かぁちゃん、ただ今 育自中

子供を育てているつもりだが、実は親が育てられているのかもしれない。
「育児は育自」 私は、今も育っています。

     
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それでいい
[2008年05月30日(金) ]

今年に入って、緊張の連続で心穏やかにいられない日々を過ごしていました。
体のどこかで、安心、安眠を望んでいたのかもしれません。
私は、『快眠のために』というフレーズに惹かれて、
『快眠CD 〜DreamsII〜』というタイトルのCDを買いました。

この中に、聞いていて気持ちがファ〜と軽くなる歌詞がありました。

『快眠CD 〜DreamsII〜』より

君が風なら吹きなさい
作詞:アメモリネムリ
作曲:CAYO


君が風なら吹きなさい
君が雨なら降りなさい
君が晴れなら真っ青な空になりなさい

〜〜(中略)〜〜

それでいい
それでいい
ただそれだけでいいよ


==引用以上==

歌手のCAYOさんの優しい声で、この歌詞を聴いていると
本当に「ただそれだけでいい」という気持ちになれます。

この曲の歌詞には、自分には動かせられない現実を、
「受け入れてごらん、ほら、力を抜いて・・」と誘われている感じがしました。
そして、一生懸命に『今を生きなさい』というメッセージが伝わってくるのです。

誰もいない部屋で、ドデっと大の字になって深呼吸を一つつき、この曲を聴きました。
少しづつ、少しづつ頭の中が、空っぽになっていくのを感じます。
そう〜何も考えない、「無」の境地になれるのです。
「無」を得た自分に、新しい考えが思いつき始めます。

アルバムの説明には、『実験の結果ではこの曲が一番寝付きが早いという結果が出ました』と書かれていました。
大人のための子守歌です。
♪それでいい、それでいい〜〜♪
久しぶりに気持ちが穏やかになれる曲に出会えました。
順番だからね。
[2008年05月28日(水) ]

同居の母が亡くなり、数ヶ月以上が過ぎました。
生前墓地を持っていた両親でしたが、その場所は遠くてお盆・お彼岸などの時期には、交通渋滞に巻き込まれることが確実でしたので、もっと近場にお墓を持つことにしました。

我が家から車で15分かからない場所に、静かな公園墓地ができたので新区画を購入することにしました。その場所が整地されるまで、母は我が家でゆっくり過ごすことにしました。
お墓が出来上がり、母は新しい住まいに移る時が来ました。
納骨式当日は、偶然にも息子の予定が目白押しに入っていました。

Z会教室から帰ってきた息子を迎えに行った車中での会話です。
「母さん、その日さぁ〜Z会月例テスト受けたいんだけど、大丈夫かな?」
「修学旅行が日曜日の出発だから土曜日に受けるつもりなんだね。会食が終わった後なら大丈夫じゃない・・・」
私は、朝から入っている息子の予定を、いかにこなせるか、運転をしながら淡々と提案を出しました。
それを聞いていた息子が「おばあちゃんの納骨式に、そんなに淡々となれる?・・・・オレなら、お父さんとお母さんが死ぬことが想像ができないよ。」と言ってきました。
「そうだね〜〜冷たく感じるね。こればかりは順番だからね。お前さんもお父さんとお母さんの年頃になったら、わかるよ。そのためにも、●●(息子の名前)は、好きな人と結婚をして子どもを作るんだよ。」と言うと、息子は「そんなこと、わかっているよ。」と断言してくれました。

私の夢は「自分の孫を見る」です。
自分の遺伝子が次につながる約束をしてくれた息子の言葉を聞いて、嬉しくなりました。
確かに、そうでございます。
[2008年05月26日(月) ]

先日、とある会議後の後片付けをしながら、子どもの愚痴を言ってしまいました。
私はときどき「愚痴が言える場」で私の負の気持ちを下ろしていきます。
人生の先輩達は、青臭い私の話でもこころよく聞いてくださいます。
そして、笑いながら「親の言うことは聞かないけれど、親のやっていることはよく見ているよ。」と言われてしまいました。
それは、先輩母の体験からの言葉でした。

