かぁちゃん、ただ今 育自中

子供を育てているつもりだが、実は親が育てられているのかもしれない。
「育児は育自」 私は、今も育っています。

     
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もう少し
[2008年01月30日(水) ]

Z会ブログを書き始めて、一年が経ちました。
第一回目から私のブログにおつき合いをしてくださっている方は、
私の成長に驚かれているかもしれません。

当初は、「です・ます」「だ・である」が混在していたり、
「の・を・に・・・」の使い方や「。」「、」の打ち方などがおかしかったりと、
国語力が全く無かった私です。(今でも可笑しいところがありますが、目をつぶってくださいね。)
子どもたちが添削で伸びるというのは、個々にピンポイントで指摘される点が大きいのかもしれません。

やらねばならぬ、やりたい、学びたい、知りたい、覚えたい、身につけたい・・・という気持ちを持つことが出来れば、人は何歳になっても成長していけるのだと、添削の威力を実感している私です。
子どもたちに「やりなさい、出しなさい。」とお尻を叩くより、
「知りたい、解きたい、答案用紙が早く戻ってきて欲しい。」という気持ちを作ることが大事なのかもしれません。

私が成長をしたのは、文章力だけではありません。
私が目にしたり耳にしたり感じ取ることも成長したようです。
そして、それを人に伝える難しさも・・・・・物書きの人を尊敬します。

来月、進級することになりました。
もう少し、私の育自にお付き合いください。
よろしくお願いします。

やっぱり、我慢も必要かも
[2008年01月28日(月) ]

テレビの「○水ハウス」のCMを見て、旦那と同じ意見を持ちました。
元宇宙飛行士と可愛い娘さんが地球温暖化の話をしている場面です。
私達に何が出来るかと考えている娘さんに「まだ間に合う」と宣言させているCMです。
本当に、子どもたちの未来がそうなる事を祈るしかないと思います。
さて、このCMのHPを見てみました。
CMの企業からのコメントには、このように書かれていました。

住宅からのCO2の排出量を、20%以上の削減を目指した地球温暖化防止への取り組みです。この取り組みは平成18年度地球温暖化防止活動環境大臣表彰受賞など、高く評価をいただいております。技術の進歩によって、快適性を高めながらもCO2は着実に削減できる〜。

元宇宙飛行士の方が「快適な暮らしを我慢するんじゃなくなくて、技術の進歩をうまく使えば、エネルギーの無駄はずいぶん減らせる」とおっしゃっていました。

今の技術は、目覚しい発展があります。
車の燃料を自分の家からコンセントで取れるとか、電化製品は持ち歩きが主流になりそうですし、技術の進歩のおかげで「快適な暮らしを我慢しなくても」いいと思いたくなります。

私と旦那が意見が一致したのは「やっぱり、我慢は必要でしょう。」という見解です。

企業の考えるエコは、自社の商品を売るための企業努力です。
地球規模のエコではありません。
地球環境を考えた快適な暮らしは、私たちの創意工夫が一番必要なのだと思います。

燃料の中心が電力だけになると、それはそれで恐ろしい環境へと導かれていくような気がします。1億人が野宿生活になったその時に快適に暮らせる知恵をつけておきたいと思いました。
ファスナーの気持ち
[2008年01月25日(金) ]

私の普段着は、ラフなGパンです。
中年になり、股上の深いタイプのちょっと伸縮する生地がお気に入りです。
私の自慢は、店員さんに「裾は切らなくてもいいですね。」と言われることです。
(そういいながら、毎回少し上げてもらうんだったと後悔をしています。)

昔は、食べても食べてもモデルのような細身(骨皮筋之モン)だったのに、結婚を機に少しづつ体重が増えていきました。
出産後、子ども達の残り物を全て平らげ・・・知らず知らずのうちにふくよかな体型になってしまいました。
独身時、29インチだった私は、今は・・・・・・・・・・・インチ。
最近は、体の締まった旦那の(丈の短い)Gパンをお下がりに頂く始末。

夕食を作り終え、食卓テーブルで勉強をしている娘のもとに行くと、娘が「あ!お母さんのチャックが開いているよ
イヤダァ〜」と言われました。
「あら?本当だ〜、ファスナーの爪がバカになっちゃったかしら?!」と言いながら、慌ててファスナーを上げました。

