かぁちゃん、ただ今 育自中

子供を育てているつもりだが、実は親が育てられているのかもしれない。
「育児は育自」 私は、今も育っています。

     
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ジワジワと
[2008年11月21日(金) ]

私はある生協活動に参加をしています。
「私の話し相手になって、」と運営委員長に誘われて、2年が経ちます。
椅子にすわっているだけの名ばかりの運営委員ですが、
色々な人たちとの関わりで、私は「世の中」に対する考えが変ってきました。

消費するものは安いが一番!!
世界の研究技術で、病気に強く、腐らなくて、安定して食べられればそれが一番!!
使い捨て万歳!!
自分が住んでいる所さえ、健全でキレイならそれが一番!!
お金さえ払えば、なんでも手に入るのが何が悪い!

若い頃は、そんな考えを当たり前のように持っていました。
世の中の仕組みとか、流れとか、なにもわからなかったからです。

食に疑問を持ちはじめ、答えを知りたいと思った時から、
少しづつ少しづつ現実を知りたいという気持ちがわいてきました。
知って驚きでした。
全ては、今の世の中とか世界とかにつながっていたのです。。
日本の自給率・世界の温暖化対策・雇用問題・健康問題・・・・
今までは、私たちが消費していることと、どう結びついているのか知る由もありませんでした。
ただ、食べたいもの使いたいものを買うだけの運動に、世界を動かせるなんて考えられますか?

先日、生協の会議の後に、生協活動の基本の基であるチラシ撒きをすることにしました。
午前中の会議の後だったので、別会場でしているお料理教室(生協主催)にランチだけ参加をしました。
この日のメニューは、生協の消費材を使った簡単おもてなし料理でした。
講師は、料理名人の先輩組合員さん達。
栄養バランスといい料理法といい、得られことがいっぱいの料理教室です。
その中で、積極的に組合員さんに声をかけてらっしゃる方がいました。
その方は、韓国からの留学生さんで年齢は私より3つ上です。

いま、韓国の自給率は日本の自給率より低いそうです。
平和問題をはじめ、韓国にも多くの問題があるそうです。
彼女が色々な運動に関わってきて、いつも大きな壁にぶち当たるそうです。
運動をしても世の中が何も変らない・・・・、
運動に関わった人たちは、自己満足で終わっている現実の中で、
一冊の本に出会ったそうです。
その本を読んで、彼女は来日したそうです。
その本は、早稲田大学名誉教授の佐藤慶幸氏の書かれたものでした。
そこで、生○クラブ生協の存在を知り、一主婦が、この活動にどう関わっているのかということを調べたかったそうです。
今回の彼女の目的は、地道な生協活動を調べることでした。

私は、このジワジワとした地道な活動が好きではありませんでした。
それは効果がないと思っていたからです。
テレビや新聞にバァ〜ンと大勢に訴えた方が効果があると思っていたからです。
でも、情報にはメディア・リテラシー問題が存在をしています。
それに、流行では自給率を継続して上げられないそうです。
そう〜、ジワジワとした地道な活動が大切だということを
改めて韓国の留学生さんに教わりました。

あ〜こういうのも共育というのかしら。





母親達の年表
[2008年11月07日(金) ]

以前、諸富 祥彦著「子どもより親が怖いーカウンセラーが聞いた教師の本音」という本を読みました。
この本の中にあった、『母親達は、ある年代を境に変わってきている』という内容が心に残っています。

先月、息子の学校の行事に幼稚園の先生が見に来てくださいました。
息子が卒園をした幼稚園の先生です。
すでに、幼稚園の方は退職されていますが、息子達の学校行事には、喜んでいらしてくださいます。
卒園をした子ども達も先生の姿を見かけると、すぐに駆け寄ってきます。

一年に一度の再会ですが、先生は子どもたちの成長を私とともに喜んでくださってくれます。
親たちの楽しみは、先生を囲んでの昼食会です。
他の兄弟姉妹も、この先生にはお世話になっているので、話が盛り上がります。
(我が家の長子は他県の幼稚園でしたが、先生はわが長子のことも知っています。)

