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プロフィール

野中すみれと申します。
二人の息子の胃袋を満たすのに毎日苦労しています。

おむすび

[2007年08月29日(水) ]

現在、長男は高校3年生。大学受験を目指しています。
夏休みは予備校に通うことになり、ある週は午前・午後と授業が続いたので、弁当がほしい、と言ってきました。

久しぶりの弁当づくり。(ハート)

6年前に、中学受験を急遽決めて、受験塾の夏期講習に通うことになり、毎日弁当を作っていたことを思い出し、ああ、あの忙しかった日々ももう6年も前のことになってしまったんだなあとしみじみとしてしまいました。

あの時は弁当箱にはおかずをぎっしり。だいたい5品。そしてラップに包んだおむすびを3つ。食べ盛りの中高生でもお腹いっぱいになりそうなお弁当を、毎日ぺろっと食べて帰ってきました。私のおむすびが好きなのだそうです。

そして今、予備校のお昼にと、昔を思い出して弁当を作りましたが、最初はおむすびにはせず、普通にご飯を詰めるだけでした。
ところが、午前・午後連続講習がおわり、やれやれと思っていたら、次の週は午後しかないのに、「今日もお弁当」と言ってきました。それは大変。なんの準備もしていませんでした。とりあえず、1時間くらいの時間はある、と言ってくれたので、あわてて3合、ご飯を炊き、塩じゃけを焼いて、炊き上がったご飯に混ぜ込んで、ごまもざざっと混ぜて、それでおむすびを5つ作りました。コンビニで野菜ジュースでも買ってちょうだい、とお願いして、予備校に行かせました。授業の始まる前に、自習室で勉強したいので、弁当がほしかったようです。

夜、帰ってくると、長男はえらくご機嫌です。
5つのおむすびを、時間ごとにちょいちょいつまみながら授業を受けていたようなのです。おかげで授業が終わったあと、再び自習室で勉強しているときもつまめ、お腹がすかなくてよかった、とにこにこして言うのです。
 

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魔笛(映画)

[2007年08月24日(金) ]

映画の「魔笛」を観てきました。
「魔笛」は、ご存知のとおり、モーツァルトの最後のオペラです。それを、ケネス・ブラナー監督が映画化し、興味津々で観てきました。

既にオペラ「魔笛」をご存知の方へ。
音楽のほうはばっちりです。☆☆☆☆☆。
オーケストラの演奏も、ザラストロや夜の女王を始めとする有名なアリアの数々も、安心して聴いていられます。それだけ聴くつもりで出かけても、ちゃんと満足いくと思います。(ただし歌は英語が基本です。たまーにドイツ語の単語が聞こえてきます)

ストーリーを第一次世界大戦のころに舞台を異動させたのは、最初のインスピレーションとしてはよかったのかもしれませんが、結局はモーツァルトの世界にひっぱられてしまって、なんとも微妙な感じになりました。これは、もともとのシカネーダーの脚本がちょっと突っ込みどころの多いものなのと、それを無理に直そうとしないで映画にしてしまったためですから、しかたがないのだと思います。

オペラ「魔笛」を知らない方へ。
まあそんなわけで、もともとが荒唐無稽な「おはなし」のオペラなので、予備知識なしで行くのは「?」マークが飛び交うこと請け合いです。 オペラのほうの筋を簡単に予習していくと、ブラナー監督がもともとの設定を彼の趣味で置き換えたシーンの意味がわかりやすいかなあと思います。

ケネス・ブラナーは、イギリスでは有名な役者さんですが、私たち日本の映画ファンには、「ハリー・ポッター」でダンディで見栄っ張りな魔法学校の先生に扮したことで有名になった人です。映画の中でも、CGを使ったシーンは、「ハリー・ポッター」の魔法のシーンを思い出すような使い方が多くて、これは最近のイギリス映画の傾向なのか、ブラナー自身の趣味が出たのか、よくわかりませんでした。まあ、ブラナーもきっと「ハリー・ポッター」の映画を気に入っていたんじゃないかしら。ふふふ。
 

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最後までやり通す

[2007年08月22日(水) ]

最近、ピアノを教えている友人から、こんな話を聞きました。ここ数年、ピアノを教えていて、自分がピアノを教えることを始めた頃よりも、困る場面が増えたというのです。

たとえば、一曲仕上げるときに、譜面の見間違いとか、感情表現の細かいこととか、指示を出して来週までにやってきましょうね、と伝えても、翌週の仕上がりは前の週と全然変わっていない。やってこなくても大丈夫だあ、という顔でやってくるのだそうです。これが10年も前の子たちなら、やってこなかったこと、間に合わなかったことに罪悪感を感じて、ひどいときにはずる休みまで考えてしまう、そういう子たちばかりだったといいます。