ファスナーの構造は、「上止、スライダー(上げ下げする所)、引手(スライダーパーツの一部で引っ張る部分)、エレメント(合わさる部分)、下止、テープ(両端生地部分)となっています。

スライダーの引き手を持ち上下をしてファスナーの開閉をするのですのですが、引手を上向きにするとフリーになりスライダーが動きますが、引手を下へ下ろすとスライダーがロックされます。
そのロックの部分がロックが効かない状態になり、ズルズルと下がっていったのでしょう。

娘がファスナーの気持ちを代弁して私に言いました。
「え〜!!そこに行くわけ?無理やりはヤダヨ〜〜、嫌だって言ったでしょう!!苦しんだから〜〜。
もう踏ん張れないよ〜〜。
はぁ〜トイレに行ってやっと一息つけたのに、また上げるの〜〜〜?!もう踏ん張れないよ。
だから言ったでしょう!!もうだめだって!!
・・・・きっと、ファスナーはそう思っているよ。」・・・・・と体全身ファスナーになって、私に訴えてきました。

ははははは・・・・・・・(笑)
「本当にファスナーはそう思っているかもね〜、下っ腹どうにかしなくちゃ」と新たな目標を立て直しました。


追記

ファスナーは正確にはスライドファスナーと言うそうです。
ジッパーはスライドファスナーの俗称です。
スライドファスナーもジッパーもほとんどの国で通 用しますが、
チャックは昭和初期に日本で発売されたファスナーのブランド名から来ていますので海外では通 用しないとのことです。
え!!見てみたいんですけれど、
[2008年01月23日(水) ]

私は、一人で外食が出来る人です。
もちろん、家族や友人と食事をするのも大好きですが、一人で出かけた日は、その時の私気分で選べるので楽しんでいます。
年に何度かZ会教室の説明会があり、その時に一人ランチとデパートめぐりを楽しみに通っています。
先週、来春の向けてのクラス分けの説明会に出席をしました。
VクラスとKクラスの違いと色々ためになるお話をタップリと聞いてきました。
あとは息子本人の意思に任せる事にしました。

さて、この日のランチは、今まで食べたことのない物にしようと決めてきました。
通りを歩くと「スープカレー」という文字が目に入りました。
店内も広く明るい雰囲気でしたので、迷わずこのお店に決めました。
テーブル席に腰をおろし、メニューを決める時に失敗したと、気が付きました。
『・・・・もしかしたら、近所のスリランカのママがカレーを作ってあげるね、と約束をしたような・・・・気がする。』
まぁ〜いまさら、店を出るわけにも行かないし、カレーは三食食べても飽きないからと自分に言い聞かせ、野菜のたっぷり入ったスープカレーと玄米ご飯を注文をしました。

注文の品が来て、私が食べる頃に、私の席の並びで一つ置いた4人掛けのテーブルに高校生の娘さんとお父さんが座りました。そして、そのすぐ後に私の隣の席に若い二人の男性が座りました。

隣の男性客は、談笑しながらメニューを決めていました。
注文を終えた隣の若い二人の会話が聞こえてきて、私の耳は思わずダンボの耳になっていきました。
「ブラック・マ○ネーズの○▲はさぁ〜、・・・・・・らしいぜ、いいよなぁ〜、あれだけあれば御の字でしょう。」
「・・・・・・」の所は、気にもしてなかった時だったので右から左に受け流していたのですが、
その後、次々に出てくるキーワードが気になって仕方がありませんでした。
「あ!!□□さん、今日はてっぺんが薄く見えますよ。」
「1000本あれば・・・」
「増毛はさぁ〜・・・・」
「増毛がダメなら、あれが良いらしいですよ。」
「それって、よく知らないんだよ」
「あれは、貼り付けているんですよ。」
「え?!やっぱりそうなの。いくらか知らないけれど」
・・・・・・・見たい、確かめたい。
スープカレーの具材のピーマンもインゲンもジャガイモも枝豆もトマトもベビーコーンも口に運んだが、
どこに入ったかわからないほど、私の五感は彼らの話に向いていました。
「見たい。」と決心をして、私は遠まわしに大きく視線を動かしチラッと横を見ると、
高校生と一緒のお父さんの耳も彼らの会話を聞いているではありませんか!!
娘さんを見ると「もう〜お父さんは!やめてよ」と言わんばかりの様子。
「てっぺんが薄いですよ」と指摘を受けていた男の子が下向いたその時、
チラッと地肌のあたりが・・・・天然でない光が反射して見えました。
正面から見たら、自然この上ない・・・・ちょっと浮き上がって見えるけれど、疑って見なければ全然OKです。
二人のお年頃は、10代の終わりか20代の始め・・・・そのお年で、と思わず同情をしてしまいそうでした。

