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プロフィール

野中すみれと申します。
二人の息子の胃袋を満たすのに毎日苦労しています。

役員決め 2

[2008年04月30日(水) ]

広報委員会の初顔合わせのときに、ほとんどの皆さんが、「まさか広報になるとは思わなかったんですが(おそらくじゃんけんで決まったのでしょう)、やることになったからには、楽しんでできたらなと思います」とおっしゃいました。それはそれで気持ちを切り替えた、潔い姿勢だと思うのですが、やはりできることなら、「広報がやりたくてきました」という人が多く集まってくれたほうがより楽しくできると思いますし、そういう委員会になってほしいなと思いました。

でも、私が委員長になって、まずやらなければならないことは、上の言葉どおり、1年間「楽しくでき」る広報委員会にすることです。
しかし、広報委員会はどの委員会よりも集まる頻度は多いです。また、よい記事を作ろうと思って推敲を重ねていけばきりがありません。

そこで、「楽しくやりたい」「できることをやる、無理はしない」「集まる回数は極力少なくする」ことを目標におき、私にアイディアがないこともありますが、やることに関してはすべて各グループに丸投げでやってもらいました。
これは受ける方にとっては大変だったと思います。もしかすると、私の見ていないところで集まったときもあったかもしれません。それでも、作業が始まれば夢中になって、グループ内の人間関係も良好で、お互いに助け合いながらやっている姿を見て、私はほっとしました。

なんとか規定数のPTAだよりを発行し、いよいよ3学期最後のお開きの委員会のときに、私は委員のみなさんにお願いをしました。

「この1年間、本当にお世話になりました。いろいろと大変なときもあったと思いますが、少しでも楽しく委員をやれたと思っていただけたら、うれしいです。
そこで、お願いがあります。
来年度のPTAの役員決めをするときに、皆さんはそれぞれの教室で広報とはどんなことをするところなのか、を話すことになると思いますが、皆さんが楽しかったと感じたことを話してください。(ここで笑いあり)
ご自分もそうだったと思いますが、広報のなり手はあまりありません。
学校に何度も来なければならない。文が書けない、など、いろいろな理由があると思います。
でも、今まで私も皆さんに話してきたように、実は広報ほど『お得』な委員はありません。

学校に来ると、お子さんが喜ぶでしょう。(うんうんと皆さんうなずく)
運動会では大手を振ってお子さんの接写撮り放題です。(ますます皆さんうなずく)
また、この1年間、作業をする中で皆さんは親しくなっていったことと思いますが、もし、知り合いと一緒に入ろうと思うのなら、広報はうってつけです。(笑いが広がる)
また、転校してきたりして、何も知らない小学校のことを少しでも早く知りたいと思ったら、広報委員会をお勧めしたいと思います。(みなさんうなずく)
こんなふうに、とってもお得な委員会ですよ〜というふうに宣伝してほしいのです。
私たちも1年間がんばってきましたが、よりよい広報委員会にするためには、じゃんけんで決めるくらい、立候補が出るような役員決めになってほしいと思うんです。みなさん、4月はよろしくお願いします」

役員決め 1

[2008年04月23日(水) ]

下の子も高校生になったのに、ここ(中学コースブログ)にいて申し訳ない限りなんですが、季節柄、PTAの役員決めの昔話なら小中学生の親御さんにも読んでいただけるでしょうか。

子どもたちの通った小学校は、子ども1人につき、1回PTA役員を引き受けてね、というお願いがPTA会長名で毎年配布されていました。たま〜に一度も引き受けないですんでしまう人もいたと思いますが、私が広報委員会の委員長をしていたときに、6年のお母さんで一度も出てこない人がいました。それとなく調べると、昼夜わかたぬ仕事に就いている方で、それを知ってか知らぬか、役員決めにも欠席していた彼女を、一番学校に行く回数の多い広報にわりふったそのクラスのPTA役員さんたちをうらみましたねえ。忙しいので追求せずに1年間が終わってしまいましたが、仕事の内容からどうしても出られない人は、特に広報には振らないでほしいと思ったものです。仕事を抱えて広報委員もやってくださった他の方たちに失礼だと思いましたし。

広報委員会の委員長をやったと書きましたが、私は、上の子のぶんと、下の子のぶんと、2年連続で役員をやりました。なので、2年目に委員長が回ってくるのはしかたがなかったのですが、引き受けた以上は、みんなで楽しくやりたいなと思いました。

