かぁちゃん、ただ今 育自中

子供を育てているつもりだが、実は親が育てられているのかもしれない。
「育児は育自」 私は、今も育っています。

     
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真空管
[2007年02月27日(火) ]

「真空管」を知っていますか?
若い人は、きっと知らない人が多いと思います。

広辞典第5版 集英社によると
真空管・・・・真空のガラス管に電極を封入したもの。

私の街に真空管製品を専門に修理するお店があります。
久しぶりにそのお店の前を通ると、店主が木造の壁をペンキを塗っていました。
ピカピカに磨かれたガラスの奥に大・小・形の違う真空管が無造作に並べられていました。
ちょっと厚塗りのペンキと少し歪んだガラス、そして真空管。
レトロな雰囲気たっぷりです。

     
私の子ども時代は、真空管のテレビを見ていました。
まるで、漫画家の西岸良平さんの世界です。

テレビ正面の右下の円いスイッチを回し、しばらく待つ・・・・・
じわ〜と画面が明るくなる。
映像が乱れているので、微調整をする。
だから、チャンネル権は大人が持つ事が多かった。

子どもの頃、大人達から「真空管みたいな奴だな〜」とよく言われていました。
言われたことに、すぐに反応をしなかったり、「間」がある人のことをそう指していたのです。

最近は、間髪入れずに会話をする人が多い。
テレビやラジオの影響が大きいのかもしれません。
ラジオは何秒かの沈黙は御法度。
テレビもCMが優先され、アナウンサーも早口になっている。
漫才もテンポ・リズムに乗せたお笑いが多くなっている。

「真空管」のような「間」を楽しめなくなったのかもしれない。
スイッチを入れ、映像が出てくるまでの期待感。
その1秒か2秒の「間」を待つということがなくなった。

以前 子育てのワークショップで「人の話を聞く」体験をした。
参加者が子ども役と母親役になり、双方の気持ちをくみ取ることが出来た。

母親役の言葉掛けが多いと、子ども役の立場になると
その返事をするだけに終始してしまい、自分がどうしたいか考えられなかった。
まるで、言い訳の言葉を探すような気持ちだ。
だが、母親役に回ると子ども役に黙っていられると、つい言葉を掛けたくなる。
「間」が持てないのある。

また、母親役が静かにうなずきながら話を聞く体制をとると、何も会話にならないけれど、
子ども役は沈黙の中で、ものすごく考えていることに気がついた。
「何か言いなさい!!」という前に考えさせる「間」が大切だったとわかった。

わずか、1秒・2秒・3秒が待てない自分に育ってしまった。
「真空管みたいな奴だな〜」もう一度 言われてみたい。
普段の食べ物の話 其の一
[2007年02月26日(月) ]

明治後半頃までの教育には「食育」「体育」「知(智)育」「才育」「徳(心)育」の五育があったそうです。
明治の教育理念を通していたら、今頃はどんな日本になっていたか、とても興味がわきます。
ところが現実は、「知育」と「体育」が優先されて、
最近やっと「食育」が見直されてきたようです。

さて、私が食育に興味が持ったのは
自分の体に興味を持ったからです。
私がこれから書いていく食べ物の話は、
きちんと勉強をしたわけではなく、
いろんな人の講習会に参加をしたり、本から得た知識です。

もし、間違っていることを書いていたら「今からごめんなさい。」と謝っておきます。

私は、低体温でした。体温計で測っても平熱35度を切るのは当たり前でした。
時には、34度のときもあり、あまりの低さに体温計が壊れてたと思い、
我が家には体温計が3本もあります。(笑い)

何も知らない時には、「手の冷たい人は、心が温かい」と自慢をしていたのですが、
年を取ると体の不調がダイレクトに響き、体温が低い影響が気になり始めました。

たとえば、感染症などの病気を持つと発熱をします。
どこか化膿をしたら、部分的に熱をもったり、風邪をを引いて発熱の経験をした人は多いと思います。
そうです。発熱は、菌と戦っているのです。
つまり、低体温の人は、普段から免疫力が弱いということなのです。
体の丈夫な子で、高熱を一晩出したら、次の日は学校へ行く強者が息子の友達にいます。
小さい頃の息子は、扁桃腺で熱が出すと一週間から10日まで
微熱が続くタイプ。

