かぁちゃん、ただ今 育自中

子供を育てているつもりだが、実は親が育てられているのかもしれない。
「育児は育自」 私は、今も育っています。

     
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外来種(秋の虫偏)
[2008年10月13日(月) ]

私は北海道出身です。
本州(内地)と北海道の違いをおもしろがって探しています。
いろいろな違いはありますが、動植物の生態が一番わかりやすいです。

内地にきて、初めて秋の虫の声を聞いたときは、何と風流なのかしらと思いました。
ススキの穂とお月様をバックになんともはかなく、夏の疲れ切った体に癒しのささやき声に聞こえ、静かに眠りを誘ってくれます。

ところが、何年か前から秋の虫の声が「うるさい!!!」「元気良すぎ!!」「静かにしろ!!」と一転して、雑音になってしまいました。
どうも、原因は外来種の虫が、私が住むこのエリアまで進出してきたとのこと。


昔、北海道にはゴキブリはいませんでした。
それは、あの寒さに耐えられなかったからです。
それが、ビルが多く建ち並び、空調が24時間保たれ始めた頃から、ゴキブリ(チャバネゴキブリ)などの害虫が繁殖したと知りました。
でも、今までゴキブリがいなかった所にどうやって、移住してきたのでしょう。
ゴキブリ大好きな人が、北海道に持ってきたなんて考えられません。

30年前に、ある害虫業者さんから聞いた話です。
「今(30年前)は、運送手段が飛行機、船、電車、トラック・・・・と広まってきたから、その荷物と一緒に運ばれくるんだよ。段ボールに卵が付いていて、ビルの中では温かいから、こちらで孵化して繁殖しているんだよ。これからドンドン増えると思うよ。」と教えてくださいました。

30年前は、まだ宅配業者が少ない頃でした。
北海道を渡るには、船と飛行機(まだ空港が少ない)が主流でした。

それが、今は国内外で運送業者の数が多くなり、世の中が便利になりました。
だけど、いろいろなものまでもがくっついて来ていることは、まったく考えたことがありませんでした。

外来種の秋の虫の音を聞く度に、私達は何を手に入れ、何を失ってきたかを考えなくてはいけないと思いました。
夏に、見かけない色の虫をたくさん発見しました。
「あんたさぁ〜何処の国の虫なの?」ときいても返事はしてくれません。
あ〜ぁ。あの可憐なはかない日本古来の秋の虫の声が聞かれない日が来るのかな?
環境省の全滅危惧種に載らないことを祈っています。


それにしても、毎晩思うことは「うるさい!!」です。




まぶしい白さの秘密
[2008年10月08日(水) ]

天気の良い日に干した洗濯物には、お日様の匂いがします。
泥だらけの靴下やユニフォームが、真っ白になっていればもう大満足。
泡が土色になるほど、ゴシゴシと手洗いした甲斐があります。

日本人は、洗濯物は真っ白になっていれば、清潔にみえるという「真っ白信仰」があると聞きました。確かに、白いモノは白く。
汗染みも食べ汚しもキレイにしたいとゴシゴシと洗っています。

真っ白い洋服には、すでに蛍光増白剤が織り込んであるそうです。
ですから、オーガニックの白とは違う、白になっているそうです。
そこに、毎度使う合成洗剤の中に蛍光増白剤がバッチリと入っているわけだから。
お日様の下で乾かしていると、まぶしい白に見えるわけです。
そんなことを言っても、白いならそれでいいではありませんか?!なんて質問をぶつけられそうです。
実はこの蛍光増白剤は、いつまでも残ることが問題なのだそうです。

本物の白というのは、本当はガーゼの色だそうです。
医療で使うガーゼなどには、蛍光増白剤を使ってはいけないとされています。
それは、日本薬局方と食品衛生法で定められているからです。