息子が卒業をした幼稚園は、本当にのびのびとした幼稚園生活を送らせていただきました。
男の子同志のケンカも容認です。(内容によりますけどね)
なわとび大会、コマ回し大会・・・色々な大会がありました。
子どもたちは、それに向かって真剣に練習をしてきました。
悔しくて泣いたり、一番になって大いばりをしたり・・・・・。
まぁ〜早い話が幼稚園の時期に経験することは、充分に経験させてくれた幼稚園でした。

そんな幼稚園児が、月日とともに成長をしていくのですから、先生も目が細くなるはずです。
今回の昼食会で、先生が幼稚園を辞めた理由を聞きました。
当初は、持病の腰痛が悪化したので辞表を出したとは聞いていましたが、他にも要因があったそうです。

それは、「母親たちが変わった。私は若いお母さん達にはついていけなくなった。」という内容でした。
何がどう、変わったと一言では言えないのだが、母親としての本質が違ってきている、というのです。
私達の時代にも、子ども同士のケンカは絶えませんでした。
ケンカをしながら揉まれていく子どももいれば、上手に渡り歩く子もいます。
子どもにも『我』があります。
子ども達は色々な経験を積んで、子ども自身が解決方法を見つければ良いのだと、私は思っています。

先生は、「●○君とこういう理由でケンカになりました〜〜〜〜。」と説明をしてくれます。
私達の時代の親たちは「はい、わかりました。家でもよく話を聞いておきます。・・キズ?どこですか?そんなのすぐに治りますから、うちもやったのでしょうから、大丈夫ですよ。」なんて返事をしていました。
親同志も慣れたもので、「また、やっちゃったみたいだわね〜ごめんなさいね。」なんて話している間に子ども同士で遊ぶ約束を交わしていました。
先生が辞めるきっかけになった時代の親たちに、同じように説明をしたら、「はい、わかりました。」と了解をしたものの。
次の日には「先生、大丈夫でした。裸にして見てみましたが、他の所にはキズがありませんでした。」と言われたそうです。
それを聞いた先生は、目が点になったそうです。

その話を聞いていた私達は、「いやぁ〜、親御さんはなんて言って子どもに裸にさせたんだろうね。」
お風呂の中でちょっと見ただけなら良いかもしれないけれど、「●▲君とケンカしたんだから・・・・」なんて言いながら洋服を脱がせられた子ども事を考えると辛くなりました。

「昭和のお母さん」という言葉があります。
その前には「大正気質・明治女」という言葉もありました。
先の「子どもより親が怖い」の中には「山口百恵世代」「松田聖子世代」に分かれていました。
今の母親達の気質は、どう変化をしているのでしょう。

親の気質年表を作ると面白いかも。





お墓参り(草むしり編)
[2008年09月26日(金) ]

お墓と一言申しても、地方によって違いがあると思います。
我が家では今年の2月、同居の母が亡くなったので近くの公園墓地にお墓を建てました。
この公園墓地は、お墓の建て方が何種類かあり、我が家は芝生が張ってあるこじんまりとした場所を選びました。

母の月命日には、必ず父とお参りに行きます。
墓石を水拭きして、お花を飾り、お線香を焚きます。
おっと、その前に必ずすることがあります。
それは草むしりです。

こじんまりとしたお墓石の周りに芝が張ってあるので、そこに雑草が生えているからです。
父は、我が家のお墓の雑草を抜き終えてから、隣やお向かいさん、裏側のお墓の雑草をも抜き始めます。
私は「おじいちゃん、そこまでやらなくてもいいんじゃないの?失礼にならない?」と聞くと淡々と草を抜きながら「雑草は、種が飛ぶからね。根が浅いうちに抜いておかないと・・・・・」と手が真っ黒になるまで抜いていました。

