。
特に熱烈応援していた力士ではありませんでしたが、体格にも恵まれ、将来有望だったので残念です。なんて馬鹿なことをしたのか…。
同情の余地はありませんし、しかるべき罰を受けるべきだと思います。

今回のことに関して、「国技を汚された」とか「相撲ファンを裏切った」とか色々言われています。それに関しては私も同意するところや、これはちょっと違うんじゃないの(何でも「外国人力士」に繋げて考えるとか)と思うところなどありますが、とりあえず割愛。というのも、彼が一番でも一番裏切ってしまった&汚してしまった相手は、他でもない自分自身なのでは、と思うからです。

彼の今までの努力は何だったのでしょう。
何のために、親に甘えたり反抗したりしたい盛りの10代半ばに故国を離れ、ホームシックや文化の違い、食べ物の違い、言葉の違い、そして日本人ですら音を上げる人が大多数の厳しい稽古に耐え抜いたのか。
何のために、家族に寂しい思いをさせ、自分も寂しい思いをしたのか。
何のために、関取まで上り詰めたのか。

それまで頑張ってきたことを、つい調子に乗って手を出したもののためにパーにしてしまった。なんて馬鹿なことをしたのか。馬鹿すぎる。
私がもし彼の親だったら、泣きながら殴ると思います。

話が飛びますが、昔テレビドラマなんかで、道を誤ってしまった子供を親が泣きながら殴るシーンが出てくると、私は「親は世間体がわるくなるのが嫌だから“恥かかせやがって”と保身で殴るんだ」と思っていました。でも、違うんですよねきっと。私は残念ながらまだ親になったことがないのであまり知ったようなことは言えませんが。

それにしても、恵まれた素質で一気に幕内まで駆け上がった彼のこの(相撲界での)末路は、まるで「平家物語」の冒頭のようです。(祗園精舎の鐘の声、〜のあれですね。)
自分の若い頃を省みてみても、彼くらいの歳というのは、とんとん拍子でものごと進むと勘違いしがちだと思います。普段なぜか「自己評価が低い」と言われる私ですら、勘違いエピソードは数知れず。一番の勘違いは、以前も書きましたが、大企業に勤めていたというだけで、今で言う「勝ち組」的意識を潜在的に持ってしまったということでしょう。虎の衣を借る狐とは私のことでした。会社を辞めて「ただの人」の自分を思い知ったときのショックはそりゃあプライドずたずたになったものです。今だから「あの頃は馬鹿だった」と笑って言える訳ですが。(私は昔も今も「ただの人」です。今はそれに誇りを持っています。)

今回の力士(あ、元力士か…)の場合は素質でちゃんと出世したわけですから、虎の衣被ってた私とは違います。でも、今回の出来事は、早く成功してしまったゆえに世間を舐めてしまった、という勘違いから起こったものに思えます。
これからは髷のない、着物を着ない、「お相撲さん」と慕われない、そしてただの人どころじゃない、犯罪をつぐなう者としての生活が待っている。
「盛者」(「平家物語」の「盛者必衰」より)だった頃は、恐らく私なんて想像もつかないほどいい世界を見てきたであろう彼。落差はさぞかし激しいものでしょう。

わずか数年に終わってしまった彼の相撲界生活。そこで得たものがあったとすれば、それは、そうやってプライドがずたずたになった(繰り返しますがそれは自業自得です)ときに、自分で自分のおとしまえをつけて、馬鹿だった自分も、今の惨めな自分も受け容れて、再び真人間に向かって這い上がってくる力、だと思います。稽古で転がされて土まみれになっても立ち上がってきたように。もっとも、彼は犯罪を犯してしまったので、もう「日本で」這い上がることはできない訳ですが。このまま母国に戻っても、「図体でかいだけのチンピラ」に成り下がることだけはしないでほしいです。
オリンピック雑感
[2008年08月12日(火) ]

こんにちは。

まず訂正…中国語の「加油」を「がーよぅ」と読む、と前回書きましたが、テレビを観ている限り、正解は「じぁーよぅ」みたいですね。失礼しました。
中国選手に対する「じぁーよぅ」の大合唱、温かみに溢れていて好きです。

さて、オリンピックが始まってからというもの、連日テレビをNHKに合わせっぱなしで競技をちらちら見ながら家事や仕事をしています。(昔から「ながら族」なんです私。)
今朝は男子体操団体の見事な演技に惚れ惚れしていました。日本勢銀メダルおめでとう!開会前にNHKでやっていた男子体操特集で、内村くんの演技に一目ぼれした私ですが、本番でも物怖じせずにきびきびと小気味よい演技をするのを堪能させてもらいました。ああいう豪快な演技は観ていてすかっとしますね。エースの冨田くんの演技はまた違った魅力で、きめ細かくて優雅な美しさがあると思いました。他のメンバー達もそれぞれ魅力たっぷりで素晴らしかった!

