かぁちゃん、ただ今 育自中

子供を育てているつもりだが、実は親が育てられているのかもしれない。
「育児は育自」 私は、今も育っています。

     
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ひまつぶし
[2007年10月31日(水) ]

同居の母から、旧友に会いたいと何年も前から嘆願されていました。
でも、本州の道は複雑で、都会の道に慣れていない私は、母の願いを断り続けていました。

何年か前に、ナビを搭載した車に買い替えたのをきっかけに、
私は高速道路をはじめ首都高までも走れる自信がつきました。
そして先日、母の願いを叶えることが出来ました。

母と旧友は、女学校時代からのお付き合い、学生中は戦争の経験もあり、動員も違う場所だったのに、
偶然にも勤め先が同じになり・・・・・と長い長いお付き合いの方です。
お互いに歳を取り、大きな病気を乗り越えた二人。
月に何度も電話で話をしているものの、会うのは何年かぶりです。

私は昼食をご一緒させていただいた後、母と旧友と二人だけの時間を作るために、
暇つぶしをすることにしました。(嫁さんがいると話も弾まないでしょう。)

私は勘のいい人で、良い店に巡り会える運を持っています。
まずは、カーナビで「喫茶店・・近い順」と検索をしました。
名前を見て「カフェ○○」・・・・名前から見て駐車場5台・ウッディな店構えで、美味しい雰囲気を感じたので、ここに決めました。
初めての街、初めての道は緊張をします。
ナビが「○○交差点を左・・・」と案内をしてくれます。
ナビの嫌なところは・・・「目的地近くに着きました。安全運転を〜〜」と一番大事なところで打ち切られるのが
いつも不服です。
さて、カフェ○○も案の定、途中で切れました。
運転をしながら、首を左右に振るとありました、カフェ○○・・・・・コーヒー豆専門店でした。
中には喫茶コーナーなし・駐車場なし「はあ〜」私の運は尽きたのでしょうか。
私はすぐに諦め、海沿いに進むこの道を直進することにしました。
途中、大きな交差点にぶつかり、『この道を曲がれば、どこかおしゃれな喫茶店があるかも?!』と思いながら何故か直進してしまいました。
直進をしてすぐに、センスの良いブティックとつづきにカフェを発見。
人気店らしく、車を誘導をする守衛さんが立っていました。
そこは判断が鈍り諦めました。
そして、数メートル先にワンちゃんも同伴できるテラスのあるカフェが目に入りました。
駐車場は、お向かいに駐車スペースがたくさんあったので、迷わず駐車場に入りました。
でも、入ったものの、どの場所があの店舗の場所なのかわからなくなり、このお店も諦めることにしました。

車を発進してすぐに「ケーキ・カフェ」と小さな看板が目に入りました。
お店の奥には小さなショーケースが見え、私を呼んでいます。
駐車スペースも狭く、入ろうかと悩んでいるのに、私の体は勝手にスルスルと車をバックをしていました。

店内は、家庭的雰囲気100%のお店でした。
テーブルには、今さっき、ママランチを終えたばかりの食器が残っていました。どれを見ても皆完食。
きっと、ランチが美味しいのだろうなぁ〜と想像します。
私は、ショーケースをのぞき込み、パイ皮にカスタードが挟まっているナポレオンとカフェオレをお願いをしました。
店内を見渡すと、私と同じ年頃のママさんと厨房にパパさんがいました。
パンの種類も多く、マフィンとケーキと・・・どれもこれも手作りの顔をしています。
私は、ここで1時間30分暇をつぶせるかしら・・・・と思いながら、
バックの中から本を一冊だして読み始めました。

「お待たせしましたぁ〜」とケーキにはナイフとフォークがついてきました。
さっそく一口・・・うまい!!パイ地が薄く、カスタードがしっかりして・・・・初めての感触。
なんでも知りたがりの私は「これ、すごく美味しいですね〜。このパイ生地が薄いのにどうやって作ったのですか?」と業界人顔負けの突っ込み。
「これは・・・・」と奥様が親切に教えてくださいました。
この会話から私は、奥様と意気投合・・・気がついたら一時間30分あっと言う間に過ぎてしまいました。

私の他にパンとケーキを求めるお客様が何組かお見えになり、パンも美味しいなら・・と
帰りに「パンも下さい」と言うと「このパンね〜キングカズの奥さんの三浦りささんが〜」とその時のエピソードも教えてくださいました。
と言うことで、私は茅ヶ崎パンとマフィン2種類、コッペパンにエビカツが挟んだのとベーコンが挟まれたのを購入しました。

