かぁちゃん、ただ今 育自中

子供を育てているつもりだが、実は親が育てられているのかもしれない。
「育児は育自」 私は、今も育っています。

     
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「あんたって子は!!」
[2007年04月30日(月) ]

前回 月刊『たくさんのふしぎ』120号『ひと・どうぶつ行動観察じてん』池田啓 文(福音館書店)の本を紹介をした。

実は、この本を読んで助かった人がいる。
私と娘だ。

娘が3歳9ヶ月の時に書いた私の似顔絵には必ず角が生えていた。
鬼の顔だ。
思い出として、今でも大事に取ってある。

どれほど怒っていたのだろう。(母は忘れている)
「○○ちゃん、わかった?!もうしないでね。」から始まり
「おかぁさんの言っていること 解っているの?人の話をちゃんと聞きなさい!!
ちゃんとここに座りなさい。お母さんの顔をちゃんと見なさい。」
・・・・自分の声に興奮して、ますますヒートアップしていく。

人の話をキチンと聞けない子供に対して、イライラが募っていた。
だが、この本を読んで私の考えが変わった。

どうぶつ行動観察によると、怒られて静止できないのは「転位活動」が出たということらしい。

(本文より)
緊張がたかまってくると、動物は、それまでの行動とまったく関係のない行動をとつぜんすることがあります。〜〜

子供が耐えられないほど、私は叱っていたのである。
それ以来、追い詰めるようなしかり方は慎むようになった。

そして、何より子供を怒りながら、ますますエスカレートしていく私も「誇示行動」を取っていたのである。

人も動物と同じように行動をしている。
現実の自分を冷静にみられる自分が欲しいと思った。

ちなみに下の絵は、10才の時と3才の時に描いた絵です。
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小さな記事を見て考える
[2007年04月27日(金) ]

我が家には小学生がいないが、毎日小学生新聞を購読しています。
その中の小さな記事を読んで、考えてしまいました。

毎日小学生新聞4月10日の記事より

障害者差別「ある」8割

内閣府(国の役所の一つ)は7日、障害者に関する世論調査の結果を発表をしました。
「世の中には障害者に対して障害を理由とする差別や偏見があると思うか」と聞いたところ、
82.9%が「ある」と答えました。20代97%、30代95.3%、40代96.2%と、
「ある」と答えた人は若い世代で90%を越えました。
調査は2月、成人男女に面接で実施、1815人から回答を得ました。


息子の通っていた幼稚園では、障害を持つ同級生が何人かいました。
身体に障害を持つ子供の特別ルールのジャンケン、
知的障害の子に対する思いやり、
先天性障害の子に対する病気への理解、
そんな関わりを幼稚園期に体験をしてきました。

この幼稚園に通っていた子ども達は、自分と違う何かを受け入れることが出来ています。
それは、どこがどうでと説明が出来ない何かを、子ども達は園での日々の生活の中で、ゆっくりと理解したからだと思います。

どうして、そう思ったのかというと、小学校へ入学をしてすぐに行われた親子の学年交流会で、ジャンケンに負けたら勝った人の後ろにつながっていくゲームをしたときのことです。
手に障害を持つ子が他の幼稚園出身の女の子の肩に手を置いたとき、その女の子の顔を見て、私は悲しい気持ちになったからです。
当の本人は、そんなことに気づかず元気にゲームに参加をしていたので、ホッとしたのを覚えています。
息子の通った幼稚園、そして、障碍級がある小学校で、息子や同級生の子ども達は、差別や偏見の気持ちが育っていないと信じています。

今、中学になった息子に障害を持つ同級生に対して、どう感じているか聞いてみました。
「うん?普通だよ。俺たちと違うところがあるだけで、別に。ただ、最近は、クラスが違っちゃったし、
全然会わないからなぁ〜」とサラリと答えが返ってきました。

これから先、息子達が得てきた「俺たちと違うところがあるだけ=個性」という感性が、いつまでも続くことを祈っています。
ただ・・・・子どもが大きくなるにつれ、彼らと少しずつ距離が離れて行くような気がします。
隔離するような社会は、差別と偏見を生む要因だと思うのは私だけかな?!

