かぁちゃん、ただ今 育自中

子供を育てているつもりだが、実は親が育てられているのかもしれない。
「育児は育自」 私は、今も育っています。

     
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これが捏造なのか
[2008年09月05日(金) ]

北京パラリンピックが開催されました。
選手の皆さんの活躍を応援しています。

今回の北京オリンピックは、時差が一時間だったせいか、タイムリィーに選手たちの活躍を見せて頂きました。
そして、オリンピックの興奮が冷めないうちに、テレビ・雑誌などでは活躍された選手とその苦労話とか、選手を支えた家族たちのことを取り上げていました。
ある日、何気なく見ていた番組にちょっとだけ知っている女性アスリートさんが出ていました。
そのお話は妻を支える旦那さんのお話です。
見終えてから「ふ〜ん、●○さんは、こうなんだ。」という感想を持ちました。

ドキュメントにまとめられている番組を見て、疑問を持ちましたが、本人了解の元で番組になっているのだろうから、
それは事実なんだろうと思って見ていたのです。

次の日、その女性アスリート夫婦の事を良く知っている方に「ねぇ〜昨日、テレビを見ていたんだけど、あれ、本当かね。」と質問をしてみました。
前回、「オトナのメディア・リテラシー」のことを日記に書きました。
メディアが本当に事実を流しているのか知りたかったからです。

私の質問を受けた方が「彼女が番組に出るというので、ビデオに撮って置いたのよ。それを遅くに娘と見終えたら、ちょうど本人から電話があって娘が『あら〜ぐうだら奥様』と言って茶化していたら。そしたらね・・・・・」
話を要約をすると、あれはかなり捏造されていて、送っていないメールをあたかも本人が出したかのようにされ、
一度撮り終えたシーンを、もう一度撮り直し、番組制作者が意図するシナリオに校正されていたと言うのだ。
だから、『あの番組に流れた日常を私は送っていない。』というのが事実なのだそうです。

番組がそうなら、ニュースはどうなんだろう。
以前、少年犯罪のニュースを見ていて、少年の友人知人のインタビューを聞きながら、疑問に思ったことがあったのです。それは、匿名性を利用をして、その時世のキーワードの言葉を拾っているのではないだろうかと思ってしまったのです。
そう考えた時、テレビ番組のドキュメントは楽しい話し以外は、ちょっと疑問を持ちながら見た方がいいということですな。
なんとさびしい。
私流、テレビコマーシャルの見方
[2008年06月13日(金) ]

私は子どもの時から、テレビコマーシャルが大好きでした。
番組の間に流れるわずかな時間に、起承転結がしっかりなされ、
消費者に購買意欲をあげる構成に興味をもったのです。

コマーシャルにも時代があるようで、商品重視、イメージ先行、連載ドラマ仕立て・・・
時には、推進的であったり、啓蒙的であったり、コマーシャルはその時代とともに変化しているように感じます。

小さいときからコマーシャルを見ていた私は、かなり影響を受けました。
たばこをスマートに吸っているシーンや髪の毛がサラサラとなびいている映像、
ナイフを格好良く扱っている姿などを見て、子どもながら羨望の眼差しを持っていったのです。
テレビコマーシャルを見て「あ〜なりたい」「こ〜なりたい」「あれが食べたい」「それを持ちたい」「あそこに行きたい」と憧れていたわけです。

私は大人になって、コマーシャルを冷静に見ることができるようになりました。
季節ものや行事もの、視聴者の年齢とか職業とか・・・、時間帯で流れるコマーシャルの種類が違ってきます。
風邪の流行の時期に薬の宣伝、引っ越しが多い季節には引っ越し業者の宣伝。
受験前には、塾の宣伝。合否発表が近づくと予備校の宣伝。
朝には爽やかな宣伝が流れ、お酒が欲しくなる時間帯には、そのような商品が流れます。

コマーシャルは、景気にも変わっていくようです。それは、
10年前に友人が「世の中が不景気になると、○○系の宣伝が多くなるんだって」と聞いたからでした。
不景気だからこそ、テレビを通して消費者に消費をあおっていると気が付いたのです。
景気が右肩上がりの時は、高額商品や大型商品の宣伝が多く見られます。

最近のコマーシャル傾向は、どう考えたらいいのでしょうか、
商品+付加価値がついてきたり、(購入をしながらボランティア活動の一環になるとか、エコに結びつくとか)
また最近は、どちらかというと啓蒙的な作りが多いと感じています。

毎朝見ている情報番組に、金融業者のコマーシャルが立て続けに流れたのを見たときは驚いてしまいました。
返済を呼びかける作り、目的を持って使うように勧める作り、
とどめが「そのお金、本当に必要ですか?」というセリフ。
サラリーマン世帯が多く見る情報番組のこの枠に、連発して流れるコマーシャルを見て、どう考えたらいいのでしょう。
対象者は誰?
お金の使い方は何?
返済能力があるの?
返済者が返済をしない場合は、どうなるの?

考えただけでも、暗くなりました。(こんな社会に誰がした!!・・・・私達です、反省です)
我慢、ガマン、がまん、何に対して我慢が必要なんでしょう。
考えついたのは、お金がなくても豊かに生活ができる何かを探すことでした。
そして、子どもたちには、改めて「お金」ってなに?を伝える必要があると気がつきました。

こんな日本に誰がした!!と攻める気持ちはあるけれど、
子どもたちに「お金のこと」を一緒に考えるチャンスだと思えば良いんだわ。
だけど・・・・・説得力がないんだぁ〜、私のお金の使い方は自転車操業だから。
やっぱり、我慢も必要かも
[2008年01月28日(月) ]

テレビの「○水ハウス」のCMを見て、旦那と同じ意見を持ちました。
元宇宙飛行士と可愛い娘さんが地球温暖化の話をしている場面です。
私達に何が出来るかと考えている娘さんに「まだ間に合う」と宣言させているCMです。
本当に、子どもたちの未来がそうなる事を祈るしかないと思います。
さて、このCMのHPを見てみました。
CMの企業からのコメントには、このように書かれていました。

住宅からのCO2の排出量を、20%以上の削減を目指した地球温暖化防止への取り組みです。この取り組みは平成18年度地球温暖化防止活動環境大臣表彰受賞など、高く評価をいただいております。技術の進歩によって、快適性を高めながらもCO2は着実に削減できる〜。

元宇宙飛行士の方が「快適な暮らしを我慢するんじゃなくなくて、技術の進歩をうまく使えば、エネルギーの無駄はずいぶん減らせる」とおっしゃっていました。

今の技術は、目覚しい発展があります。
車の燃料を自分の家からコンセントで取れるとか、電化製品は持ち歩きが主流になりそうですし、技術の進歩のおかげで「快適な暮らしを我慢しなくても」いいと思いたくなります。

私と旦那が意見が一致したのは「やっぱり、我慢は必要でしょう。」という見解です。

企業の考えるエコは、自社の商品を売るための企業努力です。
地球規模のエコではありません。
地球環境を考えた快適な暮らしは、私たちの創意工夫が一番必要なのだと思います。

燃料の中心が電力だけになると、それはそれで恐ろしい環境へと導かれていくような気がします。1億人が野宿生活になったその時に快適に暮らせる知恵をつけておきたいと思いました。