今日の活動報告:
昨日はグッスリ寝させていただきました(9時間程度)。
おかげで体調はだいぶ回復、ただし油断するとすぐ、肉体疲労に花粉が襲い掛かるので、マスクと薬は必需品です。

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岐阜新聞に下記のような記事が載り、話題になっています。
高校入試問題 「黒板に解答が…」全員正解に
http://www.gifu-np.co.jp/news/kennai/20080314/200803140912_4288.shtml
=(以下引用)=
県教委によると、国語の試験で「ケッセキ」を漢字に直す問題があったが、64校の試験会場のうち、9校で黒板にペンキやチョークで「欠席」「着席」と書いてあったほか、机に「欠番」と書かれた紙を置いたまま試験を実施していた。
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上記記事について…
「ミスが起こったこと」そのものはもちろん「好ましくないこと」です(し、ミスは基本的にあってはいけないこと、という姿勢・考え方も大事です)」が、
「ミスそのものが好ましくないことかどうか」
について判断することが大事だと思います。
そして、判断基準となるのは
「ミスの予見性」
ですね。
この国語の問題…
多分教師、あるいは教育委員会(の教師経験者など)のどなたがが作られたと思うのですが、申し訳ないですけど、「教室の現場への想像力が余りにもなかった」と感じます。
「欠席」
この漢字。
・試験の注意事項として
・普段使っている教室に貼られている掲示物として
黒板に書かれる可能性が極めて高い漢字といわざるを得ませんので。
これが、たとえば、ですが…
・七五三縄(しめなわ)という漢字を書かせる(まずないですけど)
・七五三(しめ)という名字の人が黒板や張り紙に書かれている(しめさん、というのは知り合いにいます!)
という特殊状況であれば、ミスそのものを責める状況ではないですね。
ミスへの評価(とでもいいますか)は、
「予見性」
につきますね。
そして、自らに求める姿勢として…
「自分が担当者の立場だったら、そのミスを発見できるだろうか」
と想像してみることも大事ではないでしょうか。