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プロフィール

野中すみれと申します。
二人の息子の胃袋を満たすのに毎日苦労しています。

なつかしい風景

[2008年05月30日(金) ]

先日、旧古河庭園にある洋館の見学をしましたが、その時に気がついたのは、窓ガラスのいくつかは、ゆがみがあって、そこから外を見ると、微妙に風景がゆがんで見えることでした。
こんな窓をどこかで見たなと思っていたのですが、私の通った高校にあった古い日本家屋や、中学のころに教室としてまだ使われていた、旧陸軍の兵舎の窓ガラスがそうだったことを思い出しました。

違う日に「北辰斜めにさすところ」という、旧制高校のなつかしい日々を描いた映画を見に行ったのですが、その中にも旧家でロケをしたのか、縁側に立つ登場人物の目線の向こうに、やはりゆがんだ窓ガラスを通した外の風景が見えていて、ここにもまだ残っているんだな、と、なんともいえず懐かしい気持ちになりました。

もちろん、当時とて、技術がなかったわけではありません。旧古河邸の中にあった鏡の一つは、建築当初からあったもので、映る風景は少し黄色味がかっているのですが、ぴかぴかに磨き上げられていて、ゆがみのひとつも見えません。そういえば、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」でしたか、にも、レンズを磨き上げる話がでてきませんでしたっけ?いや、あれは松本零児の「銀河鉄道の夜」のほうだったかしら。

ゆがんだ窓ガラスを通して見ると、昔の人もこのガラスを通して同じものを見ていたんだなという不思議な共感が生まれます。窓ガラス自体にも、よくぞ長年の風雪を乗り越えて、割れずに今までがんばってきたんだなあという運の強さを感じます。

昔の小説を読むときに、こういう些細なことも想像しながら読むと、また新たな感慨が生まれ、登場人物に寄り添うような読み方ができるような気がしてきます。そういえば、プルーストの「スワン家の方へ」などにしても、たくさんの窓ガラスが主人公の周りにあったんでしたっけ。家にいて、親の様子を見るために窓から庭を覗き込んだり、教会のステンドグラスや普通の窓ガラス、汽車の窓ガラス、など、など、など…。

旧古河庭園

[2008年05月23日(金) ]

ばらの花の盛りとのことで、旧古河庭園に出かけて行きました。
ばらを鑑賞するだけでなく、そこに建つ洋館の見学もしてきました。
明治時代の五大財閥のひとつ、古河家の屋敷だったそうです。
戦後、進駐軍の接収に遭い、その後ほったらかしにされて窓ガラスは割れ、つたは幾重にも建物を覆い、お化け屋敷のような状態が30年近く続いたそうですが、手を入れたら見事に蘇りました。写真のシャンデリアは当時のものだそうです。きれいなカットグラスなので、おそらくボヘミアあたりのものではないかと想像しますが、こんな立派なものが盗まれもせず残っていたことに感動を覚えました。



建物からはばら園が見えますが、そのさらに先は、立ち木を植えて目隠しし、地形の勾配を利用してばら園よりも低地に日本庭園が広がっています。こういうつくりは、三田にある綱町三井倶楽部にも見られます。当時の財閥はいろいろな工夫を凝らし、最新技術と伝統を組み合わせて妍を競っていたのでしょうね。

古河財閥は、足尾鉱山で財を築きました。このあたりの日本史を勉強すると、いろいろ興味をもって勉強したくなることがどっさり出てくるので、興味のある方はぜひ調べてみてください。また、古河家がここに屋敷を構えることになった経緯は、養子縁組が縁になっているのだそうです。どんなに財を成しても、跡継ぎは養子であったことは、すべてを思うがままにさせなかった運命のいたずらなのでしょうか。

建物は、30年の不遇の時代を経ていても、それを感じさせない見事な修復がされています。
建築当時の日本の技術の高さ・材料の質の高さ、そしてそれを修復した人びとの技術の高さと建物に対する愛情がよくわかります。

ガレとジャポニスム展

[2008年05月16日(金) ]

