かぁちゃん、ただ今 育自中

子供を育てているつもりだが、実は親が育てられているのかもしれない。
「育児は育自」 私は、今も育っています。

     
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Z会教室(中学生コース)
[2007年07月30日(月) ]

姉が中3の時に通っていた冬期講習会場のビルに憧れて、
息子はZ会教室に興味を持ちました。

息子が小5の時に、姉の高校受験の様子をみて「姉のようになりたくない、だが、姉より理解力がない自分は・・・」と考えて、早くから本科に通いたいと思っていました。
だが、中1の時は、部活を中心に学校生活を考えていたので、悩んだあげく中学準備講座から季節講習会を受講をすることにしました。
中学準備講座は、難なくクリアをしたものの、春期講習は中学の予習が入ります。
算数から数学に戸惑う息子は、??????が一杯でした。
高校生の姉に「分からないことをあったら、聞きにおいで」と珍しく優しい言葉に甘えて聞きに行くと
「こんなの、分からないの?バカジャン」と言われ、大泣きしていましたっけ。
息子の詰まったところは、「負と正」です。
悔し涙を流しながら予習をしていた息子も、講師の優しい指導で何とか理解ができ、それが自信となり、今は数学が大好きになりました。

中1の3月に、離断性骨軟骨炎で肘を手術をして部活を休部をするのを機に、息子は本科生になりました。
毎週3日、電車で通学をしています。
本科には、息子の友人も知り合いも誰もいません。
でも、あの緊張感と集中して勉強が出来る環境が息子は好きなようです。

年に何度か保護者会があり、私は毎回参加をしています。
一番最初の中学準備講座の保護者会で、息子には集中力がないと指摘されました。(正直ショックでした。)
一見、真剣に前を向いているかと思ったら、途中、気持ちが宙に浮いていると言うのです。
そのために、大事なところを見過ごし、授業が終わる頃には「わからない〜?!」となるのです。
そんな指摘を各教科の先生達と個別に相談の時に、息子に何が足りないのか?
どうしたら、改善できるのか?と相談に乗っていただきました。
ですから、毎回保護者会には、テストの結果ではなく「息子の集中力はいかがですか?」という話題を持ちかけます。
本科生となり、最近やっと集中力以外の話が出来るようになりました。
授業以外にも、息子を見てくださり、本科の先生には感謝をしています。

息子の肘の術後も順調で、夏休み後は部活に復帰できそうな兆しです。
さぁ〜、息子よ。
本科を続けながら部活に戻るか、部活をきっぱり辞めるのか、
息子にとっては大きな夏休みの宿題になりそうです。
木を見て森を見ず
[2007年07月27日(金) ]

Z会から中2の息子宛にFAXが届きました。
ダダダ・・・・・・ダダダと上がってきた文字に「木を見て森を見ず」という言葉が見えました。
Z会FAXアドバイス2年生には、このように書かれていました。

「木を見て森を見ず」ということわざがあります。細かいところに気をとられ、全体が見えていないことですが、勉強でもこうなるとまずいです。・・・・後は、勉強のアドバイスが書かれていますので、この辺まで。

さて、この言葉をみて、頭に浮かぶのが、わが娘のことです。
例えば、食事中にお味噌汁の汁が、ちびっとこぼれたり、お総菜の汁が垂れたりすると、
気になって仕方がない様子、彼女はすぐにフキンを欲しがり、汚点を拭きたがる人です。
その結果どうなるかというと、毎回大きな事態になるのです。
で、私は毎回娘に言っています。
「食べ終わるまで、気にしなくてもいいんだよ。食べ終わってからゆっくり拭いた方が良い。」と。

でも、このように細かいところを気にするように躾けたのは、私なんです。
娘は、おばあちゃんにとっては初孫で、目の中に入れるんじゃないかというほどに、可愛がっていただいています。(現在進行形)
懐かしい話ですが、今は故人の曾ばあちゃん(母の実母)と二人で、よく娘の面倒を見てくれました。
食事の時は、娘の両脇に母と曾ばぁちゃんが座っていました。
目尻を下げた二人は争うように、娘がテーブルを汚せば拭き、口の周りに何かがつけば拭きと、
それは急がしそうにしていました。
私は、この行為を好きではなかったのですが、許していたのです。