我が息子も・・・・・いつかは、と考えていた時に、私のブログに何度も登場している大先輩Eさんの言った言葉を思い出しました。
「皮膚浸透が、一番怖いのよね。」とせっけんに詳しい彼女は声を大にして言いました。
最近の若い人たち(男女共に)の髪の毛が薄いのが目立ちます。
もし、シャンプーを一番最初につけるところと、薄い場所が同じならば、お使いのシャンプーの成分をよく吟味する必要がありそうです。
皮膚浸透の怖い話はいっぱいありますが、気になる方は、その手の本や研究をされている人からお話を聞くが一番だと思います。
抜け毛で悩まれる方の原因は、色々あると思いますが、親が手助けできる原因の一つぐらいは、排除してあげたいと思いました。

追記1

私の周りには髪の毛の少ない人がいますが、魅力的な人がいっぱいいます。
外見を重視するのか、内面を磨くのか・・・・・どちらに時間とお金をかけるのがいいのかしら〜?
なんて、そんなことを考えながらカレーをすすっていました。

追記2

その日の晩、やはり約束どおりスリランカのママから「水を一滴も入れない辛い辛い豚肉のカレーとスリランカチャーハン」を頂きました。
旨い!!すごく旨い!!そして辛い。
今度ぜったい料理を教わりたいと思いました。
こいぶみ
[2008年01月21日(月) ]

この世界で知り合った人から恋文が届きました。
それは、私が待ちこがれたメールで、とても嬉しく何度も何度も読み返しました。

私のブログによく登場する大先輩Eさんから「営業マンの基本」を教えて頂きました。
彼女が健康を第一に考えたお弁当屋さんを立ち上げ、その時に各企業に営業に回った時の経験話です。
営業は面白い、その極意とは。
一回目の訪問は「赤の他人」、2回目の訪問は「知り合い」、3回目の訪問は「友達」
と最低3回は、その会社(人)訪問するのが基本だと教えてくださいました。

これって、「営業(仕事)」だけではないと気づきました。
現実の私の住む世界での人との関わりもそうですが、
このインターネットの世界も同じだと思いました。
このインターネットの世界では、お互いに顔を合わせることもできませんし、声も聞くこともできません。
自分の好きな時間に、自分の想いを文章にして、自分と波長が合う人たちと交流しあうことが最大の長所ではないでしょうか。

その波長の合う人達とは、最初は「赤の他人」だったわけです。
言葉のやりとりが続き「知り合い」となり「友達」となり、日一日と気の置けない「ひと」となるのです。
ただ、残念なことに、この世界は現実の世界とは違います。
この世界の友達とは手を取り合って話をすることができません、何処に住んでいるかもわかりません。
パソコンが壊れたり、相手がアクセスできない状況になれば、その交流もフェードアウトとなるのです。
それは仕方がないことです。
でも、その「ひと」とやりとりした想いだけは、確実に私の心に残っています。
そして、そのやりとりをした関わりで、また私は育っているのです。

恋文が届いても、その方に直接お返事を送ることができません。
だから、私がここでお返事をさせてください。

メールありがとう、ず〜っと心待ちにしていました。
「励まされました」という言葉に私が励まされました。
これからも、私はあなたのメールを待っています。
コンタクトレンズ
[2008年01月18日(金) ]

わが家は、私以外は眼鏡を持っています。
子ども達二人は、必要なときに眼鏡を掛けています。(本当は常時掛けた方が良いと指示を出されています。)
旦那は、近くが見える用と通常用と二つの眼鏡を持ち使い分けています。

近視については、眼科の先生から「近視は、目が悪いのではなく、焦点が近いと言うことなんですよ。
今の生活様式が近いところで物を見ることが多いから、目が悪いという言い方は子どもには可哀想ですよ。」と言われたことがありました。
確かに、今の生活スタイルでは近くで物を見ることが多いです。
狭い部屋に大型テレビに置いて近くで見ているし、本やゲーム・パソコンなど、近眼になる要素がいっぱいです。
200メーター先の表示を見る事もありませんよね。