反抗期とは、自我意識が非常に強くなり周囲と衝突する時期で、
大概は、小学生の高学年から中高生の時期が多いとされていますが、、
近年は40歳代にも反抗期があるとも言われています。

親が言えば「うざい」「だまれ」「わかっている」と・・・・数々の悪態をつくわけです。
自分の子ども時分を振り返ると、子どもたちの「うざい」「だまれ」「わかっている」の気持ちは良く理解できるのですが、
自分が親の立場になると「うざい」「だまれ」「わかっている」だけでは、治まらないのも事実です。
「早くわかって欲しい。」「もっと、大人の考えになってよ。」「自立しろよ。」と焦っている私は、ときどき、なかなか理解をしない子どもたちに腹が立って仕方がない時があるのです。

先輩母は、子どもに注意をするばかりではなく、生き方を含め日々の暮らしを、
見せることが「大事」だというのです。
なんと、厳しい言葉なんでしょう。
「確かに、そうでございます。」それしか言えなくなってしまいました。
思いつきをつかまえろ
[2008年05月23日(金) ]

我が家は、小学生がいないのですが「毎日小学生新聞」を購読しています。
娘が幼稚園の時から「こども新聞」のお付き合いですから、もう10年以上になります。
はじめは、子どものためでしたが、最近は私のために購読しています。

この中で、毎週楽しみにいている連載がいくつかあります。
もちろん、国語力研究所の川渕氏の連載も見逃せません。

お気に入り記事の一つに、「マイルール」辰巳 渚氏の「自立のすすめ」があります。
私のブログにも何度か登場していますが、朝倉世界一さんの漫画と辰巳 渚さんのコラムが、
我が家では大好評なのです。

私は、気になる記事があるとジョキジョキと切り抜いて、トイレにペタッと貼り付けておきます。
子どもたちには「躾け」と称した「お小言」を毎日毎日繰り返し言っているのですが、なかなか身につけてくれません。
毎日の「躾け」は「うざい」と返されてしまいます。
でも、「うざい」と言われても言い続けないと、子どもは身につきません。
言い方を変える方法はありますが、親もまた上品さが身についていないので「ねぇ〜、どうして身につかないのかしら?」なんて台詞は出てきませんし、子どもには「キモイ〜」と言われてしまいます。
だから、つい「何度、言わせたら気が済むの!!」となるわけです。(笑い)
「どうしてかしら?」と「何度、同じ事を言わせるの?」の根っこは、同じ想いがあります。

人には、感情があって素直に受け取れない何かがあるのでしょう。
そんな「想い」の数々に当てはまりそうな記事があると「ペタッとな」とトイレに貼り付けているのです。

今回の「ペタッとな」には、
「あっ、忘れた!うっかりをなくすためには」と題されたコラムを貼り付けます。

「マイルール、自立のすすめ」辰巳 渚著
〜〜これより引用〜〜

クラスの中には忘れ物名人がいるものだよね。あなたは?毎日きちんと持っていく物の準備ができる人は、今回のマイルールを読む必要がなしだ。さて、正直に言うと、私は忘れ物名人だった。体操服や教科書や・・・・。でも、小さなルールを作ったら、重大な忘れ物をしなくなったんだ。それは、・・・・(中略)・・・・
大事なことは、なぜかたまに思い出すものだ。その時がチャンスなんだと思う。

「思いつきをつかまえろ」
えらい人には「枕もとにメモを用意して寝る「常にノートを持ち歩く」という人がたくさんいる。日頃考えている研究テーマなどについて、ふと頭に「ひらめき」がよぎった時、すぐにメモにして忘れないようにするためだ。えらい人でも、全部覚えおくのは無理なんだね。
〜〜引用以上〜〜


この記事を忘れ物チャンピオンの息子が読んで、いつ効果が現れるか楽しみです。
いそいで、トイレに貼らなくちゃ!!