娘の食事に手助けも必要がなくなった頃、食べ物を一口入れてはお口の周りを拭いている娘を見て、
「これじゃいかん!!」と私は強く思いました。
下の息子が産まれて、子供をワイルドに育てたいと母達の拭き拭き躾を阻止することができましたが、
娘の小さな汚点を気にしなくなるには、まだまだ時間がかかりそうです。

そんな私なのに、実はこんな事がありました。
・・・・・車の中の蚊が入ってきたのです。

私と一緒に同乗した一匹のヒトスジシマ蚊。
車の運転も大きな道に出て、車の流れに沿って走り始めた時に
私の目の前をヒトスジシマ蚊の不気味な動きが目にとまりました。
「あ!!蚊だ。」
私の目の焦点は、運転方向の前方と不気味な蚊の動きに忙しく動きます。
蚊が私のエリア内に入ってきたら、ところかまわず、バチバチ叩くのですが、なかなかヒットしない。
そして、私はまた運転方向を向く・・・その繰り返し。
信号が赤になり、余裕を持って見回すと、蚊の姿は見えない。
車が動き出すと私をあざ笑うように、蚊は私の目の前を通過していくのです。

これではいけない。
交通事故経験者の私は、蚊を気にして事故を起こすわけにもいかないと気がつき、運転に集中をしました。
次の信号待ちで、蚊を射止めたのですが、すでに血を吸われた後でした。

どこかの禅寺で、座禅を組んでいる時に蚊取り線香を焚かないところがあると聞いたことがありました。
蚊をも気にならないほどの集中力・・・・・私は修行も出来ませんわ。
せめて、木を見ながら森も見える視野が欲しいと・・・・。

追記

夜、ブ〜ンと耳元に近寄る蚊は、アカイエ蚊という種類だそうです。
蚊は、何種類もいて行動する時間と場所が違うそうです。
言葉の魔力
[2007年07月25日(水) ]

先の思春期セミナー講演会の話の続きです。
先生は、親の口癖のことを話して下さいました。

口癖・・・・私に口癖はあるでしょうか、息子に聞いてみました。
「あまり、ないんじゃない?あ!!あった。俺の部屋の来たら『もし、地震が来たらどうするの!!』」といつも言っているよ。
息子の部屋は、常にドアをオープンにしています。帰宅をすると、まずは部屋の入り口辺りに、荷物を散乱させます。どうしてここにこれを置くの?という品物を平気で置いています。
急いでいるときは、壊れそうな物を踏んでしまいそうになるか、つい口から出てしまうのです。

そんな口癖ではなく、つい言ってしまう一言。
「バカだね〜」「とんま」「ぐず」「何やってダメね〜」「遅い」「早くしなさい」・・・・・だめ出しの一言です。

私たち日本人は肯定的な事を言うのは下手な人種だそうです。
それは、気恥ずかしい、謙虚、言い慣れない・・・と理由は数々ありますが、上手に肯定が出来ません。
子育てにも、そんな傾向があり、親は理想としている子供像を頭に描き、
まだ親の理想に近づいていない部分を子供に指摘している傾向が多いと聞きました。
例えば、100点満点のテストに95点を取ったら、「あと5点取れると良いね」と、つい口に出てしまいます。
日常生活に簡単な動作に事を失敗したら「バカじゃないの」「お兄ちゃんになれないよ」とつい考えなしで言ったり・・・・・・・

日本人は、一生の間に否定的な言葉を平均何万回言われているそうです。

その言葉を受けた人は、どんな感情が育つのでしょう。
「私は、95点しか取れない、ダメの人間なんだ。」
「こんな事も出来ない私はダメな人間だぁ〜」と自分をダメな人間、能力のない人間、
価値観のない人間と追い込んでいくのだそうです。

言葉の魔力はスゴイです。
親の口癖が・・・・・・・・・言ったことは現実になるそうです。
これから、口癖を考え直したいと思いました。

追記

そうそう、ほめ方にもポイントがあるそうです。
先月、お話を聞いた星一郎先生が言っていました。
気になる方は、先生の本を読んでください。

ダブルメッセージ
[2007年07月23日(月) ]