そして見事金メダルとなった中国勢。誰にも物言いつけさせない迫真の演技でした。とにかく美しすぎる…。私は体操観る目が素人なので日本との差がどこにあったのかよく分かりませんでしたが。金メダルを取った瞬間、あれほど泣く子も黙る演技を見せていた彼らが涙していて、鬼の目にも涙じゃないですが、そうかポーカーフェイスで平常心を装っていても心の中では重圧と闘っていたんだな、ほっとしたんだなあ…とほろっとくるものがありました。そして表彰式での、観客も一体となっての国歌大合唱。あれも何だか感動しました。

話は全く変わりますが、私自身、前回と今回でオリンピック(もとい、その選手)を見る目が変わった気がします。アメリカで見たのと日本で見ているのの違いもあるんですが、相撲ファンになってから見ると、筋肉や脂肪の付き方とかが相撲とどう違うのかとか、競技ごとの体つきの特徴とか、相撲と柔道との共通点(受身とか)を見ている(見とれているおよび観察している)自分がいるんですよね。恥ずかしながら以前は「この人たちかっこいいけど規格外だから洋服似合わないだろうな。服探し大変だろうな」とか馬鹿なことしか考えていませんでした。でも超規格外のお相撲さんを見ているうちに慣れたというか(お相撲さんはただのデブではありません!これについては語ると長くなるので割愛します。)規格外の美しさというか、鍛え抜かれた肉体(男女とも)の美しさに目覚めたというか。

いや、ひょっとして、どんな身体も美しく見える瞬間があることに気づいたのかも知れません。
お相撲さんはああいう格好なので否応なしに身体を観てしまうわけですが(うちの夫は私がにたにたしながら観ていると思っていますが違います。)、色んな身長や体重や体型や体毛の濃さや肌の色があって当たり前ということが、相撲を見るようになった3年間の間に分かってきた気がします。で、毎日一生懸命稽古して土俵に立っている彼らは、みんな美しいんです。きれいごとじゃなくて本当にそう感じる自分に気づいたときは、我ながら目からウロコが落ちた気がしました。

顔の美醜は人それぞれの好みがあるので置いておくとして、相撲だろうと他のスポーツだろうと(そしてスポーツ以外の分野であろうと)何かに一生懸命打ち込んで、なおかつ極めている人の顔って美しいですよね。先日ヤワラちゃんが三位決定戦で一本勝ちを決めたときの顔、すごく美しかったです。やっぱり彼女はすごい。
あと、女子柔道の中村さん、銅メダルに不満を述べていたときのあの負けん気のつよい目に同性ながら惚れました。彼女はきっと次の五輪にも出てリベンジしてくれると思います。(^-^)
まだまだ五輪も序盤戦、これからますます各国の選手が面白い演技を見せてくれるんでしょうね。
DO YOUR THING!
[2008年08月06日(水) ]

こんにちは。

明日から北京オリンピックが始まりますね!私は筋金入りの運動オンチ(なにせ中学生の時はペーパーテストでクラスで10番以内に入ったときも、評価が5段階の「2」でしたからね…)のくせにオリンピック観戦が大好きなので、楽しみにしています。器械体操や高飛び込み(男女とも)を見るのが特に好きです。

前回のアテネオリンピックと、その前のシドニーオリンピックの時はアメリカに住んでいました。アメリカのオリンピック中継でびっくりしたのは、アテネやシドニーのようにアメリカと時差のある国でやるときは生放送をしないということです。アメリカ人の見やすい時間帯に録画を放送するんですね。日本だったらオリンピックだろうとワールドカップだろうと生中継で、翌朝会社や学校で目を真っ赤にしながら感想を語り合う…というのがまた楽しみだったりしますが、かの国はそういうことはしないみたいです。(自国で行われたソルトレイクシティ冬季五輪ですら、録画が少しあったような記憶があります。)
そして当然アメリカ人ばかり写す(日本だったらスター選手はどの国でもまんべんなく写す印象がありますが)&アメリカ人が活躍する競技のみ放映されるので、北島くんは見たけど、ヤワラちゃんは見られなかったんですよね。今回は時差も1時間(確か)しかないですし、日本人選手の活躍がたくさん見られるのを楽しみにしています。