やっぱり、私は勘がいいわ〜。今度は、ランチを食べに来たいです。
湘南パン絶品でした。
お店の名前は、「Atool」と書いてありました。


追記

母と旧友との会話です。
「亡くなったご主人さん、若いときはとても素敵な方だったでしょう。」と飾られた写真を見て私が冷やかすと
母のお友達さんが「あなた(母のこと)、よく知っているよね。私たちの馴れ初め・・・・まぁ〜縁ですよ、縁。若いときは『面食いね〜』と親戚の者に言われたわ〜、ほらあなた!!会社のあの人にも・・・・」と母に話を振ると「その話は、ここではよしたら・・・」と二人でガールトークになっていました。
何歳になっても、恋の話はつきないものなのね〜。二人の顔はちょっと輝かしく見えました。
私のおにぎりが美味しい訳
[2007年10月29日(月) ]

いやぁ〜自画自賛です。
昼食のために作ったおにぎりを子どもが忘れて行ったので、
自分で作ったおにぎりを食べた時の感想です。

私の母が作ったおにぎりは、子ども時分の私にとっては、最悪なものでした。
大きなおにぎりに海苔をご飯粒が見えないほど巻き、それを新聞の広告用紙で包んでくれました。
ラップとかアルミホイルが世に出てきた頃です。
友人達が持ってくるアルミ箔で包まれた小さなおにぎりが羨ましくてたまりませんでした。
母にその事を言う「海苔もご飯もべちゃべちゃになって、美味しくないんだよ。」と言われる始末。
そのうち経木の存在を知った私は、「お母さん、経木がいいんだって」とお願いをすると
「そう〜いいわよ。」と快い返事。
次のおにぎりには、経木に包まれたおにぎりが、いびつな形で包まれていました。
その経木も片面がつぶつぶの後が・・・・・母は、納豆に包まれていた経木をきれいに洗って、おにぎりを包んでくれたのです。いびつだったのは、ふんわりと包まれた経木の中で、おにぎりが動いて形が変わったのです。
その事を母に言うと「だから言ったでしょう。紙に包むのが一番だって!!」

おにぎりにそんな思い出のある私は、子どもたちのおにぎりには、おにぎりフィルムで包みました。
コンビニのおにぎりのタイプです。
ですが、手の大きい私のおにぎりは、フィルムよりはみ出して、子どもたちには不評でした。
で、考えたのが、できたてのおにぎりをキッチンペーパーで包み、その包みごとラップで包む事にしたのです。
1〜2個のおにぎりの時は、この方法で渡しています。海苔も良い感じでしっとりして、とても美味しく感じます。

他にも美味しい訳があると思います。

まずは、握り方。
外側ががっしりして、中がふわぁ〜と柔らかく握れる手を持っていること。
そして、母の手には、美味しい酵母がたっぷりついているからだと思うようになりました。

ある本に「母の手には酵母がついており〜」と下りがありました。
そんな、私の手にばい菌がついているんじゃないの?と理解できないでいました。、

日刊工業新聞社 「トコトコやさしい カビの本」佐々木正実監修

人間の体とカビ・・・カビが病原菌から人間を守っている!?

例えば、酵母の一種である「ピチロスポラム・オパーレ」は、皮膚のカビが発生するのを防いでいます。つまり、
毛髪を含む体全体には、健康を守る微生物がついていて病原菌の進入を防ぎ、皮膚を守っているのです。
ある実験によると、両手の皮膚の表面だけでも一平方センチメートル当たり約200個あまりのカビの胞子が付着し、やく8000あまりもの細菌が検出されています。だからといって、“清潔”にするということで手や体をあまり洗い過ぎると、皮膚に付いている健康を守っていてくれているカビなど微生物まで死滅させ、洗い流してしまうことになります〜・・・・・


体にも良い微生物やカビがついていたのです。
ブドウの皮ついている白い膜?みたいなものが酵母だそうです。(酵母とは、単細胞の一種のカビといえるものです。)
野菜にも果物にも・・・一杯触って、一杯調理している母の手に、美味しい酵母がついているのでしょう。
母が握る、おにぎりには美味しい訳があったということです。

