かぁちゃん、ただ今 育自中

子供を育てているつもりだが、実は親が育てられているのかもしれない。
「育児は育自」 私は、今も育っています。

     
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振り返る時間
[2008年03月31日(月) ]

一泊二日の間に近場の観光をさせて頂きました。
といっても車でぐるりと回った散歩です。

ご先祖様達が、檀家になっているお寺さんには、有名な日本画を見せて頂きました。
塵一つ落ちていない凛と張り詰めた境内には、気品さえ感じます。
甥っ子さんの説明で、松林の木一本にも歴史があるのを知りました。
「俺っちの子どもの時にはよ〜、ここから走ってあの木によく登って遊んだもんだぁ〜、おい○○(息子の名前)やってみぃ。」と言われ、息子も娘も挑戦しました。
その木肌を見て、この木はこの地区の子どもたちの成長をみんな知っているんだと思いました。
もしかしたら、おじいちゃんもお世話になったのかもしれません。

大きな有名な川に高い高い橋の途中で車を止めて(オフシーズンのため車の往来がほとんどない)
川を眺めていました。
甥っ子さんが「この橋が出来てからよ〜、何人も飛び降りているんだよ。」と説明をしてくれました。
下をのぞくと飛び降りたくなる気持ちがわかるほど、雄大な景色が広がっています。
それは、自分が羽があったら自由に飛べるじゃないかと錯覚する景色だからです。
そんな気持ちで眺めていたら、息子がどこから物を拾って、下に投げ落としました。(まだまだ、お子ちゃまです)
小石だったり、枯れ枝だったり・・・近視の息子には、下に着地したのが目撃できないため、落ちたと思い、また次々新しい落下物を探しに何度も振り返り探しに行きました。
落ち着きのない息子に「今、下に落ちた」と言うと「遅!!そんなのかかるの?すごく高いんだ。」と言いました。
そして「振り返る時間なかったのかね〜?」と言ってきたのです。

息子は物を落として、また落下物を次々に探している時間、何度も橋げたから振り返っているうちに、そう思ったそうです。落ちて行った人は、「あ!」と振り返っても戻れないのですよね。

あの枯れ枝が落ちていく時間、息子にとっては「振り返る時間」の大切さを学んだようです。

飛び降りた方の安否は聞いておりませんが、軽い怪我ではおさまらないでしょう。
心からご冥福を祈ります。
おご馳走
[2008年03月28日(金) ]

「ご」と「お」までついたご馳走を頂きました。

旦那の父方の実家は農家をしています。
作付けの忙しい時に一泊二日泊まらせて頂きました。
父は兄弟の一番末っ子で、甥っ子がこの家を守っています。
兄弟姉妹が多いのですが、他の兄弟は全て関東に住んでいます。
どれほどの広さの農地を持っているのか知りませんが、聞いた話では土地は全て長男に託し守り続けてきたそうです。ですから、広い土地で農業が出来ると感謝していると伝え聞いています。

私が父の実家に伺ったのは、結婚をした最初の夏とおばぁさんが亡くなった新盆の時と今回の3回です。
いつも私達を歓迎してくださいました。
布団部屋には、何枚もの布団が用意され、台所の茶箪笥には数え切れないほどの小皿が収納されています。
ひとしきりご挨拶を終えると、お茶菓子に手作りの草餅と焼きたての野沢菜のおやきに白菜と野沢菜の漬物が出てきました。つきたての柔らかいお餅の中には、ほど良い甘さの餡子が入っており、春の香りがしました。

どれもこれも、私達が行くと聞いて用意された数々です。
忙しい農作業の間に・・・・と思うと、胸が熱くなります。
ところが、これだけではありませんでした。
夕飯は、子どもたちのために焼肉を用意をしてくださり、酒の当ての稲子の佃煮、ふきみそ、わさび漬け、全て手作りです。大人には美味しい日本酒が用意され、子どもたちにはりんご100%の無添加ジュースが一升瓶で何本も振舞ってくださいました。
朝には、炊き立てのご飯の他に、お赤飯と栗おこわ、手作りの福神漬けと野沢菜、麹から作った甘酒。
野沢菜の油炒めは、ご飯に合う合う。
目の前にある焼き鮭やとろろ・・・とテーブルいっぱいに出されたお惣菜なんぞ目に入らぬほど、お腹がいっぱい野沢菜の油炒めを頂きました。