秋分のお中日に家族でお墓参りに行きました。
近場にお墓を持つということは、気楽に行かれる点がいいです。
いつものように、お墓を拭き、お花の水を入れ替え・・・人が多いので分業制のように、素早く進んで行きました。
草むしり?・・・・今回は、残念ながら雑草が生えていなかったのです。
私は、内心、『草むしりをしないですんだわ』と思っていたら、おじいちゃんが通路の垣根にはびこっている草を抜き始めました。
かなり成長が進んで、しっかり種も付き始めています。
それを見て、私も一緒に抜きはじめていたら、娘は「どうして、そこの雑草まで抜くの?管理人さんがしてくれるんじゃない?」と言うと、おじいちゃんが「植物は待ったなしだからね。抜かないとうちの所まで飛んでくるから、厄介にならないうちに抜くんだよ。」と説明をしてくれました。

私は、雑草を抜きながら考えました。
人間(子ども)の環境も一緒なのかな?って・・・・・。
自分の所ばかり良くしても、その周辺をも整えないと維持できないのだと気が付いたのです。
私達の近隣のお墓の持ち主達は、雑草が生えている自分達のお墓を見たことがないでしょう。
それは毎月毎月、おじいちゃんが丁寧に雑草を抜いているからです。
いつもキレイになっているお墓の持ち主は、それが当たり前と思っていることでしょう。

私の住む環境や子どもの環境も同じことがいえると思いました。
当たり前と思っていた環境は、実は誰かがきちんと手を入れているのかもしれないと気が付いたのです。
誰かが、犯罪の種をつみ取っている。
誰かが、犯罪にならないように予防策をとっている。
小さい芽のうちに、見つけて確実に抜くことで、わが家やその周辺に、その芽が入り込めないのかもしれないと思ったのです。
気が付かなければ、わからないことです。
だって、私は抜かれていた雑草の家主と同じ感覚でいたからです。

お墓では、近隣の雑草を抜けばよいけれど、人様の環境には何が「草むしり」と同じ役目をするのかと考えたら、それは「声かけ(挨拶)」なのかなぁ〜。



見方が変わる(これが常識なのか編)
[2008年08月25日(月) ]

以前の日記で、若いママさんから
>「私、普通が知りたいんです。普通の生活ってどんな生活なんですか?祭っ子さん教えてください。」と聞かれたことがありました。
という日記を書きました。
あの日から、私はず〜っと気になっていたんです。
それは私たちは、どんな所から影響されて生活をしているのかということです。

この地球の人類の人たち全てが同じように生活はしていません。
気候風土・地形・歴史・宗教・・・・・・・と様々な環境の違いで、人々の生活様式はかなり変わります。
日本国内でも、同じような事が言えると思うのですが、時代が現代に近づくにつれ日本国内が均等化されているように感じるのは私だけでしょうか。

そんな悶々と答えが見つからない時間を過ごしていた時に、以前、ネットいじめ問題に関する子育て講座の講師を務めて頂いた渡辺真由美氏の著書「オトナのメディア・リテラシー」を読みました。

渡辺真由美氏は、元民放報道記者の方です。この本は、みずからの現場体験と本場のメディア・リテラシーで、広告、テレビ、新聞、映画、インターネットの裏に隠された作り手の意図を読み解く力をつけてくれる本です。
リベルタ出版 渡辺由美子著「オトナのメディア・リテラシー」まえがきから

・・・・・・ここから引用・・・・・

テレビ局時代は報道記者・ディレクターとして警察キャップなどを務める傍ら、セクシャル・ハラスメント、ジェンダー表現などの女性問題や、性同一性障害、自閉症、若者の性行動の取材に打ち込んでいた。これらのテーマでドキュメンタリーやニュース特集を数多く製作。社会の差別や偏見をなくしたいとの思いからだった。
だが一方で、いじめのヒントを与えるようなバラエティ番組や性を興味本位に扱う広告は増長するばかり。一作り手として歯がゆかった。メディアも企業なので、視聴率を上げたり読者の数を増やしたりするためなら低俗な情報も流す。これはもう、メディアの受け手自身が、情報に流されない目を養う必要があるのではないか。そんな危機感を駆られていたときに出会ったのが、メディア・リテラシーという学問だった。


・・・・・引用以上・・・・・・

この本を読んで、私の数々の疑問が全てがつがなったような気がしました。
社会とは、」
我ら地球市民 (政治経済編)」
ウインナ―サスペンス劇場
安全を口にする政治家