ところでテレビ観戦であろうと生観戦であろうと、「がんばれー」の応援は不可欠。
大相撲を国技館で観戦するときに絶叫応援をしている私(恥)は四股名を連呼することが多いんですが、たまに「○○、がんばれよー」と小声でつぶやくことがあります。

この「がんばれ」、実はぴったりくる訳語がないような気がします。「がんばる」(動詞)の訳語は色々とあるんですけどね…。
アメリカのテレビなんかで応援風景を見ていると、
Go, ○○! Go, ○○! (→リズムをつけて言う)
という感じの応援が一番多かったかな。あとはDo your thing!というのが多かった印象があります。

このDo your thing!、個人的にはいかにもアメリカらしい表現だな〜 と思うんですよね。
直訳すると「あなたのことをやりなさい」ですが、つまり「自分らしさを出せれば絶対に成功する」というポジティヴ(というか強気)な姿勢を感じるのであります。日本語の「頑張れ」や中国語の「加油」(確か「がーよぅ」と読むはず。詳しい方教えてください)は普段の自分に下駄を履かせ(というのは語弊がありますが)実力以上のものを発揮するための努力、というニュアンスがあるような気がしますが、アメリカ(イギリスでこの表現を使うかどうかは分かりません)の場合は(それだけで十分素晴らしい)自分らしさを100%発揮するための努力をしなさい、と言っているように感じます。
日本語には「火事場の馬鹿力」という言葉もありますし、自分の実力というものに関して比較的謙虚な考え方をするのかも知れませんね。

でもDo your thing!に近い日本語の表現も実は存在するような気がします。
大相撲の殊勲インタビューで、力士が「これからも自分の相撲を取っていきたいと思います」的なコメントをしますが、Do your thing!のyour thingはこの「自分の相撲」にニュアンスが近いように思えますね。やはり勝負師はそれくらい強気でいかないと。

というわけで、今回のオリンピックは勝負師のアスリートたちに対してDo your thing!の声援を送ってみるのはいかがでしょうか。

なお、「がんばれ」と訳すことのできる類似表現に、ちょうど1年ほど前に取り上げた"Hang in there!"があります。
こちらはどちらかというと、不利な状況になったときも諦めずに頑張れ、というニュアンスです。
まじやべぇ
[2008年07月28日(月) ]

こんにちは。
いよいよ夏本番、ということで先週末は各地で花火大会があったみたいですね。
私も土曜日に隅田川花火大会を観に行って来ました。ものすごい人ごみの中、頭の真上で花火がぱっと開き、火薬のはじっこがひらひら舞い落ちてくるのを見るのは格別!日本の夏だなあと思います。聞くところによると、アメリカの独立記念日(7月4日)にニューヨークで大々的に行われる花火大会にも、日本の花火が使われているらしいですよ。(ネットで調べましたが参考記事が見つからず…私が住んでいた頃にテレビのニュースで言っていたのでうろ覚えです。すみません)

その花火を見ながら年甲斐もなくきゃーきゃー歓声を上げていた私ですが、私の近くにいた若い男の子は、興奮しながらこのような歓声を上げていました。

やべーよやべーよーーーー

うおーやべぇ!まじやべぇ!

最近の若い人々が(と書くといかにも自分が年取ったような感じですが)「やばい」をいい意味で使うというのは聞いたことがありましたが、そうかこうやって使うのか〜。と妙に納得しながらも、いささか違和感を感じながら、その声を背中で聴いていました。

この言葉、私が小中学生くらいの頃から使われ始めたものと記憶しています。
語源由来事典」によると、もともとは、それこそ「やばい世界」の人々が使う言葉だったようですね。だからか、当時はあまり上品な言葉ではないという位置づけだったような気がします。そういうこともあって、この男の子が美しい花火を愛でるときに「やべぇ」という形容詞を使うのは何だか変だな、語彙が貧相だなあと思ってしまっていたのです。