蛍光増白剤の使用禁止 食品衛生法で紙ナプキン、食品の包装紙、懐紙、キッチンペーパーなど
日本薬局方でガーゼ、包帯、脱脂綿など


洗濯物は白いモノは白くを求めるために、蛍光増白剤入りの合成洗剤を使い、体に浸透させている事実を知りました。ハンカチ・ガーゼを赤ちゃんの口元を拭いたら、そのままその唇に蛍光増白剤は残るそうです。お豆腐や肉まんを包む布を合成洗剤で洗っていると、出来上がったお豆腐や肉まんは光り輝いているそうです。(実験:ブラックライトは、目に見えない光(紫外線)をだしています。蛍光物質は紫外線を吸収するとそれを人間の目に見える光に変える性質があるので、いろいろなものが光って見えるそうです。

この事実を知った上で、消費者として、どうするかは人それぞれです。合成洗剤を推進している団体にも言い分があるでしょう。せっけんを勧める団体も訴えたいことはたくさんあります。でも、一つだけ大変な事実を知りました。(これは、立ち話のこぼれ話ですけどね)

それは、合成洗剤を作っているある偉いさんの家庭では、せっけんを使っているそうです。
自社の製品に何か問題があるのでしょうかね?





そりゃぁ〜、当たり前だわ。(食器洗い洗剤編)
[2008年10月01日(水) ]

私、食器洗い洗剤は、某銀行と某新聞店から頂いていました。
それは某メーカーの台所合成洗剤で、ここのメーカーが比較的、肌荒れを起こさないので気に入っていたのです。
でも、お湯を使う季節になると、右手の親指と人差し指の付け根と中指の先に痒みやぐちゅぐちゅ湿疹が出てきます。お薬を塗っても、いっこうに回復しません。

ある生協の会議で、せっけんの話になりました。
せっけんで食器を洗っている人の話では「私は、アクリルたわしに固形石けんで洗っているわよ。もうすごくキレイになるし、手も荒れないわ。」と言われました。
「でも、私も他の人に勧められて、せっけんで洗ってみたんだけど、洗ってもベタベタな感じがするし、嫌なんだけど。」と疑問を言うと「液体石けんは、そうなるわよね。でも合成洗剤の成分が食器からキレイになくなると、ベタベタ感は無くなるわよ。アクリルたわしをあげるから、まずが固形石けんで洗ってみなさいよ。」と強く勧められました。

洗濯物はせっけんを使っているし、手荒れもピークに達していた時期だったので、素直に固形石けんで洗ってみることにしました。
まずは、食器についている油汚れを大雑把に取り、水(野菜の煮たお湯でも、麺を茹でたお湯でも)の中に投入。
泡立ちのいいスポンジに固形石けんを使い、こしこしと洗う
洗った食器は重ねないようにして、貯まったら流水で洗う。
この時、アクリルたわしを使うと食器に輝きが増す。

合成洗剤が残っている食器は、ベタベタ感が残っていますが、いつの間にかさらっとしてきます。(恐るべし合成洗剤)

また、ある会合後に「茶渋が気になるから、私の家のせっけんを持ってきたわ〜」と会議室にある茶渋の付いた茶碗を洗っている人がいました。聞くと「私はいつも粒状せっけんで食器も洗っているのよ。見て〜力を入れなくてもアクリルたわしでこんなにキレイになるでしょう。」とお手本を見せてくれました。
それを聞いて以来、私は食器が洗える粉石けんで食器もお風呂も洗濯も・・・・家中、せっけん箱一つで済んでいます。

先週、せっけんの生産者とお話をする機会がありました。
台所合成洗剤の裏側には、横文字がいっぱい並んでします。
中身は、どのメーカーもほとんど一緒。
同じ場所で聞いていた薬剤師の資格を持っている方が「え!!それ本当ですか?!」と顔が青白くなるほどのものが入っているそうです。
そして、使用方法は、
一リットルの水に対して0.75ミリリットル(料理用小さじ一杯は、5ミリリットル)と書かれています。野菜・果物を洗う場合は5分以上つけたままにしない。流水の場合は野菜・果物は30秒以上、食器及び調理器具は5秒以上、ため水・・・・・・と注意事項が書いてあります。