こららは全て「消費者のために」「消費者が求めている物」と誘いをかけているのが、読み取れてしまったのです。
誰が?何故?どうして?とこの本を読み終えたから、メディアの見方が変わりました。
今までは「へぇ〜すごい〜!!」という感想から「何が目的?」って物事を冷静に見られるようになりました。
それと同時に、恥ずかしさと・・・・・・。
これらは、今後子どもたちにどのように影響があらわれるかわかりませんが、野放ししてはいけないことは事がわかりました。
同じメディアを通して、親子で感想が言い合えるのが一番いいのかもしれない。

地球環境と大勢の人類の心身の健全を失っても経済を発展させるのがいいのか、これからは国を動かしている人たちや世の中を動かしている人たちの「大人力」を冷静に見ていきたいと思いました。
野まわり
[2008年07月18日(金) ]

何ヶ月か前の書き物に「野まわり」という言葉を見つけました。
今ごろになって、その言葉が気になって仕方がありません。
(書き物はすでに資源ごみに出してしまったで、読み返すことができません

野まわり
「畑や田んぼを2〜3日間おきに見回りに行き、前回との違いを観察をするのが目的。」

という内容だった記憶があります。

「畑・田んぼ」を見まわるということは、とても大切な作業だったのですね。
植物の成長は、種をまいたら翌日に発芽して、次に日に収穫はできません。
種をまき、少しづつ少しづつ止まらずに一刻一刻と成長をしています。
何日か間をおく事で、その変化に気が付くことが何よりも大切なのでしょう。

そういえは、近所の年配の方たちに「祭っ子ちゃんのお子さん、いくつになったの?この前見たら見違えるように大人の顔になって、びっくりしたわ〜、これだもの、私が歳を取るのも間違いないわ〜」なんて言葉をかけていただけます。
私は「あらぁ〜そう?!毎日見ているから、子どもたちが大きくなっている実感がないわ〜」なんていつも返しています。
これも考えれば「野まわり」と同じですよね。

畑や田んぼの観察にもいろいろあるでしょう。
病気になっていないか、倒されていないか(風、雨、嵐、ヒョウ・・・)、外敵にやられていないか(野生の昆虫・動物、頭の黒い泥棒などなど)「あれ?いつもと違う」と変化を探し出し、その対策をとる事が目的なんでしょう。

私たちの子育てや家族育ても同じ事が言えるのかもしれません。
毎日、顔をつき合わしているのにもかかわらず、変化に気が付かない事が多いこと多い事。
私が美容室に行った日、よほど髪型を変えないと髪を切った事さえも気が付いてくれません。
そういう私も早朝、旦那の後ろの髪の毛が立っているの知らないで「いってらっしゃ〜い」って平気で見送った後、慌てたことがありました。
毎日毎日、一緒にいても顔をまともに見ないで、それぞれが行動している事さえあります。
子どもも大きくなり、過干渉が嫌がる歳頃になって、「子→個」を望むようになり、つい放任になりそうになりますが、
「野まわり」という言葉を知り、「子(個)まわり」は必要なのかと思いました。
ボク、2番目ですか。
[2008年07月16日(水) ]

 近所に息子の一つ下の男の子(中2年生の△君)が住んでいます。
彼は幼稚園頃に、この地に新しく家を建てて入居した家族です。
一人っ子の彼が小学校1年生の時、大雨の日、母の不在で玄関前で大泣きしていたことがありました。
異常な泣き声に驚いた私は、彼の母が帰ってくるまで我が家でお留守番をしていた出来事がありました。
そのためか、彼は私にきちんと挨拶をしてくれます。
彼の母は、残念ながら私とは合わないタイプらしく、学年が違う理由なのか挨拶程度の付き合いしか進展していません。

ある夕方、私は友人宅の帰り道中で、久しぶりに△君に会いました。
少し薄暗くなっていたのに「こんばんわ〜」と声をかけてくれたのです。
「お〜〜、久しぶりだね。どう?足は治ったの。」
実は彼は、春に骨折をして松葉杖姿を一度見ていたからです。