でもふと振り返ってみると、私が若かりし頃も、同じような言葉遣いで年上の人々の眉をひそめさせていたんですよね。
それは「」という言葉です。

「○○ちゃん東大に合格したって
うっそ。すげー

みたいな感じの使い方です。
つまり若者としては「うそみたいに(信じられないくらい)すごい」という表現なのですが、私がそんな言葉遣いをしたときに、祖母に怒られたのを思い出しました。
「○○ちゃん東大に合格したって」と言っている人が嘘つき、あるいは
「○○ちゃんが東大に合格する」ことが嘘のように聞こえるのでどっちにも失礼、というように思われてしまったようです。
その後「嘘」の「すごいこと、すばらしいことを強調するときの間投詞(?)」と言う位置づけが世間的にも定着してからは言われなくなりましたが、ネガティヴな単語をいいことの強調に使うというのは、やはり本来は好ましいことではないんでしょうね。

ちなみに私の世代(特に女性)は、上の世代から
「何もかも『うそ、やだぁ、かわいい、しんじられなーい』で表現してしまう」と揶揄されていました。

かくして歴史は繰り返す、のでありました。
花火を見て「まじやべぇ」と言っていたあの男の子も、20年くらい経ったら次の世代の「否定語による強調」に眉をひそめるのかも知れませんね。

なお、英語でも「否定語による強調」は存在します。
スラングなので学校で習うことはないと思いますが、badという単語をgoodの代わりに使うことがあります。その場合、普通のbadの比較級・最上級と違って、いい意味でのbad(ややこしや…)はbad→badder→baddest、となります。あとはwicked(読みは「ウィケッド」。本来は「邪悪な」「いたずらな」などの意味)も「すばらしい」の意味で使われることがあるかな。
Unbelievable.(信じられない)は、もう少し一般的にもいい意味で使われていると思います。

余談ですが、「やばい」があまりいい意味で使われていなかった頃、とある雑誌の「OL失敗談」で読んだ話です。
敬語が苦手な帰国子女(ベタな設定だ…)が、勤め先の航空会社で電話を受けました。
電話の主は飛行機に乗り遅れそうなお客さんだったそうです。どう考えても今からじゃ間に合わないぞ、いくら何でもそりゃやばい、と思ったその帰国子女は、相手の話を聴いてこのように答えたそうです。

「お客様、それはやぼうございます
ラジオ
[2008年07月25日(金) ]

こんにちは。またまたご無沙汰してしまいました。
東北地方のみなさま、地震のお見舞い申し上げます。と短期間に2度も書くことになるとは…。

それにしても毎日暑いですね。
うちは壊れかけのエアコンをだましだまし使っていますが、先日うっかりエアコンをつけっぱなしで眠ってしまったら、見事に冷房病にかかってしまいました。軽く自律神経をやられてしまい、急に暑く感じたり寒気がしたりという感じが2-3日続きました。昔は冷房きんきんの環境で長時間仕事しても全く平気だったのに、こういうところにも身体の曲がり角を感じてしまう今日この頃…。以後、夜はどんなに暑くても扇風機(タイマーをかけて)だけで寝るようにしていますが、暑くて目覚めることも多々あり。何かいい涼み方があったら教えてください。

さて、みなさんはラジオを聴かれるでしょうか?
私の場合初めてラジオを聴くようになったのが中1の頃。確か1学期の中間テストの勉強をしていて、夜中みんな寝静まってしまって怖くなったので(笑)音が欲しいと思ってラジオをつけたのがきっかけでした。そのとき流れていたのが「全米トップ40」というヒットチャート番組で(今は終わってしまったみたいです。残念。)、それから洋楽を聴くようになったのです。
ただでさえ脱線しやすい私、そういう番組の存在を知ってしまって以降は、どこからどこまでラジオを聴いているのか、どこからどこまで勉強しているのか分からなくなってしまいました(苦笑)。でも、この記事でも触れているように、知らず知らずのうちにヒアリング能力がついていたのではと自己分析しています。英語の試験でもヒアリングだけはいつも満点でしたからね〜。(自慢)

アメリカに行った時も初めの半年くらい家にテレビがなく、ラジオだけで過ごしました。アメリカの場合はラジオ局ごとに放送する内容がはっきり分かれていて、ニュース局なら一日中ニュース、音楽局なら一日中音楽ばかり(それもジャンルごとにきっちり局が分かれている)かけています。つまりチャンネルの数がAMもFMもものすごく沢山あるわけで、ちょっとダイヤルを回すとすぐ別の局になってしまいます。それを逆手にとって、その日の気分で聴きたいものを聴いていました。あちらのニュース局は同じものを何度も何度も流すので、1回目聴き取れなくても3回目くらいには聴けるようになったりして、おお耳が慣れてきている!と喜んだりもしておりました。

