かぁちゃん、ただ今 育自中

子供を育てているつもりだが、実は親が育てられているのかもしれない。
「育児は育自」 私は、今も育っています。

     
« 私の子育て、昔を振り返って | Main | 教えられたこと »
魂に染みこむ(太鼓編)
[2008年10月29日(水) ]

私は、和太鼓クラブに所属しています。
息子が小学校の時に、「ベルマークで集めた和太鼓を学校行事に披露するため,、和太鼓チームに参加しませんか?」と学校から募集があり、それに参加をして以来、和太鼓の魅力にはまってしまったのでした。
その後、そのメンバーが中心となり、自治会の賛同を得て、地域密着型の和太鼓クラブを立ち上げました。
来年は10年目に入ろうとしています。
和太鼓といっても、地元に歴史的なお祭りがあるわけではなく、地方出身者の私達にはオリジナルティーがありません。
地方の寄せ集めのこの地域で、『和太鼓の音が聞こえれば、子ども時分に帰れる。』そんなところを目的にしています。
ですから、演目は地方のお祭りに使われている口伝を中心に、そのお祭りの気持ちを充分に理解をすることを大切にしています。

以前、三宅島の神着木遣り太鼓を知りました。
初めて聞いたときには、涙がこぼれるほどの感動が私の中に溢れて出てきて以来、
いろいろな場所でイベントに参加をしている彼らの後を追っかけ、神着木遣り太鼓の音を求めています(現在進行形)。

私達の太鼓クラブは、素人の集団です。
月に二日しか練習日が持てず、職業も年齢もバラバラ。
それでも、私達を呼んでくださる老人ホームがあります。
もう何年ものお付き合いです。
太鼓の音を聞いて、子どもに返ったお年寄り達の表情は、こちらまで嬉しくなります。

2年前に、私が司会を担当した時でした「季節外れですが、みなさんで炭坑節を唄いませんか?恥ずかしい人は、私達と一緒に手拍子を叩いてみましょう。」と声をかけると、一緒に唄う人や手拍子で盛り上がる人、そして車椅子に座っていた腰の曲がったおばあちゃんがいきなり立ち上がり踊り始めたり・・・・・・。
涙を流して拍手をしてくださる姿を見て、本当に和太鼓の音は人の心に染みいるものだと思いました。

今年の敬老の日、その老人ホームに慰問に行ってきました。
(私は母の喪が明けるまで、華やかな場所は控えるようにしているため欠席)
慰問を終えた太鼓のメンバーから、「祭っ子、あの日のビデオを見せてあげる。絶対感動をするよ。」と連絡がありました。
ビデオを回す前に、メンバーの●▲ちゃんが、その日のことを話してくれました。
「入居者のみなさんを見送るつもりで、三宅島の太鼓を叩いたの。そしたらね、あの会場に三宅島出身のおばあちゃんがいたのよ。・・・・・・・」と彼女はまた思い出して、涙を流しています。
最初は、三宅の太鼓のリズムを打ち続けて、静かに終わるつもりだったらしいのだが、そのおばあちゃんの存在を見つけて、メンバーが最後まで続けたらしいのです。

この三宅島の神着木遣り太鼓には、「木遣り」があります。
本来は御輿を担ぐ時の導入で「いぇ〜・・・・・」と榊持ちが歌い出し、御輿の担ぎ手がその歌に答えるように「こりゃぁ〜いぇ〜・・・いぇ〜・・・」と御輿を持ち上げます。そして太鼓は御輿に頑張れと声をかけるように叩かれているのです。

この見送りのつもりで叩いた太鼓が始まって、木遣り唄が始まろうとしたその時、どこからかおばあちゃんの声が聞こえてきました。それは、まぎれもなく「木遣り唄」の節です。
その内容は、今のおばあちゃんの気持ちの詩で、望郷の想いが歌われていたようでした。(ビデオからでは、詩の内容まで聞き取れないでいました。ただ、私達が歌っている木遣りとは全く違う内容だとわかりました。)
そして、歌い終わった後「ありがとう〜、いつ死んでも良いよ。」と聞こえたのです。