1年目の役員の時は、下の子の幼稚園で知り合ったママさん達と語らって広報に入りました。広報委員会では数人でグループを作るのですが、それぞれ抱えている事情の似た人たちがまとまるので、未就学児を抱えている友人のママさんとは違うグループだったりして、知り合いすべてと同じグループにいたわけではありません。でも、委員会に出席するときに、知った顔がいるだけでもほっとしましたし、自分の所属するグループに知り合いのママさんがいれば、知らないママさんも巻き込んで楽しく作業を進めることができました。

ただ、多くの小学校で似たような傾向があるみたいですが、わが子の小学校のPTAでも、広報委員はあまり人気のある役員ではありません。どうしても専門職のようなイメージがついてまわるからでしょうか。文章が書けないから…写真は苦手で…など、敬遠する理由をいくつもあげては、クラスで役員決めをするときに難航する役員の筆頭だと感じていました。

それをなんとかしたいな、と思い、二年目に委員長を引き受けた時は、どうしたら楽しくできるかな?ということを一番の目標におくことにしました。PTAだよりの出来の如何は問いません。こればかりはその年その年の委員さんたちのセンスと特筆すべきニュースがあったかどうかの総和だと思っていたからです。

25周年

[2008年04月16日(水) ]

千葉県にあるテーマパークが25周年を迎えたそうです。
四半世紀…長いような、あっという間のような。

会社勤めをしていたときに、このテーマパークがオープンしました。
当時は、とても画期的な「遊園地」でした。記憶があいまいなところもありますが、まず、入場券が高い。(笑)
確か、Aセット、Bセット、入場券のみ、というように、何種類かの設定があって、それによってアトラクションを利用するためのチケットの枚数が違っていました。入場券についてきたチケットを使い尽くした後は、園内のところどころにあるチケット売り場でチケットを買い足して、遊んだものです。

開園当時からパスポートがあったかどうか、覚えていないのですが(最初はなかったような…気がします。)、パスポートを利用するようになってからしばらくは、チケット売り場で売っているチケットの単価を考えながら、今日はいくつのアトラクションで楽しめたから、パスポート代は(チケット何枚分と考えて)クリアしたね〜などとみみっちく計算していたものです。(笑)

たとえば、値段こそ覚えていませんが、アトラクションによってA〜Cの3段階くらいに値段設定が違っていて、よりおもしろい・スリリングなアトラクションは高く、幼児と楽しむようなものは安かったです。また、入場券だけでも入れる無料のアトラクションも2つほどありました。

先日、子どもたちの入学祝を兼ねて行った時に、パスポートを買うだけでどこでも遊べることに今さらながら気づいたのですが、それはさらに遊園地としては画期的なことだったんです。

お金の話ばかりでない、当時びっくりしたことは、飲食物の持ち込みが禁止されていたこと。これは、テーマパークにいったん入ったら、その世界に溶け込んで遊んでほしいということだったようですが、結構不満を持つ人たちもいて、10年位前に子どもたちを連れて行ったときにも、おむすびなどを持ち込んで食べている人を見かけましたっけ。

でも、そのことともつながりがあるんですが、このテーマパークが一番力を入れていたんだろうと私が思ったのは、テーマパークに入ったら、あなたはゲスト。中で働いている人たちはスタッフと呼ばれて、おもてなしをする立場。「だから」、ゲストはゲストとしての振る舞いを求められたことです。それが一番私にとってはびっくりしましたし、気持ちの切り替えを要求されて始めはどきどきしましたが、ゲストとして振舞うことが非日常の、違う自分を演じるようで、これはこれでとてもおもしろい経験となりました。まあ、簡単に言えば、ちょびっとアメリカナイズした自分を演出して遊んでみよう、ということです。

舟に乗ったら、スタッフが盛り上げてくれるのに合わせて、こちらも楽しむ。
子ども心を呼び起こすようなアトラクションでは、無理して大人の顔をしない。
スタッフにはお世話になったら「ありがとう」と言う。
パーク内を横断するような乗り物に乗っている時は、また見かけたら、知らない人でも手を振り合ってみる。
…遊びなれていないと、なかなか難しいことです。気恥ずかしくって言えない、できないこともあります。

でも、あのテーマパークに入ったら、そういうふうに遊ぶもものだ、と決めたら、結構楽しく遊べます。
特に、オープンしてから数年の間は(その後は子育てで忙しくて行けなくなりまして)、遊びに行く人たちもそういう気分で遊んでいるんだというのがお互いにわかって、なんとはなしに「今日のアトラクションは私たちも参加しているんだ」「私たちもこのアトラクションを作っているんだ」という気持ちになって、楽しさが倍増したものです。


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入学式

[2008年04月09日(水) ]

ここのところ、なんだかお天気が荒れていますね。
先日まで小学生ブログでブログを書いていらしたかつぼんさんが、パルティオZで書かれていたのが、入学式の日に配られたプリントにあった、

April showers bring forth May flowers.