最近はインターネットで世界各国のラジオ番組が聴けるようになったので、興味のあるジャンルを扱っているラジオ局の番組を聴いてみるのもお勧めします。勿論中学生の英語力で最初から全部聴き取るのは無理です。でも、昨日は1こしか単語分からなかったけど今日は3つわかった!という嬉しい発見があるかも知れません。
私は自分がまるで分からない言語のラジオ局にわざとアクセスして、BGM代わりに使うこともあります。邪道な活用法ではありますが。(笑)

ちなみに最近はNHKラジオ第一の「夏休み 子ども科学電話相談」を毎朝聴いています。高校時代理科の試験で留年しかけたことがあるくらいそっち方面は疎い私ですが、子供たちの素朴な疑問に「はっ」と気づかされること多々あり。そしてどんな質問にもたったの3-4分で子供を納得させてしまう回答者の先生方の技量にも毎朝脱帽しています。あの先生方くらいまとまりのある美しい文章をしゃべったり書いたりしてみたいものです。
イズミさん(仮名)
[2008年07月10日(木) ]

こんにちは。珍しく連続更新です。

「中学コーススタッフ日記」でミニバヤシさんが苗字のことを書いていらしたので、それに便乗して、アメリカ時代の体験談を書いてみようと思います。

ある日のこと電話が鳴ったので取ってみると、
「こちらxxx-xxx-xxxx(電話番号)のイズミ(仮)さんですか?」との英語の声。
おいおい名乗れよ。まさかセールス?と思いつつ「はあ」と返事すると
「123 5th Avenue(住所)のイズミさんですか?」
そんな高級住宅地じゃないよ、と思いながら「いいえ」と答えると、
「最近引っ越したりとかされましたか?」
「いや、ここに3年住んでるしこの電話番号もずっと使ってるけど…」
「え ということはイズミさんじゃないんですか?」
「いや、イズミです」
「そうですか。こちら○○電力なんですが、そちらの電気代が今$20.43滞納になっていまして…」

えええええ???滞納????

うちは清貧生活だけど料金の滞納だけはしたことないのにーー。
内心ちょっと取り乱しましたが(笑)なめられちゃいかん と思い、できるだけ声を押し殺して低めの声で(ただでさえ声が甲高いので)言いました。
「それやっぱり違います。うちじゃないです。だってうちちゃんと毎月払ってるし。その電話番号も名前もうちですけど、住所はうちじゃないです」
「(困ったため息)…あの、お名前はファーストネームがI-Z-U-M-Iで、ラストネームがY-A-M-A-D-A(仮)ですよね?」

…やっと謎が解けました。

というのは、私の場合ラストネームがI-Z-U-M-I(仮)なのです。それを丁重に説明すると、オペレーターさんは「なるほど」と納得してくれましたが「そしたらそのヤマダさんの電話番号ご存知ですか?」と訊かれたのには苦笑してしまいました。
"We just share the name.(名前が一緒なだけです)"と言っておきました。
どうやらシステムのトラブルで、イズミさんのデータにうちの電話番号が入ってしまったようです。オペレーターさんは申し訳なさそうにしていたので、こちらも和やかモードに戻して(笑)電話を切りました。

その後ほんもののイズミさんが滞納料金を払ったかどうかは定かではありません。

つまり私の本名の苗字は「苗字にも名前にもある名前」なのです。しかも私の住む関東ではかなり珍しい苗字なため、そういう誤解が多々あります。日本国内でも、例えば旅行の申し込み電話なんかするときにファーストネームを伝えているのかと勘違いされることがよくありますが、まさか英語でも混乱のもとになるとは、そのときまで思いもよりませんでした。

ちょっと話がずれますが、アメリカの日本人社会って日本人同士でもファーストネームで呼び合うことが多いため、初対面の時にファーストネームで自己紹介する人も多いんですよね。「はじめましてヨシコ(例)です」みたいな。私はそれがあまり好きでない(「ハアコ(仮)さん」と呼ばれる分には構わないけど、自分から言うのは日本人らしくなくて変な気がする)ので日本流に苗字で「はじめましてイズミ(仮)です」と自己紹介していたんですが、そうすると相手に「はじめましてケイコ(例)です」なんて返されてしまい、「あ、名前はハアコ(仮)なんですけど…」「え だって今イズミって…」と混乱させてしまいます。面倒なので、そのうちフルネームで自己紹介するようになりました。