追記

これを読んでいる「毎日小学生新聞」の関係者さんがいらしたら、お願いがあります。(あくまでも願望)
この辰巳 渚さんの「マイルール、自立のすすめ」を本にしてください。
我が家は、一人一冊買います。
どうぞ、ご検討をよろしくお願いします。

一刻も争う
[2008年05月21日(水) ]

大げさなタイトルを付けましたが、父から言われた言葉です。
先月、生協で野菜の苗を注文をしました。

荷物が届き、父に「おじいちゃんの畑に、青じそと枝豆の苗を植える場所があるかしら?」と聞くと
「どこにも植える場所がないよ。」と言われてしまいました。
「それでは、この苗はプランターで育てましょう、」と庭先に置いておきました。
その週は、忙しくプランターを買いに行く時間がありませんでした。
その上、週末には冷たい雨が降り、土いじりをするような陽気ではなかったのです。

ようやく、プランターを買い求め、おじいちゃんに「この中には、どの土を入れればいい?肥料は?」と聞きました。
おじいちゃんは、庭の水やりを止め、野菜くずで作った土とフルイと肥料を持ってきてくれました。
私は、洗濯が終わってからやろう(2槽式洗濯機)と思い、苗をそのままにしておきました。

洗濯を干しにベランダへ出ると、おじいちゃんがブルーシートを出して、土をフルイにかけていました。
山のような洗濯物を干し終わって、庭に行くと、すでにプランターには枝豆と青シソが植えられていました。
「おじいちゃん、ありがとう〜〜」と私が言うと、「一刻も争う状態だったからね。」と言われてしまいました。
「・・・・それって、苗が瀕死の状態だったの?」と聞くと「・・・・・ほら、元気になってきた。」とプランターの苗たちに話しかけていました。
確かに、苗をみると、朝より葉や茎がしっかり立って見えました。
「あ〜〜〜、植物の命がわからなかった。」とちょっと自己嫌悪です。

今は、おじいちゃんの愛情をたっぷり受けて、すくすくと育っています。
夏には、実が一杯ついた枝豆と青じそが食卓に上るでしょう。

それにしても・・・・植物にも瀕死の状態・・・・一刻も争う・・・・胸が痛みました。

縦社会と横社会
[2008年05月19日(月) ]

昨年、私は170世帯の自治会の会計を務めました。
前年度の会計さんが作成してくださったフォーマットのおかげで、エクセルを完璧に使いこなせるようになりました。

さて、我が自治会は、すべて輪番制になって留年はありません。
今年は楽しく笑いの絶えない協力的なメンバーに恵まれ、物事をスムーズに進めることができました。(行事も盛りだくさんでした。)
周りからは続行の声も頂きましたが、輪番制が決まりなので、地域のみなさんそれぞれが経験をして、地域のつながりの大切さを知って欲しいと願っております。

今年の自治会のパワーの源は、会長さんの働きです。
もうすでに大会社を定年退職をされ、ご自身の母親の介護と週一のゴルフを楽しみにしていた所に、これまた会長輪番班に当たり「是非、会長に」と声がかかった人です。
会長さんは、あちこちに癌細胞を持っています。
ですから、闘病と自治会と忙しい日々を送ってきました。
彼が自治会の会長に就任されて、会長自身の考えを私にいろいろと話してくれました。(ほぼ娘状態でしたが)

初めは門前払いを食わせるほど扱いだった自治連・市役所・警察・消防・電力会社・・・に精力的に顔を出し、いつしかお茶が出てくるほどになったそうです。
「祭っ子ちゃん、会長など三役は1年では短すぎるよ。やっと顔を覚えてもらって、挨拶なしで説明をしなくても話がスムーズにいけるようになったと思ったら、もう〜おしまいだ。」
私は、会長さんから自治会の大切さとその運営次第で環境が変わることを学ばさせていただきました。