追記

昔、母が作ってくれた筋子のおにぎりが嫌いでした。
生臭かったからです。
今、無性にあの筋子のおにぎりが食べたいです。
私が握ったのではなく、母の手に付いた酵母菌付きのおにぎりが・・・。
旦那と私の価値観
[2007年10月26日(金) ]

私と旦那は、大恋愛で結婚をしたわけではないのですが、知り合って『自分の意見を持ち、人の意見を聞ける人で、価値観が私と似ているなぁ〜、もしこの人から結婚の話が出てきたら、何も考えないでお受けしよう』と何気なく思っていたら、本当に結婚することになった相手です。

結婚をしたら、仕事仕事と毎日が忙しく、休日出勤も当たり前、そのうち単身赴任で長期に渡り不在の日々が続いていました。ですから、結婚生活19年ですが、結婚生活を時間に換算すると、大変短くなります。

そんな私たちですが、お互いに気楽な夫婦生活を送っています。
決め事があると
「こうしたいのですが、いかがですか?」
「いいんじゃないの」
「おじいちゃん達には、こう伝えました。」
「そうですか、了解です。」と話し合いというより、後日承諾の方が多いぐらいです。

先日、息子の中学校で「学校をよくするためのアンケート」が、私の手元に届きました。
各学年3クラスの生徒と保護者が対象のアンケートです。
内容は、家族構成からはじまり、子どもの勉強法について、親が子どもの勉強に対して期待すること、
子どもの勉強不振について、部活、子どもの将来をどう考えているか・・・・など、細かく約100の項目がマーク式で書きこむようになっていました。

夜遅く、ほろ酔い気分でご帰還した旦那に「中学からのアンケート、お父さんが書く?」と聞いてみました。
「おまえの方が詳しいから、いいよ。」と素っ気ない返事だったので、私が書くことにしました。

私が書いている間、旦那は風呂上がりの娘と楽しく話をしていました。
朝五時に起きたいと騒いでいた娘だったのに、時計を見るとすっかり0時を回っています。
さっさと寝るように勧めた後、旦那は、私の書いたアンケートを「見せて」と手を突き出しました。

近視に乱視がはいって老眼になっている旦那が、質問用紙とマークシートを交互に見始めました。
途中で飽きると思っていたのですが、最後まで見て言った言葉が「7〜8割は一緒だな、極端にここまで否定しなくてもと思う所はあるけれど、イエスかノーかと考えると、同じだから・・・・9割は同じだ。」でした。
私は「残りは、母親的考えと父親的考えの違いということで・・・」と二人で納得。

結局、私と旦那は価値観が同じと、改めて感じ合えたのでした。


追記

全生徒が対象ではないこの調査は、果たして統計学上正しいかは別の問題として、結果が楽しみです。
波動
[2007年10月24日(水) ]

春から月に一度行った「キレイなからだ作り」の講習会が、先日最終日を向けました。
第一回目は、食事についての勉強、2回目以降に中年になっても必要な筋力作り、呼吸法を教えていただき、最終日は自分自身へのご褒美となるマッサージ・ジェルを手作りして、お腹周りのマッサージ法を教えていただきました。
講師の先生は、人生を豊かにする知恵の引き出しをいっぱい持っている魅力的な先生でした。

机の上に、小さな容器に透明のジェルとローズウォーターとベースオイルを入れてくださいました。
まずは、それをクルクルと混ぜ合わせていきます。(その後に身体に良いアロマオイルを入れていきました。)
小さな容器からはみ出さないように、細い棒でクルクルクルクルとゆっくりと回していきます。
先生は「自分の好きなゆっくりなペースで回してくださいね。」とおっしゃいました。

自分が心地よいと思う速さが、その人の波動になるそうです。
その自分にあった波動が、自分の身体を良くするそうです。

「美味しくな〜れ」と作り手の愛情が入っている食事と機械で作られた外食の食事(心のこもった食堂やお総菜屋さんは別ですよ〜)では、食べていても身体の中に入ると違いがあるそうです。

そうそう、子どもが遠足前に「風邪を引いたら、大変だわ〜」という親の波動は、ちゃんと子どもに伝わり、風邪を引くそうです。(我が家がそうでした。行事の度に休んでいました。)
心配の波動よりも身体にいい波動を出したいですね。

月はダイエットにも関係があるんですって・・・興味が深いですよね。
来年は、この先生に気功を教えてもらいたいと願っています。

追記

そうそう、目の前にある大好物の大福餅を「これを食べたら、太っちゃう」と思いながら食べると、実際に太るそうです。
だから、「この大福餅は元気にしてくれる」と思いながら食べるといいそうですよ〜♪