頭の痛い話を聞いてきました。
先日、思春期セミナーに参加をしました。

臨床心理士の松本清子氏の話は、母親にとって優しく、ときに厳しい話をしてくださいました。
そして、お話一つ一つに頷き、反省したり、涙したり・・・・

子供がいっぱい問題を持ってくる、その問題に立ち向かうことで、母親自身が育つという考えは、
自分を肯定をしてもらえているようで、とても嬉しかったです。

さて、先生のお話の中で、頭が痛かった話とは、
ダブルメッセージ(二重拘束)のことです。
「お母さん〜、これやっても良い?!」と子供が聞いてきた時、
「いいわよ〜」と言いながら、『目では止めろ』といってないだろうか。
わりと自覚していない親が多いと聞きました。

母親が、表と裏の感情を持っているのが、子供には、わかってしまうそうです。
子どもは、母親が大好きです。
それは家庭の中で安全に過ごせるために、知らずに身につけてきたものだそうです。
だから、子供は母親の非言語的コミュニケーションを察する力があるのだそうです。

ダブルメッセージ(二重拘束)を受け取った子供はどんな反応を示すのでしょう。
まずは、受け取った子供は、どうしてよいのかわからなくなるそうです。


何日かの晩、息子が「お母さん、いい?」と聞いてきました。
忙しく動いている私は、息子の顔を見ず二つ返事をしました。
「どうしたの?何、怒っているの?」と息子は聞いてきました。
「何も怒っていないよ。良いって言ったでしょう」と私。
「いや、怒っている。俺って、そんなところを感じ取れるんだ」と言う息子に少しイラッとしました。
「全然、怒っていないのに、そう見える?」と私の方が挑戦的になりました。

その時の私は疲れていて、心に少しの余裕もありませんでした。
今思えば、まずは、息子が私に心配をしてくれたことに感謝しなくてはいけなかったこと。
例え、表面では怒っていなくても、心の奥底に貯まっていた感情が出ていたことを見つけてくれた息子に、大人の対応をしなくてはいけなかったと反省をしました。

あ〜〜子育てって、教えられることがいっぱいだぁ〜。

追記

思春期の子供が、親の言いつけにすぐに「はい」と行動が出来る子供とは、
子供があきらめている。
子供がガマンをしている。
子供が育っていない。
子供が親を怖がっている。

反抗期のわが子よ。
いっぱい親に(大人に)反抗をしなさい!!・・・・って、
思春期の子を持つ親は複雑だ。
和竿
[2007年07月20日(金) ]

母親学級の企画委員になると、講師の先生とその日の打ち合わせをしながら、個人的な話が出来ることも楽しみの一つです。

我が家は、反抗期の中学生と高校生がいると先生にお話をしました。
講師の先生は、「思春期の子ども達に何を言っても素通りだから、それより夫婦で出かけた方が良いよ」とアドバイスを頂きました。
夫婦で一泊旅行に行ったり、美味しいレストランで食事に行ったり・・・・と夫婦で楽しくでかけなさい、と言うことです。
子ども達から「ずるい」と言われたら、「早く大人になりなさい」と言えば良いのだそうです。
それに・・・・身近な夫婦をみて、子ども達たちは伴侶選びの参考にしている、と言われました。

と言うことで、私は日帰り温泉を計画。
年に2回ほど家族で行っている山梨県のスパに夫婦で行きました。
子ども達は、ここ何年か前から親子で行動をすることが大変嫌がっていました。
この日も子ども達にお誘いをしましたが、「お昼は何とかするから、二人でどうぞ!!」と気持ちよく外出させていただきました。

道なりにある蜂蜜のお店とキムチのお店に立ち寄り、いつものドライブコースを楽しみます。
かねたから、気になっていた施設が一つあります。
今回は、時間もたっぷりあるし、夫婦二人なので立ち寄ることにしました。
気になる施設というのは山の中にある小さいな看板の「和竿美術館」です。


川に降りるように細い道を下りるとその小さな美術館がありました。
入り口に鐘が置いてあり、「ご用の方は鳴らしてください。」と書いてあり、
早速「チリリ〜ン」と鳴らすと、館長兼和竿師の秋水先生がいらっしゃいました。
秋水先生自ら美術館に案内していただきました。
展示の竿一つ一つ丁寧に説明をしていただき、
数回しか釣りをしたことがない私には、驚くことばかりでした。

和竿とは、竹と漆で作った竿のことです。
竿師の細かい作業と粋な世界を形にするその技術力・・・・そして、その使いやすさ。
それが、100年も前から続いているのです。一見の価値があると思います。
そうそう、NHKの「美の壷」にもご出演されたそうです。

