かぁちゃん、ただ今 育自中

子供を育てているつもりだが、実は親が育てられているのかもしれない。
「育児は育自」 私は、今も育っています。

     
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戦争に対する見方
[2007年05月30日(水) ]

コミュニティセンターで知り合いの年配者に会いました。
彼女は、私をみて「祭っ子ちゃん、若いあなたに見て欲しいわ〜」と憲法9条に関する映画上映のパンフを渡されました。

私自身、戦争の経験はありません。
身近に戦地に行った人も居ないので、戦争の数々の悲惨さは映画・テレビ番組・近所のおばさんの話を聞いて理解しているつもりです。
女性からみた戦争は、人対人の戦いで犠牲になった人達の悲しみです。
最近は、それを美学のように表現されているのが気になります。
私も戦争には反対です。
それは、数々の戦後をみれば、反省が出来ると思います。
だが、戦争を違う角度で見ている人達が居ました。

我が町には、米軍基地があります。
近所のおじさんと市制の話から始まり、「日本を守る」という意味の話になりました。
これは、男性の考え方です。
自分の子どもが戦地に行って、変わり果てた姿になったという話ではなく、
日本という国を守るために戦いも辞さないという考え方です。

国を動かす人達は、国を守りたがるでしょう。
そこには、命をもつ人の犠牲は想像できません。
経済の発展を第一に考えているのでしょう。

家族を守るためには、どうしたらいいのでしょう。
母親として、妻として、一社会として、じっくり考えたいと思いました。

トイレのカレンダー
[2007年05月28日(月) ]

我が家のトイレには、個室ながら色々な物があります。
正面の壁には、スケジュール表代わりの月別カレンダー、
■い頭を●くする日めくりカレンダー、
NHKの英会話の日めくりカレンダー、
そして、相田みつをさんの日めくりカレンダーの4つがあります。

相田みつをさんのカレンダーは、31日分のありがたいお言葉をめくるカレンダーです。
ピリピリピリと破くタイプではないため、横着をして29日のままでいました。

ある朝、いつもブラックユーモアを得意としている旦那が「あのカレンダー、いいこと言うね〜」と言いながらトイレから出てきました。

旦那の言う事を正直に受け取れない私は、内心『冷蔵庫のこと?本棚のこと?洋服のこと?』といろいろ考え巡っていたら、「ありゃ〜、トイレにピッタリの言葉だよ。」と感心しきりです。
「そう、思わなかった?」と言われた後に、自分の考えを正直に答えると朝から小言を言われそうなので、
旦那の「そう、思うこと」を聞くことにしました。

いつまでも、変わらないカレンダーを毎日みながら、旦那なりに考えたようです。
幾日が経ち、出た結論が「トイレにふさわしい」となった訳です。

物の見方って不思議です。
同じ言葉をみて、感じ方がこんなにも違うんですもの。

あるワークショップで、面白い経験をしました。
本人だけが知るテーマ(楽しい・悲しい・寂しい・うれしい・こわい・・・)にそって、自分のエピソードを話します。
その話を聞いて、聞いている側が、話し手の感情は何か?を当てることをやりました。
30人で話を聞いたのですが、ピッタリの正解は少なかったです。
そして、聞いている側も、人によって受け取り方が違うことを知りました。
人の話は、自分の思いこみで聞いてはいけないということです。
それと同じように、同じカレンダーの言葉を見て、感じ方も違っていたのです。

相田みつをさんのその言葉は、

ふるいものを
出さなければ
あたらしい
ものは入ら
ない
みつを
ただ今 休部中
[2007年05月25日(金) ]

息子は野球肘になり、離断性骨軟骨炎と診断され、3月に手術をしました。
はがれた骨が、他に触り痛みが出ていたからです。
手術では、その剥がれた骨を除去して、右膝のお皿の内側にある軟骨4〜5ヵ所を肘に移植しました。
そのために、手術は全身麻酔で、約1時間半かかりました。

手術をしたらすぐに、痛みが消えると思っていた息子は、術後の痛みに耐えるのに大変でした。
右脚と右肘の自由がきかず、生活に支障がありましたが、少しづつ少しづつ使えるようになり、
自分の思うように体が動かせることに喜びを感じるほどでした。