この偏見と差別の考えは、障害者に限らないと思いました。
社会の色々な問題に蓋をしたツケが、回ってきたのだと思います。

世の中とは、「『私』の集まり」、と誰かが言っていました。
良い世の中にするには、私達一人一人が変わらなくちゃいけないんだ。
な〜んてね。


体から出るもの
[2007年04月25日(水) ]

「あ〜ぁ・・・・・」と旦那がため息を漏らしました。
「あ〜ぁ」の後の「・・・・・・」が気になるところだが、「・・・・・・」は旦那の問題です。
「・・・・・・」は、彼の心の中で整理され言葉に出るまで、ソッとしておくことにしています。

子ども達も、勿論私もため息は出ます。
「はぁ〜」「あ〜ぁ」「ふぅ」「なんだかなぁ〜」「・・・・・・・(本人は頭の中で考えている状態)・・・・」。
何でもいいから、体から出させています。

体から出るものは、他にもあります。
オシッコ、ウンチ、おなら、ゲップ、汗、涙、垢、目やに、おう吐、湿疹、発疹、発熱、・・・・
ため息、愚痴、罵声、歓喜、悲鳴、・・・・・他にも、まだまだありそうです。

体から出るものは、今の自分の体を健康な状態にしていくために出るものと、私は考えています。
自分の体をよりピュアになるために不要なものを貯めておかないように出しているのだと。

私の体に必要な栄養素を取りだされた食べ物のカスたち、
私の体を動かすために働き終わった色々な細胞たち、
私の体に入り込んだミクロの天敵と戦った細胞たち、
自分の頭の中で整理できない感情を、手っ取り早く表した声、涙、震え、・・・・・・


体はとても素直です。
自分の体に入ってきたものは絶対に出さないぞ!!安心して出す場所がない!!と思わないかぎり、自然に出てきます。
そして、自然に出てきたものを観察すると、その時々の自分が見えてきます。

ウンチ・オシッコや嘔吐などでも、食べた物やその時の精神状態や病気の有無、そして体の水分量が判断できます。
流す前に、必ずチェックをして、手を振ってお別れします。(笑い)
「はぁ〜」と出たため息や整理されていない考えの「愚痴」では、疲労度や心の置き場がわかります。

体から出るものは、良い状態で出した方が自分も周りもスッキリします。
そのためには、体に入ったものは滞ることなく、すぐ入って消化吸収をして、排出できる身体にすること。
そんなピュアな身体になればいいなと、日々思っています。

追記

旦那の「・・・・・・・」が、整理しやすいように今晩のメニューは、彼の好物と美味しい焼酎でも用意をしましょう。
離任式にて先生からのお言葉
[2007年04月23日(月) ]

春は、出会いと別れの月です。
息子の元担任が、異動をすることになり、離任式に出席をしました。

一年生のクラスは、男女とも元気が良く幼い子が多い集団でした。
先生にお会いする度に、心なしか髪の毛が白く薄くなってきている様子。
それでも、元気が良いクラスが一丸になったときのエネルギーは素晴らしかったです。
体育祭でのクラスの活躍。
前日に学級崩壊が起きた合唱コンクールで、頂いた最優秀賞。
「これで優勝をしたら、俺たちはただの馬鹿集団と言わせないぜ」と挑戦をした百人一首大会、
クラスの平均枚数の第一位を頂きました。
数々の輝かしさの影には、先生の努力と涙と抜け毛の結晶が詰まっていたことでしょう。
これから、このわんぱく小僧・お嬢たちがどう成長していくか、一緒に見守って頂けると思っていただけに、先生の異動はとても残念でした。

我が校から7名の先生が離任していきました。
先生一人一人から、生徒・卒業生・保護者に向けてお言葉をいただきました。

元担任のお話は、私の心に残りました。

向上しない今の自分を変えたい人へアドバイスです。
何もやる気が起きない気持ち、行動が起こせない気持ち、何に対してもおっくうになる気持ち、さぼりたい気持ち、蓋を閉めたくなる気持ち、・・・
そんな負になる気持ちを「漬け物石」に例えて、わかりやすく話して下さいました。
私も時々芽ばえる面倒くさいと思う気持ちは、面倒くさい石が私の頭の上に乗っているからだろう。
そうだ、後片付けをやりたくない石も洗濯をやりたくない石も、朝起きたくない石も・・・いっぱい乗っている。
一つだけ、どけてみよう〜。
重い石や小さいけど沢山積まれた小石を除いてみてみたら、少し楽になりました。