美味しい物を食べるだけでは収まらない私は、すぐに作り方を聞きました。
甥っ子(旦那のいとこ)さんの奥さんが手帳を出して、レシピを見せてくださいました。
「この量じゃぁ〜多いから半分の量でやってみて、私はそうしているのよ。」と材料の横に違う数字が書かれていました。(それでも多いから、その半分で挑戦しようと思います。)
材料・・・小麦粉500g、砂糖200g、ベーキングパウダー盃8分目、重曹盃7分目・・・・・盃で量るんですね。(これはお饅頭の皮の作り方)
農家の主婦の方は料理上手で手早いです。
人をもてなす心意気とか、自分の手で育て上げた作物を上手に使いきる工夫を感じとれました。

今回は、子どもたちに農場体験もさせて頂きました。
ちょうど、ブロッコリーが双葉になり、それをポットに一本づつ植えていく作業をさせて頂きました。
ハウスの中で、日よけの防止と手袋をつけ、細かい作業をしていきます。
農作物でも収穫の質と量がよければ、御殿が建つと聞いてはいましたが、御殿が建つ前に細かい作業があり、
いくつもの工程をやって収穫となるのですから、簡単でないことがわかりました。
そのうちの一つを小一時間だけやらせていただきました。
子どもたちは「上手に出来ない〜首が疲れた〜」と言いながらも「今度ブロッコリーを食べる時は、大事に食べるわ」と食育にもなったようです。

長野に向かって見た広大な高原野菜の畑も、こんな地道な作業があったと知りました。
改めて、あれもこれもできる農家の奥様に尊敬するばかりです。

追記
 
実は、初日のお昼に信州そばを食べてきたのです。
息子に大盛、旦那が中盛り、私と娘が普通盛りを注文をしました。
店員さんが「大盛は3人前ありますよ?」と聞かれましたが、
以前に食した旦那が「いいです、お願いします。」と注文しました。
このお店は、目の前でおそばを打っている待ち時間が出るほどの人気店です。
コシがあってのど越し良く、そばつゆが美味しく、天婦羅がサクサクで抜群の味ですが、
いやあ〜すごい!!この大盛を食べる人は拍手を送りたい。
普通盛りのそばでも、上からではなく横から引きずり出すように食べる量でした。
満足度100%の蕎麦屋のその後の山のような「おご馳走」で身も心もパンパンになりました。
そして、後悔をしました・・・・あそこのそばは、普通盛りで充分だと。




末っ子の長男の長男
[2008年03月26日(水) ]

お彼岸中に旦那の父の実家がある長野県へ行ってきました。
母が亡くなり、父が新しくお墓を建立することになりました。
そうすると、私たち夫婦と子どもたちはそのお墓に眠ることになります。
子ども達は、父の父であるおじいちゃん・曾おじいちゃん達の存在を知ることがなくなってしまいます。
そこで、息子が中3前の春休みに、一度父の実家を訪ねる計画を建てていたのです。
(母が健在中からの計画でした。)

お墓は、その土地その土地の風習があるようで、父の実家の地域では都会の共同墓地のような大規模ではなく、同じ家紋の一族が眠っている場所が点々とありました。
祭っ子家の場所には、中央に「祭っ子家」と彫られた大きな共同墓石が建立され、本家分家と自然とわかれ、たくさんの「祭っ子家」の墓石が建っていました。
小さい子どもが亡くなったお墓は一番外側に小さな墓石が並び、一箇所だけ盛り土の上に中くらいの漬物石が乗せられたものもありました。
戦争で亡くなった方を想って建立された大きな大きな石碑、明治よりまだ古い年号の文字が刻まれ墓石の数々、名前のない漬物石をお参りしていると、この方達は全て祭っ子一族で子ども達とつながっているだと感深いものを感じました。
子どもたちも『自分たちのルーツはここにあり』という印象を受けたようです。

ルーツは、お墓だけではなかったようで、旦那が外に散歩をしていると「おはよう〜」と近所のおじさんから声を掛けられたようです。しばらく話をしているうちの「いやぁ〜てっきり○○ちゃん(父の名前)と間違えちゃったよ。」と言われたようです。
酒盛りの時は、父の偉大な優秀さを知り、改めておじいちゃんを尊敬する子ども達でした。