体温は、自律神経にも関係があることがわかりました。
詳しくは、低体温に詳しい本をお読み下さい。

では、その低体温をどうやって改善していくか・・・・
体操・呼吸法・睡眠・お風呂の入り方・食べ物・・・色々な改善方法があります。

私は、毎日食べている食べ物に興味を持ったのです。

体を温めてくれる食べ物。
体を冷やす食べ物。

体に良い食べ物。
体に悪影響を与える食べ物。
今まで食べている物でも食べ方や質の違いを知り
「目からウロコ」のことがいっぱいあります。

そして、口に入れる事だけが大切なのではなく、
「食」を通して、“生きる力”
元気に暮らす知恵を得られるような気がします。

毎日食べているもの・・・・・・ちょっと意識してみませんか?
「人」を「良くする」のが、「食」だそうです。
携帯電話
[2007年02月23日(金) ]

先週、私の携帯電話を買い換えた。
置きっぱなしにしても、一目で分かるような派手な色にした。

学校から帰った息子が、目ざとく私の携帯電話を見つけた。
「いいなぁ〜。」とテーブルの上に置いてある派手な携帯電話を手に取った。
まるで自分の物のように、取説を見ないでバチバチとボタンを押しまくっている。
「これ、よくない〜?」と変えた待ち受け画面を見せてきた。
内心
へ!そんな機能があったのか?!
どうして、子どもは早いのだろうと関心しきり

「いいなあ〜」と携帯電話を愛おしそうに触っている。
次に「どうして?!」と質問がきた。

どうして?・・・・我が家の携帯電話所持率は、旦那・私・娘がそれぞれ一台づつ持っている。
旦那は、仕事用。
私はPTA活動をするようになってから必需品になり、娘は高校入学を機に所持するようになった。

最近は、防犯のために小学生までが持つようになりました。
息子が小学生の時もクラスの何人かが持っていました。
6年生の懇談会で携帯電話の話題になり、
働くママ達は、子どもに携帯電話を持たせたい率が高く、検討をしているという返事が多かった。
その話を聞いて、担任の先生は子どもと携帯電話の現状を教えてくれた。
そして、「携帯電話は百害あって、一利なし」ときっぱりと言った。

きっと、この話を読んで賛否はあるでしょう。
確固たる理由があっての所持は良いと思います。
だが、みんなが持っているから、俺も欲しいというのは我が家では却下です。
私も小学校の先生と同じ理由で、中学卒業までは携帯を与えるつもりはありません。

息子には、こう説明をした。
「○○(息子の名前)は、携帯が欲しいんだよね。みんなが持っているから欲しいよね。
○○が持つとアドレスが欲しくなるでしょう。友達とアドレスを交換して、メール交換が始まるよね。
友達の友達やらでいっぱいメールが来て、そのメールを返すのに忙しくなるんだよ。メールを送った人は
送った時点から返事を待っている。返事が来ないとどうなる?待っている身にもなってごらん。
返事の来ない相手に対して「うざい」という気持ちが出てくるんだよ。それで、悪口を言っただの
無視されたと思われるんだよ。」・・・携帯電話を持つことでの人間関係の難しさを教えた。
そして、続けて
「○○は、携帯電話が欲しいけど「親が買ってくれない。」と言うだけで良いんだよ。その一言で
携帯電話を持って苦労する人間関係から悩まなくても良いんだよ。それに、あなたたちが送るようなメールの内容は、
学校にいる間にすれば良いんだよ。」
息子は、納得をしてくれた。
そして、高校に入ったら携帯電話を持っても良いと約束をした。


息子は、毎日私の携帯電話で遊んでいる
社会とは、
[2007年02月22日(木) ]

社会とは何でしょう。
国語・算数・理科・社会・英語の「社会」ではなく。

私達が住んでいる「社会」とは、何でしょう。

広辞典第5版集英社
しゃかい【社会】@人間が集まって生活する集団。A世の中B同種類の仲間。

「今の社会が悪いから、住みづらいのだ。」
「変な世の中(社会)になった。」
「世も末だね。」
と言いたくなるほど、色々な事件事故が起きている。

「良い社会」になって欲しいと願っても
簡単に変えられないのが、今の社会だ。

私は社会に対して、そんな空しい気持ちを抱き始めていた。

2月の上旬に「食に関する講演会」に参加をした。
講師は女性で、遠く北の地からお越しになった。
講演会の『食』に関する話は、納豆事件があったので控えさせていただくが、
講師のO氏の「社会」に対する考えに、とても感銘を受けた。
何が正しいか解らないこの社会に対して、『自分の考えは間違っているのだろうか』
『この世の中が正しいのだろうか』と悩みながら不平不満を外にぶつけていたそうだ。