そう〜そう〜、↑の言葉で気をつけなくちゃいけないことが・・・・、
だからといって、一つが二つになるとカロリーは増えるばかりですからね。
食べ過ぎには、やっぱり気をつけて
怒りのスタンプカード
[2007年10月22日(月) ]

先日の夫婦講座のお話の続きです。
講師のお話の中で、面白い言葉が心に残っています。

最近は、熟年離婚が多いと聞いています。
原因は、当の本人達しか知り得ないことですが、長い年月の夫婦生活にピリオド打ちたいほどの何かが溜まっていたのかもしれません。
講師の先生は、それを「怒りのスタンプカードが貯まっていたのですね。」とおっしゃいました。
財布の中に何枚もあるあのスタンプカードと同じく、知らない間に何枚も溜まっているあのカードのことです。
怒りのスタンプカードは、何の景品にも替えず、怒りの有効期限も切れているのに、心の財布の中にしまい込んだままの状態になっているものもあります。
たまに財布の中を整理すると、忘れていたカードが出てきたりします。
そして何故か、始末をすればいいのに、またしまい込んだりします。

人はどんなときに、怒りのスタンプカードに印を押したくなるのでしょう。
講師の先生は「不満でいっぱいの時、相手を責めたくなる時は自分を見失い、置き去りにしているのです。」と言いました。責める言葉が出さなくても、その事に屈してしますと、怒りのスタンプを押したくなります。
溜まっていったスタンプカードを見て、「私の人生は一体、なんだったのだろう。」と悲しくなるそうです。
怒りのスタンプカードは、別に夫婦だけの事だけではないように思いました。

ある番組に時々流れる歌があります。

「ぼくのおとうさん」

作詞:佐藤雅彦・内野真澄
作曲・歌:栗原正己


おとうさん おとうさん ぼくのおとうさん
 かいしゃへ いくと かいしゃいん
 しごとを するとき かちょうさん
 しょくどう はいると おきゃくさん

 おとうさん おとうさん ぼくのおとうさん
 はいしゃに いくと かんじゃさん
 あるいていると つうこうにん

 おとうさん おとうさん ぼくのおとうさん
 がっこう いけば せいとさん
 でんしゃに のると つうきんきゃく

 おとうさん おとうさん うちにかえると
 ぼくのおとうさん


人は、その時その時に色々な立場があります。そして、その立場の違いからスタンプカードは色を変え、ポイント数も違い、対象ポイントも違ってきますが、どこにでも怒りのポイントカードは持っています。

さぁ〜、その貯まったポイントカードをあなたならどうしていますか?

あ!!どうせなら幸福のポイントカードも作ってみませんか?


自分の良いところ
[2007年10月19日(金) ]

夫婦に関する講座を聞きに行きました。
私は 市の母親学級の企画委員をしています。
毎回参加をして思うことは、子育てに何が影響をしているかと考えると
まずは「母親自身の問題」と「夫婦関係」が大切だと考えるようになりました。

私は結婚生活をして、19年になりますが、旦那の単身赴任生活が長かったので、
時間に換算すると、私達が一緒に居る時間は、4分の一ぐらいになるでしょう。
一度、夫婦関係の講座を聞きたかったので、今回の話は大変参考になりました。

講師の方の話は、今の夫婦のストレスの正体から、そのために何が必要なのか、
「連れ合いが、もつれ合い」にならないための話をわかりやすく聞かせてくださいまいた。

ワークショップのいくつかしました。
その中で、「私のよいところ」「パートナーのよいところ」をいくつか探すことをしました。
探し終えた後に、グループに分かれ話し合うことにしました。

私は自分の良いところを、探せないでいました。
「前向きな考え方が出来ること?」
「どこに行っても物怖じしないこと?」
「料理が得意なところ?」
「好奇心が旺盛なところ?」
「誰とでもお話が出来るところ?」
と誰かに「私って、そんな感じ?」と聞きたくなる自分がいました。
絶対の自信がないのです。

パトートナーの良いところの方が探すのが簡単でした。
その話をグループの方達にお話をすると「あなたは寛大な方ね〜」と言われたのですが、
何かが違うと心の中にひっかっていました。