一泊二日のルーツを確認する旅は、子どもたちには思い出深いものになったようです。
帰りの車中で「長野県はどうだった?」と子ども達に聞くと「長野っていい所だね〜すごく身近になったよ。ところで私たちはあそこに入れるの?」と答えが返ってきました。
「おい!!・・・・・」
まぁ〜、そこまで身近に想ってくれて良かったです。

私たちからみて、本家のご馳走・・・それはそれは身も心もいっぱいになりました。
それは次回の日記で、









本物の味、おだし
[2008年03月24日(月) ]

私が加入している生協(色々な生協があるんですよ。)では、生産者交流会というのを行っています。
それは、私達組合員が生産者に「安全・安心・作り手の顔が見える消費材を作ってください。」とお願いをしていているからです。
生産者達の「こういう想いで作り、こういう努力をしています。」とお互いを知ることで、「食」のみにとどまらず、多くの事を学び合う(現状を知る・考える)ことができます。
そのために、自主監査もあり、組合員が現地に行ってお手伝いや視察に行くわけです。
ですから、世間が騒いでいる問題に対しても、気にせず安心して口にできるわけです。
かといって、それぞれの家庭の好みとか歴史や事情があるわけで、すべてこの生協の品物を口にしているわけではありません。ですから、生産者と交流会を開いたり、学び合う機会を増やしているわけなのです。

先週、かつお節と海苔の生産者の方に三重県からおいでいただきました。
海産物は海のものですが、その生育に欠かせないのが、山と川なのだと知りました。
そして、やっかいな台風も海の環境を良くする一つだというのも知りました。

今回、お話を伺って頭を抱えてしまった問題が「おだし」のことです。
わたしの体は、すでに化学調味料で出来上がった体です。
それは、私の成長期は旨味調味料全盛期だったからです。
お漬け物に白い粉をパッパ、お浸しにパッパ、なんでもかんでもパッパとかけていました。
そのうち、顆粒のおだしが発売されるようになりました。
簡単・うまい・お安いとなれば、ついついい手が出る足が行くはずです。
という訳で、私の体が出来上がった訳なのです。

かつお節の工程を聞き、知らなかった事がいっぱいでした。
かつお節は、封を切ったらすぐに酸化をしてしまう食品なので、早くに使い切ることが大事。
もし、いつまでも色が変わらなければ(酸化しないなら)添加物が混入しているとのこと。
【かつおぶし削り節】と【かつお削り節】の違いなど、上手な出汁の取り方、使い方の提案と、おだしのABCをたっぷり聞いてきました。

頭を抱えた問題というのは、
化学調味料で出来上がった体は、この純粋の味には満足がいかないという点です。
顆粒の簡単おだしは、昨年から卒業することができましたが、そのかわり、手間のかからないパックだしを購入するようになりました。
顆粒のものもパックだしも、よくよく中身を知らないと、化学調味料と大差がありませんでした。

素材を粉砕して顆粒やパック詰めにしたものもあるそうです。
他には、もったいない精神で製品化したモノもあるようです。・・・・・・・裏事情を知ってるサイトをご覧ください。

「満足できないわたしの舌」の事を生産者さんに直接質問をしました。
そばで聞いていた先輩組合さん達が「馴れよ、馴れ、馴れなくちゃ!!」と言われました。
それを聞いた私は「だって、物足りないんだもん〜、馴れるまで時間がかかりそうだわ〜」と反論すると、生産者の方が「化学調味料の味は、刺激を求めるパンチの味なんですよ。継続の味ではありません。」と言われました。
そう言えば、外食をして一口食べると「美味しい〜」と満足しても、食べ終わった後に舌にベタベタした変な甘さがいつまでも残っているのが気になっていました。
この話をしたら、先輩組合員さん達が「そうそう〜、それ〜嫌よねぇ〜、でも、それを感じているなら、大丈夫よ。馴れ馴れ、本物の味に馴れなさい!!」と言われました。
ある方が、「私はかつお節やシイタケ・昆布を粉砕して粉にしているんですが、冷蔵庫に入れておけば大丈夫ですよね。」と聞かれた方がいました。
その方によると、そのほうが素材を全部食べられるからだそうです。
先輩の知恵頂きましょう。