野菜・果物を5分以上をつけたままにするとどうなるのか、水一リトルに対して0.75ミリリットル以上を使うと体にどのような影響が出来るのかは一切書いてありません。
国(厚生労働省)は、台所洗剤の安全性について、このように言っていたそうです。
「指示通り使っていれば、体に害はない。」と。

『必ずご使用前に表示をお読みください』を読んでいない消費者に非があると言っているそうです。
そんなことを言っても、テレビのCMでは、継ぎ足さなくでもアワアワと宣伝しているし、・・・・。
スポンジに直接洗剤をチューと出している人ほとんどではないでしょうか。
そうなると使用量は、60〜70倍の量を使っているそうです。
そうなると、手荒れがひどく、主婦湿疹も当たり前。
手荒れを気にして、皮膚科に通ってステロイド剤を塗っても、使っている洗剤が合成洗剤なら、いたちごっこになっている現実を知らない人が多いとことです。
皮膚に症状が出る人は、まだいいのかもしれませんよね。
外に症状が出るのですから。
毛細血管を通して体中に運ばれることを気になる方は、まずはせっけんを生活に取り入れてみませんか?

面白いHPを見つけました。
厚生労働省の「18年度家庭用品に関する健康被害モニター」の家庭用品等に係る皮膚障害に関する報告を読んでみてください。

見方が変わる(戦争編)
[2008年08月11日(月) ]

終戦記念日が近づいてきました。
子どもの頃に描いていた戦争のイメージは、日本国VS他国との戦いと思っていました。
それが、自分が歳を取るにつれ、社会に対する見方や事実を知るたびに、その見方は変わってきました。
それは、急変したものではなく、少しづつ少しづつ、こんがらかっていた大きな毛糸玉を解くように、すべての事実が一本の線でつながっていた事に気が付いたといっていいでしょう。

以前は、原爆や大空襲を体験された方達のお話や映画を見聞きして、その悲惨さを考えさせられました。
それは、被害を受けた者たちの嘆き、悲しみ、絶望です。
そして、「生きる」ことの大切さを教えてくださいました。

昨年から、むのたけじ氏のコラムを読むようになり、組織で動く戦争から個が受けた戦争のあり方を考えるようになりました。
激戦地で最前線にいた兵士の気持ちとその苦悩、そして、その家族。
兵士を最前線へ送る部隊の気持ちとその苦悩、そして、その家族たち。

一発の爆弾の被害者と同じように加害者にも、その人生があり、ドラマがあるわけです。
ですから、爆弾の数の分だけそれぞれのドラマがあったことがわかりました。

初夏から、毎日新聞には「モンテンルパのうた 兵士が遺す言葉」が連載されていました。
歳の頃は80代の人たちが、戦争に行き、生きて帰れた上の苦悩が書かれていました。
そして、アメリカで原爆開発計画に参加した女性科学者の人生も、63年間も苦しんでいた事実に私は驚いてしまいました。
毎日新聞
朝日新聞

このような事実を知って上で、「戦争」とはなんだろう?と考えた時、
これは、もはや「戦争とは、自分が生きるか死ぬかの選択しかない」ことがハッキリしてきました。
国は、「いのち」の大切さを教えないと言います。
それはなぜか?
それは、有識者から聞いた話では「戦争が起こった時に、国のために「いのちを落とせ」と言えなくなるからよ。」と教えてくださいました。
だから、「いのち」の大切さは、家庭がキチンと教えるべきなのだと理解しました。
「あなたは、大事な子どもです。」「あなたは、かけがえのない命を持っているんですよ。」と・・・・。
戦地最前線では、知らない者同士の自分を守るための戦いです。
そんな戦争は大反対です。

今年も終戦の日が近づいてきました。
世界中の戦争犠牲者のみなさんに合掌したいと思います。

黙祷

「みんな」って何人?
[2008年06月09日(月) ]