私は、「ありがとう」の一言がハッキリ聞こえた時に、涙が止まりませんでした。

下手くそな私達の和太鼓だけど、あのおばあちゃんの心に伝わったことが何より嬉しかったのです。
きっと、あの太鼓にアレンジを加えたり、パフォーマンスを加えていたら、きっと、あのおばあちゃんから木遣り唄が出てこなかったかもしれません。
その地の魂を頂き、それに鍛錬することができるよう、今後も頑張っていきたいと思いました。
笑いの効能
[2008年10月22日(水) ]

以前、病院の待合室で吉野槇一著「笑いと免疫力」という本を読みました。
医師である著者が、疼痛を伴う患者に笑いを与え、免疫力があがり痛みが緩和されると書かれた本です。
「笑い」は、人々に幸福感を与えてくれる感情なのだと私も思います。

先週末、近所の方から「祭っ子ちゃん、日曜日空いている?私の知り合いがラフターヨガを教えているんだけど、近くの公園でやるっていうから、サクラで来てくれないかしら?」と誘われました。


ラフターヨガとは、インドの医師、マダン・カタリア氏とヨガの先生をしている妻マドューリ氏によって考案されたヨガの呼吸法と笑いを組み合わせた健康法です。ユーモアなしでも笑い続けることができるように考えられたものです。

公園の人が集まっている場所に、輪になって見知らぬ人達と一緒に笑えと言われても笑えるはずがありません。
はじめは照れがあって、顔が引きつりながらの笑いでしたが、体にはどんな笑いでも通じるようで、同じの効力があると言われました。
講師の方がヨガの呼吸を教えてくださりながら、いろいろな笑いの要素を入れてくれます。
そして、終わりの合図が、「ホッホッハハハ・ホッホッハハハ」と言いながら手拍子を打ちます。
そして「ヤッターヤッターイェ〜」と両手を挙げます。

そんなこと言われても・・・・
こんな場所で、私は照れてなかなか笑いも出てきませんでした。
でもね。
笑いって伝染するんです。
お誘いをしていただいたご夫妻の笑顔を見ていると「くっくく・・」と笑いが込み上げ。
一緒に同行してくれた旦那が笑い出すと、こちらまで「はぁははは・・・」笑いが出てくるのです。
笑いクリームという、いろいろな人に見えないクリームを塗りつけると、付けられた人が笑うというのをやりました。
旦那には体中ベタベタと塗りたくってやりました。
もう〜塗る方も塗られる方も大笑い。
私は子ども心に戻っていきました。

最後に、「自然に笑いが込み上がるのを待ちましょう。」と言われ笑いを待っていました。
目を閉じて、笑いを待っていても込みあがってきません。
それが、目を開けて旦那が笑っている顔が目に入った途端、一気に笑いが込み上がってきました。
そうしたら、止まらなくなって、隣にいた近所のご主人の顔を見ても笑え、お向かいに立っていたその夫人の顔を見たら笑え、参加者の皆さんの顔を見たら、笑いが止まらなくなってしまったのです。

家に帰って、どうしてあの時、心の底から安心して笑えたのかしらと考えてしまいました。
一番は、一緒に参加した旦那が笑っていたからだと思いました。
家族が笑っている姿は、見ている私も心から楽しんで笑えます。
旦那もきっとそうなのかもしれません。
笑いは伝染をします。
家庭の中に心から笑える人が一人いるだけで、家族から笑い声が生まれてくるのだと思いました。

笑い、大事にしましょう。
わぁ〜ははははは・・・・・・・。
おしゃり
[2008年10月15日(水) ]

先週末、同居の父のお姉様のお宅に遊びに行ってきました。
叔母は、もう90歳を越えた方です。めっきり足腰が弱くなり、なかなか外出もままならなくなってきました。
母が亡くなった時には、いの一番に駆けつけたかったと思います。
電話の向こうから、叔母の寂しい声を何度も聞いてきました。

夏の終わりに、父と一緒に遊びに行く約束をして、叔母の声にも少しは元気を取り戻したようです。
久しぶりの再会に、たくさんの話がわき上がってきました。
何かを見れば母の思い出になり、果物を見れば故郷の思い出話に花が咲きました。
長野県の農家出身の二人は、山や川や木や畑・・・・と話がドンドン子ども時分に戻っていきました。

父達が子どもの頃、家ではお蚕さんを飼っていたそうです。
その辺の農家では、それが当たり前で、唯一の現金収入だったそうです。
ですから、上手にお蚕さんを育てた人が現金収入が多い家だということです。

