かぁちゃん、ただ今 育自中

子供を育てているつもりだが、実は親が育てられているのかもしれない。
「育児は育自」 私は、今も育っています。

     
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どうでもいい話のすすめ
[2008年07月11日(金) ]

私は、一人で外食に行ける人です。
この日もZ会の保護者会の帰りに、行列のできる中華屋で一人ランチをしてきました。
私の前には小学生の高学年の男の子と父親が並んでいました。
男の子「この店、こんなに繁盛をしているなら、もっとお店を広げたらいいのに・・・」
父親「いいかぁ〜、この店のラーメンは一杯●50円だ、それがお店を広げたら・・・・・」といきなり経済学の話に発展していきました。
いやぁ〜知的な父親の会話は、横で聞いている私にもわかりやすく大変勉強になりました。
都会では、安くて旨くて混んでいるお店は、相席は当たり前です。
先に席についた親子のそばに私の席が用意をされました。
先の親子は、ビールに餃子・チャーハンに野菜ラーメンを注文をしていました。
私は、サンマ−麺と餃子を注文、いやぁ〜手作り餃子の熱くてうまい事。
ハフハフ言いながら、口には運んでいると、またまた親子の会話が聞こえてきました。
父親「あの部屋にはってある歴史の年表いいねぁ〜・・・・歴史がよく良くわかるよ。」
息子「あれいいでしょう〜、あれね。」
父親「あれ、わかるか?・・・・・・・と歴史の話が続く・・・・」
「う〜〜ん・・・」と息子さんは父親の話を尊敬をしながら聞いていました。(若干、聞き役っぽかったけど)

私、3個目の餃子を口に入れながら、すごいなぁ〜と尊敬しながら聞き耳を立てていました。
でもね、家路に向かう電車に乗って、しばし考えていたのです。
なんか、おかしいなぁ〜と。
あの親子の関係はなんだろう。・・・・・またまた祭っ子の一人妄想が始まります。
あの父親は、長期単身赴任をしているのかしら?
それとも、親子ともども目標は有名中学のお受験志願者かしら?
時として、教育的な話はしたいと思います。でも、あの場ではどうなんだろう。
そんな、なんともいえない違和感のある親子の会話を考えていたのです。

前回の話の続きです。「親子のコミュニケーション」は、どのように育てていけばいいのでしょう。
それは、どうでもいい話を15秒ぐらいでもいいから、子どもにもさせることだと言われました。
そうです。
教育的なジャッジをつける会話ではなく、どうでもいい世間話でいいのだといいます。

前回の今川焼きの話と同じ話をすれば、
子どもが味噌汁をこぼしただけでも、「それは集中力がないからよ。だから点数が悪いのよ。」と会話に変化するのではなく、味噌汁こぼした事の話をすればいいのです。

テレビ・ラジオ・本(漫画の本)・読み聞かせ・学校・ゲーム・・それは家庭の中の言語力につやを与えるだけのものでいいというのです。
夫婦ケンカも人間らしい会話だと言われました。
「人間の真に迫った台詞を言うことを子どもに見せるべき」だというのです。
家庭の中で自分の考えを伝える土壌をつくれるようになればいいのです。
それは、大きくなったお子さんでも可能なのです。
「うぜぇ」=「って、どういう意味?」「お母さんは、○○と理解してもいいかな?」
と子どもの言っている主語と述語をまとめるだけでも、充分に「うぜぇ」から進化するといわれました。

以前、「“デート”に学ぶ、子どもとの接し方」でも同じよう事を教えて頂きました。
どうでもいい話、親子でいっぱいいっぱいしましょうよ