今の社会に何故、安心を持てないのか。
人は群れて生活をしている。
「お世話をされる」「頼ること」が多く集団生活を余儀なくされている。
そこには、素性のわかならないもの(こと)が、いっぱいあるから不安なのではないか。

O氏は、『社会は「私」の集まり』と気がついて、ハッとしたそうだ。
世の中は何をしても変わらない、と思う「私」が多ければ
そこは、力の強い者だけが生き残れる社会になるだろう。

今の社会をみて、ここがおかしいと気がついている人は、必ずいる。
「そのおかしいよね。」と気づいた人(私)がいっぱいいると、この社会も少しずつ変わっていけるだろう。
そして、
「私が変われば、暮らしも変わる。そして、世界も変わる」と思えるようになった。
小さいことからでもいい、自分が出来る事から始めよう、とO氏が言った。

どこが暮らしづらいのか。どこが不自然なのか。どこが納得しないのか・・・・
そんなどこかを探すだけでも、今の自分が変わっていけると思った。

「今晩 何が食べたい?」
[2007年02月21日(水) ]

2月の半ばに母親学級の企画会のメンバーとランチに行った時の話。
彼女達は、何でも話せるステキな仲間です。

「今晩は何にするの?」
「冷蔵庫の中身を見て考えるわ」
「決まらないのよね〜。旦那に聞いても○○が食べたいって言われて
材料を買いに行くのも嫌だから聞かないようにしていしているんだ〜。」
「それに、リクエストが作りたい物じゃなかったら、『出来ない』って言うときもあるし(笑い)」
「うちも,『なら聞くな!!』って言われたことあったわ(笑い)」

△さんが、「うちの旦那さぁ〜、晩ご飯を作ってあるの分かっているのに、なんか買って来るのよ。嫌になると思わない?」
「そうそう」と皆がうなずく。

我が旦那も会社の帰りに引っかけてくるお酒の種類と量で、
手みやげが変わってくる。
酒の量が少しなら、何も買ってこない。
ちょっと小腹が空くと駅前のカレーショップかどんぶり物をテイクアウト。
お酒の量は多めだが、お腹が空いていなかったら、コンビニで何種類かのカップ系を買ってくる。
日本酒が入ると、絶対アイスクリーム。

晩ご飯を用意をしているのだから、買ってこなくてもいいのに〜〜。
と内心は思っているが子ども達は大喜び。

何で、買って来るのだろう?
ある本によると、どうも血糖値と関係があるらしい。
お酒を飲んで血糖値が下がり、甘い物を欲しがる・・・
泥酔のアイスクリームの理由がわかった。

じゃぁ〜、時々買って来る焼き鳥・刺身・・・・自宅を目の前にして立ち寄る焼き肉屋は何故?

先ほどの会話の△さんが、思い出したように
「女の人が長生きなのは、毎日自分が食べたいもの、体が欲しがっている物を食べられるからなんだって〜」と言った。
誰かが「そうよね。旦那は家に帰って、できあがった物を食べるしかないものね〜。」と半分同情したように言った。

なるほど〜〜、たまに買ってくる物は、旦那が今食べたいもの(体が欲しがっている物)なのかもしれない。

たまたま、その日の晩アフターファイブもなく旦那が帰ってきた。
「スーパーに寄ったら、タイムバーゲンやっていて旨そうだから買ってきた。」とバックから「マグロの刺身」を取り出した。
いつもなら、明日の晩にでもカルパッチョでも作りましょう。と仕舞い込むところだが、
「お父さんの体が欲しがっている刺身は美味しいよ〜。」と言いながら、酒の肴に出した。
旦那は、美味しそうに食べている。
長風呂から上がった娘が「お父さん一人で何いい物食べているの?
ずる〜い」と言いながら、旦那の箸で刺身を食べ始めた。
満足そうな旦那の顔には笑みがこぼれていた。

息子は、すでに寝ている。
知られると「ずるい」と言うのに違いない。

もしかしたら、娘の体も刺身を欲しがっていたのかもしれない。
なでなで
[2007年02月20日(火) ]

 幼児が膝を擦りむいて、親のところに泣きながら戻ってきた。
あなたならどうしますか?

