<今日の事後ネタ>
Q.2日に非常事態宣言が出されたタイ。その首相名は?

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9月。
長い夏休みを終え、大学受験生にとってはラストスパートの時期に入りました。
「できない」人に「できない」というラストチャンスが10月、遅くとも11月だと思っています。
「このあとどれだけ頑張っても克服できない目標の開き」
があれば、その現実を知らせる方が、「まだ頑張れるよ」という安易な励ましよりも本人のため、というのが、僕の考える教育観です。
僕自身、「わが子を(人の前で)褒める親はバカ親」という両親の下で育ってきて、両親からどれだけよい成績を収めても過剰に褒められることもなく、大学時代も「無知」に対して厳しく接する先輩からバカバカ言われ…
瞬間的には悔しい思いをしながら、「できていない」という現実を受け止め、わが身を省み、弱点を克服して伸びてきた人間ですし、だからこそどこかに「まだまだできていない自分がいる」と、自分に対して謙虚に向き合うことができると思っています。
褒められなれた人間は、自分に対して「(実際の能力よりも)できる」と思ってしまい、成長しようという気持ちにつながらないのではないかと。
できていない人間にはできていない、と伝えるのが優しさだと思うのです。
ただ、それが好ましくない場合もあります。
◆「できていない」と伝える人間が幼いとき
小学生に対して同じように接していいか、というと、まずい、というのはスグにわかると思います。
いつも難しいなあ、と思うのは
「精神年齢が幼い青少年」に「できていない」ことを伝えるとき。
長期的に見たら、間違いなく真実を伝えた方がよいかと思いますが、そのことが立ち直りのキッカケを妨げる場合もあるわけで…
時と場合によって使い分けなければいけないと感じます。
だけどやっぱり「あいつは弱いから」といって、「できていない」という現実を伝えることから逃げるのは、どうも僕の中では釈然としません。
僕自身も強い人間ではなかったんですが、(いい意味で)しごかれて強くなってきた部分、すごくあると思っていますから。