昔、私の友人が中学校の時に父親に言われた言葉です。
友人の住んでいた場所は、繁華街に近く流行に敏感な家庭が多く住んでいる地区でした。
友人の周りの友達は、いつも最新流行のものを持っていたので、友人は父親に「あれが欲しい、みんなが持っているんだよ。持っていない人は私だけだよ。だから買って買って!!」とせがんだそうです。(お願いをしたそうです。)
ですが、友人の父親は子どもの交友関係を知っていたので「みんなって、誰?何人いるんだ。学校の全員が持っているのか?」と言われてしまい、結局買ってもらえなかった思い出を話してくれました。

耳が痛い話です。
子どもが「みんなが持っているんだよ〜〜、持っていないのはオレだけだよ!!」と言われ、つい根負けしちゃいそうだからです。
そういう場面になると、私は「みんなって何人?」という言葉を思い出しています。

昨年の話ですが、ある情報番組で、子どもの携帯電話の所持率が、「4人に1人は持っている計算になります。」と言っていました。これを聞いて、「4人に一人とは」かなりの所持率だと思う人も多いでしょうが、
持っていない所持率を考えると「4人に3人は持っていないということです。」
友人の「みんなが持っている」というのは、名前が挙げられる数人なだけで、「みんな」ではないのです。

そんなことより、みんなで考えなくてはいけない問題があります。それは日本の自給率です。
今の日本では、食料輸入が止まれば、今のような豊かな食事を「10人に4人しか食べられないのです」
言い方を変えれば「10人に6人は食べれない」のです。
かの有名なマリー・アントワネットの名台詞で「パンがなければケーキを食べればいい」と同じ考えを持っている人が大勢いては大変です。
食べ物は全て生きものです。
作らなくては出来ないのです。成長には時間がかかります。一つの歯車が欠け落ちると回らなくなるのです。
戦後すぐの食事になる前に、すこしづつ自給率をあげる生活をしていかなくてはいけません。
それこそ、「みんなで」です。
せめて「10人に7人が食べれるように」国産自給率をあげましょう。
それが、子どもたちの未来につながり、国内の労働の確保になるのかなと最近考えられるようになりました。
一本の勧誘電話(オール電化)
[2008年05月02日(金) ]

我が家には、いろいろな勧誘電話がかかってきます。
何処で情報が得るのか知りませんが、その年齢に合わせた勧誘が多いこと多いこと。
例えば、同居の両親の元には公園墓地の案内、高年齢でも入れる保険、マンションのオーナーの勧誘、独身の身内がいた時は結婚案内所の勧誘、近郊マンションの案内。
私達世帯には、ガン保険の勧誘、子どもたちの教育関係、成人式を控えた娘に着物、掃除、エステ、畳替え・・・・とありとあらゆる所から勧誘電話がかかってくるのです。

勧誘電話もいろいろ聞いているうちに、こちらも耳も肥えてきます『このオペレーターは原稿を丸読みだとか、知識が全くないとか、ず〜っと断られ続けて嫌気が差しているのか、一回通話のバイトなのか、何分話してのバイト料なのか・・・』声を聞いただけでも、わかるようになりました。

先日、新手の勧誘の電話が入ってきました。
「こちら、オール電化をお勧めしている△■会社の●○と申します。」となかなかの好印象の若者の声でした。
話も聞かずに、いきなり切るのも失礼なので、お話をじっくり聞くことにしました。
あちらさんも、何本を勧誘をしているのでしょう、客体である私の興味度は頷き方でわかるようで
「オール電化は興味がありませんかね?」と聞いてきました。
「そうねぇ〜、今はオール電化で売り出しているマンションも多いようですものね・・・・。」と言いながらオール電化に対して共感をよせない返事をすると「なにが気持ち悪いと感じるのでしょうか?」とこれまたマイナス要因の質問をしてきました。

そう言われ、私は電磁波、CO2排出、原子力発電のこと、そして六ヶ所村のことがグルグルと考え巡っていました。

電力は、今や無くては困る存在になっています。
今、こうやってパソコンが打てるのも電力です。
真夜中のトイレに、一人で行けるのも電力のおかげです。
生活全てに電力が使われ、私達の手助けになっているのです。
それだけありがた〜〜いパワーなのはわかりますが、
電力を生みだしているもののモノやその後に、どんなことが起こっているのかと考えたとき、
「オール電化万歳」と素直に受け入れられないです。