お誘いを受けて、友人とサントリー美術館まで「ガレとジャポニスム展」を観に行ってきました。

東洋の美術が陶器や絵画などを通じて西洋に与えた影響の想像以上の大きさにびっくりしました。
近代以降の西洋絵画の、当たり前のように見ていたために見過ごしていた部分にまで、日本の影響があったなんて、思いもよりませんでした。
また、東洋の影響を受けて、今まで西洋絵画などでは題材にすらならなかった虫などの小動物が、単なるエキゾシズムでいろいろな作家により題材に取り上げられるようになったころは、まだまだとってつけたような取り上げられ方だったのが、ガレの後期の作品までくると、「ナンシーの日本人」と言われたのもむべなるかなと思えるほどに、作品の完成度も高くなり、昔からこういう取り上げ方はあったのだと信じてもおかしくないほどに洗練され、確かにガレは天才だったのだと作品の前でたたずんでいました。そういう作品に比べると、日本から、「西洋の人たちはこんなものがお好きでしょう」というような「媚び」が見える作品はやはり軽く見えてしまいます。

サントリー美術館のサイトに、こんな画像がありました。

壺《過ぎ去りし苦しみの葉》

この作品を見ると、ガレって日本のことを深く理解していただろうと思わずにはいられません。

これからも西洋絵画を鑑賞する機会は多いと思いますが、今までとはまた違う視点で観る楽しみが増えました。

失われた時を求めて(漫画版)

[2008年05月09日(金) ]

去年、マルセル・プルーストのあまりにも有名な「失われた時を求めて」の漫画版が出たというので、はるか一世代も昔(赤面)にプルーストに挫折した私は、図書館に予約をいれました。ほぼ半年ほど待ったでしょうか、先日、図書館から「届いた」との連絡がはいりました。

この本です。



ベルギーのBD(ベ・デ、バンド・デシネ…あちらの「マンガ」)タンタンの漫画を読んだことはありますか?あれと同じ大きさの本です。雰囲気もまあ、どことなく似ている感じがするので、タンタンを読んだことがある人はとっつきやすいんじゃないかと思います。

でも、内容は、あのプルーストですから。「スワン家の方へ」をこの一冊に凝縮していますから、さらっと読めるものではありません。

それでも、今まで挫折していた人たちが、「プルーストってこんなことを書いていたんだ」とあらすじやイメージをつかむのには充分だと思いましたし、これを読んでから新たに日本語訳に挑戦する勇気も出る人もいるでしょう。私もその中の一人です。

原文だと、何行も、時には何十行も使って、主人公の思い出したことがつむぎだされる様子を描いていたのが、漫画ではほんの一こま、ふたこまで説明されてしまいます。名前だけでは想像のつかない馬車の形、馬に目隠しがされているかとか馬のおしゃれはどんな感じかとか、婦人のファッションとか、主人公の住む家の中の様子とか、当時のブルジョワ家庭の暮らしぶりの想像すらできない極東の読者には、資料としてもたいへんありがたい本だと思います。そのかわり、漫画の一こまをじっくりながめて、えーと、と想像をめぐらせなければならないことも多いので、情報量も多く、読み手にさらなる想像力も求められますが、本を読むことを考えればはるかに楽ですし、文化の背景もまるごとわかりますので読み進むのが楽しかったです。

現在、フランス原語版は4巻までしか出ていないそうです。日本語版はやっと1巻がでたばかり。いつ終わるのか想像もつきませんが、これに力を得て、漫画版が完結するまでにもう一度、小説を読むことができればうれしいです。

小説好きには一度は手に取ってもらいたい本です。なんて、まだ読んだことのない私が書いてよいのかしら…。

役員決め 3

[2008年05月07日(水) ]

年度が替わり、4月になりました。
私は、今度の広報委員会はどんな人たちが集まってくれるのかな、とどきどきしながら様子をうかがっていました。

同じクラスの、その年に広報委員になった方や、知り合いの役員の人たちから、今年の広報委員会はやりたいという人たちが多く集まった、とか、役員の中で最初に決まったのが広報だった、とか、うれしい話をたくさん聞きました。

次の年も立候補の多い役員だったそうです。
そのあとは知りません。クラスによっては前のように、人気のない委員になってしまったところもあったようです。

でも、一度流れを変えれば、数年はその傾向は続いてくれると信じます。私が委員長をした年に役員をしてくれた人たちの中には、未就学児のいるお母さん方も多かったからです。