鑑賞後、下の喫茶店でお茶を頂きました。
梅雨の晴れ間で、外の空気が気持ちよく、私たちは外のテーブルで頂くことにしました。
先生のお弟子さんもいらして、しばし和竿の魅力をたっぷりお聞かせいただきました。
何という世界なんでしょう。
だいの大人が一つのことに夢中になれる・・・・スゴイ世界を見せていただきました。

秋水先生のお人柄にも惚れ、先生の釣られた丸いかの美味しさにも堪能し、
次回は、カワハギの季節に伺うことを約束をしてきました。

追記

勿論、お気に入りのスパに行き、今はやりのデトックスに効く岩盤浴も体験をして、
身も心も癒された一日を送りました。
夫婦で外出・・・癖になりそうです。

失敗をしないのが、一番の大失敗
[2007年07月18日(水) ]

先月、市の子育て講習会の星一郎氏の話を3回に分けて聞いてきました。
(星一郎氏のHPがないため、財団法人ソニー教育財団の講演からリンクさせていただきました)

日本における「アドラー心理学」の第一人者の氏の話は、子育てに悩んでいる母親達に自信を持たせてくれました。
先生は、色々な本を出版をしていますので、興味のある方は、そちらから情報をもらうと間違いがないと思います。・・・いい話ですよ

さて、講習会の終わりの質疑応答の時、先生は「失敗をしないことが、一番の大失敗だよ」とおっしゃいました。
私たちの可愛い子ども達に失敗をさせないように、先回りでやってきたことは、子ども達の経験にならないということだと、私は受け取りました。

先月、高校3年の娘の年に一度の学年懇談会に参加をしました。
学年全体会が終わった後、各教室に戻り、担任と保護者22人とお話をしました。
担任からクラスの様子、受験に対する話を一通り終えた後、「何か、質問はありませんか?」とおっしゃったので、
この時期になっても、三者面談がなく、少し不安になった私は、わが娘の話をしました。
「大学に入りたいと言いながら、受験対策を何もしていない。目標の大学も親から見たら「それで良いのか!!」と思うような学部です。それでいいのか心配です。他のお母さん達は、どのように自分のお子さんを見ていらっしゃいますか?」とお尋ねをしました。

娘の高校は、県立高校ですが、部活・行事がとても盛んな学校です。
そのためか、どのクラスにも兄弟姉妹・両親が卒業生・在校生がとても多いのです。
一人のお母さんが、自分の上のお子さんの失敗談を話しをしてくださいました。
それを機に、先輩母達が次々に自分の想いと展望、そして現実を教えてくださいました。

ここの高校の良いところは、部活や行事を通して『子ども達は生活力を養っている』というのです。
何事に対しても、高校生らしく一生懸命にぶつかれる環境は、今の社会にはそう多くはない。
この学校は、それが可能だというのです。
学業は、その後でもついて行ける。
学業を最優先で高校生活を過ごし、有名大学に入ることをゴールにしている大学生がいるが、ここの生徒は、部活・行事で使ったエネルギーが学業にシフト出来るため、
大学に入って勉強をする子が多いというのだ。


今 、娘は体育祭の準備で時間を使い果たしています。
そこで、人との関わりの難しさ、目標を達成するための技術・作業等をリーダーとして苦しんでいます。

安全で先の見える道を選んで欲しいと願っていたが、星一郎氏のお言葉と先輩母達の言葉を聞いて、肝が座りました。

子育ては「失敗をしないことが、一番の大失敗」

心おきなく、やらせてあげましょう。
・・・・・そう言いながら、まだ腰が宙に浮いている私です。

思春期の視線
[2007年07月16日(月) ]

私は、どこから見ても中年のおばさん。
自分の子供を産み育てるうちに、いつ知らず世間の視線に対して強くなってきました。
子供が悪いことをしたら、人の通りの邪魔にならない所に行き、注意をします。
子供にとって良い経験になると思えば、親の恥になることも、「親公認です。」と世間の盾になっています。
その世間の視線は、「私もやったわ〜」と懐かしい視線であったり、
「どうして、止めさせないんだ」と批難する視線もありました。

子供が大きくなると、私一人で行動すること多くなりました。
時々、歩道ですれ違う若い男性から、チラッと視線を感じます。
そんな時は『何かついているのかしら?いけねぇ〜ニンジンジュースが口の周りについている』とか
『シャツ、裏返しかしら?』なんて、チャックしています。