私は勧誘の男性に「オール電化には、いろいろな問題があるのではないでしょうか?たとえば、六ヶ所村〜」
と人から聞いた生半可の知識をチラッと見せびらかしました。
電話の向こうの彼は、それには何の話題にも触れず「・・・・では、オール電化には興味がないようですので、失礼いたしました。」と丁重に電話を切られたのでした。

電話を切られた私は、ちょっと消化不良を起こしていました。
オール電化を勧める彼の意見を聞いてみたかったからです。
次回、また同じような電話が来たら、今度こそ「電力の種類とそのリスク」を聞いてみようと思いました。

いや、まてまて、聞く前に自分が少し勉強をしなくては・・・・・・・。
未来ある子ども達のために、この地球とともに「生きる」ために、何が一番良い方法なのかを。

参考資料

再処理・プルサーマルをめぐる動き





平和に暮らすために、森を考える
[2007年11月14日(水) ]

ノーベル平和賞の理由である、
温暖化を防ぐために努力することは、結局は、世界で紛争や戦争を防止するのだ」をもう少し考えてみたいと思います。

世界の人たちが平和に暮らすためには、一番に何が必要なんでしょう。
水と食料があることではないでしょうか?
次に、居心地の良い住まいと環境。
次に、人は一人では生きていられないので、他の人たちと力を合わせなくてはいけない。
次に、次に・・・・と多くの事や人が絡み合って、私たちは生活をしていることになります。

さて、ここで紛争と戦争を防止するために温暖化対策が、なぜ必要なのか考えてみたいと思います。

私の愛読の「毎日小学生新聞」8歳からの環境ナビ(上原陽子著、環境NGO(非政府組織元事務局スタッフ)より

世界の森が減っているのはなぜ?
世界の森は、2000〜05年の間に毎年、日本の20%に当たる約730万ヘクタールの森が減っているそうです。時間に計算をすると一秒間にバスケットボールコート半分の面積が消えているというのです。
どうして、そんな速さで森が消えていくのでしょう。

農地をつくるため
例えば、お金を得るために森を切り開いて大きな農地や牧場をつくっているとこがあります。マレーシアなどでは、アブラヤシを栽培をするために広い熱帯雨林がなくなりました。アブラヤシは、私たちにもなじみのあるアイスクリームや洗剤などの原料です。このような大きな畑などをつくる時、森を焼くこともあります。インドネシアやブラジルなどでは、この火がもとで数百万ヘクタールを焼く森林火災が起こりました。

木を燃料にするために
また、まきを燃料にしている発展途上の国々があります。ここでは人が増え、燃料として使う木をたくさん切りすぎてしまいました。熱帯雨林やロシアの天然林では、木材を売るために法律を守らずむやみに木が切られています。


世界の森が減っていく背景には、そこに暮らす人たちの生活があります。
自分たちが快適に住むために行ってきた事が地球規模に何かが起きているという認識はありません。このまま世界の森が減っていかないように、国際的な動きが必要だと感じます。

では、日本の森では何が起きているのでしょう。
環境ナビの上原陽子氏の記事の中では、このように書かれていました。

日本は国土の三分の二が森で、世界でも森を占める割合が大きい国です。日本の森の焼く40%は、木材をつくろうと人が木を植えた人工林です。

手入れをされなくなった
こうした人工の森は、手入れが必要です。例えば、間伐(かんばつ)といって、木の間をあけるために本数を減らします。すると、木がしっかり根を張り、真っすぐに良く育ちます。地面にも日が当たって草が生え、土砂崩れや洪水も防ぎます。また、木が二酸化炭素をたくさん吸ってくれます。

林業では暮らせない
でも日本には手入れをされていない森が多くあります。日本で家具などに使う木材の約80%は海外から買っているからです。安くて加工しやすい同じ質の木材がたくさんそろいます。だから、日本の木材は値段が下がり、木をつくる林業では生活できなくなりました。若い人は林業をせず、残ったのは高齢の人たち。間伐などの手入れは重労働で、なかなかできず、木を切ってもお金になりません。