「はい、もう大丈夫です。」
「大変だったね〜、痛かったでしょう」
「学校の授業中で、やったんですよ。それが・・・」
彼の話を要約をすると、体育の授業中に、こんなんで骨折をするか?という体勢で折ってしまったらしいのです。
自分は痛くて一歩も動けなかったのに、友人たちは悪ふざけをしているとしか受け取ってもらえなく笑ってばかりで、骨折をしていると信じてくれなかったのが辛かったそうです。
やっと、信じてくれて病院に運ばれ、複雑な骨を骨折をしてしまい、松葉杖から卒業するのに時間がかかったそうです。
彼が病院に運び込まれ、大急ぎで駆けつけた母の心配の顔は今でも忘れなかったといいます。
「こうやって頭を抱えていたんだよ。あの顔は一生忘れないよ。」と彼は、その時の印象を教えてくれました。
「でもね。・・・・・・・」母に対して心配をかけて申し訳なかったと思う気持ちがあったのに、次ぎの一言で彼は逆に辛い思いをしたようでした。
「でもね。頭を抱えながら言った言葉が『学校はどうするの、勉強はどうするの』だったんだよ、ボクは2番目ですか!!」彼は、笑い話のように伝えてくれていたけれど、その言葉はものすごく重い意味を私に教えてくれました。
同じ母親として反省をしてしまいました。
彼は、正直です。近所のおばさんに自分の正直な気持ちを教えてくれたのです。

私は別れ際に「そうかぁ〜、僕の体の事よりも勉強の事を心配したんだ。がっかりしちゃったね。きっと、お母さん気が動転しちゃったんだよ。いつか言ってやりな『ボクの体の事を一番に心配して』って!」
彼は「ははは・・・・・・、もういいです。」なんて言いながら、治りきっていない足をかばいながら家路に向かいました。

彼の一言は、「子ども代表」として痛いパンチでした。
あの一言が、どんなに子どもの心に傷つけたのだろう。
あの一言が、大人になっても彼の心の根っこに残るのだろうか。
あの一言が、・・・・・・・・
ただ、裏を返せばあの場で「何よりも「あなた」は大切な存在。」が伝える事ができていれば、
どんなに子どもの心が満たされ、成長していけたんだろうとも思いました。
そんな日々の積み重ねのズレが、子どもの心の成長に大きく影響をしてくるのかと考えさせてくれた出来事でした。

追記
私は、彼の言葉を彼の母に伝えようかとどうしようかと悩んでいました。
答えは、やめました。
それは、挨拶程度しかできない関係では、彼にとってマイナスになるだろうと心配をしたからです。
「地域で子どもを育てる」それも大人の社会人として大切な役割だと考えました。

携帯電話・ゲームはやめられない。
[2008年07月04日(金) ]

我が家では、携帯電話は高校生になって、本人が確固たる強い主張がある場合に限り、持つことを許すことにしています。(でないと、一年間何万円〜何十万円もお金を捨てる使い方を許すことになるからです)
尚かつ、我が家ではテレビゲームもなし。(おじさんの中古品をもらったが、長続きをしなかった。)
持っているゲームは、任●堂の最新携帯ゲーム機だけです。
ということで、携帯電話・パソコン・ゲーム・・・とそれに絡む問題は、我が家では何一つ起こっていないと思っています。
でも、一つだけ問題がおこります。それは「あれが欲しい。これが欲しい」と嘆願されることです。(今はもう諦めたみたいですけど)

さて、前回の「ネットいじめ」の問題の講演会の続きのお話です。
子どもたちが一度手にした最新式高級オモチャを手放す日がくるのを願うばかりですが、そう簡単ではないようです。
では、ゲーム・携帯電話が、最大なる悪かと言えば、そうでもない。
マナーを持って使えば、それは有能な道具であり、自分の将来を発展に導きさせてくれる道具でもあると聞きます。
でも、世の中は携帯電話・ゲームのリスクの方に目が向きがちです。
今回の講演内容は、親として子どもに与える携帯電話・ゲームについて考える機会を頂きました。