先日、私の前にズボンを腰ではき、今時のファッションの3人の若者が歩いていました。
3人は、楽しそうにバイクや音楽の話をしながら歩いていました。
その笑い声が、ピタッと止まった瞬間がありました。
私は後ろで不思議に思って、若者達をみたら
若者達が好みそうなファンションの女の子が二人、こちらに向かって歩いてきました。
女の子達もおしゃべりをしていたのに、ちょっとした間でチラッと男の子3人達を見ていました。
チラッ・・・・・チラッ、チラッ・・・・・チラッ、チラッ、チラッ、時間でいえば2秒もないでしょう。

ものすごく、懐かしい感触でした。

そういえば、
少年のような娘と二人で歩いているときも、すれ違う若い男性は私ではなく娘を見ます。
娘もそんな視線を感じるのか、少し恥ずかしそうに視線をはずします。
そんな感触、今の私には何にも無くなっていました。
見つめられたら、優しく見つめ返してあげる私です。

素敵な人を見かけた時のチラッと送る視線・・・・
忘れかけていました。
思春期の視線・・・・・私の子ども達は、どこに送っているのかしら?
気になるけど、そっとしておきましょう。

野良猫大将
[2007年07月13日(金) ]

我が家の近くに野良猫が何匹がいます。
そのうちの一匹に気になる猫がいます。
白と茶のぶち猫は、見るからにアウトローなタイプ。
見かける度に、顔や体に傷があり、歩く姿も我が道を行くという歩き方。
人間に媚びもせず、恋の季節には人目も気にせず、もうアタックを仕掛けています。

以前、我が家の隣にいた秋田出身のおじさんの家には、猫が2匹、犬が3匹
鶏・うっこけい・・・と鳥が何匹もいました。
ちゃっかり猫の「チャコちゃん」は、毎朝ご挨拶に来ます。
我が家の縁側にちょこんと座り、あじの開きの頭でも頂きたくて粘っています。
どうも、そんなお宅が何軒もあるようで、自由に歩き回り、近所でも人気者でした。
みんなに触られ、ゴロニャ〜ンとしていました。

また、近所で飼っている三毛猫は、しっかり首輪をして、散歩にはリールをつけて
犬の散歩と同じように歩かせています。
気品高く歩いている姿は、ご主人様以外とは口も聞いてもらえないご様子。

猫にも猫生(人生にひっかけて)があるようです、どんな生き方が猫にふさわしいのでしょう。

私は、人相を見るのが好きです。
アウトローなぶち猫も、昔は可愛い子猫だったとおもいます。
あの愛くるしい子猫が、人を寄せ付けない猫相(人相)に、どうなったらなるのか大変興味があります。

人相は、表情筋から見る、その人の生き様と私は考えています。
人の顔のパーツに好き嫌いはあるでしょう。
だが、どんな男顔の女性でも、その感情豊かな表情で愛くるしく見える人がいます。
線の細いか弱そうな男性が、一つ大きな壁を乗り越えた時の表情は、凛々しく頼もしく見えます。
最近は、美容整形に違和感がなくなってきて、プチ整形が一般的になりつつあります。
自分の体にメスを入れて、過去の自分にさよならをする一つの選択としては、いいかもしれません。
だが、以前と何も変わらない生活を送っていたならば、
きっと野良猫の大将と同じ表情にもどると私はみています。

私は、20代に実の母に言われたことがありました。
それは「自分の顔は自分で作るんだよ。」です。
目を大きくしたいなら、世間をよく見なさい。
鼻を高くしたいなら、大人の考えを持ちなさい。
優しい顔にしたいなら、目で笑いなさいと・・・・
もう少し、優しい顔になりたいなぁ〜。ニコニコ

追記

いつも思うんだけど、どうして犬って、飼い主に似てくるんだろう。
我が家に犬が飼えない。どんな犬になるか心配で、・・・
痛み
[2007年07月11日(水) ]

指が痛い、お腹が痛い、頭が痛い、足が痛い、胸が痛い、心が痛い・・・・
普段の生活で、ちょっとした怪我や事故、病気で痛みを経験をした人が大勢いると思います。
私もよく怪我をします。
夜な夜な旦那が包丁研ぎをした次の日の朝は、野菜と一緒に刃がすーっと私の指や爪には入ります。
サァ〜と一本の筋から血が流れて、後から痛みを感じます。
傷は、歳とともに治りづらく、いつまでも痛みが消えません。
痛みなんか感じなきゃ〜いいのに、と思っていた時期がありました。