人々の生活も変わった
ほかに里山といって、人が手を入れ、生活に役立ててきた雑木林があります。昔は燃料や堆肥などにつかっていました。でも生活が変わり、住む人が減って、里山も手入れされなくなりました。
日本の森を守るために、できるだけ国産の木材や間伐した木を使うことが必要です。
一方で、森の手入れや里山を昔の姿に戻そうと取り組むボランティア団体も増えています


森は、大切な水を作ってくれます。そして、海にも多大な影響を与えます。
もしかしたら、天気にも大きな影響があるのかもしれません。

世界の森・日本の森の出来事は、都会に住む私たちには遠くの出来事ですが、実はつながっているのです。
とても身近な物に形を変えて、そして、その影響がとても大きいと知る時は、いつになるのでしょう。自分たちの子どもに大切な森を残せるように、考えなければいけない時がきたと思いました。







ノーベル平和賞と環境問題
[2007年11月12日(月) ]

スウェーデンのアルフレッド・ノーベル氏が残した遺産を元に作られたノーベル賞。
毎日小学生新聞に小学生でもわかるように「ノーベル平和賞」の記事が載っていました。

ノーベルさんは、いまから百年以上も前の人ですが、さまざまな発明をして、大金持ちになりました。
中でもダイナマイトの発明が有名です。
ダイナマイトは、工事で山を崩したりするのに役立ちますが、戦争の武器としても使われました。
ノーベルさんは、自分の発明で大勢の人が殺されてしまうことを悲しみ、亡くなる時、「人類のために約立つことをした人にあげる賞を作ってほしい」という遺言を残したのです。

今年は、ノーベル平和賞に「不都合な真実」で有名なアメリカのアル・ゴア前副大統領が受賞されました。
でも、「温暖化対策が平和とどう結びつくのでしょう?」

毎日新聞にはこのように書かれていました。

それは、地球温暖化が進むと、水不足になる国や地域が出てくることでしょう。農作物が育たないところも出てくることでしょう。そうなると、水や食料を求めて人々が争い、戦争になるかもしれません。
温暖化を防ぐために努力することは、結局は、世界で紛争や戦争を防止するのだ、という考え方なのですね。


世界で、一、二を争う二酸化炭素排出大国アメリカの元副大統領は、このことを自国にキチンと伝えて欲しいと願うばかりです。

ですが、地球温暖化の原因は、実は私たち一人一人の生活のあり方に問題があるともいえます。
どこかの国が、あの企業が、・・・という前に実は、「チリも積もれば山となる」で家庭が出している少ない量でも、日本の全世帯が使った量は、思いの外多いのです。
戦争反対!!平和な世界を!!と願う前に、使わない電気を消したり、ゴミを出さない消費をすることが、実は世界平和につながっているのだと知りました。

未来の人を助けたい
[2007年08月29日(水) ]

終戦記念日の15日から、二週間が過ぎました。
夏の高校野球も終わり、セミの鳴き声も夏の終わりを感じるように聞こえます。

どうしても、このブログに残しておきたい文章があります。
未来の自分と未来の子どもたちと未来の私の遺伝子につながる人たちのために
書かせて下さい。

広島に原爆が投下されて、62年が経ちました。
8月6日に開かれた平和記念式典で、小学6年生が読み上げた「平和への誓い」の全文が
毎日小学生新聞に載っていました。

平和への誓い(全文)