追記

海苔消費量、町内一と豪語する我が家です。
海苔の話も面白かったです。
ついで、冷凍フライの話も・・・・
実は、色々な食品メーカーの冷凍アジフライを食べ比べしました。
(我が家では、大食家が多いので冷凍食品は使えません。魚をさばいています。)
一口食べて、違いがわかりました。
某食品メーカーでは、安い原材料を遠くからでも買い付け加工をしているそうです。
安さを求めるために冷凍のモノは当たり前です。冷凍が悪いわけではありません。
加工をするために解凍をします。
冷凍・解凍・冷凍・解凍・・・・・何度繰り返すのでしょう。
その違いが、味に大きく出るわけです。
そこにまた、保存と安定した味と見栄えのための添加物を加算されるのでしょうかね。
想像の世界ですけど。

フードマイレージ、ここにも関わってくるんですよね。
そして、購入した値段の中身を知ることも大切かもしれません。
新事実(わたしの体編)
[2008年03月21日(金) ]

私が若かった頃、お付き合い程度のゴルフとテニスをしていました。
そう言うと、お金持ちのお嬢さんだったんじゃない?!と思われるでしょうが、
北海道は、広い、安い、とスポーツをするには、最高の環境です。

河川敷には予約なしのコンクリートのテニスコートが何面もあり、
人が大勢集まったら、北海道人のモラルにそって、半面を明け渡します。
そして、どちらともなくゲームを申し込み、名前の知らない人達といつでも楽しくゲームを楽しんでいました。

ゴルフも早朝割引があり、朝一番でコースを周り、自宅でシャワーを浴びて出勤できるほど、市内近郊にたくさんありました。
キャディーさんがつかないので、格安料金の上、気兼ねなくラウンドができました。
ゴルフを覚え立ての頃は、隣のコースまで打ち込んだりして、カッコウが鳴いている静かなコースを一人で走り回っていました。

ゴルフでもテニスでも、走り回っていつも不快になることがありました。
それは、靴下が靴の中に入り込んでしまうことでした。
昔の私は、今よりちょっとオシャレさんでした。
一昔のゴルフやテニスファッションは、短めのスカートに踝(くるぶし)にかからないボンボンやリボンが付いた短い靴下が大流行でした。(長めの靴下では、日に焼けると最悪になるのです)

もちろん、私もそれを着用していたのですが、毎回靴の中に靴下が丸まって行くのです。
どうして?靴が悪い?靴下が悪い?と、私は悩んでいましたが、テニスとゴルフに縁がなくなった今は、気にも留めなくなっていました。
ところが、最近になって、長い時間歩いているとスニーカーの靴紐が緩んできたり、歩くのが苦痛になってきました。
自転車や車に乗ることが多くなって、歩く機会が減ってきたのが原因かしら?と悩み始めていました。

そうだ、自分に合った靴を買おう!!と決心をしても、オーダーメイドの靴は私には手の届かない料金。
なら、せめてインソールだけでも・・・・・と旦那の行きつけの靴修理屋さんへ行ってきました。

いやぁ〜新事実を知りました。
靴下が靴の中に入っていくのは、靴や靴下がおかしいのではなく、私の踵(かかと)が人より小さいということ。
そして、まっすぐに立っている状態が、後側重心に(踵)立っていること。
まぁ〜、そのように生活をしていると、わたしの体はそのように適応していたのです。

私の足にあったインソールを試着しました。
「え〜〜こんなに違うの?」と足を入れた瞬間、違いがわかりました。
長時間、革靴でいることが多い旦那にもインソールを勧めました。
私と足の形が違う旦那は、やや薄めの甲をしています。
店員さんは「このタイプの方は、ここの土踏まずがなくなっているんですよ・・・・」と足裏のあれこれ話を教えてくれました。足の裏には、私達が知っている土踏まずの他にもあるそうです。
足は第2の心臓と言われています。
あなどってはいけません、ということです。

自分にあったインソールを入れて、靴紐ぎゅーっと締める。
さぁ〜、春の風に誘われて散歩でも行きますか。

追記
でもね・・・やっぱり靴紐が緩むのです。
今度は歩き方かな?

これを読んでいる人に発明家をいないかしら?
枕の反発素材を靴のアキレス腱の当たりに使った靴ってどうかしら?
靴ずれも起きなく、踵の小さい人にも安定歩行まちがいなし。
作ってくれないかしら?