中2の息子が「かぁさん、オレさぁ〜、コンタクトをしたいんだけど」と言ってきました。野球の試合に出たときに遠近感がわかりづらいというのです。
先月、公式戦があるというので旦那と応援に行きました。
部活復帰をして、まもなくだったので試合で出ていると思っていなかったのですが、息子は外野を守っていました。
高校野球の予選会場にもなっているグランドで体格の大きい子が大きいのを打ったら、
ランニングホームランも可能な広さです。
息子の所にボールが行きました。
眼鏡を掛けている息子は、距離感がつかめず一度前に出てから後ろに下がりました。
下がりが切れなくて、ボールが息子のグローブをかすめて行きました。
ランニングホームランにはなりませんでしたが、息子が言っていた通りのことを目の当たりにしたわけです。

試合を見ながら旦那が「なるほどね〜、ワンデーでも着けられるようだったら、買ってあげたらいいよ。」と言いました。
実は、サッカーをしている娘が、高校2年生の時に挑戦をしたのですが、2時間かけてコンタクトを入れる練習をしたのですが、なかなか入れられるず挫折をしたことがありました。
息子に再度確認をしたら、「オレはお姉ちゃんとは違うから、」ということで、一度は挑戦させることにしました。

眼科医の元で約一時間の指導を受け、息子はコンタクトを着脱ができるようになりました。
はじめは違和感があったものの、広い視界と光が入る「お〜〜〜」という感覚は喜びに感じるそうです。
そして、何よりも縁がないのがありがたいようでした。
「かぁさんは、いつもこういう風に見えるの?」
「どういう風に、と聞かれてもわからないけれど、あの遠い看板の文字はハッキリ見えるわよ。」
「へぇ〜〜・・・・」

試合のある日には、息子はコンタクトを入れています。
そして、気持ちの良いヒットが打て、エラーが減ったそうです。
しかしなぁ〜・・・眼鏡もコンタクトも結構するんですよね。
裸眼のままでいい私の目だけは大事にしなくちゃ。


小心者のすすめ
[2008年01月16日(水) ]

「私は小心者なのよ」と言うと、私の本質を知らない人は「え〜!!」と驚きます。
「二枚舌」「育ち合い」で登場した、一緒に組合員活動をしている大先輩Eさんが「私は小心者なのよ」と言ったときは、思わず「嘘だぁ〜」と私が叫んでしまいました。
Eさんは、何年か前に自治会で持ち上がった難問を8年もかけてクリアをし、今は市の財産になるほどの偉業を成し遂げたり、健康を一番に考えたお弁当屋を立ち上げたり、今は定年となり、その場を次に続く人につなぎ、また新しい活動を始めている行動派の方です。
その彼女が「私は小心者なの」と言われても納得はしませんでした。

小心とは、「気が小さくて臆病なこと」
広辞典より


Eさんは、一昔前の学校教育現場で「自分の意見を言えない小心者(Eさんのお子さん)は、ダメだ。」と言われたそうです。
Eさんは「小心者の何処がいけないのですか?」と先生に食いついたそうです。
そして、「小心者が大きく花開くはずの芽をつぶさなでください。」とお願いをしたそうです。
小心者は、素直で観察力と洞察力があり、人の行動を見ているのだから、イエスかノーかと判断してほしくないとお願いしたそうです。

その話を聞いた後、わが子はどうなのか?と考えました。
今は、小心者とは言えないほど自分の意見を持ち、それを伝えることができています。
ただ、小さいときから我を通すタイプではなく二人とも小心者でした。
新しい場所や新しいことをする時、初めての経験は、積極的ではありませんでしたし、逃げたこともありました。「ほら!」「やってごらん。お母さん見ているから」「どうだった?」「ドキドキしたでしょう」・・・と
色々な経験をさせて、その時の感想を聞き、次回の目標を聞き・・と経験値を増やすことで、
小心者が一人立ちしていったのではないだろうか、と思いました。
PTA役員をしている保護者のお子さんが委員活動をしている子が多いというのも、
親の姿を見て、これ位ならできるとみているのかもしれません。

Eさんが言っていた「小心者が大きな花を開く芽をつぶさないで・・・」とは、どういう意味なんでしょう?
以前、ブログに書いた「言葉の魔力」を思い出しました。
先生や親が言った一言で、小心者が大きく花開くはずの芽を掻いているのかもしれません。
小心者は、素直で観察力があり、行動をすることで、責任感も育ってくるのでしょうから、
わが子達の小心を大事に育てていきたいと思いました。
一緒に幸せになりましょうね〜♪
[2008年01月14日(月) ]