自治会の仕事も総会で終了になりました。
わが自治会の総会は年度末終わり(3月末)に行うのが恒例です。
が、我が家の訃報と副会長の癌の摘出手術(彼も癌持ちでした。)が重なり、3月末に締められないでいました。
身内だけなら、3月末に執り行えることができたのですが、公の場ではそうはいきません。
結果、4月に総会をすることになったのです。

さて、この総会の日取り、資料などを準備をするのは、ほとんどが(年齢的に)横社会の人達です。
現役の取締役クラスの方、性格が折り目正しい人、大会社を牛耳っていた人、世の中の流れを大事にするおじさま連中が、会議をするわけです。
それぞれが、自分の主張があり、線引き(管轄)があるので、話がなかなか前に進みません。
互いに尊重し合いながらも、一歩も譲らない姿勢を見ていると、「案外、これが『世の中の縮図』なのかもしれないぁ〜」と私は一人でつぶやいていました。
感情論まで発展しそうな所で、私が「●○さんは、こうなのよね。会長は、こう思っているのよね。で、最終的にはどうしたら一番良いのかしら?今の段階では、A案は無理ですよね。」と路線を戻しました。

私は、彼らからすると娘のような存在で、縦社会の関係です。
横社会の良いところはいっぱいあるでしょうが、横社会だけでは進展しないことがあります。
縦社会も良いところはいっぱいありますが、何かが足りません。
縦社会と横社会のバランスが、ちょうど良いところがあるのかもしれません。
会議をしながら、「口を挟んで申し訳ございませんが・・・・」と謙虚な姿勢をみせながら、次の締めにかかる私に成長したのでした。
わたしは地震センサー
[2008年05月16日(金) ]

先週、真夜中に大きな地震がありました。
震度4以上は経験をしたことがありませんので、震度5弱はどれほどの揺れなんでしょう。
タンスが倒れたり、ガラスが割れたなど被害にあった方もいらしたのではないでしょうか?
お見舞いを申し上げます。

娘の中学の参観日に、理科の「地震」の授業がありました。
私は授業を見学したのではなく、子どもたちと同様に授業を受けさせていただきました。

授業の中で、「え!?」と驚いたのが、P波とS波の話でした。

==参考資料==
中学理科の攻略☆りかちゃんのサブノート>大地の変化 > 地震 > 地震の伝わり方

地震には、揺れを伝える2つの波があるそうです。
P波は、地震が発生をしたときに最初にやってくる波で、地下30qでは、時速7q/秒の速さで伝わり、ガタガタという最初の小さなゆれ(初期微動)をひき起こすそうです。
S波は、P波におくれてやってくる波で、地下30qでは、時速4q/秒の速さで伝わり、ユサユサという大きなゆれ(主要動)をひき起こすそうです


実は私は、このP波を感じることが出来るのです。
断言しちゃっていいのかしら?(笑い)
いえ、断言しちゃいます!!
近所の森を寝床にしているカラスよりも早く、このP波を感じたことが何度もあるのです。
「あ!!地震。」と私が叫んだ後にカラスが鳴き、グラグラと来るのです。

先日の真夜中の地震でも、4回感じました。
大きな揺れがあったときには、さすがの旦那も目覚めた様子でしたが、すぐに夢の中へ戻っていきました。
私は、その前から何度も目覚めていたので、震源地が気になって仕方がありませんでした。

その後、ニュース番組では「地震センサー」が遅れて・・・という話題がありました。
その番組を見ながら、地震センサーが必要な訳を考えてみました。
常に揺れている都会の地盤やビル内にいる都会人には、P波を感じとれない体になって、
機械が必要なのでしょうか、
それとも、地震を知らせてくれる動物がいないのかしら?
私の特技は、鈍らないように努力しなくていけません。