ご機嫌のバロメーター
[2008年03月19日(水) ]

旦那の父は、大正生まれで戦争体験があります。

喜怒哀楽がわかりずらく、時々どう受け取ってよいかわからない時期がありました。
同居するようになって、顔色を見ながら「喜んでいるんだ。」と判断がでるようになりました。

母がまだ健在の時、料理を別々に作っていたので、よくお総菜の行き来がありました。
「よっこらしょ」とやっとの思いで2階に上がり、「はい、これ」と父の手料理を持ってきてくれます。ぶっきらぼうによこすので、受け取りようによっては、嫌味に感じる時もありました。

あるとき、気が付いたのです。
それは、父のご機嫌のサインです。
ある日、娘とのんびりとしていた時のことです、早くに夕飯の支度を終えた父が、いつものようにお総菜を届けに来てくれました。
「おじいちゃん、ありがとう〜♪前に炊いてくれたのも評判がよかったんだよ。おかず一品、得しちゃった。」と言いながら受け取りました。
「おっ」としか言わないおじいちゃんに、娘は「???」でした。
おじいちゃんがお部屋を出た後、「今、おじいちゃんはご機嫌なんだよ。」と私が言うと、
またまた娘は「???どうして、わかるの?」
「え?!だって、きっと今頃『ひゅう〜ひゅう〜』言いながら口笛みたいなのを吹いてるよ。」と言うと、娘は急いでおじいちゃんの後を追い、確認しに行きました。階段を下りながら「ひゅうひゅ〜」と空気が漏れる音が聞こえていたようで、「本当だ。ひゅ〜ひゅ〜吹いているわ。」

それ以来、子ども達もおじいちゃんのご機嫌度を知るのが楽しくなってきたらしく、
草花に水をやっているおじいちゃんは、ご機嫌が良い。
私と料理を作っている時のおじいちゃんは、ご機嫌が良い・・・と
ご機嫌のバロメーターがわかるようになってきました。

母が亡くなり、その「ひゅ〜ひゅ〜」が聞こえなくなってきました。
式を終え、お客様達が帰った夕方「なんか、おかしいんだよ。体がフワフワ宙に浮いているようになるんだ。あの薬をやめたからかな・・・・・」と体調不良を訴えてきました。
私は父の話を良く聞き、疲労が溜まっていると判断をして、深い眠りが取れるように、家庭でできるお灸を勧めました。(2〜3日様子をみてから、病院に行く事を約束しました)
その話を来ていた娘が「私がしてあげるよ。昨日お父さんにお灸をしてもらって、気持ちが良かったから・・・」と進んで準備をしてくれました。

父は、準備のために立ち上がりました。
「ひゅ〜ひゅ〜」と口笛にならない口笛を拭きながら・・・・・。

孫のすえたお灸が効いたらしく、父は日に日に元気になりました。
「ひゅ〜ひゅ〜」も全快になってきました。
最近、「ひゅ〜ひゅ〜」の曲がわかりました、「知床慕情」でした。

追記

ご機嫌のバロメーターは、父だけではありませんでした。
実は、自治会の会長も同じサインがあります。
私が会長さんの家を訪れる度に「おかぁさん〜、また祭っ子さんが私をいじめに来たんよ〜。」と夫人にぼやいています。そう言いながら鼻歌を唄いながら、準備しているんです。
それを聞きながら、ますます尻を叩いている私です。
だけど・・・・・旦那のご機嫌のバロメーターを見つけられない私なんです。
こぼれ話・家紋
[2008年03月17日(月) ]

母が亡くなって、治める所に治めるには、しなくてはいけないことが山ほどあります。
生前墓地を持っていた母でしたが、あまりの遠さに近い場所を探し直すことにしました。
運良く、いい場所に巡り合い、梅雨前にはその場所に永遠の眠りについてもらえそうです。

この墓地は、高さや幅に規制はありましたが、墓石はどんな形にしても良いことになっています。
父と旦那が、好みの石を選び、形も字体も意見が一致して無事に決まりました。
担当の方が「家紋はどうしましょう?何処に入れたらいいでしょうか?」と聞かれました。
そして、家紋帖を取り出しテーブルの上に置きました。
家紋帖を置いたと同時に旦那が「ウチの家紋は変わっていて、この中にはきっと載っていないですよ。」と言いました。