叔母はこう言いました。
「お蚕さんが『おしゃり』になっていると、子どもながらお金が入らないとわかっていたよ。うちのお母さんは、お蚕さんを上手に飼っていたから、私達姉弟はそんなひもじい生活をしなくてすんだんだよ。私は子どもの時にそう感じたよ。・・・・・・・うちの母さんはお蚕さんを上手に育てていた家に育ってきたから、キレイな生糸のマユになっていたようだよ。隣近所が『おしゃり』でいっぱいの時も、母さんは「おしゃり」にしなかったよ。あの人はスゴイ人だったわ〜。」

おしゃり=繭を作らずに死んで黒くなったカイコ

父の母は、108歳で他界をした方です。
100歳を越えても毎朝新聞を読み、いろいろと興味を持っていた方でした。
父の性格から考えても、祖母の人柄が伺われます。
堅実で妥協知らず、マメで几帳面・・・・・、我が家で生きものを飼ったときに言われた言葉がありました。
「生きものを飼うときは、自分のご飯より先にあげなさい。自分がお腹が一杯になったら、忘れるからね。」でした。
「面倒くさい」とか「後でいい」とか、そんな気持ちを持っている自分をかえりみて、祖母のような才能が育っていない自分を見つけてしまいました。
消費するだけの自分を知って、せめてわが子だけでも「おしゃり」にならないようにしなくてはと思いました。

コツコツ貯める
[2008年09月22日(月) ]

先週、ライフプランナーの話を聞いてきました。
我が家の財源は、全部私が管理をしています。(旦那はきっとへそくりを持っているでしょう)
ライフプランナーの先生の話では、最近では家の大蔵大臣(財務)が妻という家庭が減ってきていると言っていました。
共稼ぎが多くなり、家計費を折半したり、旦那から必要な時に必要なお金を出してもらうという家庭が増えてきているそうです。

私は、お金を貯めるのが苦手な人で、お金は天からの回りものと、あればあるだけ使っていました。
子どもたちが成長していき、教育の出費がどんどん膨らみ始め、
今後どれだけお金が必要なのか、ちょっと不安になってしまったのです。
子どもが、「進学したい」と言えば、それなりの準備資金が必要になります。
塾、予備校、各学校への受験料、地方の受験なら交通費、宿泊代などなど、
目に見えないその他の必要経費が、どんどんと増え、そしてなくなっていくのです。
運良く、進学できても学費は必ずかかります。
私学になると・・・(ふぅ〜ため息)・・・・・・・です。
ライフプランナーの先生は、「学費はコツコツと子どもが小学生のことから貯めるといいでしょう。最低、大学に払う初年度分は欲しいですよね。」と言われました。
「でも、その頃は・・・・・」と先生に、旦那の給料の低さ、幼稚園が終わっても食費に回る現実を話すと、
「それは違うのよ。親が使っているの、自分のために」と答えが返ってきました。
はぁ〜確かにそうです。お金は天からのまわりものとばかり、バブル景気に乗って、食べて遊んで買っていました。

今回は、老後に最低の必要な経費はどれくらいなのか、生命保険の内容など、盛りだくさんの話を聞かせていただけました。
理解不能な保険の契約、そして、その現実の話を聞いて落胆してしまいました。
経済の話を詳しく知りたいと思えば、日経の日曜版を読むと役立つそうですよ。

下の子が来春で義務教育が終わりになります。
私は、今回の話を聞いてコツコツと教育資金を貯める決心しました。
社内預金で。


もう一度、子どもを産みたい。
[2008年09月17日(水) ]

以前「おむつなし育児」の話を書いた時、コメントをいただいた方から一冊の本を紹介をしてくださいました。
その本を読み終えて思ったことが「もう一度子どもを産みたい」でした。

私の2回の出産経験を一言に書けば、「第一子の時は、もう子どもは産みたくないお産でした。第二子の時は、もう一度子どもを産んでみたいと思ったお産でした。」
第一子時は妊娠中毒症で、第ニ子のときは前置胎盤でした。
第一子の時は産まされた出産で、第二子の時は、私が産んだ出産でした。
出産経験話は人それぞれで、子どもの数だけそれぞれの出産物語があります。