人生には悩みがつきものです。
親子、夫婦、嫁姑、近所、学校、会社、相続、人間関係や社会問題等抱えている問題も人様々です。
そして、解決策も様々なようです。
TBSラジオの番組で「ズバリ快答! テレフォン身の上相談」があります。
私は時間があるときには、かならず聞くようにしています。
毎回、数々のお悩みを問題に詳しい弁護士さんやカウンセラー、人生経験の豊富な方達が、
その方にあった言葉を選んで、解決策を助けてくれています。
この中で、私がいちばん心動かされる回答者は、月曜担当の田岡由伎さんです。
テンポの良い関西弁と悩みを持っているその人の人生全てを優しく包んでくれる大らかさが、
ラジオで聞いている私も思わず涙するときがあります。

自分には見当も付かない不安感。
充分に幸せなはずなのに、そう思えない苛立ちさ。
何をやっても見つけられない幸福の入り口。
責めたくなる自分。
そんな内たる自分を見つめれることさえも阻む何かを田岡さんは優しく言葉掛けをしてくれます。

「○○をやってみて〜今日から練習をしてみよう〜」

「○○をやってみてください」ではないのです。
「今から練習してみよう〜。」なのです。
練習が板に付いたら、それは日々の行いとなるのです。
それを田岡さんは「○○とやってみて〜今日から練習をしてみよう〜」と第一歩を誘導してくれているのです。

田岡さんは、必ず最後に言う言葉があります。
「一緒に幸せになろうね〜、一緒に頑張りましょう〜。」と・・・・
田岡さんもまた私達と同じように幸せ探しを模索しているのです。

そして、また私も田岡さんのように伝えられたらいいなぁ〜と思います。
「一緒に頑張ろうね〜、今日から練習をしてみようね〜」と。





電池が切れる前に
[2008年01月11日(金) ]

同居の母は、ペースメーカーが入っています。
昨年のペースメーカーチェックの時に、先生から「電池が少なくなっているので、取り替えましょう。」とあっさりと言われました。
入院が大嫌いな母は、どうしても入院をしたくありません。
なかなか返事のしない母に、先生が「半年以内なら大丈夫ですよ。そう急がなくてもいいけれども、年内なら○日が空いています。どうしますか?」と返事を待っていました。
私は「来週、お薬がなくなるので、お返事はその時でよろしいでしょうか?」と○日を仮押さえをして帰ってきました。
帰り道中、母は足首が立たなくなり、2度も転びそうになりました。
そのため軽い捻挫をしてしまい、家に帰らず、そのまま接骨医院に行きました。
接骨医院の先生が「何か、精神的なダメージでもあったの?腰砕け状態だよ。」と聞かれました。
私は病院での出来事と母の気持ちを伝えました。
先生は「あ〜そうだったの、入院は嫌だよね〜。」とまた診療室の母の元に戻りました。

次の内科の健診の日、
母は「年内に終わらせて、新しい年を迎えます。」と先生に言いました。
この返事をする直前まで、母は私と何度も問答を繰り返しました。
局所麻酔で、電池を取り替えるまで、本当に一時間で終わるの?
前回のような悪夢を見ない?
私は母に、看護婦さんで用が足りなかったら、私が泊まると約束をしました。
母の電池が切れる心配と入院時の不安を少しでも取り除き、やっと年内に電池を交換をすることに決めたのでした。(ジェネレーター交換と呼ぶそうです)

母は手術の前日から入院をしました。(約一週間の予定)
母は暴れて他の患者さんに迷惑をかけるかもしれないからと
個室をお願いをしましたが、入院患者13名で夜勤の看護婦が二人しかいないため、
ナースステーションから離れる個室では、病院側は不安だということでナースステージョン前の大部屋に入りました。

その夜、母は点滴を抜き、導尿をしているにもかかわらず、「トイレに行く」と言い張る母に看護婦さんを慌てさせました。
手術をした日から私は三日間母と病院にお泊まりをしました。