『痛みの心理学〜疾患中心から患者中心へ 』丸田俊彦著 中央公論社刊

(本文より)
子どもは泣いているのは、痛いからというよりびっくりしたためで、
母親に抱いてもらって安心したいのです。
母親は血を見てびっくりし、その子を置き去りして薬局に走る。
傷を一生懸命に手当てをする。
包帯を巻き終わったところで初めてその子に目をやり「もう痛くないわよ。」という。
そうした体験が繰り返し起こり、「一般化された痛み記憶」となったとしましょう。
すると、驚きも不安も悲しみも悔しさもその子にとってはすべて痛みになってしまいます。
泣いた理由は「友達に押されて転んで血が出たから痛い」で
「友達に負けて悔しくて血を見てびっくりしお母さんが恋しくなった」部分は、
言葉の発生から切り離されてしまっているのです。〜〜〜(中略)〜〜
こうして痛みの体験の記憶は、その表現する言葉を獲得する過程なのです。


なぜこの本を思い出したかというと、
今息子に成長痛が出ているからだ。
昨年(小学6年生)はオズグット病で両足の膝が痛くなり、
私は、すぐに病院に連れて行った。
X 線を取り、リハビリを受け、湿布を貼り、テーピングを巻いた。
激しい運動は休み、運動会もお手伝いに回った。
その年、息子は11センチも背が伸びた。
少し落ち着いたら、首も痛がっていたが、異常はないと診断された。

先週 歯医者に行って、首の話をした。
先生は、自分の甥っ子さんの首が痛くなった話をしてくださった。
成長期は、骨の成長の早さに筋肉の成長が追いつかず痛みが出て、
時には弊害が起きると教えてくれた。
歯科医の先生は、より詳しい整形病院で診てもらうように勧められた。
成長痛か・・・・・・ちょっと一安心。

最近 息子は腰が痛いと言い始めてきた。
もしや・・・・また病院か?
いや待て、成長痛かもしれない。
ベットに入ってから、腰を温めてやり、痛い所に両手を置いた。
「きっと今、腰のあたりが伸びているんだよ。早く大きくなれ〜」となでなでしてあげた。
母の手当だ。

次の日の朝
「腰はどう?」と聞くと
「平気だよ。」と返事が帰ってきた。
「あれ?また背が伸びた?」
息子はどれどれと柱の傷の所に立った。
測ったら先月より1センチ伸びている。
もうしばらく、なでなでは続くかもしれない。
それ、一緒だよ。
[2007年02月19日(月) ]

先週 息子と病院へ行ってきました。

予約が朝早かったため、家事を大急ぎで終わらせ、私は自分の身繕いもかまわず車を走らせた。

息子はスポーツ障害で肘を壊し、かかりつけの病院に毎月行っている。
今年に入り、やっとボールに触ることを許されたが、部活中にまた肘に違和感が走った。
かかりつけの病院では、もっと詳しい情報が欲しいから、CT(輪切りのX線)を取ることを進められた。
紹介状を持ってCTがある病院へ行った日の出来事である。

初めて行く病院をナビで探し、車の渋滞を避け裏通りを進み、なんとか遅刻をせずに病院に入った。

受付を終え、X室の前の椅子に腰を掛け、ようやく一息つけた。
「思いの外、早く着けて良かったね。」と息子と話をしながら、
私はバックの中から、ハンドクリームを出した。

朝が早かったので、息子の朝食用のおにぎり(CT撮影4時間前の食事は禁止)と水、
暇つぶしの本と大きなハンドクリームを急いでバックに詰め込んだのです。

やっと息が付け、ガサガサの手でも労りましょうとハンドクリームの蓋を開けた瞬間に息子が私に言った。
「やめなよ。それ電車の中で化粧をする人と一緒だよ。」
私「・・・・・・・・・」と無言でいたが、心の中では、こうつぶやいていた。
X線室の前には、私達二人しかいないじゃん。
だいだい、ハンドクリームも塗れないほど母さんは朝早くから動いていたんだよ、これぐらい良いじゃん。
私は、もうおばさんだからいいの。それに、これは化粧じゃない!!
なんでよ。なんでよ。なんで、息子の説教されるんだ!!
そんな想いを三回ほど繰り返していた。