このお勧めされた本「オニババ化する女たち」三砂ちづる著 光文社新書を読んで、
私の心の中のあった沸々とした想いと疑問が、いっぺんに解決しました。

私の「育自」の焦点は、心と体を大切にすることです。
その上で対人問題(私が妻の立場としての問題、私が子の立場としての問題、私が親の立場としての問題、私が嫁の立場としての問題、私が地域のおばちゃんの立場としての問題、私が社会の一員としての問題・・・)等を考えています。
この本を読み終えて、そのどれもこれもがつながっているのを感じました。
そして、同じ女性として私の母に、私の出生の様子をじっくり聞きたいと思いました。
そう〜、母がまだ元気なうちに、話を聞き、母をねぎらい、小さくなった母の体を抱きしめたくなったのです。

この本の中に「しつけとコントロール」の話がありました。
私の「育自」の過程でも、子どもを「コントロール」していたことを「しつけ」と思っていた事があったのです。
ある大きな事件をきっかけに「私自身」が「親」になっていないことに気がつき、右往左往しながら親として育っていったのです。
この本には、まさしく私が暗中模索をしていた部分を的確に指摘をしていました。
そして、「親」として育ちはじめている私にとっては、
その言葉の数々が、親としてゆるぎないものにしてくれたのです。
この話は長くなりそうなので、また今度。

あ〜〜、それにしても、もう一度、子どもを産んでみたいわ〜。



なでさすり
[2008年08月27日(水) ]

「なでさすり=撫で擦り」は、気功の先生から聞いた話です。
今は、癒し系マッサージに関するものがたくさんあります。
そんな中で、日本古来からあるのが「なでさすり」だそうです。

頭痛がする時は、何気なくこめかみに触ってみたり、
目が疲れた時に目頭の辺りを押してみたり、
肩が張っている時に手の平をあててみたり、
寒くて冷えを感じた時に冷えている所を自然に擦ってみたり、
人は昔から自分の体を撫で擦って、自分を労わっていたそうです。

その日の気功教室は、夏の疲れてが貯まっている私たちのために
先生が「邪気払い」を教えてくださいました。
先生は、色々なものを背負い込んだ私たちを見て、体がどんより重く、やる気のない体に見えたそうです。
体から邪気を出すにも色々な方法があるようで、リンパに乗せて、体に戻してから体の外に出す方法と
直接体の外に出す方法があるようです。
そこで教えて頂いたのが「なでさする」でした。

肝臓と「目」は深い関係があるようで、目が疲れているのは肝臓に元気がないそうです。
目をつぶり、軽く手のひらで瞼を押さえます。
呼吸をゆっくり、ゆっくり、ゆっくり、すこし長めの時間押さえただけで、「目」はすっきりとしてきました。
手足や頭を自分で撫で擦りしながら、体の邪気を出して切ったら、体が軽くなり、顔にポッと赤みがさしてきました。
人の体は本当に不思議です。
そんな自分の体に興味がわいて来ました。




歴史ある風景
[2008年08月08日(金) ]

旦那が平日に休暇が取れたので、久しぶりにお気に入りの日帰り温泉に行ってきました。
この日は、同居の父と娘も同行したので賑やかな小旅行気分となりました。
途中、日本酒の酒蔵があるので、「おじいちゃん、途中に酒蔵があるんだけど、寄ってみる?」と誘うと「いいねぇ〜」と返事がきました。

曲がりくねった急坂を降り、小さな川を渡ると歴史深い酒蔵が見えてきました。
実はここは、2度目の来訪です。

日本酒が大好きなおじいちゃんは、店主夫人のお誘いで色々なお酒を試飲させて頂きました。
「うまいねぇ〜」と唸ったお酒は、吟醸酒でした。
おじいちゃんは私にも勧めてくれたので、下戸な私も飲ませて頂きました。
「ん〜〜、お酒の味はよくわからないけれど、美味しいのはわかるわ。」という、私のへんてこりんな答えに、運転手の旦那はとても羨ましそうに見ていました。(試飲より運転を取った旦那です。・・・・私の運転が不安なのかしら?実は途中の山登りラリーを楽しみにしていたのです。)

