Z会ブログトップへ

2016.10.27 15:50

「これからの子どもたちには「協働力」が大切。」
その通りだと思います。

「日本の〇〇(例:ケータイなど)はガラパゴスだ。△△の業界はこれだから…」
そう思うこともあります。

一方、上の「 」のように話している当事者自体、自らの領域に「新参者」が関わろうとするときに、歓迎し、対話し、共通領域が見つかれば協働しようという姿勢を見せることが(私個人の経験上)余りない気がします。。。


自分と違う価値観。その価値観に伴う手段。
自らが関わっている領域の中に、それらの存在を受容する姿勢がなければ、いわゆる「仲良し集団」ではない「協働した集団」の形成なんて夢物語だと思います。

日本の文化で育った日本人は、ほんとうに「ムラ」を作る動きを見せるんだなあ(そしてそれは悲しいなあ…)と、つくづく思います。

苫野 一徳さんの仰る「自由の相互承認」という考え方、「信念対立はよくない」という姿勢に、改めて大きく共感を覚えます。

Tags :
教育
ソーシャルブックマーク:

2016.10.26 23:50

ニュースのトップは、不祥事やゴシップを流すのではなく…

人間の営みでおきた大小の「良い」ことや、政治経済の重大なこと、など、

「このニュースを流すことで社会が良くなる方向に導くものであってほしいと思います。

Tags :
教育
ソーシャルブックマーク:

2016.10.25 23:50

私塾界リーダーズフォーラム[教育ICTカンファレンス]に登壇することになりました。
http://www.shijyukukai.jp/2016/10/12386
つい最近まで塾のお仕事に励んでいた人間として、今のICT CONNECT 21 の立場で登壇するなんて、想像もしていませんでした…。

登壇するにあたりいろいろ考えること自体が、よい学びの機会になっています(笑)

Tags :
教育
ICT
私塾界
ソーシャルブックマーク:

2016.10.24 19:20

「ああ言っているけれど、ほんとは何考えているからわからないから、気をつけたほうがいいよ」

などと、アドバイスされることがあります。

気にかけてくれるのはありがたいことですし、無防備であることもよくないとは思うのですが、一方で、なんでそんなに最初から構えてしまうの…?と思うこともあります。

もっと素直に、人を信頼した方がいいんじゃないかな。
信頼する、とまでいかなくても、下衆の勘繰りのような気持ちが先に出るのを少し抑えた方がいいんじゃないかな。

子どもは大人を見て育つので、最初から相手を勘ぐるような姿勢が強くなると、子どもはもっとそうなると思いますし、その子どもたちが創る社会って息が詰まる気がするんですけどね。。。


こちらから信頼すると、自分にも、信頼として返される。
そんな経験を僕は何度もしてきました。
僕はそんな自分自身を、少なくとも自分の子どもには、見せていきたいと思っています。

Tags :
教育
ソーシャルブックマーク:

2016.10.23 09:51

賛同する、批判する。
直接意見を述べる、議論する。
トップダウン、ボトムアップ。。。

すべて、問題解決しようとするときの人の行動です。
そして、これらはすべて「手段」に過ぎない、と弁えておくことが、問題解決につなげようとする姿勢の前提になると思っています。


「保育園落ちた~」のブログのニュースがネットを騒がせ、政治的な文脈に入り込んだことは、おぼえていらっしゃる方も多いでしょう。
だからといって、「批判する」ことが問題解決につながる手段として最も良いか、というと、そうはひとくくりにならないと思います。

しかし人は、自らが問題と思っていることに対し、批判するという手段をすぐとりがちです。
・ラクだから
・なんか気持ちいいから
・他にやりようがないから
…など、「問題解決をしたい」という目的を忘れて、(行動的にも、精神的にも)すぐできてしまう手段だから、なのかな、と思います。


広義で見ると、手段に良し悪しはないと思います。
問題解決につながるかどうか、の視点で大切なのは、やはり当事者意識なんだと思います。

「保育園落ちた~」のニュースが社会を動かしたのは、本人が当事者であって、その気持ちがとっても伝わってきたからなんだと思います。
では、自分が(完全な)当事者という枠にはまりきらないことを、論で批判的に述べるときに、大切になることは何か、というと…

やっぱり勉強して、知識、知見を身につけることが、批判する対象となる物事の問題解決につなげるために、一番不可欠なことだと思うんです。


次期学習指導要領でも大切にされる姿勢ですが…
「主体的・対話的で深い学び」を通じて磨かれる、(自らに)「問い」を立て、「なんでこんなことが起きているんだろう」と考え続ける姿勢が、批判的な言論や行動にも深みを持たせていく、と思います。

「批判することで問題解決につながるかな…?」と考えることも、もちろん大切だと思います。


Tags :
教育
学習指導要領
社会に開かれた教育課程
学びの地図
主体的・対話的で深い学び
ソーシャルブックマーク:

2016.10.22 15:02

年上の知人が、あるニュースに対するやり取りで、ネット上にこんなコメントを残していました。

自分がよく理解していると思っていることに対して、違う意見に接したときに「お前はわかっていない」ではなく「そんな見方もあるのか」といったん考える。

いまの自分が見ている日本社会の中で。。。
そしてこれから創っていく未来の社会を見据えて。。。
いままで以上に大切になる姿勢だと思いました。


いまの日本社会。
私が触れるニュースを見る限り、そしてネット上に出てくる意見を見る限り。
官僚はやってるんだ、この企業変だよ、もっとこうした方がいいじゃない…という論を誘発するかのような報道や、そのような意見が多い気がしています。