帰りの電車の中で、心にひっかっているものを探してみました。
どうして、自分の良いところを断言出来ない私が、あの場にいたのだろう。
夫婦の中で当たり前のことに関して、褒め合わない私たちがそうさせたのかもしれない、と思いました。
「祭っ子は、いつも前向きな考えでいいね。」と他人には言われても旦那は言わない。
「料理が上手でうまいよ」なんて、他人には言われても旦那に言われたことがない。

今回は夫婦の話でしたので、「私のいいところ」探しは、旦那も認めるところを探していたのかもしれません。
それにしても、褒めて伸ばすという言葉、こんな所で実感をしてしまいました。
私が自信を持って「私のいいところ」が言えるために、旦那に私の良いところを言ってもらわなくちゃ〜、
その前に、旦那の良いところと子どもたちの良いところは、私が言わなくちゃ〜ね。


追記
この日記をパルティオに載せましたら、多くの意見が寄せられました。
私の考えに深みを増してくれるお友達に感謝をしています。
人から褒めてもらうと、自分自身が肯定をしてもらえる安堵感があります。
「私のいいところ」探しをしていると、つい、人より抜きに出た所とか、
人から評価されたところを探している自分がいました。
パルティオで頂いたコメントからの引用です。

>相手がどう思おうが、自分で自分のよいところや能力をしっかり認めている、誰よりも自分が認めていることが大事だと思うのですよ。

>誰かに褒められたから自信が持てる、褒められていないから自信がない、というより、自分が自分をどう観ているか、じっくり掘り下げてみませんか。


なるほどです。
人からの評価で自分の良い所を理解するのではなく、自分自身がどう思うかが大事なんですね
大人の隠れ家
[2007年10月17日(水) ]

身も心も疲れ果てた身体に、自分に対して時々ご褒美をあげたくなる時があります。
自治会の秋の行事も無事に終わり、どこか遠くに行きたくなりました。

私のブログ7月20日「和竿」でてきた
「和竿美術館」の下にある「緑のなかの喫茶室」に行ってみたくなりました。
HPには、今週の釣魚ランチ 「カワハギの  ハギハギ焼き」と書かれてあったので、
早速、旦那を誘ってみました。
もちろん、食いしん坊の旦那も「カワハギ」を楽しみにしていたので、OKと即答で返ってきました。

まだ、腰の調子の悪い私は、この日一番に接骨院に入るように行き(ご年配の方が早くて、私は4番目でした)
午前中に到着するように出発をしました。
一時間半ほどのドライブを楽しみ(近道は山間を通るので、ドライビングテクニックが楽しめます。)
「緑のなかの喫茶室」が開店したばかりに到着しました。
私たちは、早速 「今日の気まぐれランチ」を注文をしたら、
師匠の奥様であろう店主が「カワハギは最後の2枚でした。」とおっしゃいました。

この気まぐれランチとは、和竿師の鈴木秋水氏が自身の竿を確認がてら釣られた魚を
ランチに出しているものです。
旬の魚の季節と色々な竿の種類があるため、ランチに出てくる魚の種類が違ってきますし、
ボウズ(魚が釣れなかった)ということもあるそうで、「気まぐれランチ 」と名付けたそうです。

前回は、外の庭でお茶を頂いたのですが、この日は肌寒く感じていたので、
私たちは室内の一番奥に座りました。
室内は、清潔感あふれた白の漆喰の壁で、細かいところに行き届いたお招き心が、
たっぷり感じらる空間が広がっていました。
静かな音楽と川のせせらぎ、時より入り込むお日様の光が室内を照らしこんでいました。
美味しいコーヒーを頂きながら、お日様の移り変わりを見ていると、身体の力が抜けていくのを感じます。
旦那は、たばこを吸いながら、先生が書かれた新聞の連載記事を読んでいました。
「2002年の11月○日にカワハギのことが書いてあるよ。」と手渡してくれました。
連載記事には、師匠のお人柄が感じられるような暖かな文章がつづられていました。

「お待たせしまいたぁ〜」と気まぐれランチの登場です。
四角い白い大きなお皿の上に、下味のついたカワハギのムニエルとたっぷりの野菜がのっていました。
それに、ご飯とお味噌汁、白菜のお漬け物にレンコンとタケノコのサラダ、里芋の煮物がついていました。

カワハギというお魚は鍋とお刺身を頂いたことがありますが、
ムニエルは初めてでした。(他に酒蒸しも美味しいそうです)
白身魚なので、どんな調理法でも合いそうです。
味は、もちろん美味しかったです。