我が家が子どもに与えているゲームの種類は、数が少ないので把握しています。
時々友人と交換をして遊んでいるようですが、もの凄く暴力的なゲームではない限り、目をつぶっています。
良いゲーム悪ゲームがあるようですが、今回は割愛させていただきます。
子どもたちが(大人でも)ゲームや携帯電話は依存症になるほど、楽しい機械なのは間違いがありません。
でも、・・・・・・・。それがどんな影響が出てくるのかは、長期の追跡統計が取れていないといいます。
ですから、ゲームや携帯電話の影響で、誰でもがが事件を起こすとは言いがたいというのです。
では何故、同じゲームをしたり、ネットいじめを受けても事件が起きるケースと起きないケースがあるのかと考えるみることが大事なような気がしました。

メディア環境の変化は著しく、そのことを社会・国に訴えても遅すぎると言います。
親に出来ることを考えるのが一番なのかもしれません。
ネット社会の付き合い方を図式にしてわかりやすく教えて頂きました。
数学の集合を思い出してください。
メディア・親密圏(親・家族・友達)・公共圏(学校・地域・パブリック)の三つの円を描きます。
子どもたちのネット社会は、この親密圏と公共圏がかなり大きく重なっているといいます。
ですから、ちょっとした悪口や世間に対する冗談を友人に話をしたら、携帯電話・インターネットであっという間に公共圏に広がってしまうというのです。親密圏の中に公共圏が入り込んでいるといっていいのでしょう。
そのために「5分間ルール」「自分から切れない」・・・・と永遠につながるカラクリが出来てしまうのです。

「ネット問題」で大きい事件では「佐世保の小6殺害事件」ではないでしょうか、
講師の坂本 旬氏は、この事件について丁寧に教えてくれました。
・この事件の原因は何だと思うのか、
・メディアはこの事件をどのように報道されていたのか、

それは、下記のようにまとめられると言います。
1)子どもがネットを使うことを親が野放しにしていたから。
2)子どものコミニュケーション能力が未熟でつたないから。
3)学校が子どもたちにネット社会の危険性を教えなかったら。

どうでしょう。本当にそうなのでしょうか。
この問題を丁寧に扱ったテレビ番組があったそうです(クローズアップ現代、2004年6月29日放映)
それは学校現場は、この問題をどのように捉えたかという話です。

加害者の女の子は、被害者の子に「会って謝りたい」と言ったそうです。
その言葉で「死の実感がない子ども像」を抱いた教師が、生徒達に「死」について授業をしたそうです。
子どもたちに「死」のイメージを言ってもらったら「殺人・自殺・血・撲殺・むごい・生き返る・・・」というイメージだというのです。それは新聞やテレビ・ゲームからの印象が大きいといいます。
眠るような老衰の死は、考えつかないそうです。
これは、親や教師が子どもたちの変化に気づかなかったことでした。
それは、子どもの立場に立って考えていなかった事に加えて、子どもの心が見えない(親子間のコミニュケーション不全)ために、本質な所が解決できないのだろうといいます。

加えて、子どもの発達の特性も理解する必要があるといいます。
それは「10歳の壁」だと言います。
具体的な物の考えから、抽象的な考えるが出来る。
その理解に苦しむ子が多いというのです。

話が収拾が付かなくなってしまいました。
上のことを踏まえて、子どもが手にした携帯電話・ゲーム・ネットを健全に使うために、
親が出来ることを次回書くことにします。




集合時間は、始まりの時間
[2008年06月16日(月) ]

はじめに

宮城県に大きな地震が起こりました。
私が住む場所でも長い時間揺れを感じました。
大きな被害がなければと願っておりましたが、
多くの犠牲者が出たもようで、明日は我が身だと案じております。
被害につきまして、 謹んでお見舞い申し上げます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「集合時間は、始まりの時間」

実は、私は遅刻の常習犯です。
先日、ある診療室の待合室で耳の痛い話を聞かされました。

その待合室には、私と遠くから通院している年配のおばさんの二人しかいませんでした。
どちらともなく話しかけて話が進み、話題は時間に余裕のないおばさまの姪っ子さんの話になりました。
その内容は、待ち合わせの時間にいつもいつもギリギリに来る姪っ子さんの大失敗のエピソードの数々でした。
ある日、姪っ子さんはいつものように余裕のない時間を集合時間にしてしまい、その後の行動で右往左往しているうちに関係者の皆々様に多大なご迷惑をお掛けしたという話には、同行者のおばさまに同情してしまいました。
でも、私は姪っ子さんに気持ちもよくわかるのです。
姪っ子さんの数々の話を聞いているうちに、自分のことのように聞こえ、穴があったら入りたくなりました。