もう一人、障碍級の先生のお言葉も心に残りました。

コミュニケーションの話です。
コミュニケーションは大切です、といいますよね。
私も家族や友達と、良いコミュニケーションを取ろうと意識しています。
「でも、・・・・」と先生は、言いました。
「無視をする。実はこれもコミュニケーションの一つです。」
先生のこの言葉に、私はコミュニケーションに対する考え方の片方しか見ていないことに気がつきました。
今まで、いかに「良い人間関係を作る」という方に意識を持っていたからです。

相手は、そっとして欲しい時の暖かまなざしの無視は、時として必要でしょう。
でも、相手が傷つくような無視は考えものです。
人を不快にするコミュニケーションとは?一体、他に何があるでしょう。
ちょっと考えてみたいと思いました。
はしか
[2007年04月20日(金) ]

今、麻疹が流行していると報道していました。
息子が、1才2ヶ月の時に麻疹にかかりました。

以前、日記に書いた滑り台から落ちて、頭蓋骨骨折をしたすぐ後のことです。
娘は、すでに予防接種をしていたので感染せずにすみました。
このはしか、一度経験をした人にはわかるでしょうが、大変です。

息子の口の中に、見たことがない白いものが(コプリック斑)が出てきました。
もしかしたら、これは麻疹かもしれないと思い、かかりつけの病院へ飛んで行きました。
受付で、「麻疹かもしれません」と伝えたので、すぐに隔離室に移されました。
先生が「まさか!祭っ子さんは大げさなんだから〜」と言いながら息子の口の中をのぞくと
「あら!ほんと。ガンマグロブリンを用意して〜」と大きな声で看護さんに指示していました。
病名が麻疹と診断されて、私はすぐに息子の友人達に電話をしました。
予防接種をしていないお友達は、一斉にこの病院へ行き、すぐに処置してくださったみたいです。

小さいときの息子は、食が細く、体重も軽かったです。
麻疹になった息子は、高熱でうなされ、食欲もなく、起き上がることもできないほど衰弱していきました。
麻疹証拠写真の息子の姿は、壁によしかかり座っているのも苦痛という表情です。
高熱が続いた後は、体中発疹が出てきました。
身体の中心から、すこしずつ身体の外に向かって発疹が表れました。
「発疹がはぜるまで、風に当ててはいけない」と義母に言われていたので、
一歩も外に出さずにいました。
外に出られまで、約1ヶ月かかりました。

この一ヶ月の間、息子の身体に変化が起きました。
大きな病気を乗り越えた息子の体は、強く丈夫になったのです。
食欲も出てきて、よく食べるようになりました。
食べると体も大きくなります。
私は、この一件があってから伝染病に罹っても、その病気に勝つと必ず強い体になると思うようになりました。
その1年後に罹った水ぼうそうも乗り越えました。
水ぼうそう証拠写真には、痒み止めの白いお薬が点々と体中に塗った体で満面な笑顔で写っています。


追記

息子が滑り台の階段から落ちて頭蓋骨骨折をした話を書きましたが、
年齢を間違えて書いてしまいました。
母子手帳で確認をしたら、頭蓋骨骨折1才1ヶ月。
麻疹1才2ヶ月。
水ぼうそう2才1ヶ月。
おたふくかぜ(右側)10才7ヶ月。
扁桃腺炎4才10ヶ月41.1℃の高熱・・・・・
母子手帳には、大きな病気の記入と薄くなった超音波映像が貼り付けられています。
懐かしいなぁ〜、色んな事を経験させちゃったなぁ〜
うふふ・・・おもしろ話も書いてあった。これは・・・内緒にしておきましょう。
エンジンが、かかるまで・・・・
[2007年04月18日(水) ]

娘の完全オフの日の春休み期間は、いつまでも寝かせています。
「遅く起きた朝は、一日が短いよ。」と娘に伝えておいて、
あとは、一日24時間を、どう使うか本人に任せています。