旦那と二人っきりで、優雅な室内で頂いた「気まぐれランチ」、なんと贅沢な時間なんでしょう。
食事をしながら「これを食べさせたら、子どもたちは喜んで一緒についてくるかなぁ〜」と旦那が言いました。
私は「子どもたちは、車に酔うから道中が嫌なのよ。それに、あの二人はそれぞれパートナーを見つけて、ここに来たらいいのよ。」と言いました。
旦那が「ここは、秘密の大人の隠れ家だな。」とニヤッとしながら言いました。
確かに、あの空間と時間の流れ方は「秘密の大人の隠れ家」にしたくなります。

食事の後は、デザートがついてきました。
私たちは3種類の中からチーズケーキとコーヒーのお替わりをお願いをしました。
香りが良い旦那好みの苦みのあるコーヒー(私は酸味のあるコーヒーが好きです。)と手作りの2種類のジャムとチーズケーキにミントをあしらえて粉砂糖がかかっていました。
大満足のランチです。
これで、コーヒーのお替わりがついて、破格の値段。
「師匠 本当に良いのですか?」って、ここで質問をしちゃったりして

次回は、オニカサゴを狙って行かせていただきます。大漁をよろしくおねがいします。

追記
師匠から「カワハギの肝は召し上がれますか?」とお声をかけていただきました。
食べることの大好きな私たちは「もちろんです」と答えると、カワハギの肝の赤だしで合わせた珍味を出してくださいました。白いご飯にかけても、ムニエルのソースにしてもとても美味しかったです。

私達は、釣りをしないので釣りの醍醐味を知らないのですが、
師匠のお話を伺って思うことは、釣り好きにはたまらないだろうなぁ〜。

迷子を届けて
[2007年10月15日(月) ]

私は、Z会教室に通う息子を駅まで車で送っています。
ある日の夕方、わが自治会長さんと見慣れない小学生の男の子が、急な坂道を自転車を押して歩いている姿を発見しました。
私は、車の窓を開けて「あら〜会長さん!!おデート?」と冷やかし半分で話しかけると、
真顔の会長が「祭っ子ちゃん、どこまで行くの?」
私「息子を○○駅まで送りに行くのよ。」
会長「はぁ〜良いところで会った〜、この子を○○駅反対改札口の交番まで送ってほしんやけど〜」
会長の話では防犯パトロールをしている途中、見かけない小学生の男の子がいたので、「暗くなるから気をつけて帰るんだよ。」と声をかけたら「僕、迷子になりました。」と返事が返ってきたそうです。
「お家はどこ?」と聞いても電話番号は知っているのだが、住所を覚えていなく、
携帯電話を持っていない会長は、困り果てたそうです。
なんとか住所がわかるヒントを出して、ようやく○○駅の周辺とわかったそうです。

会長は、我が家のワンボックスカーの後ろのドアを開け、子供用自転車をさっさとしまい込み、「後はよろしく〜」と立ち去ってしまいました。
車に乗り込んだ少年は、息子とおばさんに安心をしたのか、私の質問にハキハキと答えてくれました。
「僕、何年生?」
「3年」・・・・ちょっと、3年生に見えない小柄な子でした。
「どこの小学校?」
「▲○小学校」
「あら、近いわね。小学校まで行ったら、一人で帰れる?」
「うん、帰れる。あ!!ここの近くだよ」と途中の交差点を指さしました。
「あら〜、この近所なの?」
「うん」
「じゃぁ〜、交番に行かないで、おばさんが家まで送ってあげるね。その前にお兄ちゃんを駅まで送るからね。」
「うん、」

息子を駅で下ろして、少年を前の座席に移ってもらい、道案内をしてもらいました。
「○▲スーパーまで行くよ。」
「あ!○▲スーパーに一人で買い物来たことがある。」
「そう〜、スゴイね。ねぇ〜どうして、迷子になちゃったの?」
聞けば、友達と一緒に水源地に遊びに来たのだが、自分の自転車のチャーンが外れて、遅くなったので、
友達は先に帰ったそうです。
その後、一人でチャーンを直して、帰ろうとしたら来た道と反対方向に出てしまい、おじさんに出会ったというのです。