遅刻常習犯の私でも、集合時間の5分前には到着するように心がけています。
でも、道中アクシデントがあればアウトです。

時間の感覚も人それぞれで違うでしょうが、私は「出かける予定30分前でしたら、あと30分間もある。」と動ける人です。
同居の父は、私とは全く逆で「30分しかない」と考え、出発の時間まで静かに待つ人です。
どちらが良いとか、悪いとは別にして、私はゆとりのない時間の過ごし方をしてきました。
ですから、「何かあった時」を考えずにいたのです。
「何かあっても」対処できる用事ならば許されるでしょうが、時として社会の非常識と指を指される場面に発展しては困ります。
おばさまの姪っ子さんは私と同じような時間を過ごしているタイプのようで、おばさまの話を聞きながら、つい姪っ子さんの弁護をしてしまいました。
でも、おばさまは言うのです。
「『何かあったら時』を考えないとダメなのよ。あの子は本当に何度言ってもわからないのよ。」と・・・・・・。
おばさまは決して私を非難をしたわけではなく、姪っ子さんの行動に不安を感じているだけなのです。

主婦達が集まる場所は、「全員がまだお揃いではないので、もうしばらくお待ちください」というアナウンスをよく耳にします。
そんな環境になれてしまった私は、いつもギリギリ到着組になってしまいました。

子どもたちは・・・・・私似です。
息子もギリギリの時間の使い方をしています。
ところがです。
息子の部活(野球)の顧問が、この春から正式に代わりました。
この顧問は、野球道を地でいく先生です。
何事にもまっすぐに事を進める、野球で人を育てられる方です。
この先生が顧問に就任されてから、部活の運営と雰囲気が大幅に変わりました。
『雨が降っても集合』
『集合時間は、始まりの時間』
集合時間1分前に到着しても、それについて注意は受けないが、荷物を置き、
息を整える時間が欲しければ、それなりの余裕を作らなくてはいけません。

家庭によって、集合時間の考え方が違いますが、
「集合時間は行動時間」と指導していただき、息子と私は時間の使い方が少し変わりはじめました。
そして、中学生には「全員、同じように行動させる。」その必要性も感じました。
縦社会と横社会
[2008年05月19日(月) ]

昨年、私は170世帯の自治会の会計を務めました。
前年度の会計さんが作成してくださったフォーマットのおかげで、エクセルを完璧に使いこなせるようになりました。

さて、我が自治会は、すべて輪番制になって留年はありません。
今年は楽しく笑いの絶えない協力的なメンバーに恵まれ、物事をスムーズに進めることができました。(行事も盛りだくさんでした。)
周りからは続行の声も頂きましたが、輪番制が決まりなので、地域のみなさんそれぞれが経験をして、地域のつながりの大切さを知って欲しいと願っております。

今年の自治会のパワーの源は、会長さんの働きです。
もうすでに大会社を定年退職をされ、ご自身の母親の介護と週一のゴルフを楽しみにしていた所に、これまた会長輪番班に当たり「是非、会長に」と声がかかった人です。
会長さんは、あちこちに癌細胞を持っています。
ですから、闘病と自治会と忙しい日々を送ってきました。
彼が自治会の会長に就任されて、会長自身の考えを私にいろいろと話してくれました。(ほぼ娘状態でしたが)

初めは門前払いを食わせるほど扱いだった自治連・市役所・警察・消防・電力会社・・・に精力的に顔を出し、いつしかお茶が出てくるほどになったそうです。
「祭っ子ちゃん、会長など三役は1年では短すぎるよ。やっと顔を覚えてもらって、挨拶なしで説明をしなくても話がスムーズにいけるようになったと思ったら、もう〜おしまいだ。」
私は、会長さんから自治会の大切さとその運営次第で環境が変わることを学ばさせていただきました。

