かぁちゃん、ただ今 育自中

子供を育てているつもりだが、実は親が育てられているのかもしれない。
「育児は育自」 私は、今も育っています。

     
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どうして、やめられないの(子どもたちの携帯メール)
[2008年07月14日(月) ]

子どもたちの「ネット問題」に関心の高い保護者の方も多いと思います。
今回の「ネットいじめ」に関する講演を聞いた後に、こんな事を耳にしました。

先日、電車の中でもおばあちゃんとおかぁさんが「ネットいじめ」の話をしていました。
聞き耳を立てていてすみません。(でも、公共の場で話をしているんで、聞いてくださっても結構です。と私は受け取っています)
話の内容は、自分の悪口が書かれていると聞いた小学校高学年の娘さんが、その悪口の内容を知りたいと親に相談をしたそうです。
その親子は一緒にその内容を見て、話し合い、しばらく様子を見ることにしたそうです。
そして、その経緯を学校に相談を入れたのですが、ネット問題は学校でも問題になっていて、学校にできる範囲で対策はとってあるらしい。という内容でした。
その悪口という内容が「●○ちゃんって、顔が濃いよね。」(まぁ〜言い方を変えるとエクゾチック的な顔立ち)というものだったらしいのです。結果、誰かが「でも、可愛いよ。」という話で終わったということで、親もホッとしたと言っていました。

この話は、前回書いた数学の集合で表したメディア・親密圏(親・家族・友達)・公共圏(学校・地域・パブリック)の三つの円を思い出して見ると、どこが問題かがよくわかります。
親密圏の話をネット(メール)で不特定多数の人に知られてしまう恐怖を、送る側も受け取る側も知らないのです。
そして、何よりも怖いのが見ず知らずの人が「無防備のわたし」を全国の知らない人達に知られてしまうことなのではないでしょうか。

ではどうして、親密圏のことをネット・メールで送るのでしょう。
小学生中学年から高学年に始まる、女の子同士の三角関係問題となにか関係があるのでしょうか。
「誰かとつながっていたい」という感情です。
子どものメール・ネットは、大人の用事と違い「用件・内容」が重要ではないといいます。
用件・内容ではなく「つながっていること」が大事なのだと知りました。
つながっていないと「不安」なのだといいます。
だから、「メール」を片時も離せられないのだと知りました。
子どもの世界でも「序列」があるのだそうです。
声が大きい人(自分に自信がある人・力のある人・・・・)が自然に上に立っているのではないでしょうか。
社会的に、自他共に認める(認められている)「自己容認要求」が満たされている子は、揺るがない何かを持っているのでしょう。
そうではない、「自分を認めて欲しい」=「自己容認要求が満たされていない子」は、どうしたらいいのでしょう。
ある先生がアドバイスをくださいました。
それは、「『自己容認要求』は、具体的な体験をさせるしか満たせない。」と言われたのです。
満足できる学校生活・満足できる家庭生活を送る必要があるのだそうです。
少しづつ、少しづつでもいから、小さい成功や小さい満足を共有することで充分だといいます。
「つながっていないと不安」で使うメールやネットから、「用件・内容」重視の使い方に移行できるように、親は、その子自身との「つながり」を大切に考える事が必要なのかもしれません。
そう〜やはり最初のキーワード(「原因の根っこはここ?」)に戻るのです。

追記

ただね、その満足が、違う意味に捉える親たちが「モンスターペアレント」「ヘリコプターペアレント」になっているんですけどね。
ここは、大人の育自なんだと思いました。
自分の子育てが満足なものだったのか、どうなのかは「孫の代」でないとわからないといいます。
「モンスターペアレント」「ヘリコプターペアレント」が満足するものは、その子の成長に本当に役立つものなのか、
じっくり考える必要がありそうです。
答えは、いつの日か子どもが出してくれます。