ある本を読んで、痛みを持たない人がいる事を知りました。
痛みをもたない・・・なんていいのでしょう。
生理痛も頭痛も腹痛も腰痛も感じないなんて、なんて幸せなのかと想像をしていたら、
全く違っていました。

痛みは、自分の体の防衛になっているのです。
痛みを感じない人は、ところかまわず、ぶつかり骨折をする。
物を食べて、加減がわかないから、思いっきり舌を咬む。
痛みを感じない人達にとって、日常生活は危険なことだらけになるのです。

そういえば、小さい時から痛みを知ることで、その痛みを体が理解をして、引っ込めることを覚えてきました。

「痛みの心理学」 丸田俊彦著 中央公論社の本の中で、

痛み行動は、
反射的(やけどをしたり、素足でガラスを踏んだとき、体を引っ込める)
半分反射的(泣く、叫ぶ、体をねじる、傷口を押さえる、顔をしかめる、体位をかえる、特殊な姿勢をとる)
随意的(薬を飲む、状況を説明をする、助けを求める、医者に行く、仕事を休む、痛みについて話をしたりほのめかす、労災保険を請求する、あるいは裁判に訴える)

と痛み行動は多種多様あるそうです。

反応としては、
言葉による反応、体で示す反応、生理的反応、情緒的反応があるそうです。
こうした痛みに対する反応が、相手への痛み感覚の伝達を果たしています。
もし、こうした反応を全然示さない人がいたとすれば、その人の痛み知覚は、永久に相手には伝わりません。


痛みは、生きていく上で必要なのです。
今の自分を知るために、負となるものも大事なのです。
そして、「痛かったでしょう。」と受け止める人が必要なのです。

怪我をした指を見て、ただ今 痛みと向き合っています。




保育をして
[2007年07月09日(月) ]

先日、とある料理教室の保育を頼まれて、自宅にある乳幼児向けの絵本を持参して、会場に行きました。
お相手の子は、一歳2ヶ月の男の子でベビーカーの中でスヤスヤと気持ちよくおねんねをしていました。
しばらく、そっとしておき、その間に私も料理教室にちょっと参加をしました。

しばらくすると目が覚め、初めて見るお部屋で男の子は驚いている様子。
坊やの泣き声でお母さんがすぐに来てくださり、泣きやむまで、しばらくはお母さんの胸の中。

お母さんと私は、大の仲良しで昔からのお友達よ、と子供に知らせるために若いママさんと
仲良く談笑をしました。
子供が少し落ち着いたら、床に座り、お気に入りのオモチャを出してもらいました。
バックから、大好きなボールと、ふわふわした新幹線のぬいぐるみが出てきました。
私は、子供と一緒に同じ動作をして遊びます。
ボールを投げ合いながら、子供は私の事を探っているのがわかります。

0歳児からも楽しめる絵本を飽きるまで繰り返し読み、ボールを投げて一緒にハイハイをして追いかけっこ。
途中面白いドアがあったので、心ゆくまで長い時間ユラユラと揺すって遊びました。
壁に可愛い豚さんの絵のカレンダーを見つけ、なにやら指を指しながらお話をしています。

心の底から「かわいい〜」と思いました。
料理教室に参加していた年配者から「お子さんをあやすのがお上手ね〜」とお褒めのお言葉が頂きました。
「今の私なら、良い子に育てられるかもね〜」と冗談混じりで答えました。

本当に、今の私の知識と経験があれば、わが子をもっと上手に育てられたに違いない。
だが、苦々しいあの数々の事があったから、今の私が居るのです。
決して無駄な時間じゃなかったはずです。
目の前の可愛い子供とこうやって、一緒に居ることが楽しい。
そう思えることが幸せに導くような気がします。

追記

途中、若いママさんが「こっちに来る?」と子供に手を差し出しました。
ママの可愛い嫉妬です。
坊やは、いやいやして、私の腕の中にいます。
「ママは、もう少しゆっくりお料理のお勉強をして来てね〜」とママさんを送りだしました。
ママの可愛い嫉妬の顔は、昔の私と同じでした。

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