今は、術後2ヶ月が過ぎ、普通の生活を送っています。
(肘の負荷をかける日常の動作と器械体操・投げる動作のスポーツは禁止です。)
移植した骨が成長をするのを、ただ待っている状態です。
その間、息子の弱い部分を鍛えるための筋トレメニューのチャックとリハビリ
(エックス線は一ヶ月置き)のために2週間置きに通院しています。
後は、ランニングをして足腰を強くすることを勧められています。

ボールを投げれるのに、4〜6ヶ月はかかるそうです。
その間、息子は部活を休部にしました。
お医者さんにも「一生の間の4ヶ月と考えると短いよ。焦らないで、しっかり治そう」と言われたからです。
息子も「部活のみんなと一緒に居ると、バットも振りたくなるし、ボールも投げられそうな気分になるから、休部したい。」と治療に専念することにしました。

その間、かねてから行きたかったZ会教室の本科に通うことにしました。
今は、筋トレと勉強、時々ランニング・・・おっと、忘れていたゲームに読書、
息子にとっては、充実した毎日を送っています。

追記

平日3日間、私は一人で夕飯を食べています。
子どもの孤食は、問題にされていますが、大人の孤食も寂しいものです。
若い人って、何歳?
[2007年05月23日(水) ]

春先のことです。
近所のおば様から「祭っ子ちゃん、これ食べて」と新聞紙にくるんで
摘みたてのセリを頂きました。
旬の物を口にすると体が目覚めます。
とても美味しく頂きました。

荷物を包むのに簡単な新聞紙。
地方から貰う荷物の中には、業界新聞だったり、地方紙だったり
実家からの荷物の隙間埋めに愛読していた新聞が丸め込まれています。
私は、その新聞を読むのが好きです。

セリがくるんであった新聞は、小学生新聞と同じサイズで中抜きの2枚でした。
よく読むとジャーナル、長寿会、文芸、我が家の秘伝・・・・と書かれてありました。
どこぞの宗教新聞かしら、それともおば様の趣味は随筆?と想像しながら、読んでいました。
2枚の新聞を読んで、何の新聞か判明しました。
老人クラブで出している新聞でした。

この中で、面白い記事を見つけました。
3人の対談になっていて、前半のお話はなかったのですが、後半部分に大変興味を持ちました。

会長職などは、男性が多い中で女性会長も頑張っている話の続きです。

女性会長が少ないのは、封建的な考えがあるのでしょう。男性の前には出てはいけないと言うような感覚がある。
これから団塊世代が出てくれば変わることを期待したい。
団塊世代は老人クラブを理解し地域に貢献してもらえるように話し掛けているが、ほとんど関心を示さない。
それでも、「何かあったら手伝い」と言ってくださるだけでも期待したい。

H氏「今の若い人は趣味と家庭が中心ですから、そのへんがわたしたちとの感覚のずれがあります。先日若い人と話しましたが、「老人クラブは興味はあるけれど入るのは難しいと思う」と言われました。


この3人の対談者の写真がないので、年齢層がわかりませんが、老人会加入ですので60才以上です。会長職されていると考えると、想像で70歳以上ということでしょうか、
この3人からみた「若い人」って、何歳のことでしょう。

私は、人間歳を取ると、立派な大人になれると信じていました。
だから、私より10歳上の方達が「今の若い人は〜」と注意をされても、素直に受け入れていました。
今、その年齢になって、昔と何も変わらない自分がいます。
先の対談の話を読んで、どの世代も抱えている問題は同じなのだと思いました。
地域・・・・・自分たちが住んでいる環境への無関心です。
60歳も若い人なんですね。

追記
社会への無関心を考えるたびに、いつも思い出す人がいます。
オウム真理教で被害にあわれた坂本弁護士一家の坂本夫人のお父さんの事です。

事件当初は、坂本さんのお母様がマスコミの前に立たれて、事件の悲惨さを訴えていました。
夫人の家族は、静かに見守っていました。
世の中が坂本弁護士一家殺害事件を忘れかけていた頃
私は、とある家の壁に日に焼けた事件のポスターを一枚見つけました。
「そういえば、そんな事件があったわ〜」といつもその家の前を通っていました。