この日も充分に睡眠を取り・・・・・というか、寝過ぎの状態で起きてきました。
体が完全に起きていないまま、テーブルの上にあった朝食用の果物を食べていました。


自分も高校生の頃は、昼過ぎまでよく寝ていました。
(ちなみ最高睡眠時間は爆睡26時間です。目が覚めたら浦島太郎の気持ち がわかりました。)
休日のお日様が、部屋いっぱいに入り込むのを見ているだけで、優しさを感じていたのです。
そんなまどろむ時間を持てるのは10代の特権です。


「おはよう〜、よく寝たね。今日のスケジュールは?」と娘に聞くと
「ん〜〜〜、英語の添削問題と、大学に資料を申し込むわ。」との返事。
この中にゲームや読書タイムは、入れていない。
「わかった。じゃぁ〜お母さん用事で出かけるね。」と外出しました。


わが娘は、小さい時からどこに遊びに行っても、モジモジしていて私から離れないタイプでした。
帰る頃になり、やっとその場に馴染み「帰りたくなぁ〜い、もっと遊びたぁ〜い」と泣いていました。
とても、エンジンのかかりが遅い子です。

外出から戻った私を見て、娘が「ねぇ〜知っている?勉強って、はじめて30分たってからが頭に入るらしいよ。」
「へぇ〜、じゃぁ〜勉強を始めて30分経って、一休みというのは意味がないということ?」と私。
「そうらしいよ〜と言うことで・・・・・・と、やろう〜っと。」と言いながら居間を出て行きました。
どうも、私の外出中に春の高校野球を見ながら、ゲームをしていた形跡。
今もってエンジンのかかりが遅い。

今年は、大学受験を控えている娘です。
学校のテストであたふたしている子が、大学受験に間に合うのか!と言いたいが、
グッと堪えています。
早く早く・・・エンジンがかかって欲しい
いや、アイドリングだけでもいい、早くキーを回して欲しいと願う母です。
黄砂を見て想う
[2007年04月16日(月) ]

我が家の車のベランダは、いつぞやの雨で埃だらけになりました。
花粉の季節とこの時期は、ベランダの手すりを拭くと雑巾が黄色くなります。

車の土埃もベランダの汚れも「黄砂」だと知りました。

黄砂・・・・環境省HP調べによると
黄砂は中国大陸内陸部のタクラマカン砂漠、ゴビ砂漠や黄土高原など、乾燥・半乾燥地域で、風によって数千メートルの高度にまで巻き上げられた土壌・鉱物粒子が偏西風に乗って日本に飛来し、大気中に浮遊あるいは降下する現象です。

厄介ものにされている「黄砂」ですが、
北海道にいた時の私は、違うイメージを持っていました。

北海道の雪は、長い間降り積もるので、雪が何層にもなります。
山のように積まれた雪を除雪車が、削ってくれます。
そこには、地層のように雪の層が表れます。
きれいな雪、灰色の雪、一度溶けてまた固まった雪・・・雪の層から、その時々の雪の条件が伺われます。
その中に黄色い雪がありました。
きれいな黄色の雪です。
初めて見たときは、犬が上手にオシッコをしたと思っていたのですが、そんなはずはありません。(子どもの時の話です。)
その黄色い雪の正体が「黄砂」だと知ったのは、かなり大きくなってからでした。
その時の印象は、やっかいな物というより、中国からの贈り物という気持ちを持ちました。
遠く中国から舞い上がった砂が、風にのって海を渡ってきた。
まだ、見ぬ中国、この砂が中国のどの辺の土地から舞い上がってきたのか・・・と壮大な浪漫を感じていたわけです。
そして、以前住んでいた茨城で、中国からお嫁に来た人と仲良くなり、今でも交流が続いています。

だが、今この歳になって、ベランダについている「黄砂」を拭きながら思うことは、
地球の砂漠化が進んでいるのだろうか?
海や山に降り注がれた黄砂は、どのような影響がでるのだろうか?
細かい微粒子は、人に影響があるのだろうか?
・・・・・・粘土遊びの後の始末のように付く黄色い筋をみると、やっぱり厄介ものと感じる私です。

母親
[2007年04月13日(金) ]