この母屋は、実は江戸末期に建てられた日本家屋で、「八つ墓村」のロケ地にもなったそうです。
旦那が「建物の中を見てもいいですか?」と店主夫人にお願いをすると「足が汚れますけれど、どうぞ、どうぞ。」と勧めてくださいました。
広い土間から畳の部屋に上がると、外から見たのとは、全く違う景色が見えました。
二階から上はお蚕さんを飼っていた場所だそうで、大きな太い大黒柱と梁が、この家を支ええているのがよくわかりました。
「この建物は、江戸末期のものなのに、電線も張られて、新旧の歴史があるんですね。」と私が言うと「この電気関係も、すでに歴史ものになっているようですよ。今はこの部品もすでに見かけないようです。」と夫人が答えてくれました。
大きなお屋敷の奥の奥が気になって仕方がない私は、「この奥も行ってみてもいいですか?」と聞きました。
「え〜〜いいですよ。ただ、畳がフカフカしちゃって・・・・人が入らないので、畳の中に空気が行かないから、畳がフカフカしちゃうんですよ。」と教えてくれました。
家は、人が住まないと痛みやすいというのは、そんな事からもいえるのかもしれません。
私たちの興味に、店主夫人は資料館の説明のように、家の隅々を色々と教えてくれました。
うぐいす板・ピカピカな色付き漆喰・鏡を埋め込めた洒落た漆喰の壁・茶室の天井・お礼の襖の日本画・焼杉の欄間・奥の茶室・四つのおトイレ・お坊さん専用の出入り場所・・。
その一つ一つが本物であり、その材料も伝える技術者もない(いない)モノばかりでした。

モノだけではありません。この建物がいつまでも残っていた背景は、人の心意気とか思いやりとかがあったからこそ残っていたのだと、店主夫人の話を聞いて伝わってきました。
それは、贅を尽くして集められたという感じではなく、誠意が集まった家屋と私は感じました。

この中の一つ一つのモノは、今の私たちから見たら当たり前のものですが、その当時はハイカラで驚く技術だったに違いありません。歪んだ大正ガラスの入った板張りをみて、その歴史を深く感じました。

玄関の土間も幾人の人たちが踏み固めたものなんでしょう。
そこに立っているだけで、歴史の時空間に入っていけるような気がしてきました。

聞かなければ、わからないバス停の名前の由来などなど。
ただの道路の脇に、こんな人の歴史と建物の歴史があったなんて、知りませんでした。
今晩は、そんな話を肴に、美味しい日本酒を楽しみたいと思いました。
どうして、やめられないの(子どもたちの携帯メール)
[2008年07月14日(月) ]

子どもたちの「ネット問題」に関心の高い保護者の方も多いと思います。
今回の「ネットいじめ」に関する講演を聞いた後に、こんな事を耳にしました。

先日、電車の中でもおばあちゃんとおかぁさんが「ネットいじめ」の話をしていました。
聞き耳を立てていてすみません。(でも、公共の場で話をしているんで、聞いてくださっても結構です。と私は受け取っています)
話の内容は、自分の悪口が書かれていると聞いた小学校高学年の娘さんが、その悪口の内容を知りたいと親に相談をしたそうです。
その親子は一緒にその内容を見て、話し合い、しばらく様子を見ることにしたそうです。
そして、その経緯を学校に相談を入れたのですが、ネット問題は学校でも問題になっていて、学校にできる範囲で対策はとってあるらしい。という内容でした。
その悪口という内容が「●○ちゃんって、顔が濃いよね。」(まぁ〜言い方を変えるとエクゾチック的な顔立ち)というものだったらしいのです。結果、誰かが「でも、可愛いよ。」という話で終わったということで、親もホッとしたと言っていました。

この話は、前回書いた数学の集合で表したメディア・親密圏(親・家族・友達)・公共圏(学校・地域・パブリック)の三つの円を思い出して見ると、どこが問題かがよくわかります。
親密圏の話をネット(メール)で不特定多数の人に知られてしまう恐怖を、送る側も受け取る側も知らないのです。
そして、何よりも怖いのが見ず知らずの人が「無防備のわたし」を全国の知らない人達に知られてしまうことなのではないでしょうか。