私の旧姓は、旦那の姓と同じです。
結婚届けを出した市役所では、「いとこですか?」と唐突に聞かれ「いえ!他人です」とちょっと変わった会話をした思い出があります。ですが、姓は一緒でも家紋は違うのです。面白いですね〜。

私の実父の実家の方で、ルーツを探る旅をしたことがあったそうです。
北海道に渡る前のご先祖様は、秋田県出身らしく、そこから家系図を作ったものを見たことがあります。

私の姓は、日本ベスト10に入るメジャーな姓なのです。
同じ姓の人に話を聞くと、元々は静岡県のご先祖様が秋田県に行ったとも聞いたことがありました。
今になって、家紋を聞けば良かったと後悔しています。

家紋帖をパラパラとめくり、色々な形と模様に驚きていたら、「祭っ子さんのように、載っていない家紋がたくさんあるんですよ〜、それに今の紋が気に入らないからと手を加えて新しい家紋を作る人もいるんですよ。」とこれまた家紋にも枝分かれがあるようです。
大根などの野菜の形の家紋、花や木、傘や紐、字体・・・・ご先祖様が何をしてきたのか、ちょっとミステリアスな家紋に興味を持ってしまいました。

葬式こぼれ話 宗教
[2008年03月14日(金) ]

私は、無思想無宗教の人です。
ただ、山の神・海の神・万の神のように身の回りにある全てには、
目に見えない何かがつながっていたり、宿っていると信じています。

我が家は、一年中なんでもアリ〜の行事を送っている家です。
ところが、母は洗礼を受けていたクリスチャンでした。
ですが、正月にはくず餅とのど飴の有名なお寺さんにお参りに行くのを楽しみにしていましたし、私達の結婚式は、白無垢に真っ白い綿帽子をつけて行いました。
・・・・・そんな家庭です。

母の葬儀の時、どんな形式で葬儀をするか決めなくてはいけませんでした。
父が実家の宗派を提案しました。
「え!ウチは○○宗なの?」と我々は、そこで初めて知った訳です。
遠方からお坊さんが、式場に来てくださいました。
会場には良く通ったお坊さんの声が響き渡り、厳かに式をとりおこなえました。

告別式の時、お坊さんがちょっとユニークな動作をしました。
それには、一つ一つに意味がある儀式の一つなのでしょう。
私は、あまりのユニークさに笑いを堪えるのが必死でした。

その後、母に戒名を与える儀式に移りました
お坊さんは、お経を読み、何かを持って立ち上がり、母の前に歩み寄りました。
「そちに、○○○○と名付けよう、よいな。」と言い、戒名の書かれた札を母の元に置きました。

それを見ていた娘が、ホッとしたそうです。
「おばあちゃんは、これで天国逝ける。」と旦那も同じように思ったそうです。

葬式って、なんの意味があるのでしょう。
宗教ってなんでしょう。

以前、友人の葬儀に参加をした時に、「仏教的な考えでは葬式はね〜生きている人達のために行うものなんだよ。」と年上の友人に言われたことがありました。
お坊さんが「よいな。」と言った言葉に対して、生きている私達が「よかった。」と安心できたのです。
そう、気が付いたとき、お経の意味を知りたくなりました。
そして、あの不思議なユニークな動作の意味も・・・・・。

母の四十九日法要の時、是非聞いてみたいと思いました。


葬式こぼれ話 喪服
[2008年03月12日(水) ]

母の友人に着物の着付けの先生がいらっしゃいました。
母が家に戻って来た時に、その方が飛んでいらっしゃいました。

母への挨拶を終えた後「祭っ子さん、式の日には着付けてあげるわね。せめてそれぐらいさせてもらわないと、おかぁさんに申し訳ないから。」と言ってくださいました。
私は嫁入り道具の一つに、夏用と冬用の喪服に旧姓の紋が入った着物を持ってきていましたが、一度も袖を通さずにいました。
私は、Oさんのご厚意をありがたく受けることにしました。