私は、心理系の本を好んで読みます。

それは、結婚前に勤めていた医療現場で、子ども達が治療を積極的に受診してくれるかと悩んでいた時、平井信義氏の新聞のコラムを目にしたことがきっかけで、「児童心理」に興味を持ち始めたからでした。
 遠方に嫁いできたのを機に仕事から離れましたが、その後子供を授かり、わが子が成長すると共にまた「子どもの心理と身体」関係の本を読み漁るようになりました。

今までは何故 こんなにも「心理」にひかれるのか、わからなかったのですが、昨日読んだ本の一説でヒントが出てきました。
そして、それが二日前に実母と電話の内容と重なり、答えに結びついたのです。あ〜〜すっきり。

 私は、「2児の親」になりました。
世間から見ると立派な親に映っているかもしれませんが、まだまだ「大人(真)の親」にはなっていません。

長子に対して、あるがままの無償の愛が湧かないからです。
次子の時は、素晴らしい自然分娩・産後の満足感。
そして責任ある子育てをしてきているせいか、母子関係は順調そのものです。
が、長子の時は最悪な分娩、辛い産後、何かと関わってきた義母の存在、そして、長子の気質と体質が私と合わないことが、いつも私を苦しめていました。
何故だろう?
私が悪いのか?
どうして、そうゆう気持ちになるのだろう?
その答えが欲しくて、心理系の本を読んでいたのかもしれません。

岡田尊司著 「悲しみの子どもたち」 集英社新書のなかに、こんな一節がありました。

本文より
「捨て子心理」というのがある。実際に親に捨てられたということではなく、気持ちの面で親の愛を失ったと感じているということである。(ある時期、母親が病弱だったり、〜(中略)〜無意識のうちに、子どもを拒否しているこがある。)捨てられた子どもは、自分を大切に感じ、愛することができない。


症例の少女の一件から〜〜
 (母)親に対して強く反発や憎しみを持っているが、同時に驚くほど母親を理想化し、その愛情にしがみつこうという面もあった。母親を卒業できないという点は、母親から充分かつ安定した愛情を与えられなかった人に共通するものだ。


私の両親は今も健在です。
昔の母は、今でも命があるのが不思議なほど体が弱く、
そのうえ、忙しく働いていたために、私は知らずしらずに「捨て子心理」が働いていたのかもしれません。

その気持ちが一気に洗い流された出来事がありました。
「昔の祭っ子の日記ができたよ。それを読んで、お母さん悪かったと思った。お母さんが知らないうちに辛い思いさせていたんだね。」と母が電話口で話してきました。
「いつ頃の日記?(中学生の時にしか日記を書いていないので本当はわかっている)あの当時は、お母さんも体が弱ったし、お母さん一人で頑張っていたでしょう。今ならお母さんの気持ちよくわかるよ。今の私より、ず〜と大変だったものね。」と私は自分の反省とその当時の母の気持ちをくみ取ることが出来たのでした。
母親から卒業した瞬間である。
母親から卒業した私は、やっと「母親」になれるような気がした。

私は、知らずに長子に対して「捨て子心理」を持っていたのかもしれない。
心の奥底にある何かが動き始めた瞬間から、長子が愛おしくみえてきました。
2006/07/03のパルティオ日記より

先日、メモを探しているうちに、色々なものが出てきました。
10年前以上前の母の手紙です。
昨年の7月に「母親」という題名でブログを書きました。
母は日記の電話で話した10年以上前から私に伝えていたのです。
だがその当時は、そんな母の気持ちを私は受け取れなかったのです。
送られきた手紙を読み返しているうちに涙が出てきました。

実は先月、 母の誕生日でした。
子ども達と三人で(旦那はまだ帰宅していない)電話口で、ハッピ〜バスデェ〜♪を唄いました。
もう物欲のない母は、歌一曲で喜んでくれました。

幸せに暮らしている娘。
母はそれだけで満足なのかもしれないと思った時、
今まで母の想いに気がつかなかったことに、すまないという気持ちがわいてきました。

私の母親をみて、「親」は言い続けることの大切さ、そして、気づくまでの辛抱が必要なんだと思いました。
母がまだ健在なのが救いです。

相づち
[2007年04月11日(水) ]

週末のラジオ番組で楽しみにしているのが、「こども電話相談室」です。
子どもが電話を掛けて質問をして、その分野に詳しい先生が答える、という番組です。

子ども時分から疑問がわき出る私としては、子どもの質問に「それ、私も知りたい!」と一緒に質問者になってみたり、
回答者が、どのように子どもに説明をするか、と興味を持って拝聴しています。

