教育・受験に携わる社員として〜「和顔愛語 先意承問」

Z会Web戦略統括の寺西隆行です。タイトルは最も大事にしている言葉です(意味は左下「プロフィール」を参照)。
普段の仕事のことや教育に関すること、子ども達のこと、ネットのことなど、いろいろ思うままに書いていこうと思います。

     
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教育者よ、自惚れるな!
[2008年03月28日(金) ]

今日の活動報告:
一生の買い物…新居(マンション)を購入し、本日鍵の引渡し!
晴れて一国一城の主、ですが、これからはローンとの戦いですね
まぁ仕事に頑張る気持ちになれますけど

祝福は(←謎)ここをポチッと。

「この子をなんとかしたい!」

とか

「子ども達を元気にしたい!」

とか…そんな「(若い人への)熱い想い」、教育に携わる人間であれば、是非持ち合わせて欲しいところですよね。


でも、思うんです。

「なんとかしたい」

は、単なる教育者自身の「欲求」に過ぎない、と。


TVドラマなどの熱血先生で、
涙ながらに生徒の前で語る先生…
子供のために四六時中奔走する先生…
ぐっとくるものがありますし、そんなTVを見て「自分もそんな先生に!」と、教育に目覚めた人も少なくないと思います。

教育者を見ていて
「想いを全面に出さない教育者は教育への想いに欠ける」
という、先入観を持って「教育」を眺めている人も多い、と思うんです。
また、教育を受ける立場からも
「あの先生は○○までやってくれたのに、今回の先生はそこまでやってくれない」
と、自子への施しを中心に教育を評価する
方、多いですね(仕方のない部分もありますが)。

こうして「想いを全面に(人前で)出す先生」や「具体的に行動する」先生が、必要以上に教育の世界は評価されてしまいます。

誤解を恐れずに言えば、僕はこの評価の仕方、目くらましになっている部分があると思うんです。


自分の例で申し上げます。
僕自身、会社に入って間もない頃は、「学習・相談制度」の改革に携わっていました。
制度の改革と同時に、今まさにある学習相談〜つまり、目の前の生徒から届いた学習相談〜を一刻も早く返したい!という欲求は、当然ありました。
しかし、制度や仕組みを考えて、実行し…と試行錯誤しているうちは、なかなか返却スピードを上げることはできませんでした(たとえ仕事外で自宅労働をしたとしても)。
「この生徒のために」と、一見もっともらしいことを述べて、目の前の学習相談を処理し続けるのは、正直簡単でしたが、これだといつまでたっても根本的な制度や仕組みを変えることはできません。

ネットのコミュニティでもいろいろ活動していますから…
突然知らない人から相談が来ることがあります。
メールの数も、人一倍多い方だと思います。
すべての相談に丁寧に、bestな回答をつけたいという思い、当然あります。
でも、限られた時間の中では、こなせる量と質も決まってしまいます、どうしても。


ある1人には「すばらしい教育効果」を施すために、100人にできた「ちょっとした教育効果」を捨てることは、僕にはできません。
僕が求めている教育の形は
(教育効果)×(効果を与えられた人数)の最大値
です。

「なんとかしたい」という思いが(表面上)強すぎる人は、この掛け算の後ろの項、「効果を与えられた人数」を考慮しない場合も多々あると思っています。
いや、それだけ全然問題ないんですが、「なんとかしたい」という思いが完全に自己満足の領域に走り、相手に対して恩着せがましい領域に入る教育者も、いっぱい見てきました。


“「なんとかしたい」は自分自身の欲求なんだ。相手の欲求じゃないんだ。私がなんとかする、なんて、自惚れだ”
これを認知しておくことは、質の高い教育を施す上で、とても大事なことだと思っています。
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