思春期も終わった長男とは、大人同士の会話を楽しみ、現在思春期真っ最中、親を振り回して楽しむ二男をさらに高みから見下ろして楽しむ(時には本気で怒るけど…)日々を中心に、今までの子育てを振り返り、将来に気をもむ私の身辺雑記です。
[2007年06月27日(水) ]
誕生日が近づくと、子どもたちはうきうきしてきます。ケーキはどこのにしようかとか、どこかで外食しようかとか、毎年なにかしら楽しみをさがしています。
私も、小さい頃はそうでした。
でも、自分が子どもを産むと、がらっと意識がかわりました。
出産のときの母の苦労話は小さい頃から何度も聞いたものです。
自分が今、この世でこうして生きているのは父母のおかげ、特に母の肉体的な苦労のおかげなんだなとしみじみ感じることができたとき、母への(おとうさんゴメン)感謝が湧き上がりました。
こんな私ですから、ストレートに子どもたちに言ってしまいます。
「今日は、あなたが生まれた日であるけれど、おかあさんがあなたを産んだ日でもあるのよ。あの時は大変だったのよ〜(いえ安産だったとは思いますが)。 このまま死んじゃうかと思ったのよ〜(これはホントの話)。 おかあさんが生きててよかったねー。感謝しなさいよ」
でも子どもたちは、一瞬私に感謝しても、すぐに誕生日のプレゼントがないのかとか不満を口にしてきます。もののあふれたこの時代、わざわざ誕生日だからといって特別に準備するものはそんなにありません。本なら買ってやりたいと思いますが、子どもたちはそれではありがたみがないようです。ゲームの方がいいようで…。で、結局特別なことはケーキを買うことくらいで終わってしまいます。こんなこともあと数年くらいで、二人とも家を出て行ってしまうでしょうか。そう思うと、ちょっとおセンチになります。
[2007年06月20日(水) ]
子どもたちはすっかり大きくなったので、あまり出番はありませんが、出かけるときに時々、持ち歩くものがあります。それは折り紙です。電車で遠出をするとき、PTAの集まりなどで小さな子も来る可能性のあるとき、など、そっとバッグにしのばせていきます。
子どもたちが小さいときは、外出時に飽きないよう、いろいろ工夫したものです。電車に乗ることもありましたし、大人の多い場所にしばらくいなければならない、というようなこともありますから、子どもを飽きさせない「おでかけグッズ」は必須でした。うちの子たちの場合は、絵本、お絵かき帳に芯だけでできている色鉛筆(万一周りを汚さないためにもフェルトペンは不向きです)、その時々のお気に入りの音の出ないおもちゃ(男の子は音の出るおもちゃのほうがお気に入りのことが多いので、おもちゃ選びは大変でした)、そして折り紙でした。
大きくなるにつれ、絵本と折り紙があればなんとかなるようになりました。ひたすら鶴を折るときもあれば、どんどん手裏剣が増えるときもありました。
子どもたちと出歩くことが少なくなっても、PTAの会合などで折り紙が役に立つとわかってからは、なるべく切らさないように家において、いつでも持ち歩けるようにしています。
まだ折り紙を自分で折ることもできない赤ちゃんでも、「ぱっくん」(四隅を中心に折り込むのを二回繰り返してつくり、両手の親指と人差し指計4本を入れてマペットの口のように動かします)には興味を示しますし、つかまれてくしゃっとされても惜しくありません。少し大きくなって、直線折りならできる幼児なら、飛行機やチューリップを作ってあそべます。電車の中などで、全然知らない子どもとも、折り紙ならすぐに一緒に遊べます。
こんな具合に、私のおばあさんへの道は、どんどんディープに進んでいきます。
[2007年06月13日(水) ]
はしかがこんなに流行するなんて、びっくりしました。
思い出すのは、長男が赤ちゃんの頃、予防接種のマイナス面をいろいろと聞く機会があったこと。それを裏づけるかのように、出たばかりのMMRという予防接種の副反応が強くて、あちこちでさらに予防接種が悪者のように言われていたこと。予防接種がポリオをのぞいて、子どもの体調を見ながらの個別接種に移っていったこと。などなどなど。
そんなふうに、予防接種に対して慎重な意見を聞く機会が多かったわりに、小学校の頃、長男と同い年の友だちには、MMRを受けていた子が多かったのにはびっくりしました。私が耳にしていた情報は、実は偏っていたものだったのかしら?私は心配して、長男にははしかの単独接種にしていたのに、そういう選択をしていた友だちのほうが少なかったです。
でも、現在、これだけ流行するということは、当時予防接種のマイナス面の話を聞いて、やめた親御さんのお子さんたちが結構いたということなんでしょうか。それとも長男の年代以上は免疫が弱くなっていて、かかりやすかったのでしょうか。
子どもたちには追加の予防接種をさせました。
二男は長男よりも少し遅く予防接種をさせたのですが、その時にはもう、抗体検査をして抗体がないことを確認しなければ受けられないとか、いやいや、抗体検査すらできなくなったとか言われた時期になってしまいましたが、予約を入れていたために、すんなりと予防接種をすることができました。
[2007年06月08日(金) ]
映画「しゃべれども しゃべれども」を観てきました。
一言でいうと、現代の「セロ弾きのゴーシュ」たちの苦労話といったところでしょうか。
原作があるのだそうですが、読んだことはありません。でも、しっかりした脚本と、ほんの一瞬しか出ないような脇役さん達にもしっかりとした動機付けがわかる、丁寧なつくりの映画で、最後まで楽しく観ることができました。
なにがすごいって、子役たちに舌を巻きました。子役たちの中のメインとなる子のライバル役の子にすごみがあります。勉強もスポーツも万能、と、メインの子に言わせていますが、ほほう、そうなのかと思わせる雰囲気を持って登場します。もちろんメインの子にカメラの焦点が当たっていますから、それ以外の子たちは脇役あつかいですが、ライバルくんも、その取り巻きも、さらにその周りの女の子たちも、「こんなクラス、きっとあるよねえ」というリアリティが感じられて、それだけで満足してしまうくらいでした。
映画のラストは、こう終わらないと幕が引けないね、という、まあちょっと、その、安直かなと思う閉じ方ではありましたが、これ以上は時間もストーリーも引っ張れないですから、それはしかたがないところでしょうか。
[2007年06月06日(水) ]
長男があるとき、「おとうさん、おかあさんは、どこまで僕ががんばれば、ほめてくれるのさ」と怒ったことがあります。定期テストの、長男の得意な教科の結果に、「そうね、これくらいは(長男には)当たり前よね」と、こちらはほめているつもりで声をかけたときのことでした。「へへーん、当然さ」くらいの返事が返ってくるのを期待していたので、こちらはぎょっとなりました。
彼は、ほめてもらいたかったのです。その後、取り繕うように「すごいね、よくがんばったよね」とほめましたが、彼には伝わりませんでした。失敗したなあ、と反省しました。
あちこちの子育て本に、「おうむ返しに繰り返す」、というのがありますが、子どもを認めてやるのに必要なことだな、と実感しました。
特にほめるところを見つけようとすると、かえって上滑りになったりすることがあります。素直に、「ああ、80点取れたんだね」と言えば、それで彼は満足したことでしょう。帰りが遅ければ「今日はクラブがあったんだね」と事実だけを口にします。こう書いていてああそうかと思ったのですが、ふだん何気なく口にしている「いってらっしゃい」「おかえりなさい」も、大事な言葉がけなんだと気づきました。