事件の犯人が特定された頃です。
あの家は坂本夫人に関係のある家だと知りました。
そして、今まで沈黙をしていた坂本夫人のお父様が、夜のニュース番組に出演されていました。
お父さんの言葉が、今でも私の心の中に残っています。(一字一句は違います)
「娘達が亡くなったことは、心から悔やまれる。だが、松本(オウム真理教)を作ったのは、自分達なのだ。」と・・・・
私は、意味がわかりませんでした。信者達とお父さんには、何の接点もないからです。

若い人達を松本被告の元に走られたのは、そういう世の中にした社会人としての自分たちにも責任がある。
と言っていたのです。
どうすれば一人前の社会人として、自分も育ち、子どもも育ていけるのでしょう。
誰を模範にすればいいのでしょう。
じっくり考えましょう。
トップガンの世界へ
[2007年05月21日(月) ]

テレビで、戦闘機の魅力がいっぱいのDVDのCMが流れています。
格好いい〜〜、映画「トップガン」の音楽が聞こえてきそうです。

いえ、実際も格好いいです。
基地周辺の空路になっている所では、トランシーバー片手に、カメラを抱えたマニア達が大勢います。
パイロットの顔が見える距離で、戦闘機が自分に向かってくる迫力は、マニアでなくてもドキドキします。
我が家の上空も空路になっています。
ですから、NLP(艦載機の夜間離発着訓練)の時には、字幕が出ているテレビしか見られません。
旦那は小さいときから、聞いているので、「今のエンジン音じゃぁ〜、失敗だなぁ。」と判断しています。
戦闘機には勿論、常時爆弾を抱えています。
昼間の訓練は、3機から4機が連隊を組んで飛んできます。
基地上空になると、一機ずつ方向を変えるので、さながら航空ショーです。
夜になると、赤いランプで飛行機の位置が見え、急上昇した飛行機は海の方向へ飛び、内陸に旋回し、基地に向かい減速をして、陸にタッチして、また急上昇します。
トップガンの映画でもこんなシーンがありました。
超〜〜格好いいです。

戦闘機が飛ぶと、耳を塞ぎたくなるような爆音が鳴り響きます。
私が、この地に住むようになって、世界では戦争がありました。
心に残る戦争は、アフガン戦争とイラク戦争です。
この二つの戦争が始まる前は、昼夜と関係がなく訓練が行われていました。
ある朝、洗濯物を干していたら、きれいな青空が目に入り、空の広さと爆音が聞こえないことに気がつきました。
あの飛行機はどこへ行ったのかしら?
そうです。
戦地に向かっているのです。
私達は爆音だけ我慢をすればいいだけだが、戦地に行った戦闘機は、積んである爆弾を投下している事でしょう。
いつも同じように聞いている爆音には、体が震え上がる恐怖は感じません。
うるさいだけです。
だが、戦地で聞く戦闘機の爆音は、いつ落とされるのであろう恐怖が忍び寄ります。
私が今見ている青空と戦地の空はつながっているはずです。
その空の下にいる戦地の子ども達は、あの戦闘機の姿を見て逃げまどい恐怖に身を潜めている姿を想像したら、
涙がこぼれてきました。
その夜からしばらく、私達の町は静かな夜を過ごしました。

追記

今、また町中が爆音に包まれています。
テレビの人の声は聞こえず、口パクです。

人と意見交換は出来ません。会話が中断されるからです。
「来週の日曜日どこかに行こうか?」「わ〜わぁ〜」
「どこへ行きたい?何をする?」
「あそこが良い、ここが良い!!」
「じゃぁ〜、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」しばらく沈黙
「どこどこ?!」
「この辺が・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」としばらく沈黙
「え!!どこさ」
「だから!!ここが良いと思うんだけど、みんなはどう?!」と早口になる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
旦那「今日は、聞こえないから、また次にしよう」

・・・・・・・・・・・・・・・・は爆音が鳴り響いている時です。
我が家は、防音工事はしていません。クーラーが嫌いなので、窓を開けています。
静かな夜・・・・・・・来て欲しいなぁ〜。
でも、戦争はして欲しくないなぁ〜。
渋滞
[2007年05月16日(水) ]

私は、車の免許を持っています。
自動車学校では、マニュアル車しかありませんでした、そんな時代です。
ハンドルの左横に「ロウ・セコンド・トップ・バック・ニュートラル」があり、クラッチ板を踏みギア・チェンジをします。スピードに合わせて、ギアを変えていくのです。