私が、「おや?」と思った事がありました。
質問をした子どもの受け答えが気になってしまったのです。

司会者のお姉さんが「はい、次の質問で〜す♪」
女の子「もしもし、どうして、〜〜なんですか?」
司会者のお姉さん「○○ちゃんは、それはどういう時に思ったの?」
女の子「なんとかで、何とかだったからです。」
司会者のお姉さん「そう〜、よく気がついたわね〜、では、A先生お願いします。」
A先生「○○ちゃんは、〜〜」と説明をしている。
女の子「・・・・・・・・・・・・」
A先生「それでね。こうなんだけど、わかるかな?」
女の子「・・・・・・・・・・・・」
A先生「それでね。こうなんだよ〜。」
女の子「・・・・・・・・・・・・
A先生「・・・・それから、こうこともあるんだよ〜。」
女の子「・・・・・・・・・・・・
A先生「・・・・・・○○ちゃん、聞いている?」
女の子「・・・・・聞いています・・・・・・・
A先生「・・・・ちゃんとお返事してね」
女の子「・・・・・・・・・・・・

A先生「・・・・・・それでね。こうなのよ。」
司会者のお姉さん「あ〜〜、そうなんですか〜〜○○ちゃん、こうだから、こうなんだって、わかったかな?」
女の子「・・・はい、わかりました、ありがとうございます。・・

と、A先生は、返事のしない女の子に向かって、説明をしているのではなく、
相づちを打ってくれる司会者に向かって話しているように聞こえてきました。

もしかしたら、女の子は電話口の前で頷いているのかもしれない。
でも、反応がないのは、理解していないのと同じようにも聞こえるのです。
しゃべり手の寂しさが、だんだんと伝わってきました。

会話の相手は、自分に反応をしてくれる相手を探しているのです。

子どもと話していて、同じようなことをしている事がよくあります。
見たいテレビシの途中で話しかけられたり、急ぎの用事を済ませたいときなんか、
子どもの話に対して、空返事をしていることがあります。

「ねぇ〜聞いている?聞いていたらお返事をしてね」その言葉、私に言われているような気がしました。

それについて、どう思う?
[2007年04月09日(月) ]

週末、旦那と娘が朝早く出かけ、息子と一緒に遅い朝食をとっているときの話です。

朝食を終えた息子が、テーブルの上にあった白ゴマの瓶を取り出し、
白ゴマを出して食べながら、「これ、ゴマ煎の味がする。」とムシャムシャ食べていました。
「ゴマだもん、ゴマ煎の味はするでしょう。もしかしたら、スーパーで買ってきた物だから、味がついているかもね。」と私が答えたら、
息子が「そうだ!塩分を計れるのがあればわかるのにね。」と言ってきました。

実は半年前に、体温計を大きくした形で、うす味・普通・濃い味の三段階が計るのを買っていたのです。


「あ〜、それなら、家にあるよ。」というと
「それなら、計りたい!!・・・・・で、なんで家にあるの?・・・・それって、宝の持ち腐れだよ。・・・・・それについて、どう思う?」と
息子から浴びるように質問がきました。

質問 1.なんで家にあるの?
解答 1.半年前、私が作る料理が子ども達から塩辛いと言われていたので、塩分量を知りたかったので買いました。

質問 2.それって、宝の持ち腐れだよ。
解答 2.確かに、おっしゃるとおりです。買って一度も使っていません。気をつけて、薄味にしているからでしょう。

質問 3。それについて、どう思う?(それを買って、一度も使わないでいるあなたは、どう思うのか?)
解答 3.はい、反省をしています。

質問1と2は来るとは思っていましたが、3の質問が来たときは、構えていなかったので驚いてしまいました。

「それについて、どう思うの?」
これから先、母として、いや人として価値観を問われるような質問が来るのが、恐ろしいような、嬉しいような、複雑な気持ちになりました。


追記
ちなみに、私の作ったお味噌汁は「辛味」、父が作った差し入れの煮物は「薄味」でした。
ゴマの塩分は、塩分0という表示がないために、正確に計れませんでした。(水も薄味で表示されるのです。)

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