だが、息子は目を私の顔から外さない。
確かに、誰も見ていないとはいえ、これは家の中で済ませられる行為だ。
息子は中学生になって、他人をそう見ているのか・・・・
息子の真剣な目を見て、そう思えるようになった。

私なりの反論はあったが、全て飲み込み「そうだね。車の中で塗れば良かったね。」と答えた。
私の答えに息子は満足そうな顔をしていた。
だけど、手のガサガサが気になって仕方がない。
「すごい手だと思わない?」と思わず漏らした。
すると息子に「ガサガサだもんね。人から見えないように塗ったら?」とアドバイスを頂いた。

私は早速、バックで隠しながら、大きなハンドクリームの蓋を開けた。
まんべんなく塗りながら、息子に言われた言葉にちょっぴり悔しい思いをしながら、ニンマリしていた。
息子は、きっと電車の中で化粧をしない娘を彼女に選ぶだろうと。
今年は降らないのかな?
[2007年02月17日(土) ]

私は、北海道出身です。
こちらに嫁に来て、雪の降らない冬に慣れるまで時間がかかりました。
北海道にいた時は、寒くてやっかいな空からの贈り物に嫌気がさしていましたが、
内地(本州のこと)に住むようになり、雪の魔法が恋しくなりました。

雪は、上空の温度で形態が変わります。
ふわふわの綿雪、針のような雪、重い雪、軽い雪、雪の結晶も色々・・・・
一夜にして降った雪は、地表のあらゆる汚い物やきれいな物を白一色に覆い被せてくれます。

新雪に足跡を付けます。一歩一歩・・・と歩いて、後ろを振り向くと私の道が出来ます。
その後を見知らぬ人が歩く・・・けもの道から多く足跡がつき、それが道となる。

雪は音を吸収してくれます。
雪は、地表の毛布の役割をしてくれます。
雪は・・・・・・・
雪は・・・・・・・
私は、雪のない街に来てから雪の魔法を知ったのです。

私は、例年2月になると雪が降るのを待っています。
雪が降った朝の雪明かりの眩しさにワクワクします。
そして、犬のように外に出て雪かきをします。
ここの雪は、北海道の雪とは違って湿っぽく重い雪です。
家の道路とその周辺から雪を集めて、雪像作りをします。

私がこちらに嫁ぐと決まった年の雪祭りに友人達が思い出にと
「市民雪像作り」の申し込みをしてくれました。
友人とその仲間達で何日もかけコツコツと(仕事の関係でみんなバラバラ)招き猫を作りました。
北海道の雪は軽くて雪同士が付かないので、水を足しながらの地道な作業をしながら完成させました。

そんな思い出があるので、子ども達と一緒に作りたいと思い、毎年雪が降ると雪像作りに挑戦をしています。
以前、隣に住んでいた秋田県出身のおじさんも私と同じように雪が降ると喜んで雪かきをしていました。
そのおじさんの指導で子どもが二人入るほどの小さなカマクラ作りを作りました。
その時は、近所の人達や家族総出で雪をいっぱいかき集めました。
カマクラの中に神棚を作り、御神酒と称してビールとジュースでささやかにお祝いをしました。

今年は、降らないのかな〜?
寂しいなぁ〜。
春期講習
[2007年02月16日(金) ]

今年もZ会の教室から案内が来ました。
我が子は、二人とも塾には行かず、
小学校の時からZ会の通信教育だけ受けています。

 高校生になる娘が中3の夏に、初めて夏期講習を受けました。
それも、「理科と社会」だけの受講です。
理由は、中学の3教科(国数英)の授業は理解できているので必要がないが、
社会だけが理解不可能な授業だったので、理科と社会だけを受講をしたのでした。
ところが、Z会の授業は面白く学ぶ楽しさを覚えた娘は、
その後の冬期講習・正月講習・直前講習と意欲的に受け、
希望校に入学をすることが出来ました。