通夜当日、Oさんが着付けをしながら「あらぁ〜、だいぶ太ちゃったのかしら?!」と言いながら、あちらこちら工夫をしてくださいました。
着物って、サイズがないようであるんです。
肩や背中・お腹周りに付いたお肉が、一回りも二回りも大きくなり、生地がその部分に持っていかれて、お端折りがなくなるほど、わたしの体は巨大化していたのです。
着物だけではありません。
帯も腹回りに持って行かれ、背中に背負っているお太鼓が小振りになりました。
「祭っ子さん、いい?お端折りが少なくて、帯も短くなっているから、絶対に椅子に深く座らないでね。」と注意をされました。
私の着物姿を、着物好きにはわかるらしく、自治会の会長夫人が「祭っ子ちゃん、キレイに着物を着ているわ〜、ちょっとお太鼓が小さいけれど、形がキレイ。素敵だわ〜」とお褒めのお言葉を頂きました。
通夜が終わり、Oさんの元へお礼に行くと「明日は何時が良いの?」と聞かれました。
忙しいOさんにご迷惑をかけたくないと思い、一度はお断りをしたのですが、Oさんに「キチンとして、おかぁさんを見送りなさい。」とピッシャっと言われてしまいました。

告別式の朝、Oさんはおにぎりに手作りのお総菜を作ってくださいました。
そして、長めの黒い帯を用意をしてくださいました。
礼服は、裾が床ギリギリにするのが正しい着方なのですが、会場を走り回っている私は、歩く度に引っかかり、お端折りや帯が気になって仕方がありませんでしたので、告別式には後ろがひっからないようにしていただきました。
これがまた、わかる人にはわかるらしく「今日は、裾が短めだけど、お端折りがあり、帯が大変美しい」と言われました。

Oさんのご厚意は、私を一回り大きくさせていただきました。
長男の妻としての立ち振る舞い、葬儀に華を添える。
服装一枚で印象がこんなにも違うものかと感心しました。

後日、Oさんのお家へ旦那と一緒にお礼に伺いました。
「なんとか長男の妻の役をキチンと終えることができました、ありがとうございました。」とお礼を言うと「そうでしょう。」とまたピシャっと言われてしまいました。

ありがたいものです。
家を引き継ぐ者としての心得を、身をもって体験させていただきました。
子ども達の「死」の受けとめ方
[2008年03月10日(月) ]

私には、女と男の子どもを一人づつ授かりました。
小さいときから色々な場面で、男と女の違いを感じることがありましたが、
それは、親の育て方に関係していたのかな?とも思っていました。

世の中が、「男女共同参画社会」とか「ジェンダー」とか言われている時代です。
私は、子どもたちに男・女を意識することなく、その子に合った育て方をしてきたつもりでした。
ですが、体や心の奥にある根本的な違いが子どもたちには育っているようです。

それが「女らしさ」「男らしさ」だったのです。

母が危篤状態のその時、私は子どもたちを起こしました。
「早く起きて!!何も言わずに早く支度をしなさい。」子どもたちは、何かを察したのか、
バタバタと車に乗り込みました。
病室に急ぎ足で向かっていた時、息子が「この日がいつか来ることは、わかっていたけれど、辛いな」とボソッと言いました。病室に入ると隅っこで一人どうしようもない事実と向き合っているようでした。
娘は、何かしなくちゃと思いながら何をして良いかわからず、ただオロオロしていました。
この違いはなんだろう。
息子には姉のような優しさがないのだろうか?
私の育て方が悪かったのだろうか?とその場にいて思いました。
主治医が「○月△日、○:△分・・・・・・」と言ったときには、息子は涙を堪え、娘はオイオイ泣いていました。

女の子と男の子は、心の置き方が違うと知りました。
それは、母性性と父性性が育ち始めているのかもしれません。

それは、挨拶一つでもわかるそうです。
相手に対して、ニコニコと迎え入れる娘に対して、ぺっこっと頭を下げ自分との距離に一線を引く息子。
母の死に対しても、祖母を想い、祖母と交わした言葉を探している娘に対して、
仕方がないと割り切り、次の行動に移せる息子。

これが母性性と父性性に関係するのかわかりませんが、
女の子と男の子に違いがあるということがわかりました。

でもね。
根本的な所は一緒です。
おばぁちゃんに愛されていた想いは、キチンとその子の心に育っていました。

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参考資料

男女共同参画社会とは

ジェンダーとは

母性性と父性性とは
母性性と父性性について
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