ではどうして、親密圏のことをネット・メールで送るのでしょう。
小学生中学年から高学年に始まる、女の子同士の三角関係問題となにか関係があるのでしょうか。
「誰かとつながっていたい」という感情です。
子どものメール・ネットは、大人の用事と違い「用件・内容」が重要ではないといいます。
用件・内容ではなく「つながっていること」が大事なのだと知りました。
つながっていないと「不安」なのだといいます。
だから、「メール」を片時も離せられないのだと知りました。
子どもの世界でも「序列」があるのだそうです。
声が大きい人(自分に自信がある人・力のある人・・・・)が自然に上に立っているのではないでしょうか。
社会的に、自他共に認める(認められている)「自己容認要求」が満たされている子は、揺るがない何かを持っているのでしょう。
そうではない、「自分を認めて欲しい」=「自己容認要求が満たされていない子」は、どうしたらいいのでしょう。
ある先生がアドバイスをくださいました。
それは、「『自己容認要求』は、具体的な体験をさせるしか満たせない。」と言われたのです。
満足できる学校生活・満足できる家庭生活を送る必要があるのだそうです。
少しづつ、少しづつでもいから、小さい成功や小さい満足を共有することで充分だといいます。
「つながっていないと不安」で使うメールやネットから、「用件・内容」重視の使い方に移行できるように、親は、その子自身との「つながり」を大切に考える事が必要なのかもしれません。
そう〜やはり最初のキーワード(「原因の根っこはここ?」)に戻るのです。

追記

ただね、その満足が、違う意味に捉える親たちが「モンスターペアレント」「ヘリコプターペアレント」になっているんですけどね。
ここは、大人の育自なんだと思いました。
自分の子育てが満足なものだったのか、どうなのかは「孫の代」でないとわからないといいます。
「モンスターペアレント」「ヘリコプターペアレント」が満足するものは、その子の成長に本当に役立つものなのか、
じっくり考える必要がありそうです。
答えは、いつの日か子どもが出してくれます。

どうでもいい話のすすめ
[2008年07月11日(金) ]

私は、一人で外食に行ける人です。
この日もZ会の保護者会の帰りに、行列のできる中華屋で一人ランチをしてきました。
私の前には小学生の高学年の男の子と父親が並んでいました。
男の子「この店、こんなに繁盛をしているなら、もっとお店を広げたらいいのに・・・」
父親「いいかぁ〜、この店のラーメンは一杯●50円だ、それがお店を広げたら・・・・・」といきなり経済学の話に発展していきました。
いやぁ〜知的な父親の会話は、横で聞いている私にもわかりやすく大変勉強になりました。
都会では、安くて旨くて混んでいるお店は、相席は当たり前です。
先に席についた親子のそばに私の席が用意をされました。
先の親子は、ビールに餃子・チャーハンに野菜ラーメンを注文をしていました。
私は、サンマ−麺と餃子を注文、いやぁ〜手作り餃子の熱くてうまい事。
ハフハフ言いながら、口には運んでいると、またまた親子の会話が聞こえてきました。
父親「あの部屋にはってある歴史の年表いいねぁ〜・・・・歴史がよく良くわかるよ。」
息子「あれいいでしょう〜、あれね。」
父親「あれ、わかるか?・・・・・・・と歴史の話が続く・・・・」
「う〜〜ん・・・」と息子さんは父親の話を尊敬をしながら聞いていました。(若干、聞き役っぽかったけど)

私、3個目の餃子を口に入れながら、すごいなぁ〜と尊敬しながら聞き耳を立てていました。
でもね、家路に向かう電車に乗って、しばし考えていたのです。
なんか、おかしいなぁ〜と。
あの親子の関係はなんだろう。・・・・・またまた祭っ子の一人妄想が始まります。
あの父親は、長期単身赴任をしているのかしら?
それとも、親子ともども目標は有名中学のお受験志願者かしら?
時として、教育的な話はしたいと思います。でも、あの場ではどうなんだろう。
そんな、なんともいえない違和感のある親子の会話を考えていたのです。

前回の話の続きです。「親子のコミュニケーション」は、どのように育てていけばいいのでしょう。
それは、どうでもいい話を15秒ぐらいでもいいから、子どもにもさせることだと言われました。
そうです。
教育的なジャッジをつける会話ではなく、どうでもいい世間話でいいのだといいます。

前回の今川焼きの話と同じ話をすれば、
子どもが味噌汁をこぼしただけでも、「それは集中力がないからよ。だから点数が悪いのよ。」と会話に変化するのではなく、味噌汁こぼした事の話をすればいいのです。