雪道では、急ブレーキは危険なので、ポンピング・ブレーキやエンジンブレーキをかけます。
急カーブでのハンドルさばきは、アウトからインへ、またインからアウトへと持っていくと直線的になり、揺れが少なくなります。
ブレーキのタイミング、車間距離、割り込み・・・人それぞれのタイミングがあるので、車の運転は、性格がでます。
私は、上手な運転をする車の後ろに付くと、その運転を真似るのが好きです。
そうやって、運転技術を学んできました。

今は、オートマチック車になり、クラッチ板を踏むこともなく、ABSも搭載され、ハンドルをしっかり持って安全を確認すれば良いだけになり、昔ほど運転技術が必要にならなくなって寂しいほどです。

さて、このGW中に私達の第二の故郷の茨城へ日帰りで行ってきました。
高速道路の渋滞予想を調べ、行きは朝早くに出発しました。

私と旦那は、同じような運転をします。
空いている高速では、追いかけるのが好きで、追い越し車線で走ることが多いです。
後ろから「そこどけ、俺っちは急いでいるんだ〜どけどけ!!」と後ろから追って来る車が来ると、左に車線変更をして道を譲ります。
そして、また自分のペースで追い越し車線で走ります。
助手席に乗っている私は、安心して目だけの運転を楽しんでいます。

さて、帰りは車の台数が多く、掲示板を見ると渋滞の文字が出ていました。
以前、バスの運転手さんから「渋滞は、左の走行車線の方が進むよ。」というアドバイスを思い出し、右の追い越し車線から一番左の走行車線に変更しました。

渋滞での運転で気をつけているのは、いかにブレーキをかけないで走るかです。
自然渋滞の原因は、ワンブレーキです。
車間距離を開けない車が、前のブレーキランプに反応をして、ブレーキをかけます。
その後ろも反応して、ブレーキをかけます。・・・・・・そして、後続車のスピードが段々下がり、やがて止まるのです。
ですから、どこで何があったの?と思うような所から、急に渋滞は解除されて、低速道路から高速道路に戻るのです。
そんな自然渋滞を100倍楽しむ運転の仕方を、実践しました。

自然渋滞を100倍楽しむ方法
1)「どうして、こんな所で何度もブレーキを踏むの?」と思うような車の後ろに付かない。
2)車間距離をあける。(隣から入って来れない車間距離とそれに見合ったスピードの維持を心がける。)
3)スピードが落ちたら、アクセルを踏まないで、惰性で走る。
4)車間距離を見ながら、簡単にブレーキを踏まない。
そうすると、車は止まらないで流れていきます。

追い越し車線で走っている車は、前の車が車間距離を開けていると、イライラしているのがわかります。
一台でも前に進みたいからです。スピードが上がったと思えば、急に止まるのが追い越し車線の特徴です。
左の走行車線を走っている車は、ゆっくり走ることが平気で、車間距離を開けている車が多く、静かに流れて行きます。(時々、合流で遅くなりますが、交代交代でいれるので、難なく進みます。)
ですから、走って止まって、走って止まってという走り方ではなく、ゆっくりだけど止まらずに流れていくのです。

「前の車、上手だね。全然ブレーキがかからないね。」と旦那に言うと
旦那も負けじと真似をします。
「うふふ・・・技見せたね。」と私が茶化すと旦那は、ニヤッと笑っていました。
ここでマニュアル車で学んだ運転技術を出してきたのです。

自然渋滞3カ所の常磐道を無事通過。
首都高に入ってからは、自分の運転を楽しんだ旦那でした。

追伸

旦那の追い越し車線での運転は、常識範囲のスピードですので、ご安心を
カラス
[2007年05月14日(月) ]

我が町にもカラスが多く、近くの林に住み家があるのでしょう。
夕方になるとカア〜カァ〜と鳴いています。

カラスは頭が良い鳥です。
ゴミ出しの時も、美食家のゴミを待ちかまえています。

近所に週に一度、生協の配達が来ます。
そこに新鮮な卵の大きなケースを置いていきます。
一度、7個の卵が無くなった事件がありました。
友人宅では、卵が20個紛失した事件がありました。
どうも、犯人はカラスのようです。
友人が卵ケースに側にいるカラスを見たからです。
友人と玄関先で話している間にも、カラスが私達の様子をうかがっています。
(でも、紛失をしたら共済保険で、保証をしてくれます。)
そんな20個の卵をどうやって持って行ったのでしょう。

