旦那の趣味にサイクリングが加わり、時々旦那と同行しています。
週末の都内には、旦那が好きそうなコースがいっぱいあります。
サイクリング+美味しい物+探検好きの私には、自転車は移動手段としか考えていません。
ですから、旦那の自転車を漕ぐ楽しみを半減させているのですが、時々誘われます。
夏休み最後の週末、「あの鰻屋の店に行ってみない?」と旦那から誘われました。
あの鰻屋とは、「
大きな碑・小さな碑」の追記に登場した常連さんから聞いた
「旧東海道街の美味しいお店」で紹介されたお店の一つです。
あの日、店の前を通った時に、漂ってきた旨そうな匂いが忘れられなくて、すぐにOKを出しました。
鰻屋は間口が小さくて、知らないと通り過ぎて行きそうな店構えです。
中にはいると、4人掛けのテーブル席が二つ、上がりの席が三席、5人席のカウンターがありました。
お店の中は、すでに4席が埋まり、地元の人たちが楽しそうに鰻や天ぷらを食べていました。
私たちは、入り口に一番近いテーブルに腰をかけ、下町の常連さん達のお墨付きの「松の鰻重」を奮発しました。
旦那は、タレが気に入ったようです。鰻?もちろん美味でした。
さて、今日のサイクリングコースは、大人の街コースでした。
競馬場(この日は開催されていませんでした)・競艇場・そして大きなパチンコ屋の数々。
親子連れが会場に入っていく姿を見かけました。
そんな光景を見ると、私は得も言えぬ寂しさを感じます。
私の父は、競馬が大好きです。
北海道は、ばんば競馬というのがあります。
道産子馬に大きな重い荷物を引かせる競技です。(これが、見ていると力強くてスゴイですよ)
ですから、北海道では地方競馬・中央競馬とばんば競馬と一年中競馬を楽しんでいます。
若い頃の父は、無趣味だったそうです。
そんな無趣味な父に競馬を教えたのは、母の父でした。
その時に、大損をしていれば、私の人生は変わっていたのかもしれません。
父は、初めての競馬で家を一軒建てられるほどの大穴を当ててしまったのです。
自営業をしていた父は、それ以来競馬に夢中になったそうです。
年老いた父は、未だに競馬を楽しんでします。
(若い頃の母は、その競馬で何度も泣いているのです。)
そんな母の苦労を知らないで育った私です。
昔の話です。
父は「岩見沢に遊びに行こう!!」と家族でドライブに行きました。
父の目的は、競馬場です。
私と弟は何レースか参加をしました(馬券は父が買う)。
馬券を手に持つと応援にも力が入ります。
ゲートが開いて、ゴールまでの緊張感は、子どもながら覚えています。
子どもの感は、もちろん外れます。
外れるととてもガッカリします。
昔は、外れ馬券をその場で散らすのが恒例でした。
ですから、ゴールが決まった瞬間に外れた馬券が宙に舞うのです。
その光景を上から見ると、花吹雪のようで、とてもキレイに見えました。
馬券を握り、ゲートが開いた瞬間から息をのむ緊張感、その緊張感が打ち砕かれた瞬間、馬券が宙を舞う。
馬券を握り、ゲートが開いた瞬間から息をのむ緊張感、その緊張感が打ち砕かれた瞬間、馬券が宙を舞う。
馬券を握り、ゲートが開いた瞬間から息をのむ緊張感、その緊張感が打ち砕かれた瞬間、馬券が宙を舞う。
馬券を握り、ゲートが開いた瞬間から息をのむ緊張感、その緊張感が打ち砕かれた瞬間、馬券が宙を舞う。
私は何度も、その光景を見ていました。
その光景の中で、小さな子どもの姿が目に入りました。
宙に浮いている馬券を捕まえる多くの子どもたちがいるのです。
小さい子どもたちが・・・・下に落ちた馬券を拾っては、上に舞い上げたり、
宙に舞う外れ馬券をダイビングキャッチをして喜んでいるのです。
それを見ていた子どもだった私は、とても悲しくなりました。
その後、競馬場には子どもたちが遊べる遊具を揃えてたと聞きました。
それを知った20代の頃、「そんなことではないんだ。」と強く思ったことがあります。
昔も今も変わらない娯楽施設。
小さい子どもたちは、あの場所で競馬を知ります。
会場内のトイレや売店の位置、出入り口、良く当たる予想屋、馬券を買う場所、馬券の買い方、
馬券の・・・・・・・。
馬券を拾っていた子どもたちは、大人になっているでしょう。
どうしているのかな?
競馬を趣味にしているかしら?
自分の子どもと一緒に競馬場に通っているのかな?
願わくは、ギャンブルは、自分のお小遣いの中で運用して、楽しんで欲しいなぁ〜。