テレビ・ラジオ・本(漫画の本)・読み聞かせ・学校・ゲーム・・それは家庭の中の言語力につやを与えるだけのものでいいというのです。
夫婦ケンカも人間らしい会話だと言われました。
「人間の真に迫った台詞を言うことを子どもに見せるべき」だというのです。
家庭の中で自分の考えを伝える土壌をつくれるようになればいいのです。
それは、大きくなったお子さんでも可能なのです。
「うぜぇ」=「って、どういう意味?」「お母さんは、○○と理解してもいいかな?」
と子どもの言っている主語と述語をまとめるだけでも、充分に「うぜぇ」から進化するといわれました。

以前、「“デート”に学ぶ、子どもとの接し方」でも同じよう事を教えて頂きました。
どうでもいい話、親子でいっぱいいっぱいしましょうよ
大きなマス目
[2008年07月09日(水) ]

親子のコミュニケーションの話の続きです。
今回、子育て講演のサブテーマに『「親に言えない」子どもの本音』という題をつけました。
講師の先生には「親に言えない」のではなく「親に言わない」と言い直されました。

親子の関係は、ある意味「生殺与奪権」なのだそうです。
「生かすこと殺すこと奪うこと考えることも思うままにできる。他人の運命を操ること」という意味だそうです。
その中で、子どもは本当の事を言えなくなってきているというのです。

子どもは「お母さんにお話をしても、いつも最後は同じ事しか言わないんだ。『勉強しなさい』と言われるだけなんだ。」
一体どういう事なんでしょう。
私も、ちょっと反省をしています。(アルアルだからです。)
講師の安達倭雅子氏は、面白おかしく教えてくださいました。

例をあげて頂きました。
子どもが、A君の家でご馳走になった今川焼きが美味しかった−−−
子ども「お母さん、A君の家でご馳走になった今川焼き・・・」
今川焼きをご馳走してくれたA君はお出来になる(学校の成績が良い)と−−−
母親「あなた、勉強しなさい。」
と話が変化していくのだというのです。

「早く寝なさい。」「早くしなさい。」「早く食べちゃいなさい。」・・・・・すべての会話の結末が、ここで収まってしまうことって、私にも経験があります。

何も言えなくなった子どもたちは、言語力が育たなくなっていると聞きました。
「別に」「うぜぇ」「びみょう〜」は、作文用紙でいえば表題にしかすぎないといいます。
大きなマス目に「うぜぇ」「別に」「びみょう〜」と書いて、表現の回避をしていると知ると、納得がいきました。
表題には、中身がいっぱい伝えたい事があるのに、どう表現していいかわかっていないというのです。

「ありがとうございます」という一言にもいろいろなシュチュエーションの「ありがとうございます」があるのだといいます。
言語力が育っている人は、それはどんな風に言われた(言った)「ありがとうございます」なのかがわかりますが、
今のネット社会では、「ありがとうございます」の一文で、その感情が見えない(読めない)だといいます。
酸いも甘いも承知している大人は、相手の性格や行動パターンを知っているので、その一言でも想像が付きます。
ですから、例えば「・・・・遅れそうです。」とメールが入ってきて、
「バ〜カ」と返信しても「へへへ・・」と受け取ってもらえるのです。

「頭にきた」=頭
「うぇ!」むかつく=腹
と言語力の育っていない子は、話すことが体感的になってきているというのです。
そして何より「言語力のなさ=暴力につながる」と事実に驚いてしまいました。
小さい子どもが癇癪を起こす。
物静かな大人が、「グーの音」がでないほど追い詰めるとテーブルをバンとたたいてどこかに行ってしまう。
それも、同じだといいます。
ロス・コミュケーションという言葉も知りました。
子ども自身が、緊急性があるのに、それを上手に伝えられないというのです。
もちろん、それは受け手も育っていないということにもなります。
この子が、こんな事を言うのは何かがあるぞ、とか身体に変化があるぞ、とか・・・それを見破るすべが育ってないということなんでしょう。

「話すが基本」「言葉の力」は大事と知りました。
では、どのようにしたら、言葉が育つのでしょう。
国語の先生?
読み聞かせ?
一番大事な根を育てるには、実は家庭が一番だと言われました。
人間らしい対話を聞いている、側聞(言わなくても聞いている)だけでもいいのだそうです。
家庭の中で「本当の話をしている」「本当の話を聞いている」そんな人が二人いれば、それだけ充分に育つのだと言います。
たとえ、学校や友達関係で悪い言葉を覚えても、その言葉は身に付かないとのことです。
では、どうやって、育てるのか・・・・一緒に考えてみましょうよ。
| 次へ