教育・受験に携わる社員として〜「和顔愛語 先意承問」

Z会Web戦略統括の寺西隆行です。タイトルは最も大事にしている言葉です(意味は左下「プロフィール」を参照)。
普段の仕事のことや教育に関すること、子ども達のこと、ネットのことなど、いろいろ思うままに書いていこうと思います。

     
« 2008年06月15日 | Main | 2008年06月17日 »
「悪気はなかった行為」を咎め、人を責めすぎない方法はないものか。(後)
[2008年06月16日(月) ]

<今日の事後ネタ>
Q.6月6日に創刊10周年を迎えた、コピーライターの糸井重里さんが主宰するインターネットサイトは?

Z会も応援する仕事の学校。定員残りわずか!

昨日のブログの続きです。

まず、「刑法と同じ罰の適用」について。
刑法は罪刑法定主義の下作られており、罪刑法定主義の元になったのは、有名なハンムラビ法典の「目には目を、歯には歯を」です。
この言葉は、よく復讐の意味をなすものとして捉えられがちですが、本来は「同等の懲罰」の原則、つまり、報復合戦の拡大を防ぐためにあります。

ということは、まだ自己が完全に確立していない未成年に対し、刑法と同じ刑罰を定めると…
未成年は必要以上に罰を受けたと感じ、さらなる報復へ走ろうとするような気がいたします。
つまり、「単なる掲示板でのお遊び行為」が、強めの罰を課すことにより、「お遊びで書いた行為の実現」に向けて向こう見ずに突っ走ろうという気持ちを誘発しかねないのではないかと思うのです。
これは社会的にみて、好ましくありませんよね。


次に、損害賠償を親に請求すること。
未成年に対する親の保護観察責任を考えれば当然のことのように見えますが…
親への嫌悪感情を持った未成年であれば、偽計業務妨害を行うことで親に責任をかぶせようという心の動きを見せても不思議じゃありません。
従って、安易に「子どもの責任は親の責任」と第三者が連呼すると、また次の事件が発生すると思います。
注)「子どもの責任は親の責任」と親自身が思う「責任感」と、「子どもの責任は親の責任」だからといって親に責任をとらせようとするのとは違うことを断っておきます。


いずれにせよ、未成年の場合は、その人自身を責めすぎても、社会形成上良くないような気がします。
注)教育に携わる私ですが、「子どもなんだから更生の余地を」という気持ちは(こと、悪事に対する罰則における考え方の中では)正直薄い方です。現代社会における「子どもなんだから」という気持ちには、甘えを生じさせる可能性の方が大きいと感じますので。あくまでも「好ましい社会を形成する」という観点から、未成年に厳しくあたるのはよくない、という立場をとりたいと思います。

しかし行為は咎めたい。咎めないと図にのりますから。
じゃあどうするか。こういうのはどうでしょう。
続きを読む...