私たちは、62年前の8月6日、ヒロシマで起きたことを忘れません。
あの日、街は真っ赤な火の海となり、何もかもが焼かれてなくなりました。
川は死者で埋まり、生き残った人達は涙も出ないほど、心と体を傷つけられました。
目も鼻も口もわからないほどの大やけど。手足に突き刺さった無数のガラス。
あの日、ヒロシマは、怒りや悲しみのとても恐ろしい街でした。
これが原爆です。これが戦争です。これが本当にあったことなのです。
しかし、原子爆弾によっても失われなかったものがあります。
それは生きる希望です。
祖父母達は、廃墟の中、心と体がぼろぼろになっても、どんなに苦しくつらいときでも、
生きる希望を持ち続けました。多くの犠牲の上によみがえった広島をもっと輝かせたいという思いで、原子爆弾によって焼け野原になった街をつくり直してきました。
そして、今、広島は、自然も豊かでたくさんの人々が行き交う、笑顔あふれるとても平和な街となりました。
今、テレビや新聞は、絶えることない戦争が、世界中で多くの命を奪い、今日一日生きていけるのか、一日一食食べられるのか、そんな状況の子どもたちをつくり出していることを伝えています。
そして、私たちの身近なところでは、いじめや争いが多くの人の心や体を壊しています。
嫌なことをされたら相手に仕返しをしたい、そんな気持ちは誰にでもあります。でも、自分の受けた苦しみや悲しみを他人にまたぶつけても、何も生まれません。同じことがいつまでも続くだけです。
平和な世界を作るためには、「憎しみ」や「悲しみ」の連鎖を、自分のところで断ち切る強さと優しさが必要です。そして、文化や歴史の違いを超えて、お互いを認め合い、相手の気持ちをや考えを「知ること」が大切です。
途切れそうな命を必死でつないできた祖父母たちがいたから、今の私たちがいます。原子爆弾や戦争の恐ろしい事実や悲しい体験を、一人でも多くの人たちに「伝えること」は、私たちの使命です。
私たちは、あの日苦しんでいた人たちを助けることができませんが、未来の人たちを助けることはできるのです。
私たちは、ヒロシマを「遠い昔の話」にはしません。
私たちは、「戦争をやめよう、核兵器を捨てよう」と訴え続けていきます。
そして、世界中の人々の心を「平和の灯火」でつなぐことを誓います。
平成19年(2007年)8月6日
子ども代表
平和への祈り
[2007年08月13日(月) ]

もうすこしで、終戦記念日です。
今年も高校野球を見ながら、15日の午後0時に1分間の黙祷を捧げたいと思います。
戦争の多大な犠牲者の冥福と今の私たちの平和への感謝を祈りを込めて。

我が家は毎日小学生新聞を読んでいます。
その中に、目を引く記事がありました。

世界の名言 私はだれ? にんげんをかえせ

1945年8月6日。広島に原爆が落とされました。28歳だった私は、爆心地から約3キロの自宅で被爆しました。
高校生の頃から詩を書いていていた私は戦後、結核に悩まされながらも、平和運動の先頭に立ち、原爆反対、平和を訴える作品を発表をしました。
韓国と北朝鮮による朝鮮戦争が激しさを増す中、韓国を応援するアメリカのトルーマン大統領は50年11月、原爆を使おうかと検討しているという声明を出します。私はそれに抗議しようと、結核で療養中の国立広島療養所で「原爆詩集」を書き上げました。25編を収め、その「序」が次の詩でした。

ちちをかえせ ははをかえせ としよりをかえせ こどもをかえせ
わたしをかえせ わたしにつながる
にんげんをかえせ
にんげんの にんげんのよのあるかぎり
くずれぬへいわを へいわをかえせ

「原爆詩集」をさらに深めた作品を書くため、手術を受けることにしました。しかし、14時間におよぶ手術中に息絶えました。
毎日小学生新聞より

私は、誰でしょう。
昭和期の詩人 峠 三吉さんです。

あれだけの犠牲を出しておいて、5年後にも原爆をアジアの中で使う事を考えていたアメリカに不快感を覚えました。
原爆を使う意味はあるのでしょうか?
どこかの大臣が「仕方がない」発言をされましたが、原爆を使うしか方法がなかったのでしょうか?
原爆を使われて、どうなったか、日本人は言い続けなくちゃ行けない。
伝え続けなくちゃ行けない。
そして、本当のことを知らなくてはいけない。

私は、広島に一度も訪れたことがありません。
娘が中学の修学旅行で、広島の行き語り部の人達の話を聞いてきました。
娘を通した広島しか知りません。
一瞬にして、何もかも奪われた広島の地に行き、平和の意味を知りたいと思いました。
合掌
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