追記

真夜中に「あ!!地震」と叫んで飛び起きるのですが、
そのうち「オオカミ少年」になりそうな私です。

旦那が消防訓練の時に、震度7を体感したそうです。
「それは、それは凄まじい」と言っていました。



コンビニ病院
[2008年05月14日(水) ]

3月の休日、同居の父が異常なほどの腹痛を起こしてしまいました。
腹痛は定期検査の時に、医者に何度も伝えていたのですが、医師からいつも「様子をみましょう。」で終わらせられていました。
尋常でない痛みに耐える父の顔をみて、私はすぐに病院に行くように勧めました。
私は、父の訴えから腸閉塞か腎結石を考え、父の通っている病院に電話をして診てもらうことにしました。
この病院は、市内にある休日救急病院です。
休日には、大勢の患者さんが集まってきます。

空いている日もあると人から聞いていましたが、
この日は風邪が流行っていたらしく、混んでいました。
待合室で、父は顔を歪めて、静かに痛みに耐えていました。
患者さんは、だれもが一番の重症患者です。
よほどの緊急性が無い限り、順番で診るようです。

待合室には、ゆっくりお布団に寝かせた方が良いのでは、と思う患者がいっぱいいます。
ゲロを吐いた、高熱が出た、・・・だけど、点滴までする必要のない患者さん達は、
診療が終わったらスッキリした顔でしっかり立って帰られて行きました。

やっと、父の順番がきました。
医者も私と同じ所見を疑い、お腹や背中を触診しています。
痛い場所をドンドンと打診された父は、痛みに耐えかねて、のたうち回りましたが、
その直後、痛みが嘘のように消えてしまいました。
痛みが無くなった父は、ケロッとしていましたが、一応、X線と尿検査をするように指示されました。
検査の結果、痛みにつながる大きな原因が見られなかったので、薬だけ頂きそのままご帰還となりました。

会計を待っている間のことです。
救急車が一台入ってきました。
救急車の音は、いつも緊迫した空気が流れます。
救急隊の機敏な動きで、待合室の人達は、道を開けてくれました。
運ばれた人は、げぇーを受け取る容器をかかえた小学生の男の子でした。
見るからに顔色が良く、どうして救急車で運ばれたのか、理解が出来ないでいました。
それは、親が自家用車で運んでも充分な様子だったからです。
救急車で運ばれた子は、「そこのけ、そこのけ」で待合室にいる重病人を飛ばして診察に向かいます。

救急隊が帰り、その子が診察を終えたときには、二本脚でしっかりと普通に立っていました。
靴を持ってきてくれた父親が、携帯電話を片手に何やら母親と相談をしています。
待合室に待っている重病人とその家族は、その親子を羨むような目つきでみていました。

あの子を診た医師が、持ち場に急いで帰る間際に看護婦に言った捨て台詞が、「こんなの初めてだよ。」でした。
あの子の親は、一体どういう症状で救急車を呼んだのでしょう。
あの親子は、待合室に待っていた病人とその家族の視線なんて、なにも感じないんだろうなぁ〜。

『コンビニ病院』すごいネーミングだと思っていたけれど、本当だったのね。
手作りカード
[2008年05月12日(月) ]

近所で買い物を終えた帰り道のことです。
近くの空き地で、近所の子ども3人が座り込んで、カードゲームをしていました。
(最近、引っ越しをした方の家が取り壊され、空き地になっているのです。子どもたちはここに集まってよく遊んでいます。)
隣の家のU君が、私を見て「祭っ子のおばさん〜、それ取って!!」と風で飛ばされた紙を拾って欲しいと私にお願いをしてきました。
紙の持ち主は、他の紙が風で飛ばされないように必死で押さえていました。
私は、薄紫の折り紙を四等分した紙を拾い上げて見たら、そこにはキャラクターは書かれていないカードゲームが描かれていました。
必死で押さえていた紙も見てみたら、全て少年が一枚一枚丁寧に描いたお手製のカードでした。

