かぁちゃん、ただ今 育自中

子供を育てているつもりだが、実は親が育てられているのかもしれない。
「育児は育自」 私は、今も育っています。

     
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大きなマス目
[2008年07月09日(水) ]

親子のコミュニケーションの話の続きです。
今回、子育て講演のサブテーマに『「親に言えない」子どもの本音』という題をつけました。
講師の先生には「親に言えない」のではなく「親に言わない」と言い直されました。

親子の関係は、ある意味「生殺与奪権」なのだそうです。
「生かすこと殺すこと奪うこと考えることも思うままにできる。他人の運命を操ること」という意味だそうです。
その中で、子どもは本当の事を言えなくなってきているというのです。

子どもは「お母さんにお話をしても、いつも最後は同じ事しか言わないんだ。『勉強しなさい』と言われるだけなんだ。」
一体どういう事なんでしょう。
私も、ちょっと反省をしています。(アルアルだからです。)
講師の安達倭雅子氏は、面白おかしく教えてくださいました。

例をあげて頂きました。
子どもが、A君の家でご馳走になった今川焼きが美味しかった−−−
子ども「お母さん、A君の家でご馳走になった今川焼き・・・」
今川焼きをご馳走してくれたA君はお出来になる(学校の成績が良い)と−−−
母親「あなた、勉強しなさい。」
と話が変化していくのだというのです。

「早く寝なさい。」「早くしなさい。」「早く食べちゃいなさい。」・・・・・すべての会話の結末が、ここで収まってしまうことって、私にも経験があります。

何も言えなくなった子どもたちは、言語力が育たなくなっていると聞きました。
「別に」「うぜぇ」「びみょう〜」は、作文用紙でいえば表題にしかすぎないといいます。
大きなマス目に「うぜぇ」「別に」「びみょう〜」と書いて、表現の回避をしていると知ると、納得がいきました。
表題には、中身がいっぱい伝えたい事があるのに、どう表現していいかわかっていないというのです。

「ありがとうございます」という一言にもいろいろなシュチュエーションの「ありがとうございます」があるのだといいます。
言語力が育っている人は、それはどんな風に言われた(言った)「ありがとうございます」なのかがわかりますが、
今のネット社会では、「ありがとうございます」の一文で、その感情が見えない(読めない)だといいます。
酸いも甘いも承知している大人は、相手の性格や行動パターンを知っているので、その一言でも想像が付きます。
ですから、例えば「・・・・遅れそうです。」とメールが入ってきて、
「バ〜カ」と返信しても「へへへ・・」と受け取ってもらえるのです。

「頭にきた」=頭
「うぇ!」むかつく=腹
と言語力の育っていない子は、話すことが体感的になってきているというのです。
そして何より「言語力のなさ=暴力につながる」と事実に驚いてしまいました。
小さい子どもが癇癪を起こす。
物静かな大人が、「グーの音」がでないほど追い詰めるとテーブルをバンとたたいてどこかに行ってしまう。
それも、同じだといいます。
ロス・コミュケーションという言葉も知りました。
子ども自身が、緊急性があるのに、それを上手に伝えられないというのです。
もちろん、それは受け手も育っていないということにもなります。
この子が、こんな事を言うのは何かがあるぞ、とか身体に変化があるぞ、とか・・・それを見破るすべが育ってないということなんでしょう。

「話すが基本」「言葉の力」は大事と知りました。
では、どのようにしたら、言葉が育つのでしょう。
国語の先生?
読み聞かせ?
一番大事な根を育てるには、実は家庭が一番だと言われました。
人間らしい対話を聞いている、側聞(言わなくても聞いている)だけでもいいのだそうです。
家庭の中で「本当の話をしている」「本当の話を聞いている」そんな人が二人いれば、それだけ充分に育つのだと言います。
たとえ、学校や友達関係で悪い言葉を覚えても、その言葉は身に付かないとのことです。
では、どうやって、育てるのか・・・・一緒に考えてみましょうよ。