違う友人にその話をしたら「私は、昨年見たのよ〜。カラスが一度に3個持って行くところ」と衝撃発言。
「ウソ!!どうやって?見たいわ〜」と言うと
「両脚に1個づつ持って、くちばしで1個加えて、3個同時よ。」
シンジラレナ〜イ。

どうして、この時期に卵なのでしょう。
穏やかな先輩母が、「この時期は、子育ての時期だから、タンパク源が欲しいのよ」と教えて下さいました。
そして、続けて「この前、カラスが鳩を襲っているのを見たの、最初に鳩のどこ狙うと思う?」
「・・・・・・(考え中)・・・・・・・脚?」と答えると
先輩母は、すかさず「目だったのよ〜」と答えてくれました。
「目!!・・・・・・・(どっひゃぁ〜)・・・・」
「凄すぎる」と内心思っていたら、
先輩母いわく「カラスも子育てに一生懸命なのよね」。と先輩母の言葉に妙に納得してしまいました。

真っ黒いカラスを見て、鳩や卵を狙うひどい奴、と思うか、
子どもを育てるために一生懸命に鳩を狙い、人間の目を盗みながら卵を取る賢い奴と思うか、
あなたなら、どう受け取ります?
フルハウス
[2007年05月11日(金) ]

息子は、毎週火曜日の午後7時になると「お!!はじまちゃう」とテレビのスイッチを入れます。
教育テレビの「フルハウス」という番組です。
日本では、ちょっと考えられないシチューエーションですが、見ていて安心できる番組です。

この「フルハウス」は、何度も再放送されています。
私が最初に見たのは、娘がまだ小さかった頃でした。
日本のテレビ番組では、絶対権力者の大きな壁があり、それに立ち向かうという番組構成が多かったような気がします。
ですから、子どもの話に耳を傾ける大人と一人の人間として扱われる子どものファミリー番組が、とても新鮮でした。
ここ何年か前から、日本の番組構成もそういうやりとりの台詞が多くなってきているような気がします。

でも、この子どもを一人の人間として尊重するというのは、慣れないと難しく感じます。
それは親自身が、子ども時代に「子どもは黙っていない」という時代に育っているからです。
(私は、議論好きな家庭にいたので、自分の意見も言えたのですが、何故かいつも中途半端な思いでした。)
その上、わが子を出産をして、身が離れても、24時間体制で守ってきたわが子どもは、
もはや『私=子ども』になっているのです。
子どもの事は、全て私が責任を持ってやらなくてはいけない、と強く思っていました。
(今でも、「私=こども」という気持ちがあるかもしれません)

上の子どもが幼稚園の時に英語サークルに通わせていました。
日本語を全く話せなかった男性講師が「今日は、○○(息子の名前)の姿が見えないね。彼はどこにいるの?」と英語で聞かれました。
英語が堪能でない私は、ものすごく驚きました。
息子の事を今、何と呼んだの?
彼?かれ?He? ひぃ〜?・・・Your son,Your child,Your kids・・・じゃなくて、He?
あの三歳の子どもが、私の息子が、私の子どもが、私の手に終えないガキん子が、He?彼?と呼んだのです。
私は言葉一つで、わが息子をわが身から離された思いでした。

それから、私は市で開催された子育て講演会を機会に、その講座を受講することになり、
「フルハウス」のようなやりとりが理解できるようになりました。

息子は、「あのドラマは面白いよね〜。ジョーイとミシェルとステファニーとのやりとりが面白い」と時々笑い声を上げています。
ドラマを通して笑いながら、人との関わり方を知っていく息子です。
別段、黒板の前で講義を聴かなくても、笑いながら自然に身についてくれればと私も一緒に見ています。
そして時々、反省をしています。



運命(定め)を受け止める。
[2007年05月09日(水) ]

運命(定め)を受け止める。
〜オール1の先生の話を聞いて〜

3月に「オール1の先生」で有名な宮本延春先生の講演を聴いてきました。
小学校時代から、いじめにあい、勉強嫌いになり、不登校になる。
成人を前に両親が亡くなり、天涯孤独となる。

