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[2008年09月29日(月)
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夏の暑い盛りには、家族みんなが汗だらけ泥だらけになり、洗濯物が山のようにありました。
我が家の洗濯機は、10年前から2槽式を使っています。
もう何年も洗濯機の中の掃除を怠っていたので、汚れが目立ち始め掃除をすることにしました。
私は、機械を分解をするのが好きです、構造が気になるからです。
この洗濯機も素人が分解が出来る所までばらしてみました。
そうしたら、ホースの周りに粘土のような物がこびりついているではありませんか。
あ〜、せっけんカスとその他もろもろが付いるのだと、一目でわかりました。
私は、2槽式の洗濯機に変えてから、洗剤を合成洗剤から、せっけんに変えました。
それは、肌が弱いため、冬に着る静電気に耐えられなかったことと、時々感じる痒みや痛みを気にして何かのお薬を塗るより、洗剤を変えるのも一つかと思い、思い切って変えたのです。
(これは大正解でした。せっけん生活に変えてから、静電気も起こらないし、風呂上がりの痒みも主婦湿疹もなくなりました。この話は、また次回に)
大量のといっても、10年分のせっけんカスの理由を挙げると、
我が町は若干硬水なので、せっけんと水道水の成分が結びやすく、せっけんカスが生まれやすいこと。
また、せっけんの量も多めに入れていたのも原因の一つ。
その前に、こまめに掃除をしてこなかったことが最大の原因でした。
まぁ〜、原因の追求とその解決法は別として、目の前にある粘土のようなものを取り除かなくてはいけません。
素手でそれを取り匂いを嗅ぐと(私、匂いフェチでもあります。)なんと、懐かしい匂いがします。
匂いというのは、その時の記憶までも呼び覚ましてくれるから不思議です。
その懐かし匂いとは、私の実家の前にあったドブの匂いでした。
昔、昔、40年前の家の前には、幅30センチほどの木製のドブがありました。
所々に丸木が補強されて、透明の水がサラサラと流れていました。
時々、白い水が流れてくるけれど、また透明の水に混ざって、わからなくなってしまうのを眺めていたのを覚えています。。
補強されている木の回りに、赤いイトミミズが固まりになっていました。
子ども頃は、それが気持ちが悪く、ドブが嫌でした。
子どもたちの遊びは、道路が多く、ボールや三輪車・・・・とドブに落ちないのが目標になっていたほどです。
今、考えると。
ドブがあったその頃は、家庭の下水はすべてドブに流れていました。
野菜を洗い、食器を洗い、洋服を洗い・・・、全て水またはせっけん水だったはずです。
せっけんカスは、魚の餌になるほどの栄養価があるそうで、今では家畜の飼料用にも作られているそうです。
ですから、赤いイトミミズも元気に生きていたわけです。
それが、ドブから消えない泡が目立つようになりました。
今、考えると、それは合成洗剤のはしりなのかもしれません。
そのドブから、赤いイトミミズの姿が見えなくなったのを覚えています。
子どもの頃の私にとっては、気持ち悪い赤いイトミミズの固まりが見えなくなったのですから、嬉しい限りでした。
それからまもなく、水洗トイレの普及により、ドブは下水道と名前が変わり、私達から姿が消えていったのです。
時代と共にドブが消え、赤いイトミミズの行方もわからなくなり、ドブに落ちる心配もなくなりました。
ですが、私はドブの匂いがヘドロの匂いに変わったことを知っています。
そして、フタを閉められたのです。
目に見えないと、私達の生活から排出されたモノは、家から出て行った(流れた)時点からわかりません。
よほど、自分に問題が降りかかってこない限り、関心がなくなります。
私もそうでした。
臭い匂いにフタをしてくれて、ドブに落ちなくなった安心感で充分だったのです。
昔は、目に見えていたからこそ、異変に気が付いていました。
今は、見えないことで、関心をなくさせているのではないかと感じるようになりました。
目に見えなくなっている今だから、家庭から出た排水が今後どのような影響を持つことになるのだろうと、知りたくなりました。
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