という一節でした。

風雨の中の入学式でくたくたにくたびれて帰ったときに、さりげないこんな一文を見つけて、疲れと緊張から不安でいっぱいだった新入生や家族の人たちはほっとした気持ちになられたのではないかなと思います。

これはご存知、マザーグースの詩のひとつ、

March winds and April showers,
Bring forth May flowers.


の抜粋で、北原白秋は

三月 風よ 四月は 雨よ 五月は 花の花ざかり

と訳しています。

こんな詩を目にしたら、あの台風にもおとらない風雨も、明るい未来のためのものなのだなと思いなおすことができますね。書かれた先生は、そんなに力をいれて書かれたつもりはなかったかもしれませんが、心憎い演出だと私も思います。

日本のことわざだと、「雨降って地固まる」が思い浮かびますが、今回のように雨と風にたたられた入学式には、マザーグースの詩の方が気持ちをあったかくしてくれますね。

こちらにいらっしゃるみなさんも、入園式、入学式、入社式、いろいろな節目を迎えられ、またご家族にそういう方がいらっしゃることと思います。新しい世界への門出、おめでとうございます。

かくいうわが家も、長男、二男、そろって入学式を迎えました。
それぞれに新しい環境に向かって気持ちをあらたにしておりました。
どうか、その決意が、4年間、3年間、それぞれ続いてくれますように。

想い出の日本一萬年

[2008年04月04日(金) ]

さいたまゴールドシアターPro-cess 3=A「想い出の日本一萬年」を観てきました。
前々回の「鴉よ、おれたちは弾丸(たま)をこめる」と同じ、清水邦夫の脚本です。
1970年初演。その脚本を、ほんの少し今の時事の話題もまぜて、往時の劇ではなく、今の時代を問う劇として蘇らせました。

うーん。
私は、前々回の「鴉…」のほうがわかりやすく感じられました。
でも、舞台が跳ねて、知り合いの出演者が出てくるのを待っているときに、そばでやはり同じように待っていて、目指す知り合いの出演者と会えた人たちが、その出演者に「『鴉』の時よりも、もっとメッセージ性がはっきりしていて、わかりやすかったです」と話しているのを聞いて、人それぞれなんだなあと感じました。

主人公の男性たちに、まだなんとなく「照れ」が残っているような感じがあったせいでしょうか。観ていてこちらもなんとなく気恥ずかしくなる。ヒロインへの卑猥なまなざし、手つきがなんともぎこちない。ヒロインが腹を据えて演じていただけに、なんとなく違和感がありました。

そのほか、モブシーンでそれぞれが勝手にセリフをしゃべるシーンでも、これが若い舞台俳優さんたちのシーンなら、どのセリフもきちんと聞こえてきて、その上でごちゃごちゃとセリフが層をなすようになっていくんでしょうが、まだまだばらばらの感じがしました。

こちらも、何度も同じ劇団を観ていくうちに、目が肥えてしまったのかもしれません。よくぞここまでという思いと、その逆に「前回作の方が決まっていたような感じがする」という思いが交錯しました。

当時の体制批判。権力をふるわれる側の思いがほとばしる。
初演当時、ほとんどが社会人だった演じる人たち。当時の学生運動や、労働組合の運動を、どんな思いで見ていたのだろう。
一緒に観に行った母は、「この人たちは、青春時代が戦時中だから、当時の学生運動などをうらやましく思っていただろう」と言います。自分たちの意思を自由に表現できない戦時中を過ごした人々と、若いエネルギーを思うがままにぶつけることのできた次の世代の人々。当時どんなふうに感じていたかも思い起こさせるような演技は、いろいろな視点を観客に示しますし、観客の一人である私もあれこれと深読みをしながら見入ってしまいます。80歳前後の役者さんたちの当時の思いと、団塊の世代、60歳前の役者さんたちの当時の思いは当然異なります。そういう各人それぞれの思いの積みかさねの上に、では、今、この劇を通じて何を訴えるか。時代は変わっても変わらない人の思い。虐げるものと虐げられるものの対比。観終わったばかりで、まだまだ整理がつきませんが、断片だけでもここにつづっておこうと思います。備忘録のようになってしまってごめんなさい。

今回は、母の知り合いからの連絡がなかったので、こっちで勝手にチケットを取って出かけていきました。劇がすんで、着替えて出てきた知り合いに声をかけたとき、「まあ」、とびっくりした顔をされましたが、とてもうれしそうでした。次回も楽しみにしています、とお話ししてお別れしました。