教育・受験に携わる社員として〜「和顔愛語 先意承問」

Z会Web戦略統括の寺西隆行です。タイトルは最も大事にしている言葉です(意味は左下「プロフィール」を参照)。
普段の仕事のことや教育に関すること、子ども達のこと、ネットのことなど、いろいろ思うままに書いていこうと思います。

     
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教わることと、学ぶこと。
[2007年04月10日(火) ]

日・月とプライベートで外出していましたので、ブログ更新できずすいません
後日、日月の出来事と一緒にアップする予定です。

さて…と。今日のブログ。

会社で「内外教育」という、時事通信社発行の教育紙を購読しております。
巻頭に「ひとこと」というコーナーがあり、いつもすばらしいコラムが紹介されています。

4月6日(金)号では、桜美林大学大学院招聘教授の潮木守一氏のコラム。
出だしを引用します。

いつごろからか、大学院生に向かって
「そんなことも知らないの」というせりふを吐くのは、
はばかるようになった。
「そんなこといっても、先生は教えてくれなかったではないですか」
という答えが返ってくるようになったからである。


「教えられなかったらわからない」

確かに、高校生、大学生になっても、平気でこのような姿勢で学問に向かってくる人が増えているような気がします。


一般的に

初等教育(小学校)〜「教えられ、その後に学ぶ」の色合いが100%
中等教育(中学校、高校)〜「教えられ、その後に学ぶ」の色合いが50%、「自ら学ぶ」の色合いが50%
高等教育(大学生)〜「自ら学ぶ」の色合いが100%

と言われているようです。

守破離(しゅはり)の教えに例えると、
初等教育では「今までの先人達の教えを守りつつ学を高めていく」
中等教育では「先人達の教えを学びつつも、破ることでさらに学を広める姿勢が芽生える」
高等教育では「離れて自らの道を追求しはじめる」
そういう進化ともいえます。


振り返って引用した大学院生の姿勢。
「自分はまだ初等教育の段階にいる人間ですよ」とアピールしているも同然です。
悲しくないんでしょうかね。それで損するのは、他ならぬ自分自身なのに。


学ぶこととは、「習ったことをそのまま適用できるように訓練する」ことだけではありません。
「習ったことを応用してそれ以上のことができるようになる」ことも、大切な学びです。