きちんと仕上げる、やり通すということが当たり前でなくなっていることに、このままでこの子たちはいいのだろうか、と心配になっているのだそうです。(私も、心配です。もしや我が子が…と思うとなおさらのこと)
 
うちの子どもたちが音楽教室に通っていた頃、教室の先生がおっしゃったことが今でも心に残っています。それは、おけいこごとはとにかく、高校3年まで続けてね、ということでした。
ひとつには、子どもの気持ちに親が振り回されてはいけない。上に書いた、やり通す大切さ、一つのことを完成させ、積み上げていく大切さを子どもに体験させたいということがあるでしょう。
また、一つのおけいこごとはある程度のレベルまではがんばって続けることが達成感や、「ものになる」結果をもたらす。という意味もあったと思います。

なにかと忙しい今日このごろですが、うちの子たちも、ひとつのことにじっくり取り組める子どもに育ってほしいな、と思っています。
 

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もっと想像力を!

[2007年08月15日(水) ]

このごろ、何かというと、「それって想像力がとぼしいんじゃない?」と感じることが多いです。

7月に参議院選挙がありましたが、今までの経験から、今回もやるんじゃないかなと思っていた人(政党)が、ポスター貼りの違反をしていて、「ああやっぱり…」と思いました。

きっと、やっているほうは「これくらいは大丈夫だろう」と思っているのでしょう。

でも最近、おばさんパワーが増してきた私は、今までよりももっと想像力がたくましくなっていました。

「別に金銭授受のような悪質な違反じゃないんだもの、公共施設へのポスター貼りくらい平気だろう」と思うような人(を支える選挙事務所も同罪でしょう)が当選したとして、国会でも「これくらい平気だろう」と思うようなことをするんじゃないかしら? それは、選挙直前にスキャンダルが出て大騒ぎされた議員さんたちにも通じることではないかしら? そういう人たちが何人も国会にいたら、諸外国に信頼されるような振る舞いができるのかしら?

今日は8月15日です。62年前、やっと戦争が終わった日です。もう少し早く終わっていれば、長崎への原爆投下はなかった。広島へ落ちることもなかった。大空襲が日本のあちこちの都市に広がることはなかった。お父さんが、お兄さんが、死ぬことはなかった。いや、戦争を始めてさえいなければ…。

戦争を始めるということは、「勝てる」と思うから始めると思うのです。
日米開戦の前夜、世界の国々がそれぞれのエゴイズムに振り回されて、いかに他国の痛みを感じようとしなかったかは、今ではさまざまな書物から窺うことができます。どの国も「勝つ」つもりで戦争をしかけたのです。

ここで、どの国が悪い、というような悪者探しをするつもりはありません。
私が言いたいのは、人の心の中に棲む、エゴイズムという魔物の存在をもっと意識しようではないかということです。そして、もっと想像力を使って、自分も他人も…自分の住むところも、地球そのものも、どうしたらよりよく生きられるかを考えていこうではないかということです。

学校での子どもたちの「いじめ」は、お互いの立場に対する想像力の欠如を感じることが多いです。いじめることはそんなに自分にとってよいことなのでしょうか?

選挙も同じです。公明正大な選挙を願いながらも、心のどこかで「でもそんなことはなかなかなくて。清廉な人ほど落ちるし、出ないし」などと大人が思っているうちは、いつまでもあきれた議員しか出てこない、当選しない。私たちがこの連鎖を断ち切らなくては。

今の地球の状態も…いえ、その前に、自分たちが住む住環境を見てみませんか?
高層マンション1棟を維持するために、土地は少なくてすんでも、水、空気、生活用のエネルギーなどなど、土地の広さに対して無理をさせていないかしら?

私は石油ショックの前を覚えていますが、小学生向けの雑誌などで「石油は無限、石油はばら色のエネルギー」と書かれているのを読みながら、「それでも石油は有限でしょう。当時の太陽エネルギーを受け止めた植物が石油になっているのなら、それがどんどん燃えたなら、大昔のエネルギーが放出されたら、地球上は暑くならないの?」と疑問でした。小学生の私ですら想像していたのに、当時の科学者は何も想像しなかったのでしょうか。まさか。今は核エネルギーを発電所で作っていますが、これだって同じように考えました。核のエネルギーは「燃やす」石油や石炭よりももっと効率よく高いエネルギーが出る…決して石油の代替になりえるとは思えないのです。
 

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反抗期バンザイ

[2007年08月08日(水) ]

