かぁちゃん、ただ今 育自中

子供を育てているつもりだが、実は親が育てられているのかもしれない。
「育児は育自」 私は、今も育っています。

     
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ボク、2番目ですか。
[2008年07月16日(水) ]

 近所に息子の一つ下の男の子(中2年生の△君)が住んでいます。
彼は幼稚園頃に、この地に新しく家を建てて入居した家族です。
一人っ子の彼が小学校1年生の時、大雨の日、母の不在で玄関前で大泣きしていたことがありました。
異常な泣き声に驚いた私は、彼の母が帰ってくるまで我が家でお留守番をしていた出来事がありました。
そのためか、彼は私にきちんと挨拶をしてくれます。
彼の母は、残念ながら私とは合わないタイプらしく、学年が違う理由なのか挨拶程度の付き合いしか進展していません。

ある夕方、私は友人宅の帰り道中で、久しぶりに△君に会いました。
少し薄暗くなっていたのに「こんばんわ〜」と声をかけてくれたのです。
「お〜〜、久しぶりだね。どう?足は治ったの。」
実は彼は、春に骨折をして松葉杖姿を一度見ていたからです。

「はい、もう大丈夫です。」
「大変だったね〜、痛かったでしょう」
「学校の授業中で、やったんですよ。それが・・・」
彼の話を要約をすると、体育の授業中に、こんなんで骨折をするか?という体勢で折ってしまったらしいのです。
自分は痛くて一歩も動けなかったのに、友人たちは悪ふざけをしているとしか受け取ってもらえなく笑ってばかりで、骨折をしていると信じてくれなかったのが辛かったそうです。
やっと、信じてくれて病院に運ばれ、複雑な骨を骨折をしてしまい、松葉杖から卒業するのに時間がかかったそうです。
彼が病院に運び込まれ、大急ぎで駆けつけた母の心配の顔は今でも忘れなかったといいます。
「こうやって頭を抱えていたんだよ。あの顔は一生忘れないよ。」と彼は、その時の印象を教えてくれました。
「でもね。・・・・・・・」母に対して心配をかけて申し訳なかったと思う気持ちがあったのに、次ぎの一言で彼は逆に辛い思いをしたようでした。
「でもね。頭を抱えながら言った言葉が『学校はどうするの、勉強はどうするの』だったんだよ、ボクは2番目ですか!!」彼は、笑い話のように伝えてくれていたけれど、その言葉はものすごく重い意味を私に教えてくれました。
同じ母親として反省をしてしまいました。
彼は、正直です。近所のおばさんに自分の正直な気持ちを教えてくれたのです。

私は別れ際に「そうかぁ〜、僕の体の事よりも勉強の事を心配したんだ。がっかりしちゃったね。きっと、お母さん気が動転しちゃったんだよ。いつか言ってやりな『ボクの体の事を一番に心配して』って!」
彼は「ははは・・・・・・、もういいです。」なんて言いながら、治りきっていない足をかばいながら家路に向かいました。

彼の一言は、「子ども代表」として痛いパンチでした。
あの一言が、どんなに子どもの心に傷つけたのだろう。
あの一言が、大人になっても彼の心の根っこに残るのだろうか。
あの一言が、・・・・・・・・
ただ、裏を返せばあの場で「何よりも「あなた」は大切な存在。」が伝える事ができていれば、
どんなに子どもの心が満たされ、成長していけたんだろうとも思いました。
そんな日々の積み重ねのズレが、子どもの心の成長に大きく影響をしてくるのかと考えさせてくれた出来事でした。

追記
私は、彼の言葉を彼の母に伝えようかとどうしようかと悩んでいました。
答えは、やめました。
それは、挨拶程度しかできない関係では、彼にとってマイナスになるだろうと心配をしたからです。
「地域で子どもを育てる」それも大人の社会人として大切な役割だと考えました。