自治会の仕事も総会で終了になりました。
わが自治会の総会は年度末終わり(3月末)に行うのが恒例です。
が、我が家の訃報と副会長の癌の摘出手術(彼も癌持ちでした。)が重なり、3月末に締められないでいました。
身内だけなら、3月末に執り行えることができたのですが、公の場ではそうはいきません。
結果、4月に総会をすることになったのです。

さて、この総会の日取り、資料などを準備をするのは、ほとんどが(年齢的に)横社会の人達です。
現役の取締役クラスの方、性格が折り目正しい人、大会社を牛耳っていた人、世の中の流れを大事にするおじさま連中が、会議をするわけです。
それぞれが、自分の主張があり、線引き(管轄)があるので、話がなかなか前に進みません。
互いに尊重し合いながらも、一歩も譲らない姿勢を見ていると、「案外、これが『世の中の縮図』なのかもしれないぁ〜」と私は一人でつぶやいていました。
感情論まで発展しそうな所で、私が「●○さんは、こうなのよね。会長は、こう思っているのよね。で、最終的にはどうしたら一番良いのかしら?今の段階では、A案は無理ですよね。」と路線を戻しました。

私は、彼らからすると娘のような存在で、縦社会の関係です。
横社会の良いところはいっぱいあるでしょうが、横社会だけでは進展しないことがあります。
縦社会も良いところはいっぱいありますが、何かが足りません。
縦社会と横社会のバランスが、ちょうど良いところがあるのかもしれません。
会議をしながら、「口を挟んで申し訳ございませんが・・・・」と謙虚な姿勢をみせながら、次の締めにかかる私に成長したのでした。
90歳の乙女心
[2008年04月28日(月) ]

近所に90歳を越えた一人暮らしのおばあちゃんがいます。
以前は、一緒に生協の班員でしたので、受け取りをしながらお茶会をしていた仲でした。
ところが、ご主人が先立たれ、引っ越す予定となり、やむなく生協を退会されました。
ですが、「最期は我が家で」とおばさまの決心が強く引っ越しをとりやめにしたのです。

わが班の中に社会福祉協議会に詳しい方がいらっしゃいました。
おばさまが一人で安心して住めるようにと、いろいろ細かい手配をしてくれました。
そして、月に何度か訪問をしていたのです。
ところが、残念なことにその方が、ご家庭の事情で引っ越しをすることになり、
私が代わりにおばさまの家へ訪問をすることになったのです。

ボランティアとは何たるかも知らずに、私は月に何度かお話をしに伺っています。
勝手知ったる家なので、家の中は充分にわかっています。
ピンポ〜ンと押して、在宅ならばズカズカと家に入れる間柄となっているのです。
おばさまもそんな私に、いろいろな話をしてくれます。

疎開先の話や上海からの引き上げた話は、何度も聞きました。
ご自分の子ども時代の話、女学校時代の話、嫁いだ時の話・・・・・・・。
おばさまの自分史は、何度聞いても飽きないほど、波瀾万丈な人生の数々です。
「祭っ子ちゃん、何歳になられたの?」
「私?これがさぁ〜、もう50歳だよ。気持ちは今でも20代なんだけどね〜。」と笑うと
「お若いわ〜〜、私も気持ちは祭っ子ちゃんと同じよ。」
「それじゃぁ〜、私とおばちゃんは同じ年だね」と笑い合いました。

私が帰るとき、いつも玄関まで送ってくれます。
私は、おばさまの手をつないで一歩一歩歩いていきます。
「内蔵が丈夫で気持ちは若いんだけど、体が思い通りに動かないのよね〜、祭っ子ちゃんは、まだ若いから・・・・・」
とおばさまの乙女心は肉体とは別に、いつまでもいつまでも変わらずにいるのです。

帰り道々、おばさまの言葉がいつまでも消えませんでした。
『私も気持ちは20代のままよ。』
『体が思うように動かないのよね』
自分はどうなんだろう?!
体は、少々ガタがきているけど、気持ちはいつまでも20代のまま。
今のうちに、今のうちに・・・・・、
何かやり残したことを探してみようと思いました。


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