なお、アメリカは多民族国家なので、こういうことが結構よくあると思われます。
例えば韓国系の人に多いKim(金)さんやLee(李)さんは、英語の名前にありますからね〜。(KimはKimberlyという女性名の短縮形。Leeは男性名)英語の名前同士でも、例えばJamesやScott(どちらも男性名)は苗字にも名前にも存在します。類似系ならWilliam(名前)さんとWilliams(苗字)さんとか。音だけならLewis(苗字)さんとLouis(名前)さんとか…(最後のは、厳密には発音が違いますが)
最近ではラッパーのカニエ・ウェストとかオバマさんとか、国籍が分かりづらい苗字もみられますよね。ドイツにはMiura(ミウラ)というそのまんま日本人みたいな苗字もあります。行く先々で日本人に間違えられたりするんだろうなあミウラさん。
あと、Mikaという名前は日本では女性名ですが、フィンランドでは男性名らしいですよ。
腹でも痛いのか?
[2008年07月09日(水) ]

こんにちは。
世間ではバーゲンが始まっていますね。ご家族で行かれた方もいるのではないでしょうか。
私は近場の駅ビルやデパートを回りましたが、今のところはサンダル1足とTシャツ1枚を買ったのみ。昔は安いからと大量買いしていた記憶があるので、少しは大人になったのかも知れません。もっとも夫が一緒だったときもあったので、かなりの抑制力になっていたことも事実ですが…。彼は自分に対して「不要不急のものは(例えバーゲン品であろうと)買わない」を徹底しているので、当然私に対しても「要らん」「似合わん」「どうせたんすの肥やし」etc.と厳しい言葉をがんがん投げかけてくれるのです。(なので、どうしても狙っているものがあるときは1人で行きます。

でも、夫と一緒に買い物に行って「これ欲しいな」と思っても、夫にダメだしされると、「そうか」とあっさり諦められることって結構多いんですよね。つまり、反対を押し切っても買うほどの物ではないということです。これというターゲットがなくてただ覗いているだけのときは、敢えて夫と一緒に行くのもいいかも知れないなーと思いました。

ところで以前も書きましたが、私は接客業のアルバイトをしたことがあるので、店員さんのちょっとした態度や言葉遣いが非常に気になるたちです。テレビドラマに出てくる「意地悪なお姑さん」ばりではないかと我ながら思うくらい。
日本の接客業の丁寧さは世界一だと思っていますが、巷で問題になっている「〜〜でよろしかったでしょうか」みたいな言葉遣いが特に気になります。

先日もこんなことがありました。
とあるお店のマネキンが、とっても可愛い7分丈パンツとこれまた可愛いベルトを着けていました。ワークパンツはかなり細身なので入らなさそうだけどベルトいいなあ〜…と思っていたところに、脇からすすっと店員さんが近寄ってきました。
「いいでしょーこれー。人気あるんですよー。うーん」
「そうでしょうねえ」
「これ(パンツ)、こーやって見ると結構細身ですけどぉー、すっごい伸びるんですよぉー。うーん。パンツで探してるんですかぁ〜?」
「(私何も訊いてないのに、そんなに「伸びる」を強調しなくたって…)いや、そういう訳じゃないんですけどね」
「そうなんだぁ〜」
「ベルトが可愛いなと思って」
「でしょおー。これ、ここではこういう風に(パンツのベルト通しに通して)やってますけどぉ、ブラウスの上から締めてもウェストマークにもなって、いい感じですよー。うーん」
「(どうせ私は寸胴だってば)そ、そうですね」
「いつもベルトはしないんだ?」
「いや、今してますけどね、ブラウスで隠れてるから」
「そうなんだぁ〜」
「(愛想笑いで)後でまた来ます」
「よろしくお願いします〜」