「一人でチャーンを直したの?えらいね〜、お手々真っ黒になったでしょう。」
少年は、自分の手を見ていました。
「だんだん、暗くなるし、心細かったね。」
「うん」
「さぁ〜この信号をどっちに行けばいい?」
「こっち、(→と指を差す)」
「右に曲がるのね」
「次はどっち?」
「おばさん、Y商店知っている?」
「Y商店?(・・・あの辺で、商店は一つしかないので、)じゃぁ〜こっちに曲がればいい?(と←と指で左を出した)」
「そう〜こっち」
「じゃぁ〜左に曲がるよ。そこからどう行くの?」
「そこまっすぐ行って、あ!!ここ、ここ。」

少年が言っていたマンションの前に止まると、そのマンションから血相を変えた若いお母さんが自転車で飛び出してきました。
私は「お母さん?」
と若いお母さんと少年に向かって言いました。
若いお母さんは「はい、お母さんです。」
少年は「送ってもらった〜♪」と嬉しそうにお母さんに向かって言っていました。

若いお母さんは、なぜ知らないおばさんの車に息子が乗っているのか、頭の中が混乱状態になっているのがわかりました。

私は、若いお母さんに少年がどこで、どういういきさつで迷子になったのかを伝えました。
それから、少年がどれほど心細かったのかも・・・・・。

若いお母さんは「▲□君は?」「あなたが、キチンとお礼を言いなさいよ。」と私と車を挟んだ少年に向かって言っていました。
少年は「ありがとうございます」と、どこに向かって言っているのかわからない方向に声を出していました。
「では、気をつけてね。」と私は一言言って、車をバックをして方向転換をしました。
車のウインカーを上げて、二人を捜すと、私の車に背を向けてなにやら話をしていました。

若いお母さんにとって、息子の迷子は心配でたまらなかったでしょう。
「今帰るか」「もう帰るか」「今どこにいるのかしら?」・・・・心配で心配でたまらなかったと思います。
日がだんだんと落ちてきて、いたたまれなくて外に出てきたのでしょう。
若い母の気持ちは痛いほど、わかります。
わが子どもたちも同じような経験をしているからです。
でもね。
送った私の気持ちが晴れません。
何故でしょう?

娘に、その日の出来事を話しました。
そして、娘に「いい〜、あなたが親になったら、自分の子どもがそんなことがあった場合、まずは自分の子ども所に行き、無事に帰ってきてくれたことを子どもを抱きしめて一言伝えてるんだよ。そして、送ってくれた人に対して親子でキチンと頭を下げてお礼を言って、その人の車が出て行くまで、二人でお見送りしなさいよ。」
娘は「見送った後『あんたね!!』と怒っていいの?」
母「ははは・・・いいよ。(笑い)」

そうです。
私の気持ちが晴れなかったのは、相手の気持ちが私に伝わってこなかったのです。
心配は心配。
感謝は感謝。
躾けは躾け。
若いお母さんにキチンと気持ちを切り替える余裕が欲しかったのでした。

追記
会長曰く、
防犯の腕章は、迷子のお子さんの救世主になったようです。




気がついたら言う
[2007年10月12日(金) ]

腰を痛める前の話です。
息子の中学では、校内バレー大会というPTA行事があります。

学年から選手を応募して、学年対抗戦をします。
お世話役は、学年委員が行うことになっています。
小学校の時は、生徒も委員以外のお母さん達もみんなで校内バレーを盛り上げていましたが、
中学にはいると、働きに出る母達が多く、生徒達も部活・テスト勉強なので忙しくなり、
応援は委員さん達だけというのがほとんどです。

昨年、学年委員長を務めさせた頂いた私は、応援大好き人間なので、大きな声を体育館に張り上げていました。
バレー大会が終わった後でも、他の学年の選手のお母さんから「一年生の応援がすごく楽しそうで、羨ましかったわ〜」と言う声を聞き、忙しい中で応援に時間を割いてくれた他の委員さんの母達に感謝に気持ちがわいてきました。
でも、今年の応援団は、委員長をはじめほとんどの人が欠席と聞き、私は思わず応援団長をかって出てしまいました。
体育館に入ると学年委員さんが二人、寂しそうにパイプ椅子に座っていました。
昨年、使った応援グッツがありましたが、何かが足りません。
私は、急いで事務室に行き、画用紙とマジックインクを借りてきました。
体育館に戻り、2年生に関係のある母達を応援席に誘導、ついで対戦していない学年の母達も
2年生の応援席に誘導しました。学年の先生達も集まり、15人ほどの応援者が集まりました。
画用紙には「2年チャチャチャ」「かんばれ」「いいぞ」「どんまい」と書きました。
ワン・プレーの度に、適時適所にカードを出し、みんなで声を合わせて応援をするためです。
応援は一丸となり、タイムの時は選手に風を送り、一緒に円陣を組み、試合を盛り上げました。
ですが、2年生の母達は、他の学年のように元実業団経験者とかママさんバレーの経験が少ないチームでしたので、実力の差がハッキリと出てきました。
猛烈なアタックで力およばなかったとか、テクニックで取れなかったというのは、応援をしていても「ドンマイ」という言葉をかけるしかないのですが、凡ミスが続くと「声を掛け合って!!」と指示まで出したくなってしまいました。