時は流れました。

おととしだったでしょうか。
知り合いの一人のママさんが、「今度、上の子がいよいよ小学校にあがるんです」と話しかけてきました。「でも、小学校ってPTAがあるんですよね。今通っている園では、PTAって大変なんだって、ってみんなで心配してるんです」と言ってきました。

だ〜れがそんな噂を流しているんだろう!?
その園というのは、私の子どもの同級生も通った園ですが、その人たちはみんな気持ちよく役員を引き受けている人たちばかりだったのに、いつの間にそんなPTAを敬遠するような空気を作るようになったんだろう?今時の若いママさんたちの傾向かしら?不安なこと、わからないことをとりあえず否定してみる、というのはありがちなことです。

思わず、熱を入れて語ってしまいました。
PTAはこわいところじゃなくて、楽しいところよ?
不安に思うのは、誰でも最初はそうだけど、子どものことを考えているのはみんなおんなじだから、大丈夫よ。できることをやればいいの。私は広報だったけれど、こ〜〜〜んなに楽しかったわ。ぜひ広報をやったらいいわ。写真撮り放題よ。

その人は楽しく役員を引き受けられたかしら。
なにかというと、まず引いて物事をとらえてしまいがちの人なので、そこがちょっと心配です。


最後に。
子どもの写真、とりほ〜だい♪で誘いをかけまくった広報委員長をつとめた私自身は、広報委員をやった2年間、1度も学校行事で子どもの写真を大写しで撮ったことはありませんでした。もっぱら、モブシーンばかりです。今思えば、もう少しずうずうしくやっても全然構わなかったのにな〜と苦笑しています。

黒蜥蜴

[2008年05月02日(金) ]

母を誘って、「黒蜥蜴」を観に行きました。
4幕ものです。開演から終演までほぼ4時間。幕ごとの休憩が各15分。
3幕が終わったときに、「え、これって4幕まであるんだ(帰りが遅くなる)」とあせりましたが、不思議なことにそれぞれの幕があっという間に感じられ、最後まで「魅せる」舞台でした。

実は、ちょっと疲れがたまっていて、ベストコンディションではありませんでした。
席も、S席だったわりには、劇場の観客席の中央通路よりも後ろの席で、舞台の声は集中していないと聞こえません(もちろんマイクなしの舞台です)。疲れていたので、舞台に集中するのはけっこうきつかったです。始まりの数分、座席の座り心地のよさに負けて、寝てしまいました。でも、ふっと意識が集中できるようになってからは(たぶん、舞台の流れもそのあたりから動きだしたのだと思います)、最後まで舞台を楽しむことができました。

母が観劇をするのは、しかもこんな長丁場の観劇は何十年ぶりだと思います。年も取っていますし、私は心配してしまいましたが、なんと、「全然疲れなかった」「楽しかった」「美輪さんからエネルギーをもらった」と、舞台がはねてから、また、翌日も、すごいすごいと言っていました。

確かに、舞台の完成度は充分に満足のいくものでした。始めのところこそ、ちょっと私が眠くなってしまう、若い女優さんの粗さが見えましたが、それ以外はモブシーンの若い俳優さんたちの一人一人に至るまで、ぴしっと決まっていて、バックに流れる音楽も、選び抜いた音源だということがわかりますし、またそれぞれの曲と曲がばらばらにならないような統一感も考えて選んでいるんだということが伝わってきます。すべて、美輪さんの手作りの舞台なのでしょう。幕が下り、多くの人たちがスタンディング・オベイションをしています。調子の悪かった私にはそこまでの気持ちは起きませんでしたが、それでも、調子が悪くてもここまで気持ちを引っ張り、元気な気持ちで帰途につけるエネルギーをもらったことは確かです。

後ろ向きなのにすばらしかったと評価する、なんともぐちゃぐちゃな鑑賞態度ですみません。
以前「鹿鳴館」(劇団四季のほう)を観に行ったときにも感じたのですが、どうも私は耽美な世界は苦手らしい。それでも観に行って、すごかったと感じるだけの舞台であったことは確かです。お好きな人はためらわずいらっしゃることをお勧めします。好きでなくても、生の舞台のもつ魔力を感じたい人も、ぜひいらしてください。今までの私の鑑賞歴の中では一、二をあらそう舞台だと思いました。