二度と行かんぞ

まあ40の声を聞こうとしている私が、20代の子が行きそうなお店を覗いているのがそもそも間違いなんでしょうけどね…。(ギャル服を物色しているわけではありません念のため。そこまで身の程知らずではありません。シンプルでいいのがあれば買うだけです。)
でも、私があなた(店員)よりどうみても干支一回り以上年上だってことは、1日何百人も接客してれば分かるだろうに。よしんば私が本当に20代だったとしても、客には必要最低限の敬語を使うのが美しい日本の接客業のあるべき姿なんじゃないでしょうか?親しげに話しかければいいってもんじゃないでしょう。大体自分のいうことにいちいち「うーん」「うーん」ってうなずくな!腹でも痛いのか!?私はまだ同意してないぞ!
…と言いたくなるのを大人になってぐっとこらえて(大げさ)帰ってまいりました。(単なる小心者ともいう。)

すみません、おばさん丸出しでつい思い出し怒りして書いてしまいました。
私の礼儀も決して褒められたもんじゃないですが、敬語の使えない人は嫌いです。

でもこれって、ひょっとして私がダイエットに成功していればこんなに怒ることはなかったのかも?

ちなみに別のお店でも、パーティなんかに使えそうな可愛いバッグを見ていたら、「これ重宝しますよ。うーん。私も持ってるんですけどぉ、うーん」とやってきた店員さんがいました。値段も安かったので買おうかなとも思いましたが、「うーん」の連発だけで萎えてしまって、すごすごとお店を去りました。

「自分で言って自分でうなずく」って流行ってるんでしょうか?若者の皆さん教えてください。
自己治癒
[2008年06月27日(金) ]

こんにちは。
早いもので6月も終わりですね〜。中学生の皆さんは期末テストに向けて追い込みやっている頃かしら。あと少しで夏休み、がんばれー。

私にとっての6月は、いつも以上に嬉しいことと悲しいことがあった1ヶ月でした。具体的には割愛しますが、ただでさえ涙もろい私。嬉し泣きしたのは勿論、悲しいことのときはもう何を見ても涙が出てきて困っておりました。(今月に限った話ではないですが)

そんなところにやってきた、久々の翻訳仕事。
依頼主は会社員時代の先輩でした。この先輩はいつもメールではなく電話で仕事を依頼してくれるのですが、「葉亜子ちゃん(仮名)元気?」という質問に、「元気でっす!」と即答できた自分にびっくり。さっきまでどよーんとしていたと言うのに、その後に続いた他愛ない会話もいつも通りに進めることができました。

自分には案外「プロ根性」(大袈裟)が備わっていたのだな〜 と電話を切ってからちょっと嬉しくなりました。あの電話をきっかけに、気持ちが前向きになり始めた気がします。先輩ありがとう

これって何かに似てるな、と思い出したのが、大学時代の失恋経験です。
当時私は某ファストフードでアルバイトをしていました。ファストフードと言えば営業スマイル。こんな精神状態で仕事できるのか?と思いましたが、背に腹は代えられません。涙を表面張力で抑えて何とか出勤しました。
ところが、この営業スマイルが、結果として立ち直りに役立ったんですよね。
ファストフード店員たるもの、自分の内面がどんな状態であろうと、満面の笑みをたたえて「いらっしゃいませーーー」「ありがとうございましたーーー」と威勢良く挨拶しなければなりません。最初はやっぱり心と顔とセリフが全部バラバラな感じがしました。だけど、数時間働いていると、段々心からの笑顔になってくるんですよね。勿論最初は、アルバイト時間が終わるとまた「はぁ」とため息ついたりしてたんですが、そういうのを繰り返していくにつれ、徐々に普段の自分を取り戻していった気がします。

時が解決してくれたというのも勿論あったと思います。
でも、「笑顔に気持ちが後からついて来る」こともあるんだなと知った、21歳の春でした。

辛いことがあるときに、普段自分が接しているものごとを一切断って、一旦辛さに浸ってから気持ちを切り替えて立ち直っていく、という人もいるでしょう。
私の場合は普段の生活をできるだけ続け、最初はから元気でも普段の自分を「演じて」いくことによって、段々中身を伴わせていくのが有効らしいと知ったのがこのときだった気がします。私は気持ちの切り替えがあまり巧くないので、フェードイン・フェードアウト型とでもいいましょうか。

もしこれを読んでいる方で失恋したり悲しいことがあったりして、もう部活辞めたい〜 学校行きたくない〜 と思っている人がいたら、まずは普段の生活を続ける勇気を出してみることをお勧めします。今までは気づかなかった自分の強さや、周りの人々のありがたみを実感できるかも知れません。それが、ゆくゆく立ち直っていく原動力になると思います。
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