「声を出して!!」
チームプレーの初歩的なことです。
私の子どもたちは、娘がサッカー、息子が野球をしているので、
「声を出す」という大切さを実感してきました。

2試合目の3セット目、先にリードをした後に、立て続けにお見合いをしてミスプレーが続きました。
隣に座っていた理科の女の先生が「声を出して!!」と言ったので、私も「声を出し合って〜〜〜私は出来なけれど
と大きな声を出しながら、理科の先生に向かって「私は出来けれど」と白状しました。
それを聞いた先生は、自信たっぷりに「自分は出来なくても言う!! 気がついたら言う!!」とおっしゃいました。

とかく難しい中学生の指導を聞いているようでした。
そして「自分は出来なくても言ってもいいんだ。」と思いました。
考えれば、体力的にも吸収力的にも、私はすっかり衰えています。
昔は当たり前に出来たことでも、今は出来ないことや苦労していることの方が多いのは確かです。
でも、出来なくてもその先に何が待ちかまえているのかは、年を取るにつれてわかってきます。
だから、「自分は出来なくても言う、気がついたら言う」ことが大切なのかもしれないと思いました。
そして、私たち大人も先人の声を素直に聞く耳を持たなくてはいけないのかもしれません。
体育館の騒がしい中で、いい話を聞きました。

追記
バレーボールは、わが学年のは2試合とも敗戦をしてしまいました。
ただ、上手な人たちだけが活躍をするのではなく、チーム一丸となって、試合をしていたのが印象的でした。
応援もとても楽しかったです。一年生の母達に応援の仕方を伝授して差し上げました。(笑い)
布団の中で想う・・・・人という漢字の意味
[2007年10月10日(水) ]

ぎっくり腰で、病人ライフを過ごしていました。
今は、少しづつ痛い体を動かしながら普段の生活に戻しています。(現在進行形)

大きな病気や足腰が立たない怪我をした人は、経験がお分かりかと思いますが、
自分の意志で自分の体を思い通りに動かせないもどかしさは、本当に情けなくなります。
『私が何をしたというのよ』『私、何か悪いことをした?』『どうにでもなっちゃぇ〜こんな体!!』・・・・
頭に浮かぶ言葉は、自分を否定する言葉ばかりです。

立ち上がるにも、勇気を持たないと立てません。
きっと、大きな病気をしてリハビリを行っている人たちと同じ思いです。
痛いのが怖くて、一歩が出ないのです。
立つという動作が、こんなにも『勇気』がいるということは健康な人にはわからない事でしょう。
いっそう、寝込んだままの方がどんなに楽かと思うような日々を送ってきました。

でも不思議と、人は健康に近づくと『何かをしたくなる』動物なんです。
お布団の周りの汚れが気になる。
冷蔵庫の中身が気になる。
仕事のことが気になる。
家族のことが気になる。
PCメールが気になる・・・・・・。

痛いながら、工夫しながら行動を始めたくなります。
でも、一人ではどうにもならないことが山のようにあります。
そこで改めて、人は一人では生活が出来ない動物だと思い知りました。
人という漢字は、「支え合っている」という成り立ちがあるそうです。

今回は、家族を含め、多くの人たちに支えていただきました。
携帯電話をフル活動して、多くの人たちにお願いと要望を出させていただきました。
そのおかげで私は、ゆっくり療養が出来ました。

そして、多くの人たちから「お大事に」「早く治ってね」・・・とお声をかけていただきました。
毎日通っている接骨院の年配の患者さん達からも「少し良くなったね」と私に共感を寄せてくれます。
そんなちょっとした言葉掛けや助けを頂き、私の体はみるみる良くなってきました。

人は支え合って生きていく動物なんですね。
元気になった私は、今度は誰かを支えたいと思いました。

ありがとう。

みんなの優しさに感謝です。
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