私は少年に「上手だね〜」と拾ったカードを手渡すと、「△▲が書いたんだよ。」とちょっと自慢げに言いました。
少年はカードのゲームの続きをしたいらしく、お手製カードが風に飛ばされない場所へ移ろうと提案をしていました。

この少年は、日本国籍の外国人です。
小さいときからの知り合いで、私にキチンと挨拶をしてくれます。
彼には、母方のおばあちゃんがいましたが、3年前に祖国に帰って行きました。
おばあちゃんは全く日本語が話せない方でしたが、アルバムを見ながら簡単な英語と身振り手振りで、私に少年の生い立ちを教えてくれました。

お金持ちではない少年の家族が、日本でどのように生活をしているのか詳細はわかりませんが、私は彼らを応援したくなります。
少年の母親は、他に2人のお子さんがいます。
彼女は、一昔の日本の「肝っ玉母さん」の印象にピッタリの人です。

少年は、みんなと同じように遊びたい。
そこには、羨ましい、妬ましいという卑屈な感情は見られません。
無いものは工夫をする。
小学生の低学年の考えです。

私は一枚の手作りのカードを手にとって、無いものは工夫をしていた昔懐かしい思い出と、
知らずに知らずに傲慢になっている自分を見つけてしまいました。


聖母マリア
[2008年05月09日(金) ]

何度も言っていますが、私は無宗教の人です。
教会に関しては観光と歴史・美術の本でしか縁がありません。

私は、子ども時分から棘(とげ)のあるモノの言い方をしていたようで、
知らず知らずに人相がきつく見えたのでしょう。
母は、そんな私に「目は笑いなさい。」といつも注意をされていました。

「目は笑え」とはいかなるモノか・・・・、出来るわけないジャン。
私は長い間、母の言いつけを理解出来ないでいました
そんな私ですが最近、ようやく「目が笑える」ようになれました。

小さい子どもを持つママ達のわが子を見る目が「きつい」と感じることがあります。
「いじらないで」「触らないでね」「うるさくしないでね」「私を困らせないでね」「人様のジャマにならないでね」「汚いじゃない」「洋服が汚れる」・・・・・・まぁ〜理由はいっぱいあるでしょうが、視線がきつく感じのです。

きっと、私も同じように子どもを(社会の皆様たちに対しても)見ていたのでしょう。
子どもたちはそんな母の気持ちをくみ取ってくれる才能があるのです。
(今回の話に逸れるので、母の気持ちを汲み取る話はこれで終わりにします)

きつい視線の先には、緊張しか生まれません。
私は、その事に気が付いたのです。
相手を威嚇したいときの視線、自分の信念を貫き通したいときの視線は、時として必要でしょう。
だが、聖母マリアのように「全てを受け入れる」視線は、母として必要なわけです。

私の子どもが小さいときに、一枚の写真と出会いました。
それはアフリカの何一つもない草原で、子どもがしゃがみ込んで何かを見つけいじっているのを、母親らしき人影が、じ〜っと遠くから子どもを見守り、自分の元に返ってくるのを待っている写真です。

アフリカの草原の先には、家があるのか何があるのかわかりませんが、道草をしているわが子を、温かい眼差しで見守っている写真に、「早くしてよ。」とせっつく様子は何も感じませんでした。
きっと、母の元に帰った子どもは、満足そうな顔で、見てきた全てを母に話すのでしょう。

その母の目は、きっと聖母マリアのように「全てを受け入れる」・・・・「笑っている目」をしているに違いないと思いました。
「目が笑う」=「優しい眼差し」=「相手が安心して話せる」=「お互いに心穏やかになれる」
きっと、私の母はそう言いたかったのでしょう。

追記

だけどさぁ〜、旦那には出来ないんだよね。
「優しい眼差し」が。

追記 その2
ただ今、横浜ではアフリカ月間(5月31日まで)アフリカにご興味がある方は
是非、いろいろなイベントに参加してください。

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