あれは、長男が幼稚園に通っていた頃です。二人の子どもたちがかわいくてかわいくて、とにかくかわいくて、そんなときに幼稚園のママさんたちとのおしゃべりで、「『冬彦』さんになっちゃったらどうしよう〜〜」と、冗談とも本音ともつかない話題になったことがありました。(冬彦さん、というのは、当時、もしくはその少し前に、テレビドラマで有名になった、マザコンの主人公の男の人の名前です)

私も、かわいいかわいい子どもたちをひざに抱きながら、ああ、どう育てたら冬彦さんにならないで大きくなるんだろうと、将来の息子たちの姿に不安をおぼえたものです。

そんな時、子どもたちが通っていた音楽教室の先生が、教室に教育カウンセラーの方を呼んで、講演会をもってくださいました。この方は、現役の高校の先生をしていらっしゃいました。

高校生を毎日教えながら、「どうしてこの子はこんな風な考え方をするようになったのかな」とか、「どうしてこういう子に育っちゃったのかな」というような疑問を調べているうちに、どんどん調べる年齢がさがっていき、ついには胎児の時期からが大事だ!という話になったのが、興味深いことでした。

子どもにとって一番いい環境は、やはり、お父さんとお母さんが幸せな状況で受精して、育っていくことなんだそうです。これはそのとおりだろうなあと思いました。私は、結婚しても、しばらくは働いていたので、妊娠がわかったときは、とても動揺しました。ちゃんと五体満足で子どもを産めるだろうか、自分の体はちゃんともつだろうか(死なないだろうか)、仕事は続けらるだろうか、続けられるとしても保育園を探さなきゃ、でも会社をやめさせられたらどうしよう、収入が足りなくなる!とか、夫が急に死んだりしたらいやだあとか(マタニティブルーですね)、まあそれはそれは山のような不安のかたまりがのしかかってきました。そんなときに夫がしっかりと私を支えてくれたことは、ありがたかったですし、今まで一人で突っ張って生きてきた私が、肩から力を抜いて、頼れるところは人に頼っていいんだ、と、リラックスできるようになった転換点にもなりました。

少なくとも、私の子どもたちは、幸せな出生ができたんだわ、ということに安心しました。その時、ふと、冬彦さんの話が思い浮かび、カウンセラーの先生への質問時間のときにそのことをうかがってみました。

「先生、今、こうやってかわいいかわいいと育てているんですが、もし、冬彦さんになっちゃったらどうしようかと不安なんです。どうやったら、冬彦さんにならないで大人になってくれるでしょう」

先生は微笑みながら、「今はそうやってかわいい、かわいい、と育てていいんですよ」とおっしゃいました。

私は、「長男は、素直な子で、反抗期を感じずに育ってきました。このまま反抗期がなく、大人になるんじゃないかと心配なんです」とさらに尋ねました。

先生は、「反抗期は必ずきます。子どもは、必ず親から離れようとします。その時に、親が子どもを追いかけてはいけません。追いかけなければ、ちゃんと親離れできます。安心してください」とおっしゃいました。

半信半疑のまま、少なくとも、このままかわいがりつづけて育てていいんだな、ということだけは安心でき、月日は流れました。
 

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同窓会

[2007年08月01日(水) ]

同窓会に行ってきました。正確に言うと、同じ高校に通った同学年の同期会、です。
10年近く前に、初めて学年全体で集い、その後3年ごとに集まっています。
幹事さんたちには本当に頭がさがります。

卒業して4半世紀以上も経つと、先生方の中にも、クラスメートにも亡くなられた方がぽつぽつといて、寂しい気持ちになります。私の3年のときの担任も、数年前に亡くなりました。隣のクラスは、担任の先生を囲んで、しょっちゅうクラス会をしているそうで、うらやましいことです。

男子は、だんだん自分で裁量できる役職に移りつつある年代になってきたせいか、参加率もよく、中には校長になっている人もいて、「お前の下でそのうち働くかもな」なんて笑って話している教員の友人も何人かいて、見ているほうは面白かったです。

そう、この学年は、大学で教職課程をとった人が結構多いほうだと思います。私とりました。

先ほど書いた、隣のクラスの担任の先生は、とても教え方のうまい先生で、先生に担任してもらったクラスの生徒の多くは一瞬にしても教員免許を取ろうと思ったと思います。私もその中の一人で、その先生が担任だった、私が1年の時のクラスは、3分の2が教員免許をとり、そのうちの半分が実際に教職についたくらいです。大学卒業後すぐのクラス会では、「先生にあこがれて教職についたのに、先生のようには全然教えられない」という声があちこちで聞かれ、先生はまんざらでもなさそうに「そりゃ、君たちを教えていた時は、私も一番脂ののっていたときだからね、まだ新米の君たちにできたら、びっくりだよ」などと笑いながら話されていたのを今でも思い出します。

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