でも、「ほんとにそうかな?」と思うんです。
僕が実際に見聞きしたり関わったりしている事柄の中でのほとんどは、官僚も頑張っていますし企業の人たちも頑張っています。
ただ、それでも、問題解決ができない、という実態があるだけなのかな、と。


「誰しもが問題解決しようとしているんだ。」
そう捉えることで、自身の問題解決力そのものが格段にあがる気がするんです。

「何やっているんだ」と言う側で、言われる対象に「わかっていない」と思って言う人は、言われる対象が「わかっている上でやっている立ち居振る舞い」なのに、そのことに気付いていないケースが多い気がします。
一方で、「彼らも十分わかっていると思うんだよね」という姿勢がある人は、そんな「彼ら」にアドバイスするケースがあれば、それはほんとうに「彼ら」に気付いていないことを適切に指摘できるでしょう。

また、「何やっているんだ」と言われる側で、言ってくる対象に「彼はわかっていない」と思っているうちは、自分の見方がタコツボにはまっているケースが多い気がします。
一方、「ああ、そういう見方もあるのか」と捉えられる人は、新しい発見につながり、問題解決に近づく場合が多くなると思います。


誰しもが問題解決しようとしているんです。
そしてだいたい、そういう人は、問題に向かって一生懸命考えていますので、当事者ではない立場の人間より(そのことに対する)問題解決力はあるんです。

そう捉えられる人たちで作る場では、議論ではなく対話が起き、最も問題解決につながる気がします。

Tags :
教育
ソーシャルブックマーク:

2016.10.20 23:15

文部科学広報10月号が公開されました。
現在所属しているICT CONNECT 21 のサイトのリンクにて紹介いたします。
https://ictconnect21.jp/news_161020_003/

上記サイトにも書かれていますが、今回は「次期学習指導要領等に向けたこれまでの審議のまとめ」の特集です。
いわゆる「審議のまとめ」を全部見ようとすると
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/004/gaiyou/1377051.htm
くらいのボリュームになるのですが、この要点がまとめられていますので、教育関係者は必読といえましょう。

この特集でも「学びの地図」について触れられています。
まだ教育関係者から聞こえてくることが少ない「学びの地図」という単語ですが、この考え方、今後は文科省も力を入れて紹介してくると思います。
Tags :
教育
文部科学省
学習指導要領
社会に開かれた教育課程
学びの地図
ソーシャルブックマーク:

2016.10.19 23:50

10代の頃、マジメに勉強ばかりしていて、勉強せずかつルール違反や逸脱行動をする、いわゆる「ワル」を見ていて「なんであいつらばっかり。。。」みたいな感情は少なからず抱いていました。
自分がちょっとしたルール違反や逸脱行動をしたときの解放感がなんともいえないものでした(思春期って、そんなものだと思います)。
そして大人になるにつれ、ルール違反や逸脱行動を繰り返すほうが幸が薄くなることを無意識にわかるようになってきたと思います。

そのうち、マジメに生きてきた人間が、見ず知らずの方に命を絶たれるという報道を目にするようになりました。
切ないなあ…と思う気持ちと共に、「マジメに生きてきた人間が損するような社会にしてはいけない」という気持ちが強くなりました。
「教育」にどんどんのめりこんだり、「教育」の中でも「社会とのつながり」を強く意識するようになった私の心の動きの原点にある気持ちだと思います。

そう思う時期が長かったんですが、最近は、マジメに生き、不慮の事柄に巻き込まれ命を落とす、その人のそれまでの人生は不幸といえるか、などと考えるようになりました。
もちろん、命を落としたことは不幸としかいいようがないですし、(言わずもがなですが)人を殺めるという事象は限りなくゼロに近い世の中にしたいと強く思います。
その一方で、「マジメに生きてきた人間が損するような社会にしてはいけない」というような、マジメに生き続けることで見返りを的発想だけじゃね…、と思うようになりました。
自分の人生を振り返ってみて、マジメにやってること、それそのもので損したかな?と。

そんなことないな。と。

いわゆる「ズル」せず、人を貶めず、マジメに生き続けること、それそのものが幸せだし、今死ぬのはもちろん嫌ですが、今たとえ死んでもこれまでの人生(広い意味で)全く後悔はないな、と捉えるようになりました。

なんだかんだで、社会のルールに従って、そして人と協働して生き続ける(協働できるような能力の自己成長を伴いつつ)方が、幸せの総量は(とても)大きくなるんですよね。きっと。
ルールに従い協働することへの見返りを求めるような考え方をしなくても。

Tags :
教育
ソーシャルブックマーク:

2016.10.14 19:00

家族を一番大事にしながら

学び続け成長し続け

これまでご縁があったみなさまと心を通わせながら

自分ができる社会の中での役割を(ときには見つけ、ときには創り、そして)果たしていく

それだけでずっと幸せを感じます。

40歳を越えたあたりから余り変わっていない(幸せの)捉え方ですね。


Tags :
教育
ソーシャルブックマーク:

2016.10.13 17:30

新大学入試改革と連動!次期学習指導要領で提示されるこれからの学び
http://www.zkai.co.jp/home/ikkan/2021/about/201610.html

「社会に開かれた教育課程」や「学びの地図」、3つの「資質・能力」などに触れてみました。
どうぞご覧ください。

Tags :
教育
文部科学省
学習指導要領
社会に開かれた教育課程
学びの地図
ソーシャルブックマーク:

プロフィール

プロフィール画像
寺西隆行
ICT CONNECT 21 の寺西隆行です。小松高校→東大理一→工学部環境系→教育の道へ。教育とマーケティングをずっと見つめながら過ごすことが喜びです。
※スパムのためコメント欄は閉じました(すいません)。

カレンダー

<<   2017年08月   >>
    01 02 03 04 05
06 07 08 09 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

月別アーカイブ