 一度、娘を迎えにZ会の教室のビルの前で、家族で待っていたことがあります。
娘は、授業時間は過ぎているのに、なかなか下に降りてきません。
その間、息子はビルの一階ロビーで遊びながら、Z会の受講生の出入りを見ていました。
突然、息子が
「ねぇ〜俺、中学生になったらここに通っていい?」と聞いてきました。
「どうして?やる気あるの?」と訪ねたら
「なんか、あのビルの中に入っていくのがカッコいいんだもん」
私「・・・・・・」
それを聞いていた旦那が「いいんじゃない?通えるなら受けたらいいよ。」
その一言で教室に通うことを決めました。

だが、中学に入学をすると部活をやりたい息子は、
片道小一時間かかる通学時間と部活の両立に困っていました。
部活はやりたい、試合に出たい・・・・・
悩んだ末に「季節講習」だけ行く事に決めました。

そして、中学準備講習、春期講習を申し込みました。

小学生の時のうちの息子の成績は、三段階の左ストレート(全部できている)。
授業中は活発に発言をしていました。
それを長所とみれば「クラスのリーダー的な存在」となるが、
短所とみれば「落ち着きがない」になります。

息子の学校環境は、居場所もあり居心地が良い、
と私は判断している。
だが、娘と比べると「ゆとり教育」第1号の為か
学力の低下を痛感していました。
いつまでも、この環境に居続ければ、そこそこの成績をもらい満足だろうが、私として中学卒業後がとても不安でした。

中学準備講習を終え、
講習会後の説明会に参加をしました。
各教科の先生と個別面談の時に、ある教科の先生から息子に落ち着きがないことを指摘されました。

やはり・・・小学校の授業と同じように授業を受けていたのです。
小学校では、理解度の遅い生徒を中心に教えている話を聞いたことがあります。
理解の早い生徒は「待ての状態」ができます。
息子は、「その待ての状態」をZ会でもやっていたのです。
つまり話を聞いていなかったのです。
そうすると・・・・理解できていないところが出てくる。
・・・・家に帰っても復習が出来ない。
・・・勿論予習も出来ない。

どうしたらいいのだろう?
説明会で、各教科の先生に息子の授業態度とそのためには何が必要なのかを尋ねました。
各先生達は、息子の欠点とその解消法を一緒に考えてくれました。
早速 息子にその事を話し、「待ての状態」から待たなくても学べる状態にあることを話しました。

息子もその事を理解してくれ、次の春期講習に臨みました。
春期講習後の説明会に参加をしました。
私の質問は、成績より「息子の集中力はいかがですか?」とだけ質問をしています。(毎回聞いています。)

その後も夏期講習、冬期講習を受けています。
息子は、Z会の教室で学ぶ楽しさと時々寄り道を楽しむようになりました。
なにより、少しずつだが息子の集中力が付いてきたと実感しています。

あれから一年。
また春期講習の申し込みの時期が来た。
息子とデート
[2007年02月15日(木) ]

息子の肘の治療のために、月に何度か病院に通っている。

運転手は私。
助手席に息子が座る。
思春期の子供とは、同じ方向を向いて話すと話しやすい。
子ども達は好んで助手席に乗り込み、しゃべりまくる。

先日、その通院日だった。
片道45分、往復90分間。
誰にも邪魔されない息子とのデートタイム。

会話の中身は、今日の出来事だったり、
車窓から見える景色の話だったり・・・・
いつも 取り留めのない話をしている。

車中では、ラジオを流している。
私はいつも主要の道路は通らず、地元の人達が通る道が好きだ。
(ただ渋滞を避けているだけ)
毎回 ある場所を通ると、必ずラジオが聞こえなくなる。
ラジオの電波が乱れるためだ。
息子が「このあたりに住んでいる人は、ラジオが聞けないのかな?」と訊かれた。
この辺りになると、どうしてラジオの電波が乱れるのかと不思議がっている。
目に見えない環境の変化に息子は気がついた。

電磁波のことを話す機会がもてた。そして、一緒に考えた。
「俺なら、こうするな〜。」
その答えが正解かどうかは解らない。
だけど、一緒に環境を考えることが出来た。

ちょっと、一緒に考える。・・・そんな積み重ねが大事なのかもしれない。


次の角を左折したら、息子が言った。
「かぁさん、あそこのラーメン屋 うまそ〜じゃない?」
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