私より若い人が、そんな人生を送っていたのかと思うと、聞いていて辛くなるほどでした。
そこから、どうやって今の先生になれたかは、先生の講演や本を読んでいただけたらと思います。

先生の講演の中で、心に残ったことがいくつかありました。

その中で、「『定め=運命』を受け止めるしかない。」と自分で結論を付けたところに胸を打たれました。
彼の人生を私が同じように送ることは出来ません。
きっと、私と同じ日本に住み、同じ空気を吸い、時を過ごしていた中で、
彼は悩み・苦しみ・恨み・妬み・不公平を感じ・悶々としていたのでしょう。
私のメモには、このように書いてあります。

目標が見つからない自分の「モヤモヤ」にけりを付けなくちゃいけない。
ノートに整理をした。
さだめ=不公平

受け入れるしかない。
平等・・・何があるのだろう。時間だ。時間を大切にしよう。
人は、いつか死ぬ→楽しかった、と思って死にたい。


受け入れるというのは、大変なことだと思います。
受け止められないと、どうなるのでしょう。
逃避する・ごまかす・嘘をつく・相手を傷つける・自分を傷つける・アルコールや薬に頼る・
自分を大事にしてくれそうな人を探す・・・・・・
その問題から、切り離したいけれど、根っこがいつまでも付いているような気がします。

受け止める。
仕方がないけど受け止める。
受け止めたくないけれど、現実を知る。
現実を受け止めた自分は、この先何が出来るかと、整理ができたのだろう。
不幸と思えた自分が、幸せを見つける一歩を探すのにどんなに苦労をしたのだろう。
きっと、それも運命(定め)なのかもしれない。

宮本先生の幸せをいつまでも祈っていたいと思いました。


追記

もうひとつ、親として、「勉強をしなさい」と毎日子どもに言っているが、
その環境はどうなっているのか振り返らなくてはいけないと思いました。

私のメモにはこう書かれています。

・教科書・ノート・参考書があっても、勉強の仕方がわからない子どもが多い。
・子どもが問題を持ち、目の前の苦しみあるこの子は、勉強は出来ない。
・学習には、環境、目的、動機(出会いは、大切。いつ見つかるかわからないけど、間口は大きく広げてみよう。
人、テレビ番組、映画、コンサート、美術、本、・・・・)が必要。
・学習適齢期がある。


最後に
・あきらめないこと。「いまさら」も禁句。
これは、私自身に言い聞かせよう。
ピント
[2007年05月07日(月) ]

私は、眼鏡を必要としない人です。
子どもの時から、目のピントを自在に操れる人でした。
遠い星も見られたし、小さな針穴もお手の物でした。
最近は、子どものような芸は披露できませんが、老眼鏡もいらないし、星もよく見えます。
そのかわり、私以外の家族は全員眼鏡を持っています。

そうそう、私は自分の視力について「目が良い」という表現をしていないことに気がついたでしょうか?
実は、息子が通っていた眼科医に言われてから「目が良い。目が悪い」という言い方を止めることにしたのです。
医師が言うには、「視力の数値が高い方が『目が良い』というのは、低い人が可哀想だよ。
近視というのは、『ピントが前にある』ということだけなんだよ。最近の生活では、物を手前で見ることが多くなっているでしょう。本、パソコン・・・、だから、近視=目が悪いという言い方はおかしいんだよ。むしろ近視の方が、これからの生活様式に合っているのかもしれないよ。」と言われたのです。
それ以来、眼鏡は物のピントを少し遠くに合わせるための道具という考えを持つようになりました。

さて、このピント。
私は、自分の都合のよいときにも合わせています。
私は、掃除が苦手です。
同居の母が「汚くても死にはしない。」と言う人なので、家訓に合わせて、ホコリに対して目を向けなくなったのです。
だが、月に一度、この汚れにピントが合う時があります。
そうなると、どうして今まで気がつかなかったのかしら?と思うほど、家中が汚れているのに気がつきます。
一つ気になる大きな汚れを落とすと、今までその周辺は許せる範囲だったのが、汚く見えてしまうのです。
ピントは、物がよく見える、見えないと言うより、
物をよく見ようとする意識がある・なしの方が大事なのかもしれません。

あ〜〜、パソコンの静電気でついたホコリ・・・気になり始めてきたぁ〜、
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