看護婦さんが、「はい、これ交換をした電池よ。」と金属の固まりを私によこしてくれました。
手に取るとズシっと、いのちの重さを感じました。(約20グラム)
母はペースメーカーが入った当初、「勝手に動いている心臓が嫌でしかたがない。」と自分が自分で無い不安感を訴えてきました。
今はその電池が切れてしまう不安感が、20グラムの取り替えた電池を手に持ってわかりました。

母は入院中に幻覚と幻聴が著しくなりました。(パーキンソン病も持っています。)
同居の父と息子達は、なかなかそれを受け入れてくれません。
それは、大好きな子どもたち(息子達)の前では、母の行動がしっかりと戻るからです。
無意識の中での親子の絆がそうさせているのでしょう。

人はいつかは、この世からいなくなると理解をしながら、今の現状を受け入れられないのはどうしてなのか?と私は自問をします。

それは、日本は母性社会に関係があると知りました。
母性社会と父性社会の必要性を知ることが、今年の私の課題となりました。

そして、『今』生きている時間を大事に過ごすということをも。

次につなげる
[2008年01月09日(水) ]

皆様、今年のお正月はいかがお過ごしだったでしょうか?
我が家では、毎年恒例の食ちゃ寝で終わりました。

我が家の正月は昔ながら、三日三晩おせちで過ごします。(今年から、夜は鍋にしました。)
最後のしめがお雑煮です。
昆布と鰹で出汁を取り、生醤油で煮た鶏肉と煮こごりで味を調えます。
お椀の中に三つ葉、なると、柚子を入れ、熱々の焼き餅を入れるのが我が家流です。
お餅は火鉢で焼きます。

この火鉢の炭の扱いが結構、奥が深いのです。
すぐに火が移るのもあれば、炭の半分以上火が移っているのにもかかわらず、
気が付くと消えてしまうのもあります。
毎回毎回、火鉢の季節になると、試行錯誤を繰り返し火種が消えないように工夫をしています。
この時代に火鉢とは・・・と思われる方もいらっしゃれるでしょうが、
お昼間にヤカンを乗せれば加湿器代わりになりますし、鍋を乗せればコトコトと煮物料理もできます。
寒い朝では、種火のある火鉢からは暖かさを感じますので、朝の早い主婦には助かります。
種火を残すために、夜に寝る頃には炭に灰をかぶせておきます。
灰がいいように空気を通し、火が消えないようになっているようです。
上手につなげれれば、一冬は続けられるでしょう。

つなげるために、新しく炭を入れるタイミングがあるようです。
これは、私のやり方ですが、きっともっと上手なやり方があるかもしれません。
私のやり方は、灰が暖かいウチに新しい炭を灰の中に置きます。
その上に赤々と燃えている炭を乗せ、半分ほど灰を埋めます。
バチバチと火鉢の中で音がしていれば、新しい炭に火が付いた証拠です。
でも、この音を聞いて油断をしてはいけません。
すこし時間をおき、様子を見ます。

私は、物事を人生に例えるのが好きです。
例えば、たこ焼きを作って、たこ焼きの天板の上には、具やら粉やらあたり一面がぐちゃぐちゃになっているれど、千枚通し一本で全てが丸くなるのを見て、問題がぐちゃぐちゃになっても、最後は丸く治まるモノなんだなぁ〜、とたこ焼きを作りながらいつも感心しています。

新しい炭をつなげるにあたって、考えたことがありました。
PTA役員とか組合員運営委委員とか自治会の役員とか・・・世の中の無給のお仕事に、なかなか次の担い手がすんなりと決まらないのが実情です。
新しい炭と人が重なってみえました。
熱々の灰の中に新しい炭をそっと置き、上から下からと暖めないと火が付かないのです。
次の担い手も同じなんだろうなぁ〜
冷たく火の気の無い所からでは、燃え上がるまで時間がかかります。
どうやって火が付くのかもわからなく右往左往するばかりで、面倒だ、続かない、
灰が舞い上がって部屋が汚れるばかりだと、
良いところを知る前に、嫌な所ばかりが目についているのではないだろうか・・・と。
赤々と周りが燃えている灰が魅力的であれば、きっと新しい炭は自信を持って安心して火が付くのであろう。
鉄は熱いうちに打て!!と同じように
赤々と燃える灰(環境)を作ることが、次の担い手が見つかるのだろうなぁ〜と。

火鉢に網を置き、焼きおにぎりとお餅やたたみイワシを焼いています。
何よりの贅沢です。
そして、灰も何年も燃やさないと貯まりません。
灰も貴重な資源です。




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